俺はバルクホルンの部屋まで行き、ドアをノックして声をかけた。だが、部屋の中からの応答は無い。
お土産だけ置いて帰ろうと思った俺は、一言断ってから中へと入った。

俺「ッ……!」

ドアを開けた瞬間、俺は驚きのあまり声を上げそうになった。
暗闇の中、バルクホルンが呆然と立ち尽くしていたからだ。
バルクホルンは、机の上の伏せられた写真立てを思い詰めたように見つめている。
しかし、俺には何故か、彼女が見ているのは別の何かのように感じられた。
ここに居てはいけない──。
本能的にそう思った俺は、静かにドアを閉めようとした。
が、その時、ドアが大きな音を軋み、それに気付いたバルクホルンが振り向いてしまう。

バルクホルン「ッ……! ……お前か」

俺「すみません、ノックはしたんですが……。宮藤達とロンドンまで行ってきたので、そのお土産を渡しに来ました」

俺の言葉を聞いたバルクホルンは、まるで直視したくない現実を突きつけられたかのように息を呑んだ。
が、それも一瞬のことで、すぐに「私はいい」と返される。
俺はもう少し粘ろうと思ったが、バルクホルンの頑なな態度を見て諦め、素直に退散しようとした。

バルクホルン「……おい」

俺「何です?」

バルクホルン「私はまだ、お前を完全に信用したわけじゃないからな」

俺「……そうですか」

それ以上何も言わず、俺は部屋を出ていく。
部屋を出てしばらく歩いた後、俺は無意識にため息を吐いていた。

俺「……まあ、当然の判断だよな」

俺自身、自分がすんなりと受け入れられるとは思っていない。
自分は元々、この世界にとっては異分子なのだ。
そうは言い聞かせてみるものの、気が晴れることはなかった。

エーリカ「どうしたの? そんな暗い顔して」

ふと気が付くと、俺の目の前にエーリカが立っていた。
その手にワインが握られているのを見ると、どうやら寝る前に一杯楽しむつもりらしい。

エーリカ「一杯飲もうと思ってたんだけど……どう? 俺も来る?」

エーリカがワインを掲げてみせる。
俺は一瞬断ろうとしたが、気分転換になるかと考え直し、エーリカについていくことにした。
食堂に着くと、そこには誰も居なかったため、俺がつまみを用意しようとする。そこでエーリカが手伝いを申し出たが、俺は丁重に断った。
エーリカを食べ物に触れさせてはいけない。
それは、この基地で暮らす以上、絶対に守るように言われたルールの一つだったからだ。
乾杯を済ませ、しばらく雑談をしていると、不意にエーリカの表情が真剣になる。

エーリカ「ねえ、俺。トゥルーデのこと、嫌わないであげてね」

まるで先程のやりとりを見ていたかのような口振りに、俺は内心で少し驚いた。

俺「トゥルーデ? バルクホルン大尉のことか?」

エーリカ「うん。今はちょっと自暴自棄になってるだけで、根はいいやつなんだ」

その言い方からは、長い付き合い特有の暖かさが感じられる。
俺はエーリカの頬が紅く染まっていることに気づき、そこでようやく、何故酒に誘われたに思い至った。
エーリカは今の一言を言いたかったがために、わざわざこんな席を設けたのだろう。

俺「……ニュータイプみたいだな」

思わず、俺の口からそんな言葉が出ていた。
聞き覚えのない言葉にエーリカが首を傾げてみせる。

俺「ニュータイプっていうのはさ、俺の世界にいた、他人や物事を正確に理解できる人のことだよ。簡単に言えば『エスパー』の事さ」

エーリカ「私はそんなすごい人間じゃないよ〜」

俺「でも、大尉が俺にどういう対応をするか予想できてたんだろう?」

エーリカ「トゥルーデとは長い付き合いだから、なんとなく、だけどね」

エーリカは少し恥ずかしそうに笑いながらグラスに口をつける。
ふと先程のことを思い出し、俺はエーリカに問いかけた。

俺「……なあ、大尉の部屋にあった写真立て、あれって……」

言いかけて、俺は後悔した。
今のは軽々しく聞いていいことではないはずだ。

俺「ごめん、少し酔ったみたいだ。忘れてくれ」

エーリカ「……妹のクリスと一緒に写った写真だよ」

俺「……いいのか?」

俺の言葉には答えず、エーリカは言葉を続けた。

エーリカ「クリスはね、トゥルーデのたった一人の肉親なの。他の家族はみんな撤退戦で……」

カールスラント撤退戦。
その被害や戦闘の激しさは、俺も話には聞いていた。
そして、撤退戦にバルクホルン達が参加していたことも。

エーリカ「唯一生き残ったクリスも、撤退戦の時のショックで未だに昏睡状態のままなんだ」

俺「だからあんな目で写真立てを見つめていたのか……。守れなかったことで自分を責めてるんだな、大尉は……」

エーリカ「トゥルーデのせいじゃないんだけどね。トゥルーデはクリスのこと凄く可愛がってたから……」

俺「……わかるよ、大尉の気持ち」

エーリカ「え?」

俺「いや、何でもない」

曖昧な笑みで誤魔化し、俺は話を終わらせた。
そして、エーリカが空になった自分のグラスにワインを注ごうとしたのを目撃し、頬を引きつらせた。

俺「ちょ、流石にもうやめておけって……。ていうか、エーリカって酒飲んでいい歳なのか?」

エーリカ「カールスラントじゃ16歳でお酒飲んでいいんだよ〜。だからまだ飲むぅ〜」

愚図るエーリカからグラスを奪うと、まるでゾンビのように縋り付いてくる。
力任せに引き離すことも出来ずに俺が四苦八苦していると、唐突に食堂のドアが開かれた。

エイラ「なんだ? 随分楽しそうにしてるナ」

サーニャ「この匂い……お酒ですか?」

シャーリー「なんだって!? あたしにも飲ませろー!」

ルッキーニ「あ! おいしそうなのみっけ! もーらいっ!」

エイラとサーニャがそのままイスに座り、シャーリーとルッキーニが酒とつまみに手を伸ばす。
結局、俺を助けようとする者は誰もおらず、俺はなんとか自力でエーリカを引き剥がした。

俺「で、4人揃ってこんな時間に何しに来たんだ?」

エイラ「私とサーニャはこれから夜間哨戒があるんダ。だからお腹に何か入れておこうかなってサ」

シャーリー「あたしはさっきまでストライカーユニットいじっててさ、小腹が空いたから何か食べ物はないかと思って来たんだけど……」

シャーリー達がテーブルの上に目をやると、そこにあった皿はすっかり空になっていた。

ルッキーニ「うじゅ……全然足りな〜い」

俺「元々そんなにたくさん作ってなかったからな。ちょっと待っててくれ」

俺はそう言うと厨房へ向かい、手始めにバゲットを薄切りにした。
それをオーブンへ放り込み、焼いている間に肉や野菜などを切って下拵えをする。
切ったトマトの上にチーズとバジルの葉を乗せ、オリーブオイルを垂らして塩と胡椒で味付けを済ませると、今度はジャガイモを炒め始めた。

エイラ「おお〜! 俺のやつなかなかやるじゃないカ」

シャーリー「大分手慣れてる感じだなぁ」

ルッキーニ「こりゃあたまらん! ヨダレずびっ!」

ジャガイモを炒めている最中にチーズを投入し、カリカリになったところで皿に移す。
最後に、ニンニクを炒めて香りを付けたオリーブオイルをバゲットに塗り、その上に残りの食材を適当に盛りつけた。
完成した料理をテーブルへ持ってくると、早速ルッキーニが手を付ける。

ルッキーニ「ウンまああ〜いっ! マーマの作った料理と同じくらいおいしいよ!」

俺「舌に合ってよかったよ。さ、みんなも食べてくれ」

エイラ「じゃあ早速……」

サーニャ「いただきます」

エーリカ「いもいただきぃ〜!」

シャーリー「あっ! それはあたしが狙ってたやつだぞ!」

俺「エーリカはさっき食べただろ。これ以上食べると太るぞ」

口ではそう言ったものの、俺はエーリカを止めようとはせず、使った調理器具を片づけに厨房へ向かった。


          ●


俺達が食堂で夜食を食べている頃、執務室ではミーナと坂本が難しい顔をして書類を睨んでいた。

坂本「……どういうことだ、これは」

ミーナ「そのセリフ、これで3度目よ? まぁ、気持ちはわかるけどね」

ミーナは苦笑し、手元の書類に目を落とした。

ミーナ「補給が来る前日の夜に連絡が来るなんて……。嫌がらせのつもりなのかしら。何にせよ、明日は朝一番で受け入れ準備をしなきゃいけないわね」

坂本「そんなことを言っているんじゃない……!」

ミーナ「そう興奮しないで。私だって困惑してるのよ?」

激昂する坂本を宥め、ミーナは再度書類に目を通す。
武器、弾薬、食料、日用品等の補給リストに紛れ、その書類は存在した。

ミーナ「対ネウロイ用試作兵器の運用テストへの参加要請。対象兵器はGenerative - Beam Rifle Device、通称『G-B.R.D』と呼称され、設計者は──」

坂本「──宮藤一郎博士」

坂本がミーナの言葉を代わりに続ける。
先程よりはいくらか落ち着きを取り戻したようだ。

ミーナ「……博士はもうお亡くなりになられているのよね?」

坂本「ああ。……宮藤にはこのことを伝えない方がいいかもしれないな」

ミーナ「環境も変わったばかりだし、もう少し落ち着いてからの方がいいでしょうね」

坂本「ところで、この兵器について何かわかったことはあるか?」

ミーナ「聞いた話によると、数週間前、突然博士から軍の技術部に設計図が届いたらしいわ。日付は数年前のものだそうよ」

ミーナの言葉を聞き、坂本は訝しげに顔をしかめた。

坂本「宮藤の所に届いた手紙もそうだったな……」

ミーナ「そして、届いた設計図を検証した結果、技術部はこの兵器を有用と判断した」

坂本「で、作ってみたはいいがテストに割く人員がいない。なら、補給にかこつけて501に押し付けてしまえばいい……。といったところか」

ミーナ「おそらくね。まったく、そんなわけのわからないものを押し付けられるなんて……。こちらの身にもなって欲しいわ」

ミーナは書類を机の上に放り投げ、椅子に体を預けて天井を見上げる。
一方、坂本はというと、ガラス越しの夜空を見上げて何やら考え込んでいた。

坂本(宮藤の時も博士の手紙がきっかけだった。もしや、今回のことも何か関係が……? いや、考え過ぎか……)
最終更新:2014年10月22日 23:43