基地内の自室(いや部屋というにはいささか物が多過ぎる。
なにせそのせいで床というものが一切見えない)の机でエーリカ-ハルトマン中尉は何かを書いていた。
その表情は普段の茫洋とした彼女の様子しか知らないものにとっては、驚くほどに真剣なものであった。

「んーっと。こんなもんかなー」

万年筆を放り投げると同時に大きく伸びをすると、ハルトマンは机の上の紙を掲げそう独りごちた。

「ハルトマン!物を投げっぱなしにするなといつも言っているだろうっ!!」

そう言って注意するのは同室のバルクホルン大尉だ。
髪と同色のブラウンの瞳を鋭角に釣り上げた彼女は、自らをハルトマンの保護者役に任じている節があり、
常日頃からハルトマンのいい加減な生活態度を矯正しようと努力を続けていた。

「イイだろ別にー。書きやすいけど、変な名前が彫ってあってかっこわるいし」
「それは皇帝のサインだっ!!」

もっともその努力はまるで実っていないようだったが。

「いいかハルトマン。だいたいお前にはカールスラント軍人としての心構えといものがだな……」

そのまま説教に移行したバルクホルンの言葉を遮ってハルトマンが叫んだ。

「あー!!もうこんな時間だ。そろそろ朝ごはんに行かないとなー。トゥルーデも今日は出掛けるんでしょ?」

その口調はいささかわざとらしいものだったが、バルクホルンの意識をそらすことには成功していた。

「むっ。もうこんな時間か。行くぞハルトマン!説教はまた後でだ」
「うぇー。忘れろよーもう」

そう呻くように返したハルトマンにまた眉尻を釣り上げたバルクホルンだったが、

「そういえば何故私が出掛けるのを知っているんだ?」

と怪訝そうに尋ねた。

「んー……なんとなくかな?」

ハルトマンの返答に一瞬何かを言い返そうとしたバルクホルンだったが、軽いため息をつくと扉に向かった。

「あっ!私はちょっと部屋を片付けてからいくよー」

その言葉に驚いたバルクホルンが振り返った。

「なっ!?そうかハルトマン……ついに分かってくれたか。思えばお前がJG52に入隊して来た時から私は……」
「あーはいはい。分かったから。先行っててくれよな」

涙を流さんばかりのバルクホルンの感動の言葉を適当に遮りハルトマンは退室を促す。

「うむ。それでは私は行くが、無理はするんじゃないぞ」
「無理って……。私をなんだと思ってるのさ」

バルクホルンが出ていくとハルトマンはその幼なさの残る容貌に似合わない複雑な表情を浮かべた。

(いつもより三時間も早く起きて準備してさ、何度も鏡で確認してればいくら私でも気づくっつーの)

しばらくそのまま立っていたハルトマンが歩き始めたのは食堂とは正反対の方向だった。
机に置かれた紙に書かれた文字は「俺お義兄ちゃん考課表」。初夏の基地に、季節外れの嵐が吹き荒れようとしていた。


俺とバルクホルンの物語 第二話「おにいちゃんだーい好き!」




宮藤芳佳はハンガーに向けて走っていた。
朝食の時間にもかかわらず姿を見せないハルトマンがそちらに向かっていたと聞いいたためだ。

(おかしいな。バルクホルンさんに訊いたら部屋にいるって言ってたのに。でもなんであんなに嬉しそうだったんだろう?)

芳佳が同室のバルクホルンに所在を尋ねたとき彼女はふむそろそろ呼んでやってくれないかと満足気に微笑んでいた。
芳佳がハンガーに着いたとき、ハルトマンは一人の整備員と離しているようだった。何を話してるんだろ?
二人とも楽しそう。芳佳が駆け寄ってくるのに気付いたハルトマンはそちらに振り返る

「ハルトマンさーん、なにしてるんですか?」
「んー。ちょっと兄妹の親睦を深めてたんだ」

兄妹?芳佳は疑問を覚えた。

「紹介するよ。私のおにいちゃんの俺曹長」

そう言って指差した先には金髪碧眼の一人の整備員。芳佳は知らなかったがその制服はカールスラントのものである。

「…………俺曹長です。よろしく!」
「え!?兄妹?えええええぇぇぇっっ~!!!」

にこにこと笑うハルトマンに、静かに微笑む俺。
衝撃的な発言から未だ回復していない芳佳が気づくことはなかったが、俺の笑顔はいささか以上に引き攣ったものであった。


 基地の正門前、軍用トラックにもたれかかるようにして、俺とハルトマンは人を待っていた。
突然首筋に刃物を突きつけられたような悪寒が走る。
慌てて、その発生源にふりかえるとそこには待ち人、バルクホルンが立っていた。

「……どういうことか説明しろハルトマン!!」

バルクホルンが興奮状態であることをしめすようにその頭には彼女がウィッチである証、使い魔の耳が発現している。

「だから言ってるじゃん。娯楽が欲しいってミーナに言ったら今日の買い出しについてけって言われたって。ほら命令書~」

対するハルトマンはいつも通りの自然体だ。その言葉に嘘も無く、命令書は正式な手続きのもとに発行されたものである。
 かつての男女接触禁止令は解除されていたが、隊の風紀には強い関心を持っている司令官は男女二人の外出を懸念しており、
ハルトマンの上申をこれ幸いと同行命令をだしていた。

「そうではない!!何故お前と俺が兄妹などと触れて回ってるのかと聞いてるんだ!」
「俺と私で魂のブラザー。ソウルの兄妹ってことだよ。ねっおにいちゃん!」
「……ええ」

気の抜けたものであったが確かな肯定の言葉に、さらにバルクホルンは激昂した。

「俺っ!!だいたい貴様はなんだ。腕など組んでデレデレして!それでもカールスラントの男か!!」

その言葉の通り、二人は腕を組んでいた。
もっとも身長差が大きいので、俺の腕にぶら下がっているようにも見えたが、密着していることは確かだ。
ただし神に誓ってデレデレなどしていないと言い切れる。……当たってないし。

「申し訳ありません。大尉」
「くぅ~っっ!!もういい!行くぞ」

バルクホルンがトラックに乗り込む。俺はそれを見たまま視線を向けずにハルトマンに声をかける。

「……すっごい怒ってますけど」
「だね~♪こりゃ本気かな?」

ハルトマンの不可解な言葉に疑問を覚え、俺は聞き返した。

「ん~?ほんとに分からない?それとも分からないふりをしてるのかな?」
「なにを言って……?」
「ま、とにかく。ミーナの命令書もある。今日は俺が私のおにいちゃんだよ」

俺が一番疑問に思っているのはそこだった。突然ハンガーに現れたハルトマンが持っていた、
「今日一日ハルトマンの指示に従うこと」と書かれた中佐の命令書だった。そして兄妹宣言。
何故こんな悪ふざけに中佐は許可を出したんだ?
いや、案外中佐も騙されてるのかもな、この黒い悪魔に。

「何をもたもたしているっ!行くぞハルトマン!俺!」

いつまでも来ない俺とハルトマンにバルクホルンが怒鳴った。
その声に追い立てられるように運転席に乗り込む。
腕に絡み付いていたはずのハルトマンは、どういうわけか既に助手席に乗り込んでいた。
私くらいになるとトゥルーデの怒るタイミングわかるんだよね~。とのことだ。
なにが目的かは読めないが、中尉にはいろいろ恩もある。一日くらい悪ふざけに付き合ってあげよう。
俺はそう思いながら愛用のトラックのエンジンをかけた。

「俺軍曹!フィアット626。発進します!」
「なんだそれは……」
「あはは~。いっけぇー!」



食料品店
「おいも~」
「芋だな」
「芋ですね」

本屋
「これにそれにあれに~あとこれもっと」
「そんなに買って大丈夫ですか?」
「何言ってんのさ。頑張ってね!おにいちゃん!」
「はいはい」
「…………」

服屋
「おにいちゃ~ん。後ろしめて♪」
「えっ!?」
「………………」

レストラン
「それ、美味しそうだね~。わたしにもちょうだい!」
「はいはい、今切り分けます」
「直接でいーよぅ、ほら!」
「……あーん」
「あ~ん♪おいしー!!おにいちゃんだーい好き!」
「…………っ!!!ハルトマンっ!!!!」


 バルクホルンの怒声が店内に響き渡る。歴戦の士官の裂帛の怒声に、店内にいた他の客は縮み上がっていた。
まずいな、あれは本気で怒ってるぞ。
しかし何故いきなり?と俺は疑問に思った。

「なぁに?トゥルーデ」

 流石に黒い悪魔は冷静だ。なにを怒られているか分からない、といった表情だ。
しかしその言葉と態度に、さらにバルクホルンは眉尻を吊り上げた。

「なぁに……だと……。今日のお前はなんだっ!男とべたべたベタベタしてっ!
カールスラントのウィッチとしてあるまじき姿だ!!」
「兄妹だから普通だよ~」
「だから!貴様と俺は兄妹なんかじゃないだろうっ!!」

 二人の言い争いが激しさを増していくにつれて、店内から人気がなくなっていく。
出来る事なら脱出したいと俺は思っていたが、二人からの無言のプレッシャーによりそれも出来ない。
すでに二人とも使い魔の耳が発現している。二人の周りに溢れでる魔力がスパークし、青白い光を発する。
おいおい、中尉まで怒っているじゃないかどうなってんだ。とにかく止めないと。
俺はそう思って静止の声をあげるが、

「まあまあ、二人共落ち着いて……」
「「おにいちゃん(貴様)は黙ってろっ!!」」

二人の一喝に阻まれそれ以上の発言は不可能だった。

「だいたい何怒ってんの?トゥルーデは」

ひとつ大きくため息をついてハルトマンが言った。

「何を言ってるかわからないな、フラウ。私は怒ってなどいない。
 ただカールスラント軍人としてあるべき姿について言っているだけだ」

こちらも呆れたように言い返す。

「嘘だよっ!羨ましいならそういえばいいじゃん!」

ハルトマンの叫びがそのまま風になったように、店内を吹き荒れる。
無意識に魔法を行使とは……さすがに天才と言ったところか。
と俺はあまりの事態の急展開に冷静な思考を放棄しつつ思った。

「なっ!?私は……別に羨ましくなんかない!」

そう言い返すバルクホルン。
当たり前だ。大尉が恋愛ごとに羨望を抱くはずなんかない。中尉はなにを考えてるんだ?

「ふ~ん。じゃあこうしてもトゥルーデは何も思わないんだ」

そう言ってハルトマンは俺の腕を抱え込み、まるで恋人同士がするかのように指を絡ませる。

「中尉!?何を……」
「っハルトマン!!!!!」

バルクホルンが再び怒鳴った。

「……なにさ。どうも思わないんでしょ」
「……っ」

ハルトマンの言葉にバルクホルンは言い淀む。
俺はあまりの展開に口を出せなかった。それなりに付き合いの長い俺にも、
二人が本気で喧嘩しているなんて事態は初めての経験だったからだ。
バルクホルンは一瞬悲しげに表情を歪めると早口で告げた。

「……そうだな。すまなかった。私はどうやらお邪魔だったようだな」
「あの……大尉?」
「っ!気が利かなくて悪かった!!あとは二人でよろしくやってくれっ!!!」

そう言ってバルクホルンは席を立ち、出口に向かい歩き始めた。乱暴に戻された椅子がぎしぎしと音を立てた。

「大尉!待って下さいよ!!大尉っ!」

慌てて後を追おうとする俺だったが、その動きは、右手を握った黒い悪魔が許さなかった。
俺は必死で声をかけるが、バルクホルンは振り向かずに、立ち去って行った。

「中尉!離して下さい!」
「離さないっ!!!」

あくまで追おうとする俺の言葉に返ってきたのは、常ならぬ強い口調のハルトマンの言葉だった。

「中尉?」
「離さないよ……」

ハルトマンの様子がいつもと違うことに俺は気付いた。

「中尉。いったいなんだってこんなことを?
 俺には、もうなにがなんだか分かりません」

俺の言葉にハルトマンは表情を暗くする。

「本当に?本当になんでこうなってるかわからないの?
 なんでトゥルーデが怒ったのか。なんで私がこうしてるか」
「ええ。俺には何も分かりません。でも!今何をしなければならないかは分かっているつもりです」

俺はその言葉と共にハルトマンに強い眼差しを向ける。そうだ、俺は行かなければいけない。
しかしハルトマンは更に悲しげに微笑むだけだった。

「俺……。俺は本当にひどい人だよ。……いや違う、優しいんだね。昔からそうだったもんね。
 一度思ったら変わんない頑固さも。昔からだもんね」
「……中尉?」
「やっぱり俺は、気づいてるんだよ。でも優しいから、気付いてないんだ……なら私は……」

ハルトマンの独白に、俺は首を傾げる。
どういう意味だ?
 突然ハルトマンが腕の拘束を解いた。引っ張り合っていた力の片方が急に消えたことで、俺はバランスを崩して尻餅をついた。
それを見下ろしてハルトマンは笑った。

「あははっ。おっかしー。ちょっとからかっただけなのにさ~。
 二人共マジなんだもん。笑っちゃうね」
「中尉っ……」

ハルトマンの言葉に、俺は気色ばむ。冗談でやっていいことと悪いことがある。

「まま、そう怒らないでよ。私だって、今回はやりすぎたかな~って思ってるんだから」

怒りを隠さないまま俺はハルトマンに言った。

「わかりました。じゃあ、これから二人で謝りに行きましょう」
「あ~それはパス。まだ料理あるしもったいないじゃん?」
「っ!?」

だから一人で行ってね~。とひらひら銀食器を振るハルトマン。
その姿に激昂しかけた俺だったが、今二人をまた合わせるのは逆効果かもしれないと思い直した。
無言でハルトマンに背を向けると、すっかり人気のなくなった店内を外に向かって走り始めた。
急がないと、大尉は今泣いてるんだ。この混沌の状況の中で、何故かそのことだけは、俺にははっきりと分かった。 

「いってら~。って。振り向きもしないし。
 馬鹿なことしちゃったかな~。多分俺にも嫌われちゃったよね」

残されたただ一人の客ハルトマンは、もそもそと食事を再開する。

「……あ~おいし。独り占め~って。……あれっ」

ハルトマンの視界が滲む。

「嘘っ……なんで…わたしっ……泣いてっ」

一度ハルトマンが自分の涙を自覚してしまったことにより、彼女の中で何かが決壊した。

「っ……わたし……振られっ…ちゃったんだ……。まだなんにもっ……っしてない……のに」

ぽろぽろと涙が零れ落ちる

「おかしいよッ……あきらめてた……はずっ……なのに」

事実だった。実際彼女の今日の目的は僚機のアシストのはずだった。

「知ってたのに……、俺はっ……トゥルーデしかっ……見てないってッ!なのに……」

遠い昔の初恋。彼の気持ちを知り諦めたはずの想い。それらに区切りをつけるための行動だったはずだ。

「好きなんだよ!分からないなんて!!言わないでよぉ……」

そう言って号泣し始めるハルトマンに、しかし声を返せるものは既にいなかった。
彼は彼女ではない女のために、今どこかを必死で走っているはずだ。
ハルトマンにはそれが分かっていた。当然だ。彼女が描いた絵図面の通りに事態は進んでいる。
ただひとつ彼女の感情以外は。

「……行かないでよぅっ!俺……」

虚空に向けて伸ばす彼女の手を、やはり握るものはいなかった。


「何を話せばいいのかなんて分からない。どうすれば正解なんて分からない。しかし大尉!
 貴女が悲しんでいるのが俺には我慢ならない。すぐに、行きます!」
「次回俺とバルクホルンの物語第三話『私は貴様が嫌いだ』」


  • EMT! EMT! -- 名無しさん (2011-02-10 15:13:52)
  • 続きをお願いします!!応援しています -- 名無しさん (2012-03-29 23:17:48)
  • コレは・・・続きに期待! -- 名無しさん (2012-03-30 08:45:36)
  • 続きは!? 何処なの!?  -- 名無しさん (2012-05-27 19:14:58)
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最終更新:2013年01月28日 00:59