過去編 第5話「力の使い方の難しさ」
あの男を使い物にならなくした翌日、さらに俺に接触してきたものがいた。
いづれもバルクホルンのことを知っていて、俺がご執着だと思い、ずいぶんと揺さぶりを掛けてきたが……。
この前のやつを含め三人、二人はウィッチ生命を絶ち、一人は少々のケガでとどめてやった。
俺はこの事情に怒りを炊きつけながら上官の部屋の扉を豪快に壊すんじゃないかというほど強く叩き、無理やり押し入る。
俺「おい」
上官「ん?ああ、俺か。今日も見舞いか?」
俺「お前がバルクホルンの情報を漏らしたのか?」
腰に携えた扶桑刀をゆるりと抜き上官の眼前へと殺気を含めて突きつける。
それに対し机の葉巻をとって悠長に火をつける上官を見てさらに腹を立てた。
俺「昨日から俺にバルクホルンのことで接触してきた奴が三人もいた。納得のいく説明をしてもらおうか?」
上官「ふー……。ヒントを教えてやろう、ゴキブリの駆除に自分が動くのは面倒だとは思わないか?」
……ふと言われて気づいた。
ああ、確かにこんな人間だったな、と。
そういえばこの上官は俺に何かしらよく押し付けて逃げるのが得意だった。
俺「……あんたもしかして、俺にゴキブリどもの駆除をさせたのか?」
上官「お前がカスどもを駆除せざるを得ないように仕向けただけだ。バルクホルン嬢を餌にしてな」
俺「あの三人は確かに無いきに問題ばかりを起こしていたのは事実だが……駆除することが問題だ。カスでも役に立つ時がある」
上官「俺、今は何の時期だ?」
俺「?」
上官「今は、部隊の再編時期だ。ゴミやカス、クズはいらない。それを正当な理由で片付けるのには手間がいるだろう?」
俺「そういうことですか、ある意味納得です。ですが……」
上官「なんだ?」
俺「あいつに手を出すようならば例え上官でもゴミと同様に片付けますから。そのへんは承知しておいてください」
にこりと笑って俺は殺気を突きつける。
しかし上官はそれを心地良いように受け止め、煙を肺からたんまりと排出し、吸殻を灰皿に押し付けた。
上官「ああ、もちろんさ。できるならな」
俺「ええ、できますとも。それでは今日も行きますので」
上官「わかった。行って来い。時に聞くが」
俺「なんでしょう?」
上官「ずいぶんとバルクホルン嬢にご執心のようだな。何か、あったのか?」
俺「さぁ、どうでしょうか。まぁ少し話すなら、あんな人に出会ったのは
初めてかもしれない、ということだけですね」
上官「ほう。なら楽しんでいるようだな」
俺「もちろん」
上官「だが、知っておけよ。部隊の再編が済めばすぐに任務と研究が待っているからな」
俺「……そんなこと、重々承知ですよ。では」
~病院~
今日も色々と買い物をしてバルクホルンの病室を尋ねた。
105号室であったか、すでに通い慣れているせいか、看護婦が挨拶をしてくるようになったのはうれしいことだ。
だが、それとは逆に大変なこともあった。
俺「あの……機嫌直してくれませんかね」
バルクホルン「知らん」
昨日朝お見舞いに来たときに、マルセイユというウィッチとハルトマンとでバルクホルンをからかってしまったことを怒っているのだ。
いや、正確には拗ねている、のほうが正しい。
俺「あ、これチョコレートですよ。クッキーもありますよ」
バルクホルン「あのな……そんなことをして機嫌でもとろうとしてるのか?」
俺「一つの手ですよ。あ、もしかして虫歯とか……」
バルクホルン「そんなわけあるか。一応空を飛んでいたんだぞ」
俺「機嫌治してください。あの時のことは謝りますって」
バルクホルン「別に、昨日のことですねているわけじゃないさ」
俺「拗ねてるじゃないですか」
バルクホルン「すねてない」
俺「すねてますよ……」
バルクホルン「すねてないっていってるだろう」
俺「もうそれでいいです……」
バルクホルン「折れるのがはやいな……」
そんなこんなの他愛のない会話ばかりをする毎日。
このような毎日が、戦いばかりだったバルクホルンと人との関わりがもてない俺にとって確実に精神を落ち着けている時間になっていたのは事実だ。
俺はベッドの隣にある椅子へとどかりと腰をかける。
がさがさと茶袋を漁っては何かないだろうかと探りを入れたのだが、どうやらバルクホルンの機嫌を治すようなものはさっぱりないらしい。
ちょっとした沈黙がいつもどおりに二人の間を流れたが、それを裂いたのはバルクホルンだった。
バルクホルン「そういえば……俺は以前私を助けてくれたな……」
俺「どうしました、急に」
バルクホルン「ハルトマンに聞いた。私が気絶した後、お前は船が出航するまでの間の時間稼ぎをしてくれたと」
俺「あれは……」
バルクホルン「本当に感謝する。あのままでは避難民を乗せた船が出航する前にネウロイにやられていただろうからな」
俺「俺はただ、ネウロイを倒しただけです」
バルクホルン「それでもいい。だが感謝する。ありがとう」
俺「……」
バルクホルンにこうやってまともに感謝されるのは初めてだ。
何かむず痒い。
それと同時に、それほど大層なことをしたわけではないと否定する自分もいる。
バルクホルン「敵は中型3小型15機だったか?」
俺「ええ、ちょうどです」
バルクホルン「俺は、強いんだな。一人で何の怪我もなくネウロイを落としたみたいじゃないか」
俺「……強くはありませんよ」
バルクホルン「あの時すでに残弾数も魔法力も少なかったはずなのに……さすがだ」
俺「……それはそうですが。あの時は運がよかっただけだ」
バルクホルン「違う。運など所詮後から言われる物に過ぎない。俺はその力で守ってくれた」
俺「守った?何を?」
バルクホルン「あの場にいた者たちすべてだ」
俺「俺は守ってなんかいない。ただネウロイを破壊しただけだ」
バルクホルン「それが、その結果に繋がっているんだ」
俺「違う。俺の任務は人を守ることじゃない。ネウロイを破壊し、サンプルを持ち帰ることだ」
バルクホルン「なぜだ?なぜそこまで否定するんだ?」
俺「それは……」
俺は言葉に詰まった。
ここで吐き出しても意味もなさないことを知っているからだ。
だが、内心にあったものを言わざるを得なかった、なぜならバルクホルンが消え入るような声でこういったからだ。
私も、俺みたいに力があれば、何もかも守れたのに
と。
俺はその言葉を聞いて胸中に嫌悪感を渦巻かせた。
俺みたいに?
ありえない。
今までバルクホルンが生きてきた中で感じてきたことを、俺は全く知らない。
何も守るものがない俺が、そんな俺が強い?
何の信念もない俺が、そんな俺が強いだと?
俺「俺は……」
バルクホルン「?」
俺「俺は、強くなんかない。誰も守れず、何も守れず、ただこの力を私利私欲のためにつかっているだけだ」
バルクホルン「……どういうことだ?」
俺「親も友も恋人も知り合いも繋がりも、矜持も名誉も地位も思い出も国も!何も知らないし、何も持っていないっ!俺は、何も守るものなんて持ち合わせ
ちゃいないんだよ!!」
バルクホルン「あ、え、ど、どうしたんだ一体」
俺「国のため?誰かのため?プライドのため?そんなもの俺にはねぇよ。軍に入ってから俺はただこの力を邪魔な奴らを消すために使ってきた。どれだけ言い訳しようがこれがと事実だ」
バルクホルン「それは……」
俺「ただ命令を受け、忠実に実行し、敵とみなしたものを全て排除し、自分の命を捧げる、それで何が残る?何も……残らないんだよ」
バルクホルン「そんなことは―――!」
俺「ない、と言いたいだろう。別に自分が不幸だなんて思ったことはない。だが、『正しい力の使い方』をしてきた人間には『誤った力の使い方』をしている人間のことなどわかりやしない」
俺「力は所詮力でしかない。バルクホルンは今まで何かを守るために戦ってきた、反面俺は何かを消すために戦ってきた、それだけなんだよ」
バルクホルン「そうだとしてもお前のしたことは『正しい』はずだ!」
俺「違う。そんな力を強さだと思うな。俺がこのダイナモ作戦に出ている事自体、正しくないんだよ」
バルクホルン「お前は現に結果として人々を救った!そうだろう!?」
俺「俺があの戦場にいた理由は……」
バルクホルン「……言えないのか?」
俺「すまない。ただ、俺は自分が今までしてきたことは間違っている、そう思えるんだよ」
バルクホルン「俺……」
俺「俺にはそれしかなかったんだよ……!頼むから……俺みたいに強くなりたいとか言わないでくれ。俺の力を認めてしまえば、バルクホルンの『正しさ』が失われるんだよ……」
バルクホルン「私の、正しさ?」
俺「妹のためだとか、国のためだとか、人々のためだとか、戦友のためだとか、そんな力の使い方が羨ましいんだよ。自分も普通ならこうなっていたんだろうかって考えてしまうんだよ……!」
バルクホルン「……それでも私はいくつも失った。もう、寄りかかるところがない、正しさを保つ術が……」
俺「それでも俺を認めるな。認めてしまえば、守るモノさえ失う。力に憧れるな、強さは……俺が持っているような力のことじゃないっ!」
俺は今まで自分が正しいなどと一度も思ったことはない。
だが、力を行使してきたことを後悔したことなど一度もない。
自分勝手にウィッチの力を使って障害を破壊し思うがままに力をふるったことを、後悔した瞬間俺は……。
世間一般的に、俺はいつだっておかしい命令を聞いてきた、俺が実際あの場にいたのだって『ネウロイのビームを受けて死に絶えた死体の死肉回収』だった。
つまり、死肉を調べネウロイの攻撃方法について何らかを探ろうとするための検体回収だ。
すべては金のため、保身のため、研究のために俺は力を振るってきた。
俺がこのダイナモ作戦で見てきたことはひどくて、醜くて、間違ったものばかり……そうであったはずなんだ。
そんな俺があの場で唯一出会った『正しくて強い』もの。
バルクホルンが重傷していたとき、彼女が自分の身を捨ててまでも何かを守ろうとすることに疑問を感じた。
そして同時に自分の弱さを目の前につきつけられたのだ。
今にして思う。
あの時、消したかったのは自分の存在だと。
また、彼女の純粋な強さに惹かれたのだと。
バルクホルン「なぁ、俺」
椅子にかけたまま項垂れた俺に声をかけてくる。
その声は儚く、この空間ですぐに薄れて消えていくようなものだった。
バルクホルン「なら私はどうすればいいんだろうな……」
俺「今は、立ち上がることに集中しろ。心配だがな」
バルクホルン「ははっ、今は杖なしじゃ歩けもしないさ」
乾いた声が響く。
力に憧れた妄想に、現実を突きつけた反動。
それがバルクホルンと俺の中には確実にあった。
俺「……杖をつけばちゃんと歩けるか?」
バルクホルン「さぁ……どうだろうか。ただ、怖いな」
俺「俺にはバルクホルンを牽引することなど不可能だ」
バルクホルン「だったら……」
俺「?」
バルクホルン「歩くから、支えていてくれ。俺は私の横でついてきてくれればいいさ」
俺「バルクホルンが歩けるようになるまで見ていろと?」
バルクホルン「怖いんだ、また立てなくなるかもしれないことが。それに、俺に教えてやりたいものもある」
俺「……何をだ?」
バルクホルン「私と一緒にまっすぐ歩くと何が見えてくるかということを」
俺「……それはどこまで付き添えばいい?」
バルクホルン「俺の好きなところまででいいさ。強制はしない」
俺「……わかった。考えておく」
今日のお見舞いはずいぶんと変な時間を過ごすこととなってしまった。
自分の思っていたことをいってしまって、でも彼女も思っていたことを言って。
結局答えを求めることにはならず、ただの言い合いになってしまって結局落ち着いたところは両者ともがノックダウンするところだった。
現実は辛辣なもので、苦しくて、でも逃げられないものだ。
バルクホルン「また、明日も来るのか?」
俺「ああ、もちろん。約束だしな」
バルクホルン「俺は意外と約束は守る方なんだな」
俺「そうか?まぁそうなのかもな」
バルクホルン「それじゃあまた明日な」
俺「……ああ、じゃあな」
椅子から重い腰を上げ立ち上がり、古びた木の扉を脱力した片手で開いた。
後ろから声がかかる。
バルクホルン「なぁ、俺。お前はさっき自分にはなにもないと言ったが……私はお前が何か持っていると思うぞ」
俺「何をだ?」
バルクホルン「詳しくは口にできないが、なんとなく、な」
俺「そうか……まぁいつか聞かせてくれ。じゃあまた明日」
バルクホルン「ああ、また明日」
部屋をでてゆっくりと扉を閉める。
バルクホルンはわかってくれただろうか、この口下手な俺の言葉で。
理解していてくれたら、ありがたいな。
それにしても、今日のバルクホルンの肩がやけに小さく見えた。
そしてなぜ俺はバルクホルンに……。
第5話終わり
最終更新:2013年01月29日 13:55