――トブルク港 深夜――
二式飛行艇。
全長30メートル弱、全幅40メートル弱の巨鳥は、今はこうして地上に足を下ろし、ゆったりとその羽を休めている。
俺「空の戦艦と呼ばれているようだが、確かにその通りだな」
遠目からでは実感できなくとも、こうして近づいて見てみれば、なるほど納得。
隼や彗星は当然のこと、百式重爆といった爆撃機とも比較にならないほどに巨大だ。
それでいて速度や操縦性といった性能面でも優れていると聞く。
まさに飛行艇の中では傑作機といえるであろう。
そうして自分が明日扶桑に帰国する際に乗るであろうその飛行艇を眺めていると、砂を踏みしめて歩いてくる小さな音が聞こえた。
子供らはもう寝ているような時間であるし、この足音の軽さは男のそれではない。
ということは……、
俺「加東か」
振り返らずに確認するかのように言い放つと、その足音の主はそのまま何も言わずに俺の隣までやって来る。
横目にちらりと見れば、案の定そこには茶色がかった猫っ毛が見えた。
俺の隣までやってきた加東は、しばらく俺と同じように二式大艇を眺めた後、確認するかのように口を開いた。
加東「……明日、これに乗って帰国するんですよね」
俺「まぁ、そうなるな」
予定では、二式大艇が積んできた物資と入れ替わるように俺と竹井、そして彗星とその開発整備陣が二式大艇に乗りこみ、扶桑へ帰国する。
俺のその返答に、加東は残念そうにため息をつく。
加東「……はぁ。もう少し、一緒にいられると思ってたんですけどね」
俺「仕方なかろう。表向きは増援だが、元々は彗星のことだけでこちらに出向いたぐらいだ。
上としては、彗星の試験が終わったのならばさっさと帰国させて他の機体の試験もさせたいんだろうさ」
加東「わかってはいるんですけどね……」
こちらの事情は理解しつつも、それでもどこか納得はできないらしい。
加東はしばらくうんうん唸った後、少し俯きながら口を開いた。
加東「……率直に言うと、寂しいんです」
俺「……寂しい?」
加東「ええ」
少し驚きながら加東を見ると、加東は俯けていた顔を少し上げ、どこか泣きそうな顔をしながらこちらを見ずに続ける。
加東「……数年前の曲技飛行で墜落した時、『ああ、もう飛べないのかな』って思っちゃったんです」
唐突に昔話を始める加東。
それが先ほどの「寂しい」にどう繋がるのかわからないまま、加東の話を聞き続ける。
加東「命が助かったのが奇跡ぐらいの重傷で、病院ではまともに動けずにずっと寝たまんま。
その頃は、また飛べるなんてとても思えませんでした。
……ウラルで皆と一緒に飛んでいたのを思い出す度に泣いたものです」
俺「…………」
当時のことを思い出したのか、二式大艇を眺めつつ昔話を続ける加東の目に涙が浮かぶ。
そのことには触れず、俺も加東と同じように二式大艇に視線を移す。
加東「そんな時に、中佐がお見舞いにやって来たんですよ。
……あの時の中佐の想いに、私は救われたんです」
俺「加東……」
加東「なんというか、生きる活力とでも言うんですかね?そういったのを中佐から貰ったんですよ。
その時に、『また絶対に飛んでやる』って決めたんです。
……それからは、もうとにかく地獄でした」
俺「……リハビリ、か」
加東「ええ。……ま、どんなに痛くても辛くても苦しくても、絶対に諦めるつもりはありませんでしたけどね」
おどけたように舌を少し出して笑う加東を見て、呆れるほどの芯の強さに溜息を一つ。
……相当キツかったろうに、まったくこいつは。
俺の溜息を意に介さず、加東は続ける。
加東「入院中に『あがり』を迎えて、ウィッチとしての能力はほとんど失っちゃいましたけど、
こうしてまた飛べるようになって、本当に嬉しいんです。そして何より……」
そこで一旦言葉を切り、先ほどまでのように顔を俯け、また泣きそうな顔を。
加東「何より、私を救ってくれた中佐と一緒に飛べることが、とても……」
……なるほど、それで「寂しい」というわけか、やっとわかった。
どうやら、竹井の言っていた通りのようだ。
俺は、自分で思っている以上に周囲に影響を与えているらしい。
ならば、これも俺が責任を持ってなんとかしなければならん、な。
俺「……加東、俺はここにずっと留まることはできない」
加東「……それは、わかってます……」
俺「だから、俺の代わりにこいつをここに残す」
そう言って、俺は懐から掌に収まる程度のワッペンを取り出し、加東に差し出す。
円形状のその中央には、鷲が横向きに勢いよく飛ぶ様があしらえられており、その脇には小さく「二二」の文字。
加東「……これって……」
俺「飛行第22戦隊、俺の原隊の隊章だ。……貴様にやる」
加東「中佐……」
俺「丁度良いことに、今日は貴様の誕生日でもあろう。
それで寂しさが紛れるかは知らんが、まぁ受け取っておいてくれ」
呆然と突っ立っている加東の手を取り、しっかりと握らせる。
落とさないことを確認し、ゆっくりとその手を離して口を開く。
俺「忘れるな、貴様は一人ではない。マルセイユや稲垣、ペットゲン達、
……そして俺もまた、貴様と共にある」
俺のその言葉に、遂に涙腺が堪え切れなくなったのか、加東の目から涙が零れ落ちてきた。
加東「あっ……!」
それが自分でもわかったのか、自分の袖で勢いよく拭おうとする加東。
だが、俺がその手を掴む。
加東「ちゅう、さ……」
俺「やめておけ、目を擦るのはあまり良くない」
加東「ぐすっ、うぅ……!」
俺「おっと」
それでも自分の頬を流れ続ける涙をどうにかしたかったのか、加東は勢いよく俺の胸に飛び込んで顔を押しつけてきた。
加東「ひっく、……うぁ……!」
驚きはしたが、流石に子供のように泣きじゃくる加東を突き放すわけにもいかないだろう。
俺は加東の背中に自分の腕を回し、優しく抱き締める。
加東「ふぁ、んぅっ……!」
そうして、二人で互いを抱き締めあう。
加東が泣きやむまで、ずっとそのまま。
――――
加東「……ふぅ……」
俺「ふむ、ようやく落ち着いたか」
加東「ええ、おかげさまで。……うー、なんか情けないところをお見せしちゃいましたね」
俺「ははっ、構わん。貴様のこんな珍しい姿を見れるのもそうあるまい」
加東「……なんか、中佐の前だと気が緩んじゃうのよねぇ……」
俺「ほう、それは信頼されていると勝手に受け取るぞ?」
加東「……ええ、構いませんよ」
俺「む、潔いな……」
加東「本当のことですから。……ところで、中佐はどうなんです?」
俺「俺か?もちろん、加東のことは十二分に信頼しているぞ」
加東「なら、何か誕生日プレゼントくださいな」
俺「それなら、先ほど隊章を貴様に――」
加東「私を泣かせたのでチャラです。なのでもう一つ」
俺「俺は悪いことはしていないと思うんだがな……」
加東「いーえ、中佐が優しすぎるのが悪いんです!」
俺「それがいかんのか!?……何か納得いかんが、まぁいい。
……だが、貴様にやれるような物はもう無いぞ?」
加東「大丈夫です、勝手に頂きますから」
俺「勝手に……?って、加東、貴様っ――」
加東「……んっ……」
ちゅっ
最終更新:2013年03月30日 23:22