俺「大尉、着きましたよ」

バルクホルン「ああ、ではさっさと用事を片付けるとしようか」

俺達はロンドンに着くと病院ではなく様々な店舗が集中している通りへと足を運んでいた。
バルクホルンの妹のクリスが入院している病院では面会が午後からなので、午前中は他の隊員達から頼まれていたものを買うことにしたのだ。

俺(そういえば出掛ける前にミーナ中佐にメモを渡されたな)

おそらくミーナが買ってきてほしい物をリストアップして寄越したのだろう。
俺はポケットから折り畳まれた紙片を取り出し、内容を確認してみた。

俺「……っ!?」

バルクホルン「俺、どうかしたか?」

俺「い、いえ。何でもないです」

俺は言葉を濁して適当に誤魔化 し、バルクホルンから見えないように再びこっそりとメモを開いてみる。
その内容は買い物のリストなどではなく、評判の店や今流行っている映画などの情報、それに加えて細かいアドバイスがびっしりと書き込まれていた。

俺(本気で俺達をくっつけるつもりなのか……?)

とはいえ、現在の時刻は午前9時を回ったところ。
開いている店はちらほらと見かけるが、やはり少し来るのが早かったようだ。
あまりロンドンに詳しくない俺にとって、このメモの情報は時間を潰すためには役に立つことだろう。
ちょうどこの近所に開いたばかりの映画館もあるようだし。

俺(問題はどうやって誘うかだな……)

バルクホルン「俺、映画でも見に行かないか?」

俺「……え?」


          ●


『ハイスクールのランチ! 2回奢ったぞ!』

『俺は13回奢らされたぁ!』

『しっかり数えてんじゃ……ねえよっ!』

スクリーンの中の男達が戦闘機を駆り、罵りあいながらも激しい空中戦を繰り広げる。
その様子を俺はポップコーン片手にぼんやりと眺めていた。

バルクホルン「ふむ……。板野サーカスとは素晴らしいものなのだな……」

意外なことにバルクホルンは映画に夢中になっているようだ。

俺(大尉にも映画を楽しむ心があったんだ……)

心中で失礼な感想を述べつつ、俺は先ほどの事を思い出していた。

俺(それにしても、大尉の方から誘ってくるとは思わなかったな)

バルクホルンは良く言えば真面目、悪く言えば堅物とも言える人物である。
果たして映画などに興味があるか と思っていたのだが。

俺(しかもミーナ中佐のメモに載ってた映画だし)

奇妙な偶然もあるものだ。
その時、俺はその程度にしか考えていなかった。


          ●


俺とバルクホルンがロンドンに行っている頃、基地のハンガーには数人のウィッチ達が集まり、本日の訓練についてのミーティングを行っていた。
メンバーは坂本、芳佳、リーネ、ペリーヌ、シャーリー、ルッキーニの6人である。

ペリーヌ「あら? 俺さんがいませんわね」

芳佳「俺さんなら朝からバルクホルンさんとお出掛けです。バルクホルンさんの妹さんのお見舞いに付き添ってロンドンの病院に」

坂本「実はさっきその病院から連絡があったんだが、昏睡状態だったバルクホルンの妹が目を覚ましたらしい」

ルッキーニ「俺達はそのこと知ってるの?」

坂本「いや……連絡が来たのは二人が出掛けた後だったからな。まあ、どちらにせよ病院には行くのだから問題はないだろう」

芳佳「お二人とも病院に着いたらびっくりするでしょうね」

シャーリー「バルクホルンのやつ、喜びすぎて泣いたりするかもな」

リーネ「そ、想像できないです……」

シャーリー達が談笑する中、ペリーヌは一人だけ表情を曇らせ まま俯いていた。

ペリーヌ(家族のお見舞いに付き添いだなんて、まるで……)

続く言葉を飲み込み、歯を食い縛った。
少しの間そうして、なんとか心を落ち着ける。
だが、そんなペリーヌにさらに追い討ちがかけられた。

坂本「よし、そろそろ訓練を開始するぞ。それと宮藤、お前は今回はG-B.R.Dを持ってこい」

芳佳「え? でもそれは俺さんの……」

坂本「整備班から調整後のテストをして欲しいと頼まれていてな。簡単な内容だから俺でなくともこなせるだろう」

ペリーヌ「坂本少佐、簡単なテストとは言え宮藤さんはまだルーキーです。ここは経験豊富なウィッチが担当した方が良いのではないでしょうか」

坂本「だが、G-B.R.Dの使用には多くの魔法力が必要だ。ここは魔法力に余裕のある宮藤が適任だと思う」

実際のところ、坂本には宮藤博士が開発した武器を娘である芳佳に使わせてやりたいという思いもあった。
しかし、一番の理由は単純に魔力量を考えてのことだ。

ペリーヌ「ですが……!」

坂本「ん……? 何か問題でもあるのか?」
坂本はいつもと違うペリーヌの様子に首をかしげた。
普段のペリーヌは上官の指示にむやみに異を唱えるタイプではない。
しかも、こうやって声を荒げてくるのは始めてだ。

ペリーヌ「あっ……いえ、その……特に問題があるというわけでは……」

ペリーヌは自分が思いの外大きな声を出してしまっていたことに気付き、言葉を濁して誤魔化した。
実際、坂本の芳佳を指名した理由は合理的で反対する理由などは無い。
反対したのはもっと別の理由だ。

芳佳「わっ……とっとっと……」

シャーリー「おいおい、大丈夫か?」

ペリーヌは危うい手付きでG-B.R.Dを抱える芳佳に目を向けた。

ペリーヌ(どうして……!)

どうして彼の武器を扱うのが自分ではないのか。
どうして彼の側にいるのが自分ではないのか。
子供じみた嫉妬とわかっていても、簡単に納得することなどできはしない。

坂本「何をしている、ペリーヌ。さっさと出撃しろ」

ペリーヌ「あっ……。了解しました!」

大きな声で応え、気持ちを切り替える。
今集中するべきは目の前の訓練だ。
そう自分に言い聞かせ、ペリーヌは滑走路上を滑るように加速していった。


          ●


バルクホルン「すまないな。クリスのためにそんなものまで用意してもらって」

俺「気にしないで下さい。大したものじゃありませんから」

病院の廊下に二人の靴音が響く。
俺の手には小さな花束と熊の人形が抱えられている。
どちらも病院を訪れる直前に買ったものだ。

バルクホルン「側に人形がないと眠れない子だったからな。これで起きた時も寂しくないだろう」

俺「俺の妹も小さい時はそんな感じでしたよ。反抗期を迎えてからはそういう可愛いげある部分は一切なくなっちゃいましたけど」

バルクホルン「いずれクリスも……。いや、まさかそんな……」

若干顔色を悪くさせたバルクホルンが病室のドアを開ける。
が、ドアを開けた瞬間 、彼女の動きがぴたりと止まった。
不審に思った俺がバルクホルンの背中越しに病室を覗いてみる。
そこには昏睡状態だったはずのバルクホルンの妹──クリスがベッドから起き上がっていた。

俺「君は確か……」

呆然と立ち尽くしていたのも束の間、バルクホルンは弾かれたようにベッドの上の妹へと駆けよった。

クリス「お姉ちゃ──」

バルクホルン「クリス……!」

妹を抱き締め、声にならない声を出すバルクホルン。
程無くしてバルクホルンは落ち着き、体裁を整えるように側の椅子に腰かけた。

バルクホルン「そ、それで、クリスはいつの間に目が覚めたんだ?」

クリス「今朝だよ。起きてすぐにお姉ちゃんの基地に連絡してもらったんだけど、もう出掛 けちゃってたみたいだから」

バルクホルン「そうだったのか……」

クリス「ところで一緒に来た男の人は?」

バルクホルン「ああ、彼は俺軍曹だ。少し前に軍に入ったばかりの新人だが、なかなかよくやってくれている」

俺は二人の邪魔をしないよう少し引いた位置にいたのだが、クリスに自己紹介をするために一歩踏み出した。

俺「クリスちゃん、初めまして。お姉さんにはいつもお世話になってます」

クリス「初めまして、クリスです。こちらこそ、いつもお姉ちゃんがお世話になっています」

見た目は幼いが意外としっかりした性格のようだ。
内心で感心しつつ、俺は先程買った人形を差し出した。

俺「そうだ、もしよかったらこれを」

クリス「わぁ…… ! ベアッガイだ! ありがとう、俺さん!」

人形を抱き締めて笑顔を浮かべるクリス。
その姿を見た俺とバルクホルンは思わず頬を緩ませる。
それから姉妹は時々俺を交えつつ、話せなかった時間を埋めるように言葉を交わし合った。
話し始めてからしばらく経った頃、病室にノックの音が響き、ドアから看護婦が顔を覗かせる。

看護婦「バルクホルンさん? 先生がお話があるそうですよ」

バルクホルン「ええ、わかりました。……俺、すまないがクリスの話し相手になってやってくれ」

そう言い残し、バルクホルンは病室を出ていった。
まともに会うのは今日が初めての俺とクリスだったが、話すにつれてぎこちなさもなくなり、二人の間の雰囲気も柔らかくなっていく。
そんな中、クリスが俺に確かめるように訪ねた。

クリス「俺さんって、実はお姉ちゃんと付き合ってたりします?」

俺「俺と大尉が? それはないよ。どうしてそんなことを?」

クリス「お姉ちゃんが私を他の人に任せるってことは、その人をすごく信用してるってことだと思うんです」

俺「そうかな?」

クリス「自分で言うのも変ですけど、私ってお姉ちゃんにとても大切にされてるから……」

俺「……ああ、うん」

バルクホルンとは長い付き合いではないが、俺にもなんとなく言っている意味が分かった。
彼女は良く言えば妹思い、悪く言えばシスコンなのだ。

クリス「お姉ちゃんって昔からそうなんです。小さい頃だって──」

クリスによって語られるバルクホルンのシスコンエピソード。
俺はバルクホルンが戻るまで、その微笑ましい内容に耳を傾けるのだった。


           ●


俺「よかったですね、大尉。妹さんの意識が戻って」

バルクホルン「ああ。医者からも経過は順調だと言われているし、退院もそう遠くないはずだ」

久しぶりに妹と話すことができたおかげか、バルクホルンは機嫌が良さそうに見える。
帰り際にクリスに耳打ちされていた時は顔を赤くして何やらひどく狼狽えていたのだが。

バルクホルン「思っていたよりも病院に長居してしまったな。頼まれていた買い物は他に何かあったか?」

俺「あとは食べ物を買ってさっさと基地に帰るだけですね」

バルクホルン「ハルトマンめ、またお菓子ばかり……ん? なんだ、この手紙は」

俺達が車に乗ろうとすると、フロントガラスとワイパーの隙間に手紙が挟み込まれていた。

俺「ミーナ中佐宛みたいです。差出人の名前はありません」

バルクホルン「あからさまに怪しいな。……見てみよう」

手紙の内容はシンプルに『深入りは禁物。これ以上知りすぎるな』と書いてあるだけ。
この文章を見た瞬間、俺は朝にミーナ達が調べていた内容がリンクしていると直感した。

俺(ネウロイを知りすぎてはいけない? ネウロイを知ることで誰に何の不都合があるって言うんだ……?)
最終更新:2014年10月22日 23:46