クルピン「失敗って……」


 白い髪でも、赤い目をしていても、どう見ても俺は人間だった。
 そんな、まるで機械か何かのように言った俺にクルピンスキーは言葉を濁らせる。


クルピン「君は人間じゃないか」

俺「そう思ってくれているのは貴女と、大勢の人間だけですよ」


 それにと、俺は続ける。


俺「ただの人間がどうしてあんな目をするのです」

クルピン「それは……」


 思い出すのは殺意を滲ませる真紅の瞳。
 爆ぜるような燐光は、一切の動きを許さない鋭さを持っていた。


俺「もう一つありますよ」


 そう言うと、俺はクルピンスキーを腕に閉じ込め、自分の左胸に彼女の頭を添えた。


クルピン「わっ、…何を――――」

俺「聞こえますか?」


 うっすらと頬を染め、抗議の声を上げる彼女を気持ち強めに押し付ける。
 彼女が意識を集中させるのが分かった。そして、息を飲んだのも。


俺「心臓の音、聞こえますか?」


クルピン「……君は、」

俺「局地戦用決戦兵器-0209テスタメント……確かそんな感じです」


 訳が分からないといった風な顔で彼女は口をつぐむ。


俺「ウィッチを殺すために創られて、貴女方の全てを越えた英知と契約した≪禁断の果実≫」


 ゆっくりと彼女の頬を撫ぜ、続ける。


俺「許されざる友と契約したヒトは、生命の実をも喰らい、失楽園へと身を堕とした」

俺「ヒトの枠からは外れ、ネウロイにも成りきれなかった中途半端な失敗作」

俺「滑稽でしょう。そんなモノが貴女を愛したなんて」


 ―「天使に焦れた哀れな男。それだけですよ」
 急にあの日の晩の言葉が頭を掠めて、クルピンスキーは固まった。
 でもそれを理解したくなくて、彼女は震える声で口を開いた。


クルピン「ねえ、本当の事を教えてよ」

俺「本当って……」

クルピン「君は何をしにきたの?」

俺「言ったじゃないですか、あれが全て―――――」

クルピン「嘘だよ」


 ぴしゃりと否定された。
 クルピンスキーは顔を上げ、再び俺と目を合わせる。


クルピン「君には出来ない」

俺「……一番最期の任務で、俺はスオミに行ったんです」


 まっすぐな彼女の目から逃れるようにして下を向いた。
 そして、思いだすように話し出す。


俺「手始めに騒ぎにならない程度の新人を殺し、どれだけシステムが働くか、実際の運用で確かめる必要があった」


 機械のように淡々と話す俺に鳥肌が立った。
 そしてその後の本当に機械じみた言葉に違和感が加速する。
 少しも俺の意思が伝わって来ない。
 辛かったとか、苦しかったとか、滲むはずの感情も無く、ただ淡々と、本当に機械のように。


クルピン「まさか本当に君はニパ君を……」

俺「…貴女の言った通りかもしれませんね。現にあの子は生きている」


 そして今も。
 そう言いながら俺がふとハンガーの隅を見る。
 確かあの向こうはニパのよく落ちる針葉樹の森。
 落ち過ぎて近隣の住人よりも森を良く知っていたあの子が戻れないほど吹雪は酷いのか。


俺「落ちたんです、その子。…きっとあの時死ぬはずだった」


 俺の言葉に、クルピンスキーは再び固まることとなる。
 落ちた?落としたの間違いじゃないのか。
 しかしそんな彼女の疑問も、発されることなく沈んでいく。


俺「でもそれを助けた…助けてしまった」

俺「怪異の匂いでも付いたか、死神に見初められたか、その後からの彼女は恐ろしくツイていなかった」


 だからその後も彼女を知ることが出来たんですけどね。と続け、俺は一呼吸をおく。
 ふっと息を吐くと、たらりと鼻血。
 それを俺がラルのコートの袖で拭こうとするものだから、クルピンスキーは慌てて止めに入った。


クルピン「わっ、だ、駄目だよ!それ隊長のお気に入りなんだから!」

俺「でも他に拭くものが…」

クルピン「まったく君って人は……拭いてあげるよ」


 軍服のポケットから出したハンカチで拭ってやる。
 うう、と唸りながら拭かれている俺に、クルピンスキーは思わず溜息を吐いた。


クルピン「君ってさ、今真剣な話だったよね?」

俺「少し負担をかけすぎまして」

クルピン「…それってどういうこと?」


 ハンカチに染みた血の温度が、一気に下がった気がした。


俺「行き過ぎた性能に人の体は脆過ぎまして」

俺「考え事をしたり、頭に入る情報量が多くなるとすぐにオーバーヒートを引き起こす。これも失敗個所ですね」


 最近は機械仕掛けにこの計画が採用されたらしい、と言いかけて止めた。
 所詮自分の感じたものを元にした推測に過ぎない事だ。


 俺の目はどこか遠くを見るようで、熱を持たない機械のようだった。
 そんな俺に薄ら寒さに似た何かが這い上がって来るのを感じて、クルピンスキーは口を開き


俺「だから、好きに生きてみたかったんです」

クルピン「…え、?」


 いきなりの言葉に声を詰まらせた。


俺「そこらの男がやるように、女の子を追い掛けて劣情に浸りたかった。羨ましいとかじゃなくて、そうしてみたかっただけです」


 そんなこと言われてもと思うと同時に、やっと“俺”が見えた気がした。


俺「でも案外惹かれてしまって……男って浅はかですよ、本当に」

クルピン「…君は人間だよ」

俺「ただの失敗作です。他の何でもなく、ね」

クルピン「君は感情を知ってる。それじゃ駄目なの?」

俺「だからいけないんだ。ただの機械であれば、なにかに成れた」

クルピン「なにかって、なにさ?」

俺「さぁ……でも、成れたんです」


 あまりにも真剣な声で、クルピンスキーは何も言い返せなかった。
 でもやっぱり、俺がそれに成ろうとしていたかは解らない。
 自分の事を話す時、この男からは何も感じられないのだ。
 興味も、思いすらも無かったかのように、まるで報告を聞いているような気分だった。


俺「どうしてここに来たか、でしたよね」

クルピン「あ……うん」

俺「本当に偶然です。女の子のいる場所で働きたくて応募して」

クルピン「…………」


 いったいどこまで真剣なんだと本気で突っ込みたくなった。


俺「ニパのおっぱいを揉めたらどんなに幸せなんだろうと思ってはいたんですよね」


 だが基地に招かれ、彼女を見て、
 ミツケタ、と。
 殺し損ねたうえに救い出して、運命を狂わせてしまった彼女はまだ生きていた。
 だから元に戻して、楽にしてやろうと思った。


俺「自分がやったことですから、自分で始末をつけようと」


 だが、基地にいる彼女は事の他楽しそうだった。
 周りにとやかく言われる事も無ければ、出撃を恐れているわけでもない。
 一番最初、誰に会うよりも早くハンガーでニパを観察した俺は、一度刃を納めた。
 そしてそれは、二度と抜かれることはなく。


俺「やはり、最初に殺すべきは貴女だった」


 きっと解らない。こんな気持ち、解られても虚しいだけだ。
 またもこんな事を言われて、言葉を選んでいる様子の彼女から一歩離れる。


俺「俺は行きます。これ以上女の子を待たせたら怒られてしまう」


 そう言って踵を返す。
 思わず本当を教えてしまったけれど、彼女なら大丈夫だろう。
 ――きっと綺麗に忘れてくれる。あんなこと、百戦錬磨の彼女だから出来たことなのだ。

 全てが夢であるように、忘れてくれ。
 全てが真であるように、待ってくれ。


クルピン「―――君は!」


 悲鳴のような怒声だった。


俺「なんですか」


 そう返すと後ろの彼女の気配が泣いているような気がして、歩みを止める。


クルピン「自分に興味が無くて、他人しか見ていなくて……私の気持ちなんて少しも分かっちゃいないんだ!」


 鈍感だとか鈍いとか、そういうものじゃない。
 俺は自分に興味も無いのだ。
 ただあればいいと、好きに生きてみたかったと言いながら、生きる意味を失くして笑っている。


俺「ベラ?」


 生娘のような気配だと思って頭をふる。俺はそれを知っているだけで、解かっていないのだから。


クルピン「権利とかどうとか、そうやって逃げ道を作って。必要なら欲しいって、好きなら好きって言えばいい!」


 酷く自分勝手だと思いながら、抑えていた物はあふれてしまう。
 どこか一歩引いて、抑えつけて。
 与えるだけで、自分には必要も、貰う権利すらないと、諦観を決めこんで。


俺「俺には何もありません」


 強い握力を持って拳を握りしめていたら、てのひらからは血が流れていたようだった。


クルピン「私の所においでよ……私は、傍にいるから」


俺「今、なんて………」


 貧血にも似た眩暈に襲われる。奥歯を噛み締め、どうにか足元を保った。
 真後ろから「言わせないでよ、甲斐性無し」と聞こえたかと思うと
 後ろから抱きしめられ、耳に息が吹きかかる。
 頭での状況処理が追い付いていない。流れる鼻血を俺は止めることができない。


クルピン「ねえ、俺君」


 鼻の奥がツンとして、涙が出そうだった。
 抱きしめられている―それだけで崩れそうなのに。


クルピン「君の事が好きだと言ったら、君は―――――」


 それ以上は言わせなかった。
 これ以上は気が狂いそうで、自分を保てる自信が無い。
 だから思い切り正面から抱きしめた。
 細いけれどもしっかりした身体だったのでもっと強く。
 そして、背中から感じる彼女の腕の感触に、主を持たない胸が沸き立つ。

 我慢できなかった。これほど我慢したのだ。
 抱きしめるくらい、彼女の存在を確かめるくらい許してくれ。


俺「まだ、言わないで」

クルピン「……え?」

俺「流れみたいに済ませたくない。……きちんとした場所で貴女に思いを告げるから、今は待っていてください」


 きっと同じ気持ちだから。

 一度言ってしまったけれど、彼女からの言葉はまだとっておきたかった。
 このままずっと抱き締めて、時間が止まってしまったら。
 このままずっと彼女を愛せて、どこかへ行けてしまえれば。
 でも今の俺にはやることがある。
 やるべきことを、俺を必要としているあの子の元へ。


俺「助けてあげないと、ニパは諦めているから」


 そう言って彼女に回していた腕を解く。
 向き合って、しっかりと手を握り合って、彼女は言う。


クルピン「うん。もう止めないよ」

俺「…ありがとう。また逢いましょう、ベラ」

クルピン「絶対だよ?」

俺「安心してください。俺は死なない」


 手を離して、俺は白魔荒れ狂う外界への戸に手を掛ける。
 そして一度だけ振り向き、そう、と口を開いた。


俺「まだニパのおっぱいを揉んでませんから」






最終更新:2013年03月30日 02:32