ニッカ「…冷めてもうまいよ、うん」
新しい軍服を着て、帽子まで被って。
ニパは窓際で冷めきったジャスミンティーを飲んでいた。
外では早咲きの桜の花びらが舞っていて、あの日とは真逆の景色が広がる。
ジョゼ「あ、ニパさんここにいたんですね」
菅野「おい、そろそろ行くぞ」
開けっ放しの扉からはジョゼと菅野。
小奇麗に着られた軍服に、ニパはくっと笑いだす。
菅野「なに笑ってんだよ」
ニッカ「はは、いや、なんかさ。私達がしっかり着るなんて珍しいなぁと思って」
ジョゼ「それもそうですね。…でも、今日だけですから」
ニッカ「…ん、そうだね。今日だけ」
そう言って廊下に出ると壁には中尉が寄りかかっていた。
きっかりと着られた軍服。三人に気付くと、中尉はふっと笑った。
クルピンスキー「やあ、三人とも遅かったね。早くしないと怒られちゃうぞ?」
ジョゼ「え、私も入るんですか!?」
クルピンスキー「ふふ、一人だけ抜け駆けなんて許さないよ?」
菅野「くそっ、ニパが遅かったせいだからな!ジョゼ、急げ!」
ニッカ「え、おい!カンノ、ジョゼ!」
伸ばした手をするりと避けられた。
そしてその手は中尉がとる。
クルピンスキー「おっと急がないと。ニパ君、早く早く」
ニッカ「あっ……、あの」
クルピンスキー「どうしたの?もしかして気分になっちゃった?」
ニパ君ったら大胆なんだからと陽気にけらけら笑う中尉に流されそうになる。
なんとかすんでの所で留まって、ニパは口を開いた。
ニッカ「中尉、俺は…」
なぜだか妙に気不味い。冷汗が頬を伝うのを感じた。
ニッカ「俺は、どんな最期だったんですか?」
俺は元々心臓を患っていて、ニパを助けた後、急性の心臓マヒを起こして死んだ。
502の隊員に伝えられたのはそれだけ。
元々俺の身元が怪しいのは解っていたことだし、密葬のような形で葬られる彼に誰も異議は唱えなかった。
クルピンスキー「ああ…急にどうしたんだい?」
ニッカ「あ、いえ、最期を看取ったのが、中尉だと聞いたので…」
噛み噛みになりながらなんとか言った。目は見られない。
どうしても何かを忘れている気がしてしょうがなかった。
ニッカ「…すみません、変な事を聞いて。忘れて―――――」
クルピンスキー「『生きて』って」
ニッカ「……へ?」
クルピンスキー「生きろってさ。諦めるなって、ニパ君に」
ニッカ「俺が、私に?」
クルピンスキー「そうだよ。……信じられない?」
ニッカ「…はい、でも」
クルピンスキー「でも、なんだい?」
ニッカ「言われたような気がするんです。聞いた事なんてないのに」
思わず帽子を深く被った。
それでも震える声は隠せなくて、困っていると、つないでいた手がひかれる。
クルピンスキー「行こうニパ君、もう時間が無いぞ」
その言葉に頷いて歩く。
後4分。遅れるかなと中尉は笑った。
「I’m always close to you」
執務室の扉を開けると、ラルとロスマンがこちらを見ていた。
そんな二人に軽く手を上げて、ボクは隊長の机の前のソファに座る。
先生は呆れたように溜息を吐くと、紅茶の用意をしてくれる。
クルピンスキー「23時56分だったよ」
ラル「何が?」
クルピンスキー「んー死亡時刻ってやつ?」
がちゃん、と陶器の割れる音。
石造りの床に紅い水たまりが広がっていく。
先生は目を見開いてボクを見ていた。こんな時に見つめられても困るのだけれど。
ロスマン「…あんた、今……」
クルピンスキー「やだな先生、そんなに見つめちゃって」
ロスマン「っふざけないで!…死亡時刻って、俺…?」
クルピンスキー「そうなるね。だってボクはここに――――――」
ロスマン「クルピンスキー中尉!!」
水たまりを見ていた顔をあげると、
先生はボクを睨みつけながら、ぽろぽろと涙をこぼしていた。
ロスマン「なんであんたが泣かないのよ、あんなに必死だったじゃない!勝手に出撃して、どうしてそんなに……そうやって…!」
クルピンスキー「先生……困ったな」
ラル「…エディータ、こっちに来なさい」
ちょいちょいと隊長が手招きをして、先生を抱きしめる。
先生の背中あやすように撫でる隊長を見て、敵わないと思う。
クルピンスキー「隊長。俺君の遺言、それと――――」
ラル「いや、いい」
秘密を、と言いかけた所で隊長に止められた。
感情の読めない瞳がと目が合う。
ラル「奴は、お前にだから話したのだろう?」
隊長のその言葉に、ボクは答えることが出来なかった。
その翌朝。隊長が手配した葬儀屋と医師は、基地に着いてすぐに土葬までの手筈を整えてしまった。
そんなどこか置いて行かれたまま、ボクは医師と共に死亡診断書を作っていた。
医師「俺、ね……ふむ、この辺りではあまり見ない名ですな」
訳も無く心臓が跳ねる。
何を敏感になっているのだろうか。ただ彼の秘密を知っているだけで解っていないくせに。
ボクが黙ったままでいると、初老の医師は続ける。
医師「まだ若いのにいい顔をして亡くなってあられる。…この仕事は長いのですが、こんな顔は老いぼれにも出来ませぬ」
クルピンスキー「…そうかな」
医師「そうですとも。そして、あなたも」
クルピンスキー「ボク?」
急な指名に驚くと、医師は頷いた。
医師「あなたのような若いお方がそんな顔をしてはいけませんよ」
クルピンスキー「まいったな……そんなにひどい?」
医師「まあ誰にでも解るものではありませぬ。身近な者には解るやもしれませんが」
クルピンスキー「隠しきれてたつもりなんだけどね」
医師「…そんな悲しい顔は止めてくだされ。心配になりますから」
そこまで言って医師は立ち上がる。
ほとんど白に近い死亡診断書にサインをすると「後は全てお任せを」と言って部屋を出て行ってしまう。
ボクはただ座ったままで、眠るような彼を見ていた。
クルピンスキー「…卑怯だね、これじゃ君を憎めない」
「クルピンスキー!」
クルピンスキー「わっ!?」
いきなりの声で現実に戻される。
驚いて辺りを見ると呆れ顔の隊長がこっちを見ていた。
サーシャ「中尉、あなたの番ですよ」
熊さんの視線の先には深い穴と黒服の葬儀屋二人。
彼女に軽く謝って、深い穴へと歩く。中を覗けば少しの土を被った棺桶が一つ。
礼法に倣って土をすくう。
彼の棺桶に落とすと石でも入っていたのか軽い空洞音。
この中には誰もいないんじゃないかと思って、空洞があるのは棺桶だから当然かと、ありきたりな結論を思い出した。
◇◇◇ ◇
ttp://www.youtube.com/watch?v=Nu6mO8dRoAU
時は過ぎて昼になる。
周りには誰もいない。
葬儀屋も、彼女たちも。ボクは一人、墓石の前に立っている。
クルピンスキー「別れるとかは慣れてるんだけどね。君は少し違うみたいだ」
民間の墓地から少し離れ、丘になりかけている場所には誰も来ない。
言いたい事は山ほどあったはずなのに、墓石を前にするとどうにも言い出せなかった。
それが認めたくないと叫ぶ声のようで、溜息が出る。
クルピンスキー「…女々しいね、私は」
そう言って踵を返そうとした時だった。
「もし、どなたかお亡くなりになられましたか?」
急に背後から声をかけられて固まった。
クルピンスキー「…そうじゃなかったら好き好んで墓地なんか来ないよ」
「これは失礼を。しかし亡くなられた方、ただの方では無かったようですね」
クルピンスキー「へえ、どうしてだい?」
「参列していた方、全員ウィッチだったでしょう。……もちろん貴女も」
ああ、そっちか。変に焦ったのが馬鹿馬鹿しい。
口をつぐんだ私に、彼は何か言ったと思ったのか「少し近くへ言っても?耳がやられて、上手く聞こえないのです」と言う。
なんとなしに良いと言うと、彼は「驚かせて申し訳ありません」と言ってから少し近づく。
どうやら彼は森で倒れていたらしく、そこを墓地の所有者に拾われて働いているのだという。
「ようやっと動けるようになりまして墓標の確認をしているのですが、どうも前より体が重い」
クルピンスキー「君は生きてるからね」
「ずいぶんと抒情的な事を仰る」
クルピンスキー「そういう気分なんだよ。今はね」
「…大切な方だったようですね」
クルピンスキー「どうしてそんなこと聞くかな」
少しばかりうっとおしい。拾い物にしては場にそぐわな過ぎる。
でも少しでも気分が晴れるなら、と応じている自分もいた。
「またも失敬。あまりに悲しそうだったもので」
クルピンスキー「…助けられなかった人だよ。結局、なにも出来なかった」
「しかしその男も罪な奴ですね。貴女のような佳人を泣かせるなんて」
クルピンスキー「あはは、その言い方そっくりだ」
「俺なら泣かせませんよ。もう二度と、ね」
心臓が跳ねる。
世界が止まった気がした。
「ねえ、まだ気付きませんか」
芝を踏みしめる音に肌が粟立つ。私は振り向けない。
そんな私の真後ろで、ひどく焦れた声が響いた。
「また逢いましたね、ベラ」
Fin.
what I need now is you :私が今必要なのはあなた
I’m always close to you :私はいつもあなたの傍に
最終更新:2013年03月30日 02:34