俺「……っ……ふぅ」
フェル・ルチ・マルの『三変人』―どうやら最近俺も変人の一人らしい―とのティータイムを楽しんだ後、今日も今日とて俺は『貴婦人』竹井醇子大尉の連携、各隊員のレベルの底上げを目的とした訓練と、フェデリカ・N・ドッリオ隊長の『特別レッスン』とやらに励んだ
三週間目ともなれば、成果も少しずつだが現れて来ている
実に嬉しい限りだ
……だが、かなりハードな―主にフェデリカのレッスンが―ものであるため、毎日疲れ果てては泥のように眠るのが常
訓練を終えた俺は、重い体を引きずってえっちらおっちら自室へと歩いているところだ
そんな時……
俺「……ん?」
基地内に設けられたベンチに座る人影がひとつ
俺「……」
口元にはプクッと膨らませたガム、一目見てわかる鍛え抜かれた身体、風になびく黒髪
「よう」
俺「……大将か」
……女の名を、ドミニカ・ジェンタイル
リベリオンのワンマン・エアフォースにして504の誇るエースの一人だ
ドミニカ「……」
ベンチの背にもたれかかり、相も変わらずその澄んだ瞳でこちらを見ている
俺「……何か用か?」
このままスルーするのも何なので、一応問いかける
彼女とはつい先日の飲みの一件―俺が暴走し、延々と娘の話を朝までぶっ通しにしてしまった―以来、何処か避けられている
まあ、それはとにかく
俺の気怠げな問いかけに、彼女はたっぷりと間を置いて――――
ドミニカ「なあ、私と…………やらないか?」
そんな事を、言って来た
俺「……」
俺「ああ……いいぜ」
……。
…………。
………………。
俺「……はっ!?」
意識が、覚醒する
視界いっぱいに紅く染まったロマーニャの夕空が映っていた
ああ、そうか……もう、夕方か
……早いな
俺「……」
後頭部には、柔らかい感触、体全身を蝕む鈍い痛み
……。
……えーと、俺は……ああ、そうだ
また、大将に逝かされたのだった
「あ、起きられましたか?」
すぐ近くから、聞き慣れた少女の声が聞こえる
俺「……ああ、なんとかな」
「ならさっさとそこをどけ、早く、今すぐにだ」
かすれるような声で答えると、直ぐに横から刺す様な忠告が放たれた
「大将、そんな事を言っては……」
俺「心配しなくても……もう、大丈夫だ」
ゆっくりと起き上がり、同時に頭の柔らかい感触が離れる
俺「ありがとな、ジェーン」
俺は少女――ジェーンに礼を言う
おそらく今まで膝枕をしてくれていたんだろう、優しい奴だ
……ジェーン、ジェーン・ゴッドフリー
……今まさに、俺の真横で鬼の様な視線を放ってくる『大将』の僚機を務める、リベリオンの航空魔女だ
ドミニカ「ほら、早くどけ」
俺「わーってるって……」
俺はぐっ、とベンチから立ち上がろうと――――
俺「あ?」
――――したが、疲弊しきった身体がそれを許さなかった
ジェーン「ああ、ほら……まだゆっくりした方がいいですよ」
だらりと力なくジェーンに寄りかかる
……い、いかん。相当ガタが来ている、これはマズイ
肉体的にも――――精神的にも不味い
俺が彼女にもたれかかったおかげで、ウチの大将の怒気が一層強まったのだ
流石に彼女の鷲のような眼光を一身に受けるのは……遠慮しておきたい
ドミニカ「おい、俺。いいから今すぐそこを離れ――――」
ジェーン「大将、元はと言えば貴方のせいなんですから、俺さんにはゆっくりさせてあげてください」
ドミニカ「……」
ジェーン「……心配しなくても、私はいつでも貴方の後ろにいますから」
ドミニカ「ジェーン……」
ジェーン「大将……」
ドミニカ「ジェーン……!」
ジェーン「大将……!」
ドミニカ「ジェーン……っ!」
ジェーン「大将……っ!」
……全くこの二人は
俺「随分とお暑いことで」
いちゃつく彼女達を伏目に、なんとか体を動かしベンチにもたれかかる
やはり、こう女性ばかりの部隊だとレズビアンが増えるのだろうか
そう言えばあのアンジーの親友のパティもどこか熱っぽい目でアンジーを見ていた気がするが……気のせいだと信じたい
まぁ色恋沙汰なんて人それぞれだ、俺がとやかく言っても仕方がない
馬に蹴られるのも嫌だしな
ジェーン「ご、ごほん!……今日はまた、随分とひどいですね」
ピンク空間から帰還したジェーンが、ため息混じりに言う
彼女の視線の先――――俺の顔面は、恐らく真っ赤に腫れていることだろう
俺「ああ、どっかの誰かさんがこっぴどくやってくれたお陰でな」
……つまるところ、俺と大将の二人は大将の十八番のボクシングを行っていたのだった
結果はご覧の通り俺の気絶で終了
最後に覚えているのは……
俺の渾身の右ストレートを避けた大将が放ち、右脇腹に叩き込まれた一撃目
続けてアゴにブッ込まれた、ブローともアッパーともつかない二撃目
最後に薄れる意識の中で見た、左右にゆらゆらと揺れる大将の身体
……それぐらいだ
ジェーン「私も俺さんが倒れる瞬間は見てましたけど……大将!アレはオーバーキルってレベルじゃないですよ!」
ドミニカ「いや……つい」
ジェーン「つい……じゃないですよっ!」
俺「下手したら骨が何本かイってた所だ」
ぼりぼりと気まずそうに頬を掻くドミニカと、ぷんぷんと怒るジェーン
と言ってもジェーンが怒ってる様は全くと言っていいほど怖くなかった、むしろ可愛いぐらいだ
大将もそれがわかっているのか、再び口元にガムを膨らませ、微笑ましそうにジェーンを見ている
ドミニカ「私も骨を折らないぐらいの手加減はしている」
つまりしていなかったら折れていたのか……だが
俺「だが……俺がアンタに頼んでこうやって鍛えて貰っているんだ、これ以上弱音吐いたりするもんかよ」
ジェーン「俺さん……」
この世界に来て数日後、俺は大将に勝負を―恐らくは俺の実力を図るために―挑まれ、完膚なきまでに粉砕された
そこで俺は彼女の強さと言うヤツに感嘆し、こうしてたまに稽古をつけて貰っているのだ
最も、大将の気分次第なので、三週間の間では数える程しか行われていないが
ドミニカ「初めに比べたら成長してるさ、私の右2発で沈んだ三週間前に比べればな」
ジェーン「むしろ大将の右に耐えた事自体凄いですよ……」
俺「……」
……そうか
俺「俺は、強くなっているのか……」
……良かった、これでより一層、彼女を守ることが出来る様になったのだ
こんなに嬉しいことはない
自分自身も、少しは強くなったという実感はあったが、やはり他人に認められる、られないのとでは全然違う
ドミニカ「だが、やはりまだまだだな」
俺「随分と手厳しいな」
ドミニカ「お前は私と同じで、ちょっとは動体視力に自信がある様だが……その目に頼り過ぎだ」
ドミニカ「お前の使い魔のお馬さんじゃないんだ、そうあちこち見えないのさ」
……。
確かに彼女の風神の如きラッシュは、例え目で追えたとしても避ける事は不可能だった
俺の身体が反応に追いつかなかったのだ
……動体視力には自信があると言っていたが、スマン。ありゃ嘘だった
俺「……ま、精進させてもらうとするかな」
苦し紛れの一言、だが、強くなろうとする意思は確かに俺の中にある
ドミニカ「その意気だ、期待してるぞ……よし、ジェーン、後で私とパブでもどうだ?」
ジェーン「はいっ!喜んでお供させて頂きます!」
ドミニカ「いい返事だ……俺、お前はどうする?」
俺「……悪いけど、今日は遠慮する。多分ベッドにたどり着いたらそのままバタンキューだからな」
ドミニカ「OK、解った」
いや、残念だ、もう少し体を鍛えていれば……
俺「また俺の娘の話をお前達に聞かせてやれたのにな」
「「っ!!」」
俺「……オイ、何でそんなに嫌そうな顔をする?」
ジェーン「あ、あはははは……」
ドミニカ「お前が話し始めたら朝まで止まらないからだ……一晩中付き合わされたこっちの身になってみろ」
俺「チッ、ノリの悪い」
ドミニカ「……軽い飲み程度なら今度付き合ってやる」
……ほう
俺「そうか、ならその日を楽しみにしておこう」
ドミニカ「その時は、抑えろよ?」
俺「それは、どうだか」
……その後二人と別れ、俺は軋む身体を引きずり何とか基地内へとたどり着いたのであった
最終更新:2013年03月30日 23:09