『ぐ……う?』
ここは、どこだ?
ぐるりと辺りを見回してみるが、何も見えない
光のような『もや』が、俺の視界を塞いでいる
『……?』
……いや
『もや』の中に何かの影が見えた
あれはなんだろうか
疑問に思う俺の耳に、こつり……こつりと音が入り込む
木と木を叩き合わせたかのようなこの音はまるで――――
『蹄の……音?』
……そこで、夢は終わった
……
…………
………………
俺「…………」
「あっ、起きた?」
うっすらと瞼を上げた俺の視界に最初に入り込んできた人物は、あのナースの女性。フェデリカさんであった
むくりと起き上がる
俺「……貴方は?」
気づけばフェデリカさんの隣には一人の女性が立っている
見たところ日本人……随分と、もみあげが長いな
「私は竹井潤子よ、ここの戦闘隊長をしているわ」
女性――――竹井さんが答える
俺「戦闘隊長?」
フェデリカ「あー……その話はひとまずおいといて!俺さんはさっき何が起きたか覚えてる?」
俺「さっき?…………確か、目が覚めて、貴方と会って、それでいきなり鼻血が吹き出て、寒気がして…………そうだ」
鼻血が収まったその後、身体が尋常じゃないほど熱くなって――――
俺「耳と尻尾が生えた」
フェデリカ「うん!覚えてるみたいね!」
俺「……アレは一体なんなんです?」
竹井「一体も何も、使い魔ですよ?」
俺「使い魔?」
フェデリカ「…………やっぱり、知らない?」
俺「知る知らない以前に訳が解りませんよ、急に耳と尻尾が生えて『使い魔』と言われても」
使い魔ってアレか、吸血鬼や
魔法使いが召喚する獣みたいなアレか
フェデリカ「……ところで貴方」
俺「はい?」
フェデリカ「さっき『今日は2011年の9月20日だー』とか言ってたけど、それはどう言う意味?」
俺「どう言う意味も何も、言葉通りの意味ですよ、俺の記憶では今日は確かに2011年9月20日なんです」
俺「でも、さっき貴方から聞いた話だと今日の日付は――――」
竹井「1944年10月5日、よ」
俺「……そう、です」
俺「つまり、つまり俺は――――」
フェデリカ「つまり貴方は――――未来から来た、とでも言いたい訳?」
俺「……貴方達が言ってる『今日の日付』が本当だとしたら、そうなります」
俺「……イマイチ信じられませんが」
フェデリカ「それはこっちのセリフよ……」
「「「…………」」」
フェデリカさんのため息混じりの言葉と共に、沈黙が訪れた
竹井「……貴方は、ネウロイと言う言葉について知ってる?」
……最初に口を開いたのは、竹井さんだった
彼女の問いに、俺は首を横に振る
ネウロイ?なんだそれは?
竹井「そう、それじゃあ『魔女』は?」
俺「空想上の、魔法を使う女」
フェデリカ「……貴方本当に知らないの?」
俺「え、ええ。まさか、魔女が居るとでも?そんな訳ないでしょう」
フェデリカ「…………」
彼女は黙りこくる
そして、意を決したように言葉を紡ぎ始めた……
フェデリカ「俺さん、これから私たち二人の話をよく聞いてくれるかしら――――?」
……
…………
………………
俺「成る程、それでアンタ達はその『魔力』を持った『魔女』で、国を襲った『ネウロイ』っつーバケモノ共と戦っている、と」
竹井「ええ、そうよ」
俺「にわかには信じられんが――――この耳と尻尾がそれを証明する訳だ」
頭頂部に生えた馬―驚くべきことにユニコーン―の耳を触る
フェデリカに『身体の中心に溜まったエネルギーが体外に放出されるイメージをしろ』と言われ実践した結果がこれだ
……ちなみに、二人の話の途中でフェデリカに「無理して敬語を使わなくても良い」と言われたので、敬語はやめた
個人的にも堅苦しいのは苦手なのでありがたかった
俺「で、あんた達の方も信じるのか?」
俺「俺が未来……いや、異世界から来たって話を」
フェデリカ「そりゃー信じるわよ」
竹井「そんな精密機器を見せられたんじゃあね……」
俺は彼女二人に持っていた携帯電話を見せていた
それが功を成したか、なんとか俺が未来から来たと言う事実を信じてくれたのだ
フェデリカ「しかし妙ね……」
俺「?何がだ?」
フェデリカ「貴方の使い魔よ」
使い魔?
……ああ、この一角獣のことか
随分とファンタジーな耳と尻尾と角だと思う
フェデリカ「幻獣の類は扶桑やカールスラントの九尾の例があるからどうとも言えないけど、普通使い魔を顕現させるにはちゃんとした契約の儀式が必要なはずよ」
俺「契約の儀式?」
そりゃまた随分と本格的だ
五芒星の魔法陣でも地面に書いて、周りにローソクでもおっ立てたりするのだろうか
竹井「使い魔となる動物が、魔女のお尻を触ることですよ」
俺「……」
全然大したことではなかった
俺「……って!それじゃあどうやって俺はこいつと契約したんだ!?」
耳と尻尾を引っ張る
もちろんユニコーンに尻を触られる経験なんてある訳が無い
フェデリカ「知らないわよそんなこと」
……それもそうだ
フェデリカ「ま、呼んで耳と尻尾が生えれば別にいいんじゃない?」
フェデリカ「過程や方法なんて如何でもいいのよ、どうでも」
何処ぞの吸血鬼のようなことを言わないでくれ
竹井「そうですね……そのうち解りますよ、きっと」
俺「そうだな、そのうちわかるだろうな、きっと」
取り敢えず適当に流しておく……イヤ、流しちゃいけない気がするが……
俺「……それで、俺は何時になったら元の世界に帰れるんだ?」
フェデリカ「さあ?……そういえば貴方どうやってこの世界に来たの?」
俺「気がついたら来てた」
フェデリカ「あら、そう」
フェデリカ「それなら気がついたら向こうの世界に戻ってるんじゃない?」
俺「『気がついたら戻れる』……ねぇ」
俺「……それじゃあ、ダメだ」
……彼女達の話を聞いて、俺の意識はようやく夢心地から抜け出すことができた
竹井「え?」
ここが異世界なら
俺が異世界に来てしまったのなら
それは、俺にとって非常に――いや、言葉で表すことができないほどとんでもない事態ではないのか
――――その事実を、ようやく理解することができたのだ
俺「俺は、一刻も早く戻らなくちゃいけないんだ……!」
フェデリカ「え?異世界に飛んじゃったーなんて経験早々できないんだし、別に楽しんじゃってもいいんじゃ――――」
俺「娘がいるんだよ!」
フェデリカ「へっ?」
俺「俺には娘がいるんだよ!……だから俺が帰れなかったら、あいつを、あいつを独りにしちまう……っ!」
竹井「む、娘さんがいるんですか……?」
俺「ああ……もうすぐ6歳になる」
俺「妻は娘が産まれた時に逝っちまった……だから、だから……!」
フェデリカ「……ごめんなさい、あんなこと言っちゃって」
俺「……イヤ、いいんだ。気にしないでくれ」
とにかく落ち着こう
ここで取り乱したって仕方が無い
……それに、向こうにもきっと娘を守ってくれる人は沢山いる
俺の父さん、母さん、彼女の父と母、大切な友人
……思えば、俺は多くの人に支えられて生きて来た
だからきっと、娘も大丈夫だろう
けれど
娘は、俺が、俺自身が1番守ってやらないといけないんだ!
それが、妻との約束なのだから――――!!
「「「………………」」」
……沈黙。
再び妙な雰囲気になってしまった
竹井「貴方は……」
やはり、先程と同じ様に口を開いたのは竹井だった
言いにくそうにしてこちらをチラチラと見ている
竹井「貴方はこれから、どうするつもりですか?」
……どうするつもりか?
もちろん決まっている
俺「元の世界に戻る方法を探す」
きっと何か方法があるはずだ
竹井「…………1人でですか?」
俺「ああ、アンタ達にこれ以上迷惑をかけさせる訳にはいかない」
フェデリカ「生活はどうするの?」
俺「……どうにかするさ」
ベッドから這い出て、竹井から上着を受け取る
竹井「……ここを出て行くんですか?」
俺「さっきも言った通り、迷惑をかけさせるわけにはいかない、それにここは軍事基地なんだろ?部外者の俺が居ていい所じゃない」
フェデリカ「なら部外者じゃなくなっちゃえばいいじゃない」
竹井から基地の外への出方を半ば強引に―俺を気遣ってかなかなか教えてくれなかった―聞き部屋の外に出ようとした俺に、フェデリカはそんな言葉をかけてきた
俺「……どう言う意味だ?」
フェデリカ「簡単な話よ」
すぅ、と息を吸い込む彼女
そして俺の瞳をじっと見つめながら――――
フェデリカ「貴方、私達と一緒に戦わない?」
そう、言った
俺「……は?」
竹井「ち、ちょっとフェデリカさん!?いくらなんでもそれは……!」
フェデリカ「あら?いいじゃない別に、戦えるだけの魔力(ちから)はあるんだし」
竹井「そう言うことを言ってるんじゃないんです!」
竹井が声を荒げる
竹井「彼はなんの訓練も受けていない一般人ですよ!?」
フェデリカ「その点は問題ないわ」
フフン、と竹井の抗議をものともせず胸を張るフェデリカ
フェデリカ「私が手取り足取り教えてあげるから♪」
竹井「え?………って、貴方はここの隊長ですよ!?そんな事できる訳が――――」
フェデリカ「あーもーいいからいいから!私がやると言ったらやるの!」
フェデリカ「……それで?貴方はどうするの?俺さん」
俺「…………」
フェデリカ「ここで私たちと一緒に戦ってみる?」
俺「…………」
竹井「「俺さんいいんですよ?彼女の話を聞かなくても。あなたを危険に晒す訳には――――」
俺「その話、のった」
竹井「俺さん!?」
俺「魔女って奴は少ないんだろ?なら、戦力は一人でも多いに越したことは無い」
フェデリカ「んっ♪その言葉を待っていたわ!」
ニヤッと笑うフェデリカ
正直彼女の思惑にまんまと引っかかった気がしないでもないが、自分自身で考えて決めたことだ、悔いは無い
それに……
俺「それに、俺は誰かに同じ経験を――愛する人を失う経験をさせたくない」
俺「俺が奴らと戦うことで、『俺みたいな奴』が産まれることが減るのなら――――俺は喜んで戦おう」
フェデリカ「よく言った!それでこそ私の見込んだ男ね♪」
竹井「まったく貴方って人は……」
ずびしっ!とウインクをしながら人差し指を突き付けるフェデリカに、頭を抱える竹井
俺「出会って一時間も経っていないのに私の見込んだ男とは、えらく気が早いんじゃないか?」
フェデリカ「ふふっ、私の目に狂いはないわ!」
俺「……なら、そのアンタの目の良さを証明してやらないといけないな」
竹井「…………」
フェデリカ「あら、竹井?まだ何か言いたいコトでも?」
竹井「……彼自身が決めたことなら、私は何も言えません」
竹井「ですが俺さん、これだけは言わせて下さい」
竹井「貴方は『覚悟』できますか?」
竹井「ネウロイを『破壊』しようとするって事は、逆に『殺される』かもしれないと言う危険を常に『覚悟』しないといけないんですよ?」
竹井「貴方に、その『覚悟』はありますか?……俺さん」
俺「…………」
竹井「……答えて下さいッ!」
……覚悟出来ているか?
何を馬鹿な事を!
俺「無論、出来ているさ!」
竹井「そう、それなら……」
竹井「それならこの私!504統合戦闘航空団『アルダーウィッチーズ』戦闘隊長竹井醇子は!」
竹井「……貴方を歓迎します!」
きっぱりと、竹井は言い切った
彼女からはひしひしと、俺に対する『期待』を感じる
……その期待に答えなくては、男が廃ると言うものだ
『アイツ』にも笑われちまうしな
俺「……ありがとう!」
フェデリカ「さて、それじゃーさっそく今日から!訓練開始よ♪」
竹井「イヤ流石に今日からは無理がありますよ……本部への連絡もありますし」
フェデリカ「いーのいーの!本部への連絡とか私が後でちょちょいとやっとくから!」
竹井「……本当、貴方って人は……」
何度目か知らないため息を付く竹井
この人は、随分と苦労人だな……
俺「…………」
……さて、と
俺「フェデリカ、竹井」
竹井「はい?」
フェデリカ「なーにー?」
俺「俺は、死ぬわけにはいかない……向こうの世界に、大切な人を残しているから」
俺「あんた達の言う通り、ネウロイって奴との戦いは生死を掛けた壮絶な物なんだろう」
俺「俺は銃なんて握ったことはないし、魔法のことなんて一つも知らない」
俺「だから……」
竹井「え!?ち、ちょっと、俺さん!?」
フェデリカ「………………」
俺「俺を……鍛えてくれ!」
……土下座なんてしたのは、妻の両親の時以来だ
『娘さんと結婚させてください!』
そんな、ドラマみたいなセリフを無我夢中で言ったっけ
――――心の隅でふと、そんなことを思った
俺「大切な人を、守れるぐらいに――――強く!!」
俺「強くなれるんなら、俺はなんだってする!」
俺「だから、だから――――!!!」
フェデリカ「当たり前よ」
俺「――――え?」
フェデリカ「私を誰だと思っているの?」
フェデリカ「504統合航空戦闘団『アルダーウィッチーズ』隊長、フェデリカ・
N・ドッリオよ?」
微笑みながら、フェデリカは手を差し出した
俺「…………」
まったくこの人は本当に…………大した人だ
彼女のこの溢れ出るカリスマはまるで――――そう、黄金だ
形を持たず、ふわりふわりと、びゅうびゅうと、優しく、それでいて力強く、この504部隊を束ねる……黄金の風
彼女の元にはきっと、素晴らしい部下達が――――いや、『仲間達』が沢山いるんだろう
そして……俺はゆっくりと差し出された手をとった
フェデリカ「ひとつ、いい言葉を教えてあげるわ」
俺「……?」
フェデリカ「『魔女(ウィッチ)に不可能は無い!』」
俺「……ああ、そうだな」
まさに、その通りかも知れない
彼女達を見れば、それがわかる
彼女達の瞳に宿る、『大いなる意思』を見れば、それがわかる
俺「……」
…………なあ、妻。娘。
俺、強くなるよ
俺「……よし」
それと、娘よ
……父さんなるべく早く帰るから、それまで待っていてくれよな
父さんきっと、強くなって帰ってくるから……!
俺「……短い間ですが!これからよろしくお願いしますッ!!!!」
フェデリカ「うんっ!よろしくっ♪」
竹井「ええ、こちらこそ!…………本当に、短い間になることを願っています」
フェデリカ「もちろん!私達も貴方の帰る方法を全力で探すわよ!」
俺「……ありがとう……ございます……!」
サムズアップとウインクをしながら、フェデリカはそう言った……自信満々に
俺にはそれが、まるで太陽のようにとても眩しくて――――
気づけば一滴の雫が、目からこぼれ落ちていた
俺「……ああ」
……この人達で良かった!!
こうして――――3週間の時が過ぎた
最終更新:2013年03月30日 23:07