『私たちの中に眠る、可能性という名の神を信じて──』

プチモビの中に持ち込んだ小型テレビから、少女の澄んだ声が聞こえてくる。
その声を聞きながら、俺は仕事をこなしていた。

俺「……ふぅ。今日の分は大体こんなもんかな」

俺は作業の進捗状況を確認してから、今度はテレビへと視線を移した。
モニターにはニューススタジオが映し出され、司会の男がコメントをしている。
それを眺めながら、俺はまたため息を吐いた。

俺「ザビ家の末裔、か」

ラプラス戦争。
そう呼ばれる事件があったのは、つい四日前のことだ。
今俺が見ているニュースの他に、いくつもの番組でこの事件が報道されている。

俺「そう言えばこの仕事も関係あるんだっけ」

民間の主要航路へと流されてきたデブリを回収し、連邦軍に引き渡す。
それが俺の今回の仕事内容だった。

俺「軍がわざわざデブリの回収を依頼するなんて珍しいよな」

俺の勤務するブッホ・ジャンク社の上司は、回収するデブリは事件のあった宙域から流れてきたもので、証拠品として必要なのではないか、と予想していた。
先の大戦により生み出された大量のデブリ。
その大部分が未回収とは言え、主要航路周辺は特に念入りに掃除がされている。そこに回収の必要があるほどのデブリが流されてきたとくれば、最近起こった事件との関連性を疑うのは当然だろう。
そんなことを考えていた時、プチモビの内部にアラームの音が響いた。

俺「もうこんな時間か。急がないと」

俺がコンソールを見ると、作業終了の時間が迫っていた。
基本給に上乗せされる歩合給を増やすために、少しでもデブリを回収する必要があるのだ。
俺が作業を再開しようとしたその時、視界の隅に僅かな光を捉えた。
その方向に目を向けてみると、デブリの群の隙間から碧とも蒼ともとれるような色の光が漏れている。

俺「何だあれは……?」

俺はプチモビを操作し、その光へと近づいていった。




光が漂う中心には、長方形の白い小さなかけらのようなものがあった。大きさは手のひらに収まる程度で、所々が少し焼け焦げている。
小さすぎてアームでは掴めないと判断した俺は、プチモビの外に出て直接かけらを手に取った。
次の瞬間、俺の視界は光に染め上げられた。

俺「これは……!?」

その光の中に、緑色のずんぐりとした巨人を一方的に攻撃する光景が見えた。
場面が変わり、紅い堕天使との邂逅を果たした。
命を吸う蟹のような化け物。
大空を舞台にした黒い獅子との死闘。
圧倒的な数の敵に立ち向かっていく自分。
宇宙に咲く紫の妖華。
紅い堕天使との決着。
そして、虹色の光を飲み込もうとする真っ白な光。
今まで見ていたイメージが途切れ、今度は自身が光の中へ漂い出す。
その何も見えない光の中で、俺は獣の声を聞いた。


          ●


俺が気がつくと、そこは先程と何も変わらない漆黒の宇宙だった。

俺「はぁ……はぁ……。なんだったんだ、今のは……?」

まるで長い旅をしてきたかのような感覚を覚え、俺は腕時計を確認した。
しかし、時刻は少し前に確認した時とあまり変わらない。

俺「幻覚でも見たのか……?」

体中から汗が噴き出しているし、少し熱もあるような気もする。ノルマは達成したから問題はないし、今日は早く帰って休もう。
そう考えた俺は、仕事を切り上げて帰ることにした。
無意識に握り締めていたかけらからは、いつの間にか光が漏れなくなっていた。


          ●


会社所有の作業艇に戻り、デブリを詰め込んだコンテナを連邦軍に引き渡したところで、ようやく俺は一息吐くことができた。
窓の外を見ると、ちょうど連邦のコンテナ回収船が離れていくところだった。

俺「モビルスーツもいるのか、なんか物騒だな」

俺はコーヒーのチューブをくわえながら呟いた。
連邦の回収船の周囲には、護衛のモビルスーツのものと思われるスラスター光がチラチラと見えている。

俺「そういえば、これどうしよう……」

俺の手には先ほど見つけたかけらが握られていた。
ノーマルスーツの収納用ポケットに入れっぱなしにしたままだったのだ。

俺「ん? よく見ると何か書いてあるな。Psycho Fr……サイコ……?」

かけらの側面には文字が刻印されていた。
だが、後半部分は焼け焦げており、読むことはできなかった。
俺は再びかけらをポケットに仕舞い直し、窓の外の暗闇を見つめながら、先程の不思議な現象について思いを巡らせた。
幻覚とするにはあまりにも鮮明な光景だったが、現実とは思えない。まるで他人の体験を見てきたかのような──。

俺「な、なんだ!?」

俺が思考に没頭していると、突如として爆発音が響きわたり、船に衝撃が走った。
次の瞬間、俺は爆風で吹き飛ばされ、窓を突き破って宇宙空間へと放り出されていた。
吹き飛ばされる直前、咄嗟にヘルメットを被ることができたのは僥倖だった。
そうでなければ、俺は数秒で死に絶えていただろう。
吹き飛ばされた勢いでくるくると回転しながら、俺はあたりを見渡した。すると、船の残骸の向こうに連邦の船の光が見えた。

俺「たす……け……」

窓に叩きつけられた衝撃でうまく声が出せない。
それでも俺は、必死で助けを呼び続けた。
だが、一向に連邦軍が助けに来る気配はなかった。
無線が壊れていたとしても、この距離での爆発に気付いていないはずはないのに──。

俺「まさか──」

そもそも、何故爆発が起きたのか。
内部からの爆発だったから、接触事故などではない。燃料以外危険物は無く、デブリも引き渡し済みだ。
不自然な依頼。突然の爆発。目の前にいるのに救助に来ない連邦軍。
ばらばらだった事柄が一つに繋がっていく。
これらが意味するものは──。

俺「口封じ……?」

自分たちは何か見てはいけないものを見てしまったのだろうか? いや、準備が良すぎる。だとしたら最初からこうするつもりで──。

俺「俺はこんなところで……こんな理由で死ぬのか……?」

その時、俺は連邦よりも、世界に対して絶望していた。
今まで歩んできた人生。自分の培ってきた全てを否定され、ゴミのように死んでいく自分。
世界にとって、お前が存在する価値など無い。
そう言われているような気がした
絶望と虚無感に支配されたまま、俺は宇宙空間を流されていった。


          ●


ふと気が付くと、俺はデブリの海を抜けて、地球が見える位置まで流されていた。

俺「綺麗だ……」

暗闇の中にぽつんと浮かぶ青い星。
その姿を写真や映像で見たことは幾度もあった。実際に下りたこともある。
だが俺は、今ほど地球を美しいと感じた事は無かった。
いつの間にか恐怖や絶望は消え去り、俺の心は徐々に穏やかさを取り戻していく。
その後、どれくらい経っただろうか。
いつしか俺は眠ってしまっていた。
すると、俺のノーマルスーツのポケットから蒼や碧の燐光が漏れ出してきた。
その燐光は俺の周囲を漂い、ゆっくりと体を包み込んでいった。


          ●


その日、午後のニュース番組の最中に速報が流れた。
デブリ回収中、ブッホ・ジャンク社の作業船が事故で大破。乗員は全員死亡。現在事故原因を調査中。
だが、その後の調査で不審な点は発見されず、事件は事故として処理され、人々の記憶から忘れられた。
そして俺の存在も、世界から忘れ去られていった。
最終更新:2014年10月22日 23:39