• 統合艦隊旗艦天城-

 ペリーヌは統合艦隊の旗艦、天城の甲板へと続く階段を駆け上がっていた。急な運動に、戦闘で疲労し切った体が悲鳴をあげている。それでも彼女は走り続けていた。彼女は自分が何故走っているのか明確に理解してはいなかった。理由があっての行動ではない。ただ、あの娘の声を聞いた気がしたのだ。憎らしかったあの娘の、大好きなあの娘の、自分が見捨てたあの娘の声を聞いた気がしたのだ。
それはあれから何度も想像した助けを求める姿ではなかった。自責に沈む自分を暖かく包みこんで、大丈夫だと優しく言ってくれていた。

(宮藤さんっ……貴女はっ! 貴女は!!)

 甲板に上がったペリーヌは、強い陽光に目を細めた。ネウロイの巣が生む分厚い瘴気によって、遮られていたはずの光が降り注いでいた。

(ネウロイの巣がなくなっている! ならっ……)

 しかし、続いて目に入った光景に、彼女は絶句した。
 人類史上類を見ないほどの威容を誇っていた艦隊の大半が、破壊されていた。炎上し、漂流している艦から、熱と煙に耐えかねた兵たちが零れ落ちている。後方から轟音が響く。遅れて衝撃が、呆然と佇む彼女の体を揺さぶった。

 振り返った先では、カールスラントの誇る戦艦ビスマルクが艦首から猛然と黒煙を吹いていた。船首に空いた破口から勢い良く海水が流れ込み、彼女は急速に速度を落としていった。(あれではいい的ですわ)慌てるペリーヌの前を紅い閃光が疾った。
 その光は艦の中央に吸い込まれるように消え、次の瞬間目が眩むような大爆発を引き起こした。次にペリーヌが目を開けたとき彼女は中央から折れ曲がり、その身を深海へと進めていた。

(ネウロイ!? 何故?)

 巣を失ったはずのネウロイが何故? そう思って振り返った先に見えたものに、ペリーヌは完全に言葉を失った。

 そこには空に浮遊するには、違和感を覚えるほどの巨艦、大和があった。とっくに制限時間を超えたはずの彼女はネウロイ化状態を維持したまま、こちらにその艦首を向けていた。彼女の誇る46センチ主砲は、その照準にビスマルクを捉えている。
 しかし、それだけではペリーヌはここまで自失することはなかったはずだ。自軍の優れた兵器が乗っ取られるなど、何番煎じだか知れたものではない、とすら言ってのけたことだろう。彼女の空戦ウィッチ特有の優れた目が見据えていたのは、その前方に位置する小さな黒い影だった。

 黒く濡れた体表に紅い六角形が描かれたそれは、胸の中央に紅く輝くコアを持ったそれは、まるで人間のような形をしたそれは、彼女の親友、宮藤芳佳にしか見えなかったのだ。
 ペリーヌの視線の中で、それはその左手を掲げた。連動するように大和の主砲がその向きを変える。
それが勢い良く左手を振り降ろすと同時に、大和は九つの光弾を射出した。音速を軽く上回るその光弾は、黒い何かが新たに指さした標的--戦艦ドージェ--を一撃で吹き飛ばした。

(ああ、やめて下さい。そんなはずありませんわ。あの娘がこんなことするはずありませんもの。ちがいますわ……。あれは、あれは……)

 ペリーヌの頬を知らず流れる涙が濡らしていた。否定するように首を左右に振っている。本当はペリーヌにも分かっていた。しかし、その精神の冷静な部分が告げる真実を、彼女は認めることなどできなかった。

 あの無慈悲に艦隊を蹂躙する悪魔が、宮藤芳佳の成れの果てなどと。

 呆然と座り込んだペリーヌは甲板の先端に、501 の隊員が自身と同様に自失した面持ちで空を見上げているのを見つけた。それを見てペリーヌは確信した。あれはやはり宮藤芳佳なのだと。
 ペリーヌはその拳を甲板に叩きつける。私にもっと力があれば、私がもっとうまく飛べていれば。悔恨の思いがペリーヌの胸を埋めた。涙が留まることなく無く零れ落ちて甲板を濡らしている。

(助けて下さい。あの娘を……宮藤さんを。お父様、お母様、お祖母様お祖父様…………。誰かっ。お願い……)

ペリーヌは呟く。最後に彼女が頼ってのはやはり、誰よりも尊敬する上官だった。

「坂本少佐ぁっ……」

 その時だった。ペリーヌは後ろから突然響いた声にに、振り返った。

「泣くな! ペリーヌ」

甲板が左右に開き、その中からもうもうと白い水蒸気が立ち込めた。金属が擦れる不快な音が、ペリーヌには頼もしく感じられた。その様子に気付いた501の隊員が駆け寄って来ている。

白煙の中に見えたのは彼女が願った存在、扶桑海軍少佐、坂本美緒だった。

「まだ終わってなどいない! 宮藤の言ったとおりだ。まだ終わってなどいない。この戦も、そして……私もだ!!」

腕を組み目をつむったまま、エレベーターで上がって来た坂本が言った。

「少佐っ!何をしているんだ!?」

バルクホルンが問いかけた。

「宮藤を助けに行く。あいつをこの戦争に巻き込んだのは私だ。責任は取らねばなるまい?」

坂本は奇妙なほど落ち着いていた。まぶたを開き、長年の悩みが吹っ切れたような軽やかな眼差しを上空に向けた。

「無理よ!貴女はもう戦えないのよ!?」

ミーナが叫んだ。

「いや、私はまだ戦える」

何かを思い出したように視線を上に向けた。

「あいつが……私に戦える力をくれた。」
「何を言って……?」

 訝しげな視線を向けて問いかけるミーナの問いかけに答えず、坂本は空を見上げ続ける。
その視線は空より遥か遠く、ローマの基地に向けられていた。

「許せ俺、約束は守ってやれそうにない。私は結局、戦場でしか生きられない武士のようだ。それ以外の生き方も悪く無い、と思って来ていたのだがな」



    • 決戦前夜、第501統合戦闘航空団基地、滑走路上-- 

 満月が照らす、滑走路の上で坂本美緒は抱きしめられていた。秘密で行っていた訓練飛行。魔法力を使い果たして行った強行着陸に失敗し、地面に叩きつけられる寸前で、その秘密の唯一の例外整備兵の俺曹長に抱きとめられていた。

 魔法力の喪失のショックで俺の胸に顔を埋めて泣く坂本の体を、彼は何も言わずに優しく支えていた。 

「少佐。昔のことになりますが、リバウの航空隊の活躍は欧州中に響きわたっていました。その中でも少佐の噂は今でも覚えています。」

自らの腕の中で泣く坂本に俺は声をかけた。

「……」

坂本は言葉を返さなかった。しかし、俺には坂本が意識を向けたことが分かっていた。

「いや、噂というより言葉ですな。『ウィッチに不可能はない!』」

坂本が身体を強ばらせた。

「っ…だがそれはっ!」

俺は反論を無視して言った。

「ここではあえてその言葉を借りていいましょう。『整備兵に不可能はない』と」
「なんだ……? 何を言っている?」

泣き腫らした目で俺を見上げる坂本の目には、思わぬ言葉を聞いた困惑と、僅かな希望が浮かんでいた。
俺は坂本の膝裏に手を回して、彼女の体を抱え上げた。驚いた彼女が声をあげる。

「なっ!? 何をするっ?」
「とりあえず、中に入りましょう。誰かに見られたら面倒です」

 抱え上げたことで間近に迫った坂本の躰から、甘い芳香が俺の鼻孔をくすぐっていた。俺は甘い香りに脳の奥が痺れるような感覚を覚えつつも、俺は冷静さを装いながら坂本に言った。

「分かった! ならば、自分で歩けるっ!」

慌てたように坂本が答えた。

「却下です。墜落直後の滑走路を裸足で歩くのは危険です」
「ぐぅ……」

坂本の反論をつぶし、俺はハンガーに向けて歩き始めた。坂本はしばらくもごもごとくちごもっていたが、再び俺の胸に顔を埋めた。変なところで初心なんだな、少佐は。あんなことをした人とは思えないな。俺はこの夜よりしばらく前の、ある晩の出来事を思い返しながら思った。(整備兵1参照)


    • 基地ハンガー--

「……以上です」
「……」

 ハンガーに入った俺は、坂本少佐に考えていた紫電改の改造案を伝えていた。坂本は整備用の椅子に深く腰掛けて、腕を組んでいる。俺の言葉に黙考して動くことが無かった。

「少佐……」

 無理もないことだ。と俺は思った。俺が少佐に提示した案は、正規に上申すれば、決して認められないような、非人道的なものだったからだ。 
 それを振るうウィッチの持てる力全てを吸い上げる妖刀、烈風丸。俺の案はこれを利用したものだった。魔法力だけを吸い上げるストライカーの魔力吸入器は過剰な吸入を防ぐリミッターが付けられている。ならばこれを用いず、魔導エンジンを烈風丸に直結し、烈風丸経由で無理やり戦闘に必要な力を搾り出す。文字通りに命を削るのだ。飛べるし、理論上は烈風斬を撃つことだって可能なはずだ。

「申し訳ありませんでした……。このようなこと、お伝えするべきではありませんでした」

俺は坂本に深く頭を下げた。その言葉を受けて、初めて坂本は口を開いた。

「違う。違うんだ、俺。私は、自分が情けないんだ。このようなことをお前に言わせてしまった弱さを、それを喜んで受け取ろうとしている浅ましさを、私は情けなく思う」
「少佐……」

身を切るように言葉を紡ぐ坂本に俺は、何も言うことが出来なかった。何故、貴女はそんなことが言えるのか。俺はあんたに死んで来いと言ったんだぞ。

「責任はすべて取る、などとは、これを受け取る以上言うことなど出来ない。いや、私がお前に残せるものなど、何も無いのだ。何故お前は、私などのためにここまでする?」

立ち上がって、判決を末罪人のような表情でこちらを見上げる坂本。違う。そうじゃない。少佐にそんな顔をさせるためにこの整備案を出したわけじゃないんだ。
 俺は坂本に向けてゆっくりと近づいていく。

「……俺?」

 目の前まで来て立ち止まった俺を、坂本は不安気に見上げた。
俺は坂本をそのままゆっくりと抱きしめた。俺の手に坂本の体が強張る感触が伝わる。
それを更に強く抱きしめて俺は言葉を紡いだ。

「これです。少佐。理由なんてものは、これだけなんです」

 言いながら坂本の艶やかな黒髪を、優しく撫で付ける。小さく息を飲んだ坂本が、体の力を抜いた。

「お前には、感謝している。……それでも、恋愛感情など抱いたことはなかった」
「……知っています」

 俺の胸に顔を埋めたまま坂本が言葉を続ける。

「私は……戦場以外で生きることなど考えたことも無いような女だぞ」
「構いません」

俺は坂本の体が小さく震えているのを感じた。強く抱きしめる。

「お前に……返せるものなど、何も無い……」

そう言う坂本は、サムライと呼ばれる歴戦の士官でもなんでもない、一人の少女でしかなかった。

「そんなことありません、少佐」

俺はその少女に声をかける。

「貴女がここに戻ってきてくれる。それだけでいいんです」

その言葉に、坂本の体が更に震えた。その震えは次第に強くなり、哄笑へと変わっていった。

「ふふっ……。あははっ……ははははは」
「お前は本当に可笑しな奴だな。ふふふっ。そうか、私が……。ははははは」
「少佐!? 笑わないで下さい! 俺は真剣でっ……むぅっ」

 突然の大爆笑に俺は反論の声をあげたが、その言葉は強引に遮られた。唇に柔らかい感触が伝わって来る。
間近に迫った坂本の瞳は、また見開かれていて、俺は驚きより先に気恥かしさを覚えた。
短いくちづけのあと、坂本は体を離した。

「……っ少佐! 何を!!」

 坂本の突然の行動に、口調を荒げる俺だったがその言葉を続けることは出来なかった。
ハンガーの窓から差し込む月の光の真ん中で、坂本は微笑んでいた。
坂本は言った。

「約束しよう。私は必ずここに帰ってくる」
「少佐……」
「だが私はまだ戦える。お前のおかげでだ。だから待って欲しい。私がそれを失ったとき、必ず返事をする。それまで待って欲しい」

 その微笑はいままで俺が見たこともないほど澄んでいたが、どこか壊れそうな印象を俺に与えた。そう言って坂本は出口に向けて歩き出した。振り返らずに言った。

「それでは機体の方は任せたぞ。俺曹長。出来ないとは言うまい?」
「ええ。少しの調整で出来るようにしてあります。こんなこともあろうかと、ね」

 その背中に、俺は言葉を投げかけた。その背中は一人の少女のものなどでなく、人類の未来まで背負う武士のものだった。


    • 天城甲板--

 坂本は閉じていた目を見開くと、勢い良く烈風丸を引き抜いた。左手に持っていた鞘を投げ捨てる。
その刀身が妖しく輝くと同時に紫電改の魔導エンジンが始動した。
坂本を中心にして、天城を包みこんでなお余るほど巨大な魔法陣が広がった。

「うぇ」

エイラがうめいた。

「すっごーい。芳佳みたーい」
「こっこの力はいったい」

501の隊員が、紫電改の異常な出力に驚いた様子を見せた。
しかし、坂本はそのうち何人かの視線が自分の後ろに集まっていることに気付いた。
ミーナがそちらに向けて口を開いた。

「貴女まで! 何をしようというの!?」

その言葉に坂本は振り向いた。

「少佐。わたくしも、ご一緒させて頂いてよろしいですか?」

 そこには完全装備状態の、ペリーヌがいた。

「ペリーヌ……、お前」
「まったくあの豆狸ったら、こんなときまで少佐の手を煩わせて。わたくし自身の手で折檻してやらねば気が済みませんわ!」

そういうペリーヌの顔には疲労が色濃く出ていた。しかし、坂本にはその瞳に、強く燃えるものを見た。彼女もまた坂本とは違う意味で、意地を通そうとしているのだった。

「行くぞ!ペリーヌ!!私に続け!」
「了解ですわ!」

前方上空、大和の前に居座るネウロイ-宮藤芳佳-を見据えて坂本は叫んだ。

「発進!」

 坂本自身紫電改の発揮している出力に驚いていた。すごいぞ。この力があれば。あれが、真・烈風斬が撃てるっ。
 坂本の出撃に気付いたネウロイはその手を再び掲げると、坂本に向けて大きく振り下ろした。
 大和の主砲が火を噴く。9発の巨弾が坂本に迫った。

「美緒っ!危ない!!」

甲板でミーナがあげた悲鳴が聞こえた。それでも坂本は止まらない。
烈風丸を大上段に構えると、生命力をその柄に注ぎ込んだ。
烈風丸に注ぎ込まれた力は、柄尻に結ばれた赤い紐を通じて、魔導エンジンに伝わった。
 連結紐から流れ込んだ力に、魔道エンジンが歓喜の唸りを漏らす。坂本がかつて、助けようとしているその人、宮藤芳佳の父と開発したそれは、伝えられた力を莫大な魔法力に変換すると、烈風丸の鍔に結ばれた青い紐を通してその刀身に行き渡らせた。

青白く光った二本の連結紐が坂本の周りをゆらゆらと漂う。

(綺麗……。昔寝物語に聞いた戦乙女のようですわ)

 ペリーヌは、ただ前を飛ぶ坂本の姿だけを見つめていた。迫り来る巨弾が次の瞬間にも自分たちを吹き飛ばそうとしていることなど気にもしていなかった。信頼とただ呼ぶにはあまりに純粋なその思いは、ペリーヌの心の中で煌々と輝いていた。
自身の身長の三倍はあろうかという青い光剣を振りかざして、坂本はその力の名を叫んだ。

「烈風斬!!」 

光が大和より放たれた光弾を飲み込んだ。その光が消えたとき、一度はネウロイの巣をも砕いたその巨弾は、跡形もなく消え去っていた。

「流石ですわっ!しょう……!!!少佐っ」
「どうした? ペリーヌ」

賞賛の声をあげたペリーヌが、急に驚いたように叫んだ。

「……いえ、なんでもありませんわ。少しお疲れでしょう、わたくしが先導いたしますわ」
「……ああ。頼む」

坂本もペリーヌが何に驚いたかは気付いていた。体がだるい。飛ぶときに感じた力が、急速に失われたのを感じた。烈風丸の刀身に映る自身の姿は、密かな自慢だった黒髪が、一房白くなっていた。

 なんでも無いように振舞ったつもりだったがな。と坂本は思った。ペリーヌが何も言わなかったことがありがたかった。

 坂本の目の前をペリーヌが駆け抜けて行った。その先で、宮藤は両手をゆっくりと広げた。その手の先から二つの黒い球体が現れた。ひとつひとつが宮藤の体ほどの直径を持つそれは、色濃く瘴気の雲を纏っている。

「まるで小さなネウロイの巣だな……。いや、どうやら本当にそうらしい」

 二つの球体から無数のネウロイが飛び出していた。その形は全て人の形。宮藤芳佳の姿を模していた。ただひとつ胸に真紅に輝くコアを待っていないこと以外は。
飛び出した人形ネウロイたちは大和と宮藤を囲うように布陣していった。
 オーケストラを指揮するようにその中央に立った宮藤は、左右に開いた手を胸の前で勢い良く交差させた。同時に無数のネウロイが坂本たちに向けて殺到する。

「くっ……数が多い」
「これでは近づけませんわっ!」

 雲霞の如く迫るネウロイの大群に坂本たちの足が止まった。

「ならば抉じ開けるっ!! 烈風斬っ!!!!」

 再び放たれた秘殺剣が、前方に位置するネウロイをまとめて吹き飛ばした。

「なにぃっ!」

 しかし、それを見て宮藤はその右手でその穿たれた穴を指し示した。ネウロイたちは、その数を利用して、瞬く間に埋めてしまう。

「だめですわっ。私だけでは、突破口を維持出来ません」

ペリーヌの言葉を聞きつつも、坂本は身を包む虚脱感と戦っていた。今すぐに眠ってしまいたい。まるで両手に重りを付けているようだと坂本は感じていた。

「少佐っ!危ない!!」

 坂本の後ろに位置づけたネウロイをペリーヌが叩き落す。しかしペリーヌは気付いていなかった。坂本を助けるために無理な機動を行ったことで、自身の後ろにもネウロイが入り込んだことに。ネウロイの両腕が赤く光る。
 しかし、その光が放たれることは無かった。ネウロイの更に後方から飛来した13.9mm弾がネウロイの頭部を完全に粉砕したからだ。

 坂本とペリーヌが驚いて振り返った先では

「美緒っ!」
「私たちもいるよーん」

501の仲間たちがその笑顔をこちらに向けていた。

「ペリーヌさん! 大丈夫ですかっ!」

狙撃を行った姿勢を崩さずに、リーネがこちらに向けて叫んだ。足の包帯からは血がにじんでいる。万全でない体調を示すかのように、肩が激しく上下しているのが見える。
ふん、あの状態で当てれるのか。もうひよっことは呼べないな。坂本は思った

「坂本少佐っ!お願いです!芳佳ちゃんを助けて!!」

 リーネの言葉に坂本は大きく頷いた。これ以上、あいつにこんなことをさせる訳にはいかない。
誰かが傷つくことが一番嫌いだった、あいつがこんなことを望んでいるわけがないんだ。私が止める。そう、この手で切ってでもだ。そう思って、坂本は愛刀の柄を握る力を強めた。

「違うよ。坂本少佐」

 その心を見て取ったように、エーリカが言った。

「ああ、あいつは悪い魔法使いに囚われたお姫様。王子様を待っている」

シャーリーが言葉を続ける。その指さした先には宮藤芳佳の姿があった。
坂本は気付く。

「芳佳ちゃんは今、泣いているんです……」
「なら、やることはひとつダロ」

ネウロイと化したはずの宮藤の目からは止めどなく涙が溢れていた。

「宮藤お前は……。ずっと助けを呼んでいたのか……。ならばっ! 私は!!」

坂本は体を包む虚脱感を気迫で打ち払った。烈風丸がさらに妖しく光る。

「行くわよ! フォーメーションV。坂本少佐を援護します」

ミーナの号令に、各機から了承の返事が返った。

「美緒っ。私は、貴女を信じるわ!宮藤さんを、助けてあげて」
「私たちが道を作る!行って下さい!少佐!」
「少佐なら、楽勝だよ~ん」

4丁のMGを乱射しながらカールスラントの三人が口々に叫ぶ。
銃声がやんだときには、ネウロイの群れが、宮藤に向けてぽっかりと穴が空けていた。
坂本とペリーヌはそこに飛び込んだ。いやそれより先に飛び込んだものがあった。

「ペリーヌ!! エイラの先導だ! 続くぞ!!」
「はいっ!!」

 そう言って二人が続くのはサーニャの放った9発のロケット弾だった。スオムスの妖精によって、必中のまじないが掛けられたそれは、立ちふさがるネウロイどもを粉々に吹き飛ばした。宮藤が慌てたように両手を振る。左右に広がった無数のネウロイが二人の進路を塞ごうと動き出した。それを見てペリーヌは坂本の前に飛び出した。右手を天に掲げると、自身の持つ力の名を呼んだ。

「トネールッ!」

 ペリーヌを中心にして雷撃の嵐が吹き荒れる。その中にいたネウロイどもは、痙攣するように一度その身体を震わせると、砕け散った。

「行ってください少佐! ここはわたくしが引き受けますわ」

そういうペリーヌに、坂本は首を振って答える。

「駄目だペリーヌ。あいつと、約束したんだろう?」
「っそれは!」
「あいつはきっと待っている。お前が迎えに来ることを、だ。そうだろ?」
「……はいっ!」 
「道は必ず開く! 突き進むぞ!」
「了解ですわ!」

坂本の言葉通りに後方からの九本の火線が、二人の前に道を作っていく。後方に回りこもうとするネウロイが、旋風にその動きを惑わされボーイズの13.7mm弾にその身を砕かれた。

「見えた!」

まるで台風の目のように戦闘空域にぽっかりと空いたその空間の中心に宮藤はいた。100m程の距離を置いて、三人は対峙していた。

「宮藤……、すまなかった」

 坂本の言葉に、しかし宮藤は反応を返さない。無機質な視線と、その両腕をこちらに向ける。

「少佐っ!」

ペリーヌが二人の間に割って入った。瞬間。宮藤の両腕より放たれた光線が、ペリーヌのシールドに着弾した。赤い閃光が広がり空に大輪の花を咲かせた。

「優しすぎるお前を、戦争に連れていけばこうなることは予想できた。お前が守りたいものに、ネウロイが入らないわけが無かったんだ」

閃光が強まる。しかしペリーヌは何も言わない。今、わたくしが頑張らないでどうするというの。

坂本は戸惑っていた。

(なぜだろう……。全てが見える。ネウロイの奥底に見える宮藤の心も。……ネウロイの心も)

「そして、その優しさに打たれ、ネウロイはお前を必要としてしまった。 敵のはずの人類の中で、お前だけは味方だと。今のお前は暗い海の底にいる。ネウロイの持つ人類への敵対心のみを見せられているのだろう」

坂本の魔眼が輝いている。その色は常の紫光ではなく、烈風丸の持つ妖光に近い。

「それでも、それでもだ。今の私たちにはネウロイと共存なんて出来ないんだ! だから目を覚ませ宮藤! お前の帰ってくる場所はここにあるんだ!!」

坂本は叫ぶ。その声が暗闇の奥に閉じ込められた宮藤の心に少しでも届くようにと。ありったけの想いを言葉に乗せて叩きつける。
坂本の魔眼は宮藤の体を覆う黒い表皮に細かな罅が無数に入るのを見た。

「帰って来い!宮藤いいいいぃぃっ!!!!!!!」

その言葉が槌となって叩いたかのように、黒い表皮が完全に砕け散った。空を覆っていた無数のネウロイたちもその体を光へと返していた。

「坂本さぁぁぁぁん!」
「宮藤いいいいぃぃっ!!」

宮藤が坂本の胸に飛び込んで来た。胸に顔を埋めて泣いている。その行動にペリーヌは一瞬眉を吊り上げるが、小さく溜息をつくとその表情を微笑みへと変えた。「まったく……今日だけですわよ」
坂本は昨晩自分がされたように優しく宮藤の頭を撫でていた。

「坂本さんっ。私、私……」
「いいんだ宮藤、もう終わったんだ」

そういった坂本だったが、突如響いた銃声に身をこわばらせた。その音は後方ペリーヌのいた方向から響いていた。

「まだですわっ!」

宮藤の胸にあった真紅のコアが大和に向けて飛翔していく。
不規則な機動でペリーヌの射撃を躱したそれは、大和の昼戦艦橋に飛び込むと、魔導ダイナモとその身を一体化させた。
大和の主砲が再び、こちらに向けられる。坂本は笑った。

「諦めの悪いことだ……。宮藤、ここにいろ。真・烈風斬を見せてやる」

そう言って飛び立った坂本に、宮藤が返した言葉は、坂本の予想外のものだった。

「はい!その命令は聞けませんっ!」
「なにぃ?」

坂本の疑問の声に、宮藤は強い視線を返した。

「坂本さんは死ぬ気ですっ!!」

その言葉に坂本は目を見開いた。

「気づいていたか……宮藤。この技を撃てば私は確かに命を失うだろう。そうでもしなければ撃てないのだ。
だが、他に奴を倒す手段はない。この戦場で散っていった者たちのために、私たちは勝たねばならんのだ」

坂本の言葉に、しかし宮藤は揺るがない。その瞳を見て坂本は思う。

「ならっ!!私も行きます!一人では無理でも、二人なら、きっとできますっ!!」

ああ、こいつは強いな。私なんかよりもずっと。
坂本は宮藤の瞳を見返した。その瞳に死の影はもはや無かった。
ただ、静かに、熱い炎だけが燃えている。

「ああ。わかった。行こう、宮藤!」
「はい!坂本さん!!」

坂本が伸ばした手を、宮藤が掴む。
二人はそのまま手を重ねて、烈風丸を頭上へと掲げた。
注ぎ込まれる莫大な魔力が刀身を冷たく光らせた。瞬間。
逆巻く魔力の風が二人の周囲に吹き荒れた。思わず目を瞑る。
刀身から漏れ出した魔力は光線となり、天を突いた。
まるで天蓋を支える柱のようなそれに恐怖を覚えたように、大和がその主砲を発射した。
しかし、恐るべき威力を秘めたはずのその光弾は、二人に届くことなく消え去った。
周囲を取り巻く濃密な魔力の風がそれの存在を許さなかったのだ。
再び目を開いて坂本は叫んだ。

「行くぞ宮藤!」
「はい!坂本さん!!」

頭上に掲げられた光剣が輝きを増した。宮藤は思う。

(ごめんね、ネウロイ。あなた達が私たちの気持ちを理解できるようになったら、きっと……。友達になれると思うから)

坂本は笑う。愛弟子の成長に。戦場を共に駆ける高揚感に。そして、帰りを待つ人の存在に。
そして、二人の声が重なった。

「「真!」」
「「烈風斬!!」」

その光は、その周囲にいた全ての人間の心に届き、消えた。
その日、ヴェネツィア上空のネウロイの巣の完全消滅が確認された。
これをもって正式に連合軍第501統合戦闘航空団ストライク・ウィッチーズは解散した。

おわり
最終更新:2013年01月28日 16:25