-拝啓 母上様
貴女がこの手紙を読んでいるということは、私はもうこの世にはいないでしょう。恐らく貴女が聞いた軍の知らせでは、私は幼い少女-しかも人類の盾たるウィッチ-に手をだした極悪非道の悪漢ということになっているだろうと、推測します。
しかし、私が自らの最期に伝えたいことは、それが全くの誤解であるという一点です。私が彼女-フランチェスカ・ルッキーニ少尉-と接したのは、あくまで医師と患者としてのみであり、今私が問われている罪状-誠に遺憾ながら強姦罪-のようなことは、一切行っていないと断言できます。
明日私は、軍法会議にかけられます。軍は弁護人を付けてはくれていますが、彼には人類の至宝たるウィッチに手を出した-全くの冤罪ですが-私が、銃殺を免れることはないだろうと言われています。しかしくれぐれも彼を恨まないでください。彼の厚意によりこの手紙を貴女に届けることができたのですから。
(中略)
育ててもらった恩を忘れて、先立つ不孝をお許しください。良き両親、良き兄妹に囲まれ私は幸せでした。22年間よく育てて下さいました。その恩を何一つ返すことなく逝くことになることがただ心残りです。父と-私を除く-良き息子たちをよく頼ってください。この身は散れどもいつも貴女の周囲で幸福を祈りつつ暮らしております。
ではまた
1944年8月 ブリタニア陸軍軍医少尉 俺-
「ふぅ……こんなものかな」
営倉のないこの基地の中に、その代わりに与えられた一室の中で俺は両親への最後の手紙を書いていた。人が使うことを想定していなかった部屋なのだろう、電気もない部屋はしかし、鉄格子の嵌った窓から差し込む、月明かりとあいまってどこか幻想的な雰囲気を発していた。
(俺がこんなに、落ち着いてるのもそのおかげかもな)
明日-恐らく確実に-自分の死が決まるというのに、俺は奇妙に落ち着いていた。ドーヴァー海峡に面した基地の中の、さらに最上階にあるこの部屋は、確かに最期の一時を過ごすにはいい場所だった。
俺は月明かりの差し込む窓を開き、外を眺めた。ドーヴァー方向に向いた窓からは、故郷は見えないが、それでも少し家族との距離が近づいた気がした。
(まさかこんな所で終わっちゃうなんてな。前線で使い潰されて死なないために軍医になったのに。そんな考えだから罰があたったんだ。きっと。……ごめん。母さん)
そのせいか、郷愁の念が湧いた。やはり落ち着いてたなんてのは、気のせいだったようだ。ただ実感が沸かなくて、いやそれも違う。
死の恐怖から逃げていただけなんだ。
「くそっ。なんでっ……!こんなことに……」
拳で壁を殴りつける。しかし石造りの壁は、たやすく軟弱な俺の拳を弾き返した。拳に走る鋭い痛みに、俺はこの現状が現実だと実感させられた。
「……っ……死にたくっ……ねえよっ!!」
何度も壁を殴りつける。分かっている。たとえこの壁が壊れたって、何も変わらない。空を飛べない俺にはここから出る手段なんてないことは。俺が壊したいのは部屋の壁なんかじゃなくて、今目の前に大きく立ちはだかる、現実という壁だった。
「ッ誰か!俺を……っ助けてくれっ!」
喉の奥から搾り出すように出た叫びは、誰にも届かないという絶望に溢れていた。
しかし
「うん!分かった!!」
「えっ……」
その声は確かに届いていた。上からの想定外の返事に、俺は上を見上げる。妖しいほどに輝く満月の中に見えたのは、天真爛漫に過ぎる笑顔。フランチェスカ・ルッキーニ少尉の姿だった。
「俺~。どいてぇ~!!!す~ぱ~ルッキーニ~キイッ~ク!!」
少尉がこちらに向かって猛スピードで飛んできていることに気付いた。ぶつかる!俺はとっさに横に飛び退いた。
基地ごと揺らすような轟音が響く。もうもうと立ち込める土煙が晴れるとと、そこには今までとは一変した光景があった。あれほど強固に、絶望的に立ちふさがっていた壁が綺麗になくなっていた。
「俺!!たっすけに来ったよ~!」
瓦礫に埋まった部屋の真ん中に立ち、ルッキーニ少尉が言った。
「ルッキーニ少尉……?なんで……」
「あっははは~。俺泣いてる~。どしたの?」
月光を背負って、首を傾げる少尉の姿に、俺は見惚れていた。感情の臨界点はとっくに突破していて、考えがまとまらなかった。
「ほら、行くよ!俺!!」
そう言って手を差し伸べてくるルッキーニ少尉。
「え……?」
「死にたくないんでしょ?助けてあげる」
その手をとろうと、俺の手が伸びる。まっすぐに俺を見つめるルッキーニ少尉。しかしその瞳が俺の最後に残った冷静さを取り戻させる。
「駄目です。ルッキーニ少尉」
「うじゅ?」
「こんなことをすれば、少尉は戻った後、罪に問われることになります」
諭すように俺は言う。
いくらエースのルッキーニ少尉とはいえ重大事件の容疑者を逃せば、懲罰を受けることは避けられない。少なくともこの隊にはもう居られないだろう。それは駄目だ。ここにはイェーガー大尉がいる。まだ幼い少尉が軍でやっていくには彼女が必要だ。
「だいじょぶっ!戻らないからっ」
「はっ?」
「ずっといっしょに逃げよう!俺」
ルッキーニ少尉の発言の内容に、俺は一瞬言葉が詰まる。
「あたし、わかったんだ。世界を守るのはあたし以外でもできる、でも、俺をここで助けるのは、あたしにしか出来ないことなんだって」
「しかし!それではっ!!」
「いいから、行こうよ!塔のてっぺんにいるお姫様を無理やり攫うのは、昔から魔女の仕業なんだよ」
問題はあとから考える。そう言って無い胸を張ったルッキーニ少尉の姿に、俺は吹き出してしまった。そうだ、問題は先送りにしてとんずらしよう。自分の命運をこの小さな魔女にかけてみるのも悪くない。それは死に瀕した俺の、ただのやけっぱちな考えだったのかも知れない。
「ねっ!だから」
そう言って再び差し出された手を今度はしっかりと掴んだ。それでもそれは信じるに足りる確かな希望だったんだ。
ルッキーニ少尉はそのまま俺の身体を抱き上げると壁のあなから空へと飛び出した。既に警報が鳴っている。レーダーに映らぬように低空で北を目指す、ネウロイの強襲を想定して、基地の注意は南に向いているはずだ。
慣れない浮遊感に思わず目をつぶる。しかし、それこそお姫様のように抱えられたままの俺に、ルッキーニ少尉が声をかける。
「見て、俺。これがもう一度見せたかった景色だよ」
言葉に目を開けると、いっぱいに広がる大地があった。月明かりに照らされた美しい森があった。もう二度と見ることが出来ないと思っていた故郷の、ブリタニアの風景があった。
胸が詰まる。自然と溢れてくる涙を、隠そうと軽く俯く。何か言わなければ、と思う俺の頭をルッキーニ少尉が優しく抱きしめた。なんだか今日は泣いてばかりだ。まして10も下の女の子の胸で泣くなんて情けない。頭の冷静な部分でそう考える。
しかし、止まらない。噛み殺し切れない嗚咽を漏らす俺の頭を、ルッキーニ少尉が静かに撫で付ける。
「よしよし……怖かったね。もう大丈夫だから……俺」
なんだよ。こんなのまるっきり逆じゃないか。そう思いながらも、幼い少女の中に感じられる確かな母性に、ついに涙が止まるまでその体制を変えることは出来なかった。
一度泣いて、どこか冷静になった俺は少尉に言う。
「すいません少尉。こんなことに巻き込んでしまって……」
「フランカ!」
「え?」
「フランカって呼んでよぅ」
だって恋人同士でしょ?そう言って問いかけるルッキーニ少尉に俺は
「は?」
という間の抜けた声しか返せなかった。
「なに言ってんの?ずっといっしょって言ったじゃん。ほんとはプロポーズは男がするもんなんだからね~」
まったくぅ。しょうがないなあ俺は~、とのんきに言葉を続けるルッキーニ少尉。そういえば、そう言ってたような、って。
「ええ!?」
事態を理解した俺は、驚きの声をあげた。あれがプロポーズだったてっことは、その手をとった俺はつまり……。でもいいのか?ルッキーニ少尉はまだ12……。思考が混乱で渦巻くが、しかしルッキーニ少尉の表情を目の端で捉えたとき、俺の心はしっかりと固まっていた。
不安気にこちらを伺うルッキーニ少尉を見た瞬間、胸に走った小さな痛み。この人を悲しませたくない。それを確信した。
「少尉……いや、フランカ」
「うじゅ?」
「あの山を越えた先に俺の故郷がある。そこまで飛べるか?」
俺の問いにルッキーニが満面の笑みで答える。思えば、絶望の縁に立つ俺が月光の中のこの笑顔を見た時から、俺はこの子に心を奪われていたんだろう。
「もっちろん!俺と一緒なら……、あたしはどこまでだって飛べるよ」
フランカの答えにしっかりと頷く俺。
「ねっ、俺……」
そう言って目を瞑るフラン。俺は下からルッキーニの首に手を回すとその頭を優しく包む。柔らかい神の感触が指先に伝わってくる。よく見ると、月明かりの中でさえ分かるほどに彼女が赤くなっているのがわかる。そのことさえも、たまらな愛しい。気持ちが自然に言葉になる。
「フランカ。愛してる」
その言葉にルッキーニは小さく頷いた。目を瞑って顔を近づける。腕の中に感じる確かな温かさが、俺にフランチェスカ・ルッキーニという一人の存在をしっかりと感じさせていた。唇を重ねる。ルッキーニの身体が小さく震える。永遠にも感じられた数秒が過ぎ、二人の距離が開く。
将来に向けて問題は山積みだ。しかしこの時の俺には、そんなことはまるで、問題じゃなかった。何が起ころうとふたりなら大丈夫。そんな確信があった。
例え何一つ持っていなくても、今の俺達には帰れる場所がある。お互いがお互いを必要としている。それだけで十分だったから。
「あったしも~♪俺!だ~いすき♪」
fin
~エピローグ的な~
坂本 「はっはっは。しかしいいのかミーナ。俺のやつ完全に銃殺だと信じてるぞ」
ミーナ 「何を言ってるのよ、半分以上あなたの悪ふざけのせいでしょう。でもいい機会です。彼にも少し反省してもらいます」
坂本 「それを言われるとなあ、しかし宮藤たちの士気も下がってるぞ。みんなには嘘だと伝えてもいいんじゃないか」
ミーナ 「だめです。みんなにも自分たちの行動が及ぼす結果にまで、一度しっかり考えてもらわないと」
坂本 「逆効果だと思うがなあ」
スーパールッキーニキーック!ドカーンガラガラ
だっそう!
最終更新:2013年01月28日 01:12