――24.12.1939 帝政カールスラント

俺「……寒い……」

 この十二月の寒空の下、俺はカールスラント空軍第52戦闘航空団の隊員が生活している隊員宿舎前で立ち尽くしていた。
 久々に丸一日休暇を貰えたので、同期で集まって街に繰り出そうかという話になり、
 こうして待ち合わせをしていたのだった。

 突如現れた人類の敵『ネウロイ』の攻勢により、東の隣国オストマルクは一ヶ月と経たずに陥落。
 国境を隔てるここ、祖国カールスラントもまた戦火に飲み込まれつつある。
 各国から支援の航空歩兵が続々と集い、何とか防衛線を維持している状態だが、
 破壊された市街の廃材……特に金属を取り込んで増殖することの出来るネウロイの戦力は侮れず、
 実質、カールスラント東部からじりじりと撤退しているという表現がよく当て嵌まった。

 そんな状況で、貴重な航空歩兵の――と言っても士官学校を出てまだ二年にも満たない――俺たちが
 終日休暇というのは、有体に言えば、奇跡と同義だった。

俺「うう……ダメだ、耐えられん。何だってこんなに寒いんだ……」

 待ち合わせの時間はとうに一時間以上過ぎていた。いくら何でも待たせ過ぎだ。
 身を刺す冷気に抵抗することを諦めた俺は、相棒である使い魔の大鷲を呼んだ。
 頭から一対の翼が、上着の裾の下から尾が、それぞれ淡い光を纏って飛び出す。
 こうして使い魔の力を借りて魔法力で全身を覆うことで、航空歩兵はネウロイの放つ瘴気や風圧等、様々なものから身を守っている。
 同じことを陸でもやってみようという寸法だ。

 それを間近で目撃した衛兵の少女が、物珍しげに俺を見ている。
 それもそのはず、魔法力を持つ男、それも使い魔と契約している男性ウィッチというものは、
 世界でも片手で数えるほどしか存在しないからだ。
 その内の一人はこのカールスラントに居るという噂もある。世間は狭いものだ。

ラル「管理人。そんな所で突っ立って使い魔を出して、何をしている?」

 背後から掛けられた声に振り向くと、JG52の先輩ウィッチであるグンドュラ・ラル中尉が立っていた。
 俺は慌てて直立不動の敬礼をする。

俺「お疲れ様ですラル中尉。ええと、待ち人来たらず……です」

ラル「折角の非番に敬礼なんてしなくていい。そう言えば同期同士で出掛けるとマルセイユが言っていたな」

 管理人というのは、この隊舎に入居してからの俺のあだ名だった。
 実質女性しか居ない……軍紀的には男性が立ち入ることすら許されない生活空間において、
 俺は足を踏み入れるどころか一つ屋根の下で一緒に暮らしている唯一の男だ。
 その上、部隊の序列では下から数えた方が早い。必然的に管理という名の雑用を任されるようになり、事実上の管理人と化してしまった。
 そんな所以だ。

ラル「昨年のクリスマスは家に帰してやれたが、今年は無理だったな。ご家族と連絡は取ったか?」

俺「はい。うちの両親は外務省勤務で、今は家に居ない日の方が多いんで、職場の方に。
  こういう時、公務員は忙しくて大変ですよね」

 俺たち軍人もカテゴリとしては公務員なので、おかしな言い回しではある。

ラル「そうだな。我々もその例に漏れず、だ……っと無駄話してる場合じゃない。休暇は有限なんだ。出掛けてくるぞ」

俺「行ってらっしゃい。俺は夜も外出するんで、もし鍵閉まってたら衛兵に開けてもらって下さい」

 手をひらひらと振って了解を伝えながら、ラル中尉は隊舎に併設された駐車場へと歩いて行った。
 続いて隊舎から出てきたのは、『ユニット壊し』の悪名が全軍に知れ渡っているこの方。

クルピンスキー「やあ管理人くん、メリー・クリスマス。今日も雄々しい翼じゃないか。結構結構」

俺「まだイヴですよ。ていうか伯爵は待機でしょうに、何て格好してんですか」

 ヴァルトルート・クルピンスキー少尉……通称『伯爵』は、軍服姿ではなく、
 これから颯爽とパーティーにでも出掛けていきそうな、男性的な正装だった。
 この格好で、今日の夜に隊舎で行われるささやかなクリスマスパーティーに参加するのだろう。
 休暇取得が叶わなかった隊員へのフォローとして毎年開かれているのだが、ネウロイが来ればそのパーティーすら中断されてしまう。
 この人は、そんな役回りを引いた隊員の一人だった。敵襲イコール休暇返上で出撃しなければならないのは俺も同じだけどな。

クルピンスキー「今日はさ。知り合いの女の子みんな呼んでさ。レストランのワンフロア借り切ってパーティー開いてさ。
  軽ーく酔いの回った女の子たちと楽しーく聖夜を過ごそうと思ってたのに。少佐のヤツ、あんまりじゃないかい?」

 俺にしな垂れかかると、伯爵はアブないことをさらっと言ってのけた。
 普段からそんなだから許可が下りなかったんじゃないかな。

クルピンスキー「おおっと。言うね、後輩。ところで一つ、頼まれてもらえないかな?」

俺「時間が掛かるのはダメですよ。今、人を待ってるんで」

クルピンスキー「ストライカーの調子が良くないんで、見て欲しかったんだけどね。君の目と腕は確かだから。
  整備の人たち、アレで『完璧な仕上がりです』なんて言うんだよ。そんなわけないと思うから、念のためにね」

 航空歩兵が整備班の言葉を全否定というのも、問題のような気がするのだが……。
 とにかくこの人は、腕は確かなのに被弾を気にせず敵に突っ込んでいくため、とんでもない勢いでストライカーを壊す。
 全損もしょっちゅうなので、予備の部品どころか機体を丸ごと発注しないといけないくらいだった。
 元々ストライカーに興味のあった俺は、よく整備班を手伝って、伯爵が破壊した機体をレストアしていた。
 部隊の家計の足しに……という意味合いもある。

俺「帰ってきたらやりますよ。バラすのは勉強になりますし。壊れてなかったら、ですけどね」

クルピンスキー「うん、よろしく頼むよ。今日は壊さないって、君の雄々しい翼に誓うよ」

 俺は、壊すだろうな、と思いながら、いくらか上機嫌になって隊舎に消えていく伯爵の姿を見送った。
 そんな伯爵と入れ違いでこちらにやってきたのは、直属の上官であるゲルトルート・バルクホルン中尉。
 確かこの人も待機組だったはずだ。

バルクホルン「やれやれ。また雑用を押し付けられたのか?」

俺「ストライカー弄りは好きでやってるんで。ところで、中尉は今日、休暇じゃないですよね?」

バルクホルン「ああ、残念ながらな。明日は半休だが、とても家に帰っている暇はなさそうだ」

 妹さんのクリスを溺愛しているバルクホルン中尉は、このクリスマスという機会に、是非会いに行きたかったことだろう。
 それが叶わず気落ちしているのか、バルクホルン中尉は深く重たい溜息をついた。

俺「扶桑のウィッチが書いた本にカールスラント語訳つけたの持ってるんで、後で差し上げます。
  中尉からクリスちゃんに渡してあげて下さい。クリスマスプレゼントってことで」

バルクホルン「……いいのか? 扶桑の本なんて、ここでは滅多に手に入らないだろう?」

俺「別にいいですよ、もう全部読んだんで。……と、あいつら、やっと来たのか」

 約束の時間を過ぎること実に一時間と二十二分。待ち人二名がようやく姿を見せた。

 片方はハンナ・ユスティーナ・マルセイユ少尉。
 ヴェニーシャンブロンドの長髪にピンと一本だけ立ったアホ毛が目立つ、すらっとした少女。

 もう片方はエーリカ・ハルトマン少尉。
 ブロンドの髪をボブカットにした小柄な少女。眠そうに目を擦っているということは、寝ていたのか。

 二人揃って黒地の軍服にズボンという、いつもの姿だ。
 この二人が、共に士官学校で学び、共に卒業し、共にこのJG52に配属された俺の同期だった。
 マルセイユは、俺と実家がお隣さんで年齢も一個違いの幼馴染でもある。
 ミドルネームのユスティーナから取って、俺は『ティナ』と呼んでいた。

 そのティナは、バルクホルン中尉の姿を確認するや否や、とても分かりやすく顔をしかめた。

マルセイユ「待たせたな、俺。石頭と何を話してた?」

バルクホルン「……マルセイユ、貴様。開口一番、上官に喧嘩を売るとはいい度胸だな」

マルセイユ「ふん、あんたには聞いてない。私は俺に聞いてるんだ」

エーリカ「やめなよハンナ。これから出掛けるんだから……ふああ」

 奔放なティナと規律第一のバルクホルン中尉は、所謂犬猿の仲というやつだった。
 放っておけばこの場で取っ組み合いになることもあり得る。俺は、話題を逸らすべく同期の二人に話を振った。

俺「おい、俺を一時間以上待たせたことについては何もないのか?」

マルセイユ「ない」
エーリカ「時計止まってたんだもん。仕方ないじゃん?」

 二者二様に俺の訴えをばっさりと切り捨てると、ティナは中尉と睨み合い、エーリカはそれを宥める作業に戻った。
 ああもう、勝手にしてくれ……。

俺「取りあえず、俺、行くから。休暇は有限なんでな」

マルセイユ「こら、待て! 私を置いて行くのか!」
エーリカ「あーんもう、待ってよー!」

 ラル中尉の言葉を引用して歩き出すと、二人が追い縋って、左右からそれぞれ俺の手を掴み取った。
 背後では、バルクホルン中尉が過ぎ去った嵐に溜息を一つ。

バルクホルン「はぁ……。羽目を外しすぎるなよ。門限も守るように」

 バルクホルン中尉の言葉に振り向いたティナが、べーっと舌を出して明確に拒絶の意を表す。
 それを見てとうとう堪忍袋の緒が切れたらしく、バルクホルン中尉は使い魔であるジャーマン・ポインターを呼んだ。
 今のバルクホルン中尉に捕まったら、本当に休暇が丸潰れになりかねない……。
 俺は慌てて、ティナとエーリカの手を引いて走り出した。


          *          *          *


俺「いちいち突っ掛かることないだろう? あの人だって悪い人じゃないんだから……」

マルセイユ「仕方ないだろ、合わないんだから。理屈じゃないんだよ」

エーリカ「可愛い所もあるけどね、トゥルーデは」

マルセイユ「あれはただの妹狂いだ」

 身も蓋もない。
 怒り狂うバルクホルン中尉から何とか逃げおおせた俺たちは、市街のオープンテラスで腹を満たしながら、
 他愛もない話に花を咲かせていた。
 戦況が厳しくなってくれば、こんなことも出来なくなるのだろう。

エーリカ「にしたってさ。前なんて俺が代わりに殴られてたでしょ?」

マルセイユ「あー……あれは……」

 ティナの歯切れが途端に悪くなる。
 以前、二人の喧嘩を止めようと割って入って、運悪くバルクホルン中尉の鉄拳に殴り飛ばされたことがあったのだ。
 そのまま意識が飛んで、しばらく医務室の厄介になってしまった。
 流石のティナもあの件は堪えているらしい。助け舟でも出しておこう。

俺「あれは俺が割り込んだんだよ。でもタイミングが最悪だった」

 まあ、とばっちりであることに変わりはない。

エーリカ「えーそうなの? あの後、ハンナ医務室に籠もりっきりで出てこなかったじゃん」

マルセイユ「……一応、私にも責任あるわけだし。まさか意識飛んで目覚まさないなんて思わないだろ」

俺「いやあ感動したね。目を開けたら半泣きのこいつが居たんだぜ。あれはそうそう見られむぐっ」

マルセイユ「わああ言うな! 忘れろ!」

 顔を真っ赤にしたティナが、フォークでデザートを押し込んで俺の口を塞ぐ。
 生憎だが、忘れてなんてたまるものか。お前とのことは、何一つ忘れてやらない。
 『この気持ち』を自覚した時、俺はそう心に決めていた。

マルセイユ「ほ、ほら! 買い物行くぞ買い物! 次はいつ来れるか分からないんだからな!」

 赤面したまま、俺の手を引いて立ち上がるティナ。エーリカもそれに従って席を立つ。
 確かにティナの言う通りだ。元々俺も、今日はとことん付き合うつもりでここに居る。
 でも、飲食代をテーブルに置くための時間くらいは頂くとしよう。


          *          *          *


マルセイユ「ハルトマン。これを着ろって言うのか?」

エーリカ「そうだけど?」

マルセイユ「ふざけてるのか。こんな、こんな……」

エーリカ「ふざけてなんかないよ。ハンナは見た目良いんだから、大丈夫だって」

マルセイユ「そういう問題じゃない! ていうかその言い方だと中身は悪いみたいじゃないか!」

 女性向けの洋服店に連行された俺は、手持無沙汰に備え付けのベンチに腰かけていた。
 店の奥の試着スペースではかれこれ数十分、女二人の押し問答が繰り広げられている。
 終わる気配のない戦いに溜息をこぼしていると、暇を持て余しているらしい店員が話し掛けてきた。

店員「お連れのお二人、とてもレベル高いですよね。どっちが彼女なんです? まさか、両方?」

俺「馬鹿言わないで下さい。同僚です。こう見えても軍人でね。今日は非番なんですよ」

店員「へえ……失礼ですけど、お若いですよね。もしかしてウィッチですか?」

俺「ええ、まあ」

 なかなかミーハーらしい店員の追究をのらりくらりとかわしていると、
 ようやく試着を終えたらしい二人が姿をあら……おおう……

マルセイユ「ううう。俺、見るな……私を見るな……」

 普段着る機会のない服に落ち着かない様子で視線を泳がせているティナが、そこには立っていた。
 薄手のタートルネックのセーターに、赤いタータンチェックの上品なミニスカート。黒いニーソックスまで履いている。
 快活な彼女とは正反対の、シンプルだが落ち着いたコーディネイトだ。とても機関銃片手に戦争しているようには見えない。

 対するエーリカはというと、肩掛けと三つボタンのジャケットとミニスカートを黒で統一し、赤いタイツでアクセントを付けて。
 さらに白いベレー帽を被って、胴体部分の黒とのコントラストを生み出している。良家の令嬢という出で立ちだ。

 二人とも、いつもは先程までのような黒地の軍服にズボンという、女性の軍人としてオーソドックスな姿しか見せない。
 だからこそ、このような姿はとても新鮮で、俺はそれだけで目と言葉を奪われてしまった。

店員「わあ……とてもお似合いですよお客様!」

マルセイユ「黙れぇっ!」

エーリカ「はい逃げない。俺ー、どう? 似合ってるでしょ?」

 店員を怒鳴り飛ばして回れ右しようとするティナを、エーリカがおもむろに掴んで引き留める。
 いつもはティナがエーリカに絡んでいるのに、今は攻守が逆転してしまっている。
 退路を断たれたティナは、オープンテラスの時と負けず劣らず、顔を赤く染めていた。

俺「あ、ああ……うん。似合ってる。普通に、可愛い」

エーリカ「良かったー。気合い入れて選んだからね。待たせちゃったかな。ごめんね?」

 すっかり硬直してしまった俺に、エーリカが白い歯を見せて微笑み掛ける。
 彼女らのこんなに可憐な姿を見られるのなら、このくらい待った内に入らないだろう……
 と考えていると、いくらか紅潮の引いたティナが身を乗り出して、俺に迫ってきた。

マルセイユ「ほ……本当か? 本当に? 似合ってる? 変じゃない?」

俺「本当だ。似合ってる。その……ちょっと見惚れた」

 オウム返しのように答えるのが精一杯だった。語彙の不足が恨めしい。
 というか顔が近い。ティナさん近過ぎます。

マルセイユ「そ、そっか。似合ってるか。そっかぁ……」

 ティナは破顔一笑、強張りっぱなしだった表情をようやく緩めた。
 これがまたえらく可愛くて、俺はつい視線を逸らしてしまう。

エーリカ「ハンナにはもう少し着せたかったんだけど、これでいいって聞かなくてねぇ。
  ゴシック系も似合うと思うんだけどなぁ。ま、今だけだからしっかり目に焼き付けておいてね」

俺「ん、こんだけ時間掛けて試着だけか? こちらのウィッチ大好きな店員さんも、流石にキレると思うぜ」

エーリカ「だって、お値段が……ほら。ハンナのもこんな感じ」

 エーリカが裾を捲って値札を見せる。……ゼロが一個多いんじゃないかな。
 けれども、俺も男だ。ティナの格好を見、店の一角へと目を遣って目的の物があることを確かめると、店員を呼んだ。

俺「店員さん、会計お願いします。あのロングコートもセットで。支払いは二人分まとめてこっちで」

エーリカ「あれ? 買ってくれるの? 冗談抜きで高いよ?」

俺「プレゼント。そのくらいの甲斐性は俺にだってあるさ。ほら、向こうで値札切ってもらって来いよ」

 ありがとう、と嬉しそうに笑って、エーリカは足取りも軽やかに店の奥へと消えて行った。
 対するティナは、俺の前に立ったまま、眉をひそめてじっと俺を見つめている。

俺「どうした? 行かねぇのか?」

マルセイユ「コート頼む時、どうして私を見た?」

俺「ああ……エーリカはともかく、ティナはその格好で外に出たら寒いだろうと思ってよ」

マルセイユ「外……って。この格好で歩き回れって言うのか!?」

俺「コート着てれば分からねぇだろ? エーリカはその気満々だぜ」

マルセイユ「ぐう。ハルトマンに負けるのだけは嫌だ……!」

 別に勝負でも何でもないが、それっぽく言うとティナはすぐに引っ掛かった。
 ティナは何故だかエーリカをライバル視しており、士官学校時代からずっと勝負を挑み続けている。
 卒業してJG52に配属された後でもそれは変わらず、戦闘後に実銃を向けたことさえあった。
 その後どうなったかは、推して知るべし。

 短い葛藤の末、ティナはエーリカを追って店の奥へずかずかと歩いて行った。
 赤みの引いた頬が、またいくらか紅潮しているのを、狙撃手の目は見逃さなかった。

俺「……本当、似合ってるんだ」

 だから、もう少しくらいその姿を眺めていたいと思っても、バチは当たらないよな?


          *          *          *


 洋服店を出た俺たちは買い物行脚を再開した。
 服に合うアクセサリーを見に行ったり、エーリカの強い要望でお菓子屋を回ったり……。
 何処かしら店に入る度に財布の中身がいくらか飛んでいくのがアレだったが、
 ティナもエーリカも楽しんでくれているようだから、この際考えないことにした。
 たまにはこういうのも、まぁ、いいさ。

 やがて日が暮れて、街灯に明かりが点き始めた頃……
 ティナがシルバーアクセのショーウィンドウに夢中になっている隙を見計らって、エーリカが俺に囁いた。

エーリカ「今日はいっぱいありがとうね。お金だいぶ使ったでしょ」

俺「気にすんな。どうせ貯まる一方で使い道なんかそれほどないんだ。
  どうしても気になるなら、レシートから請求書起こしてやろうか?」

エーリカ「にゃはは、それは勘弁だね。……ところで、なんだけど」

俺「ん?」

 急に改まるエーリカに、俺は頭上に疑問符を浮かべる。
 エーリカは頬を赤らめ、何か勿体ぶる仕草で言葉を続けた。

エーリカ「夜間の外出許可、取ってあるよね? 待ち合わせ……してほしいんだ」

俺「俺と?」

エーリカ「にしし。八時に広場の噴水前で。いいかな?」

 少し微妙な時間だった。
 伯爵があの軽薄な言葉通りにストライカーを壊していなかったら、機体を見る約束になっていたからだ。
 俺は脳裏で作業手順を思い起こして、作業時間を大まかに見積もってみた。

俺「八時か……まあ、大丈夫かな。分かった、噴水前だな」

エーリカ「そう。絶対だよ。遅れちゃダメだからね?」

俺「今日、一時間以上俺を待たせた人間の台詞じゃねぇな」

 口で責めつつ俺は笑った。エーリカも笑っている。
 そんな俺たちに気付いたのだろう。ティナが俺の正面に立ち、両手で俺の両頬をそれぞれ摘んでぐにぐにと引っ張り始めた。

俺「おい、ティナ、痛いんだけど……」

マルセイユ「私を放っておいてハルトマンと随分いい雰囲気じゃないか? ええ?」

 自分を蚊帳の外にして楽しげにしている俺たちに、とてもとてもご立腹されたらしい。
 ティナの機嫌が直るまで、そのまましばらくぐにぐにされる羽目になった。
 その光景にエーリカは一人ほくそ笑んでいたのだが……俺もティナも、知る由もなかった。


          *          *          *


 結論から言うと、伯爵は期待を裏切らず、ストライカーをぶっ壊した。
 哨戒任務中に他の隊がネウロイと交戦していることを聞き付け、無断で参戦。
 見事ネウロイを退け、自分も見事に被弾して帰ってきたのだった。
 炎上するハンガーの一角と消火に追われる整備班を背に涼しい顔をしている伯爵は、ある意味、輝いていた。
 そういうわけで、整備の約束は次の機会にということになった。

 懐中時計を開くと、時間は午後七時五十分を回っていた。
 少し思い付いて寄り道をしたため遅くなり、俺は白い息を吐き出しながら、約束の場所に向かって走っていた。
 繁華街から離れているこの辺りは、街灯の明かりで照らされてはいるものの、大部分を深い闇が支配していた。
 人通りもない。この寒い中を出歩くよりは、それが家族であれ、恋人であれ、暖かい家の中で語らう方がずっと良いだろう。

 待ち合わせをした広場に入ると、噴水の傍に一人の女性が立っているのが見えた。

俺「ふう……あれ。エーリカの奴、もう来てるじゃないか」

 遠目ではよく分からないが、あれが女性だということくらいは……んん?
 近付くにつれて、その女性がエーリカではないということに、俺は気が付いた。
 あのコートとタータンチェックのスカートには見覚えがある。

俺「……ティナ?」

マルセイユ「ん? 俺か?」

 咥えていた煙管を口から離し、彼女は怪訝そうな顔をした。
 ちなみに煙管は咥えているだけで、決して喫煙しているわけではないので念のため。

俺「何で、ここに?」

マルセイユ「それは私の台詞だ」

 いまいち要領を得ない。
 俺は、エーリカと午後八時にこの噴水前で会う約束をしていると伝えた。
 聞けば、ティナも同じだと言う。あの服屋で値札を切ってもらっている時に約束したそうだ。

 ああ、要するに、これはエーリカなりの御膳立てなのだろう。
 天真爛漫で本能に忠実に生きているように見えて、実際は周囲を注意深く観察し、
 徹底した気配りでさり気なく的確なフォローを入れてくる。それがエーリカ・ハルトマンという女だった。

 そういえば、約束してほしいとは言われたが、自分と約束するとは一言も言われていない気がする。

俺「……あの野郎」

 ポケットの中には、ここに来る途中で買ったモノが入っている。
 ……うん、渡すにしても伝えるにしてもチャンスだ。ありがとうエーリカ。頑張れ、俺。

マルセイユ「俺? どうした?」

俺「いや、何でもねぇよ。……お互い、待ちぼうけだな。座って待とうか」

 俺は噴水の縁に腰掛けると、すぐ隣をぽんぽんと叩いてティナを呼んだ。
 それに従い、ティナも腰を下ろすと、俺に気付く前と同じく煙管を咥え込んだ。
 そうして沈黙に支配された広場で、俺とティナは、来るはずのないエーリカを待った。

マルセイユ「……寒いな」

俺「そうだな」

マルセイユ「この服、ありがとうな」

俺「様になってるぜ。たまには着てくれよ」

マルセイユ「この格好じゃ戦闘には出られないから難しいな」

俺「確かに。魔法繊維じゃねぇし」

マルセイユ「それ以前の問題だ。こんなひらひらした格好で飛べるか」

俺「じゃあ、いつ着るんだよ?」

マルセイユ「年に一度で充分だろう?」

 取りとめのない会話が続く。
 互いに距離を測ったまま、時間だけが過ぎて行く。
 ……こんなことをしていても仕方ない。俺は意を決して口を開いた。

マルセイユ「なあ」
俺「あのさ、ティナ」

 同時に互いを呼び合い、俺たちは顔を見合わせた。
 一呼吸置いて、笑みが漏れる。ティナも考えたことは同じ、か。

俺「何だ?」

マルセイユ「うん。本当は、とっくに分かってたんだ。ハルトマンは来ないって」

俺「まあ、そうだろうな。あいつの世話焼きは今に始まった話じゃないけど、ここまでするとはな」

 ティナが身を寄せ、俺の腕を取る。
 互いの身体が密着し、心臓が鼓動を速めた。

マルセイユ「『お兄ちゃん』。聞いてほしいことがあるんだ」

 湿った瞳が、湿った唇が、おにいちゃん、と俺を呼ぶ。
 もう何年も前、本当に小さな子供だった頃、彼女は俺をそう呼んでいた。
 士官学校に入るに当たって問題が起き、そのために彼女が荒れ始めてからは、そう呼ばれることはなくなった。
 学校の入学式で再会してからもそれは同じで、今に至るまでずっとそうだった。

俺「奇遇だな。俺も、お前に聞いてほしいことがある」

 どちらが導くでもなく、俺とティナは立ち上がった。
 お互いの吐息が届く距離で、互いを見つめ合って……先に口を開いたのはティナだった。

マルセイユ「先に言うよ。お兄ちゃん……いつも私を守ってくれて、ありがとう」

 自由奔放で大言壮語で明朗快活。それがウィッチであるハンナ・ユスティーナ・マルセイユの姿だ。
 だが今……JG52では俺しか知らない、歳相応な少女としての彼女の姿が、そこにはあった。

マルセイユ「お兄ちゃんが守ってくれるから、私は安心して飛べる。
  お兄ちゃんが見ててくれるから、私はJG52でやって行けてる」

 航空歩兵になること……ウィッチとして空を飛ぶことは、ティナの夢だった。
 その夢を叶えるために、守るために、俺は何か起きる度、身体を張って彼女の盾になってきた。
 かつては『兄』として、今は彼女に焦がれる一人の男として。
 そのティナがちゃんと俺を見ていてくれたことが、今の俺にはたまらなく嬉しかった。

マルセイユ「お兄ちゃん。これからも、見守っててくれる?」

 彼女の頭を撫でながら、俺は、もちろん、と頷いた。

俺「礼なんて……いいんだよ。俺はやりたくてやってるんだから」

 さあ、俺の番だ。ポケットの中のコレは……今じゃないな。
 今はこの気持ちを伝えよう。
 何かが終わってしまうかもしれないが、それでも、ちゃんと伝えよう。

俺「俺は別に、お前の『お兄ちゃん』だから世話を焼いてたわけじゃない。
  そういう気持ちがないわけじゃないけど……」

マルセイユ「じゃあ、どうして?」

俺「お前が大事だからだ。お前のことが……好き、だからだ」

 とっくに『妹』ではなくなっていた。
 俺にとって、ティナは一人の女性になっていた。
 マセたガキだと、自分でも思う。けれども、この気持ちは絶対に嘘じゃない。

俺「『お兄ちゃん』って呼びたければ、それでもいい……」

 拒絶することもせず、ティナは穏やかな目で次の言葉を待っている。
 最後まで言い切ろう。そうでなくては伝えたことにならない。

俺「俺と、付き合ってくれないか?」

マルセイユ「私に、『お前』の女になれ、と?」

俺「う、うん。そう」

 ティナは急にいつもの調子に戻ると、不敵な笑みを浮かべた。
 思わず気圧され、俺は気の抜けたリアクションを返してしまう。

マルセイユ「逆だろう? 私の男にして下さい、じゃないのか?」

俺「む……言ったな、こいつめ」

 告白の照れ隠しに、ティナの頬をぷにぷにとつついてやった。
 ティナは、つつく指を振り払うでもなく、意外にも受け入れている。
 まるで、こうしている時間を噛み締めているみたいに……。

マルセイユ「……はは。いざ自分がこういう立場になると、なかなか照れるな」

 昼間のように紅潮した顔で、ティナは笑う。
 笑い終えるとしばらく目を閉じ、深く息を吸って、ゆっくりと吐き出してから顔を上げた。
 答えを決めたのだろう。

 俺は、先程ティナがそうしたように、黙って彼女の言葉を待った。
 賽を投げたのは俺だ。その結果は、どうであっても受け止めなくてはならない。

 そして……

マルセイユ「えっと……。ふ、ふつつか者ですが、よ、よろしくお願いし……
  ご、ゴメンちょっとタンマ。恥ずかしくて死にそう」

 ティナは耳の先まで真っ赤に染め上げて、顔を背けてしまった。
 一方の俺は、なんだか拍子抜けして思わず噴き出してしまう。
 俺の笑い声に、ティナは紅潮冷めやらぬまま食って掛かった。

マルセイユ「わっ、笑うなぁ!! わ、私だって、私だってなあ……んんっ!?」

 そんな彼女の唇を、俺は自分の唇で塞ぐ。
 しばらくはもごもごと抵抗していたティナだが、やがてそうすることを諦め、俺に身を委ねてくれた。
 腰に手を回して身体を抱き寄せると、俺たちは互いの感触に浸ったまま、意識を時間から切り離した。


          *          *          *


 どれくらい時間が経っただろうか。
 そろそろと唇を離した俺たちだが、俺は何を言おうかと思考を巡らせ、ティナも顔を赤くするばかりで、
 痛いくらいの沈黙が、見つめ合ったままの俺たちの間に横たわっていた。

 その沈黙に耐え切れず、俺は間抜け極まりない質問をした。

俺「ええっと。いいん……だよな?」

マルセイユ「……してから訊くな、バカ。お返しだ」

 今度はティナの方から俺の唇に貪りついた。
 ただ重ねるだけでは不足なのか、俺の唇を舌でこじ開けて、そのまま侵入させてくる。
 最初のキスとは打って変わって二人の舌が絡み合い、粘着質で扇情的な水音が俺の耳に響いた。

マルセイユ「んん……んちゅ……んん……ちゅぱ……んちゅう……」

 ティナの攻勢はとどまるところを知らない。
 荒い吐息と水音が混じり合って、俺の思考を一瞬で蕩かしてしまう。
 今度はティナにされるがまま、貪られ続けた。

マルセイユ「ぷはっ……。ふふん、どうだ。私の勝ちだな。これで一対一だ」

俺「一対一? ……あ、ううん、まぁ、そうか。そうなるな」

マルセイユ「決着を、付けなくちゃな?」

 二対の猛禽の瞳が、互いに獲物を捉える。
 街灯に照らし出された二つの人影が重なって動かなくなり……
 時を置いてまた二つに戻った。

マルセイユ「ふぅ……どうした? もう降参か?」

俺「あのさ。キスもいいんだけど、渡したい物があるんだよ」

マルセイユ「ん? 何だ? 指輪とか?」

 いきなりそんなモン渡せません。
 俺はようやく出番が来た『本当の』クリスマスプレゼントをポケットから取り出し、ティナの眼前に差し出した。
 長方形のケースの中に納められていたのは……星を模った銀細工をぶら下げたペンダント。

マルセイユ「これ……あの店の……?」

俺「夕方、これをじーっと見てたの覚えてて。ここに来る前にちょっとな」

 本当は、待ち合わせの用事を済ませて隊舎に帰ってから、タイミングを見て渡すつもりで買ったもの。

 形あるものなんて、もう必要ないのかもしれない。
 でも、何か、今日のこの時間の証になるようなものを持っていて欲しかった。
 別の理由で用意したプレゼントではあるが、今はこれが一番相応しく思えて……
 俺は、この時間が終わってしまう前に渡すことを決めた。

 俺はペンダントをケースから取り出すと、ティナの首に腕を回して、タートルネックの上から掛けた。
 街灯の明かりを反射して鈍く光る銀星が、歳不相応に膨らんだ胸元に揺れる。

俺「うん。買ってきて正解だったな。似合ってる」

 ティナの指が、恐る恐るペンダントに触れる。
 ペンダントを手でゆっくりと覆い、優しく握り締めて、
 手の中のひんやりとした金属の感触を確かめながら、ティナは俺を見た。

マルセイユ「ったく……。今日はもう、いっぱい貰ったのに」

 俺を見つめる瞳が、水面のように潤んでいる。

マルセイユ「こんなに貰ったら、返し切れないじゃないか?」

 小さな肩が、内なる感情を湛えて小刻みに震えている。

俺「いいんだよ。俺だって、たくさん貰ったんだから」

 震えたままの白い手が、震えたままの白い指が、俺の頬に触れる。
 俺の手がその手を包んで、俺の指がその指を絡め取って、互いの体温をまた一つ、互いに伝え合う。

俺「サンタクロースだって渡せないものを、俺は貰ったよ」

 俺がサンタを引き合いに出したのが可笑しかったのか、ティナはふっと笑った。
 もう、肩も手も、震えてはいない。ただ温もりだけが伝わってくる。

マルセイユ「ふふん。私たちに掛かれば、サンタも形無しだな?」

俺「全くだ」

 俺たちはひとしきり笑って、静かに唇を重ねた。
 極限まで冷却された深夜の凍てつく空気さえ、俺たちの間には入り込めなかった。


          *          *          *


マルセイユ「んっ……日付、変わったかな」

 ティナが身を離し、夜風が俺たちの熱を冷ましていく。
 懐中時計に目を遣ると、確かに針は十二時を回っていた。

マルセイユ「メリー・クリスマス、俺」

俺「ああ……メリー・クリスマス、ティナ」

 ぐぐっと伸びをして、ティナは天を仰ぐ。
 俺もつられて空を見上げた。空は漆黒の帳に覆われ、月はおろか星一つ見えない。
 雲が掛かっているのだろう。ホワイトクリスマスになるかもしれないな。

マルセイユ「最高のクリスマスだ」

 ティナは、掌に載せたペンダントを見て、それから俺を見て。
 およそ誰にも見せないような柔和な笑顔を、俺だけに見せた。

マルセイユ「だって、最高のクリスマスプレゼントを貰ったからな?」

 その笑顔は、言葉で表すことなんて出来ないくらい、綺麗で、愛しくて……
 俺はその姿をしっかりと網膜に焼き付けると、彼女の手を引いて、しっかりと抱き寄せた。
 この子を離したくないと、心の底から、そう思ったから。


 この後、持ち歩いていたインカムを通じてバルクホルン中尉から帰投時間超過のお説教を食らったり、
 帰って来なくていいと怒鳴られて本当に朝までティナと一緒に過ごしたりしたのだが……
 今はひとまず置いておこうと思う。


          *          *          *


――24.12.1940 ブリタニア

マルセイユ「懐かしいな。あれからもう一年も経つのか。ふふん、明け方のアレはいい勝負だったな」

俺「いやいやアレは……って、アレはこういう所でする話じゃないだろう」

ライーサ「プライベートには踏み込まない主義ですけど、気になりますね……」

 一年前の今日と同じように、俺たちはとあるオープンテラスで食事をしながら昔話に花を咲かせていた。
 ここがブリタニアで、エーリカの居た所にライーサが居るという違いこそあれ、ここに至る過程は一年前とほぼ同様だった。
 つまり俺は、一年の時を経て、再び寒空の下で一時間以上待ちぼうけを食ったのだった。

 俺の隣には、一年前と同じ格好をしたティナが座っていた。
 勿論、胸元にはあの銀細工のペンダントが星の光を放っている。

 それを見て、俺の胸がちくりと痛んだ。
 俺はこれから、彼女にある重大な決意を告げなくてはならない。それは間違いなく彼女を傷付ける。
 一時間以上待たされたことなんかどうでもよくなるくらい……俺の思考はぐちゃぐちゃになっていた。

マルセイユ「何を深刻な顔をしてるんだ。折角のクリスマスだって言うのに」

ライーサ「どうかしましたか?」

俺「……いいや、どうもしねぇよ。それより、お前よく去年の服が入ったな? 身長だいぶ伸びたろ?」

マルセイユ「ふふん。流石に胸とか丈とか、きつくなっててな。一瞬たりとも気を抜けないんだ」

 この一年でティナは見違えるほど……とは大袈裟かもしれないが、急速に女性らしさを増していた。
 二次性徴真っ只中の女の子なんだから、当然と言えば当然かもしれないが。

俺「セーター伸びるぞ。無理して着なくてもいいのに……」

ライーサ「そういうわけにも行きませんよ。ティナのお気に入りですもんね?」

マルセイユ「そういうことだ。俺、それ食べないなら貰うぞ」

 そう言って、俺がリアクションを取るよりも速く、ティナは俺のデザートを口に放り込んでしまった。
 何処までも前向きで、自由な女だ。そんな所にも惹かれているのだから、男という生き物は実に度し難い。

俺「はいはい。で、これからのご予定は?」

マルセイユ「まず、服を買いに行く。店の場所はちゃんと調べてあるからな」

ライーサ「サイズが合わなくなりましたもんね。私、ブリタニアのファッションは初めてだから、楽しみです」

 俺が払うんだろうなぁ、という予感がひしひしとする。
 いや、構いませんけどね? クリスマスプレゼントみたいなものだから。
 けれども。

マルセイユ「その後はアクセサリーを見て、ライーサが行きたい所に行く。喜べライーサ、代金は全部俺持ちだ」

俺「またかよ! せめて服だけにしてくれ!」

マルセイユ「男の甲斐性、だろう?」

 こいつ、俺より貰ってるくせに……。
 まあ、いいか。ライーサにも随分助けられてる。それで喜んでもらえるなら、安いものだ。

マルセイユ「ふふん。さあ行くぞ。休暇は有限だからな?」

 幾分脱力した俺の手を引いて、ティナは立ち上がった。ライーサもそれに従って席を立つ。
 今日は年に一度の記念日なんだ。俺とティナの、はじまりの日。
 だから、後ろ向きに考えるのはやめよう。せめて、決意を告げるその時までは、楽しく過ごしていよう。
 本当に、彼女たちとはこれが最後になるのかもしれないのだから。

 とにかく、だ。
 飲食代をテーブルに置くための時間くらいは、頂くとしよう。


<つづく?>

最終更新:2013年01月30日 14:26