夢の中で、俺は魔力を持たない人たちをシールドで守っていた。

これは、扶桑海事変の頃の夢だろう。

扶桑海事変、それは俺が初めてストライカーを履いた原因だ。

別に好きこのんで履いた訳じゃない、俺の村がネウロイに襲われ。

その村で、魔力を持っていたのは俺一人。

そして俺以外のウィッチなどいないのに、村の自警団が犯罪者威圧のために購入していた

旧式の九五式戦闘脚。

そのストライカーを履いて、村の人たちを守った。

でも、それ以降村の人たちとは妙に距離が広がってしまった。

当たり前なのかもしれない。

12歳なんて、周りの大人達から見れば子供も良いところだ。

しかし、その力は大人など寄せ付けないものだ。

魔力さえなければ、そんな言葉を大人達からはよく言っていた。

俺がその言葉を聞いているとも知らず。

彼らは好き放題言っている、ウィッチなんて気持ち悪いだとか、もしかしたら

ネウロイなんじゃないかとか、今なら一笑して終わりだが、このころはかなり堪えた。

しばらくして、夢の場面が変わる。

まるで逃げるように両親と共に別のところへ移り住んだときだろう。

そして初めて、ヒガシと会ったときの頃か。

だが、なんだか違和感がある。

いや、違和感だらけだ。

まずヒガシが出てくるべき所に出てこない、フジもいない。

そして代わりにいるのは俺にとってウィッチを嫌う大人達の代表者、

つまり故郷で俺に好き勝手を言っていた奴ら。

なんて悪夢、第一あそこでヒガシ達に会っていなかったら、今の俺はいない。

まあいい、悪夢だと分かった以上、この夢に居続ける意味はない。

なら……強制的に終わらせてしまえ。

高台へと移動する、ずっと階段を上っているのに息が切れない。

現実でもこうならないだろうか?

屋上に着いた、そしてフェンスを乗り越え飛び降りる。

飛び降りの感覚は、戦闘脚の速度を稼ぐ急降下、ダイブに似ている。

地面が近づく、近づく、近づく。

もう目の前だ。

そのまま夢の中の俺は、たたきつけられ破裂した。


目を覚ます。

最低な夢だ、あのときヒガシに会えなかったらなんて考えたくもない。

もし会えていなければ、戦えない人たちの代わりに闘うなんてこと、やろうとは思わない。

それよりも…………ここはどこだろう?

記憶はフランチェスカ・ルッキーニが大和を沈めたところでとぎれている。

この鼻につく独特の臭いは、消毒液の臭いだ。

と言うことは、どこかの医務室か。

まったく揺れがないところを察するにどうやら艦船ではないようだ。

であれば、アドリアから一番近い基地は………ストライクウィッチーズの基地だな。

おそらくはそこだろう。

時刻は午前7時頃、既に夜は明けている。

しばらくすれば医務官も来ることだろう。

出歩けるほど体力は回復していない、と言うより体を起こせない。

つまりここで待っているほか無いと言うことだ。

しかし、朝とはいえ患者が居るのに医務官が居ないとは、

アフリカでは考えられないことだ。

「アフリカ………か」

アフリカに行って俺がやったことは口喧嘩だけ。

しかも決着はついていないときたもんだ。

もっとも、決着などついたところでなんだというのか。

まあ、スエズ解放作戦は成功し終えていたんだ。

あとはあそこを維持するだけ、と言うか。

むしろ任務が占領維持だからこそ、リハビリ代わりにあそこに飛ばされたのだろう。

いや、リハビリすら望まれていないのかもしれない。

なぜなら、俺はあそこにウィッチとして派遣されたわけではなく、

ヒガシを補佐する、飛ぶことを許されない副官として派遣されただけだった。

納得できるわけがなかった。

俺はウィッチなのだから。






一ヶ月前、アフリカ

ストームウィッチーズの戦闘飛行隊長、加東圭子は己の目を疑った。

扶桑本国から、私の副官が送られてくると言う話は聞いていた。

しかし、副官の名前は聞いていなかった。

本人から聞くのが礼儀であると思っていたからだ。

だが、それが間違いであることに気付いたのは、

二式大艇から降り立った副官本人の顔を見たときだった。

「なんで………」

なんの意味も持たない、まさしく無為な言葉が唇からこぼれる。

しかし、彼はその言葉に反応した。

「それはこちらが聞きたいものだ、ヒガシ」

心底、不機嫌そうに、

そしてウィッチではなく、ただの士官として派遣されたことが理解出来ないと
言わんばかりの顔で。

圭子はまだ固まったままだ、言葉を紡ぐことが出来ない。

その様を見て、彼はため息をついた。

「ヒガシ、着任の挨拶はしないのか?」

この言葉で我に返ったのか、それとも口を突いて言葉が出ただけか、加東はようやく
口を開いた。

「仮にも着任の挨拶をするのに上官をあだ名で呼ぶなんてしないように」

「了解だ加東少尉」

「今は少佐」

「ヒガシが佐官とは世も末だな」

「それどういう意味?」

なぜだろう、特におかしいわけでもないのに耐えきれない、既にお互い笑いを堪えている。

二人は同時に吹き出し、笑顔のまま言葉を交わしていく。

「久しぶりだな、ヒガシ」

「ええ本当に、何年ぶり?」

「そうだなあ、結局海事変以降一度も顔は合わせてないからな、8年ぶりじゃないか?」

「やっぱりそうなるのかな、……それにしても」

圭子が彼の全身をまじまじと見つめ、頷いた。

「なんだよ、なんかついてるか?」

「ああ、そうじゃないよ、大きくなったなぁって思って」

「8年も会ってなきゃ身長だって伸びるさ、成長期に入る前だったし」

「私と変わらなかったのになー」

「むしろ俺のほうが小さかったはずだ」

「顔と生意気な態度は変わってないのに」

「顔はちょっと男前になったろ、そしてヒガシの俺に対する評価はよく分かった」

「評価すべきところは評価してるんだから良いじゃない」

そういうと、圭子は俺の頭に手を伸ばそうとした。

海事変の時、俺の頭を圭子は何度か撫でている。

たいてい、無事に帰還したときのことだ。

だが、時間とは残酷である。

180を優に超える身長になった俺の頭まで圭子の手は届かない、

それを見て俺は圭子の手が届く所まで頭を下げたのだが。

「ちょっと待ちなさい」

なぜか圭子は怒っていた。

「なんだよ、何を怒ってるんだ?」

その返答が、なおさら圭子を怒らせる。

「怒ってないわよ」

どう見ても怒っている。

だが、それを言えば更に怒らせるだけだ。

まあいい気が済むまでやりなさい、と、どこか父親のような目線になりつつ、

仕方なく直立し、圭子が頭を撫でるのを待つ。

だが、ここで少々誤算があった。

俺の頭を撫でようと、圭子はつま先立ちになりながら俺の肩に手をかけ
半ば寄りかかるようになっている。

他人から見れば、そう、圭子が俺にキスをねだっているようにしか見えない。

そして、折悪くそこに友人をからかうのが大好きな女性が通りかかった。

「白昼堂々恋人にキスをおねだりだなんて、ケイもやるねぇ」

「………」

そんなこと思いもよらなかったのか、

圭子は自分達が他人にどう見られているか正確に把握すると、

「~~~~~!!!」

言葉にならない悲鳴を上げ、真っ赤になりながら俺を突き飛ばした。




あれからヒガシに基地の案内をしてもらっているのだが、

こちらはさっきのことが納得できない。

相手の意見を優先した結果、突き飛ばされました。

そんなの冗談じゃない、こちらにも言いたいことがある。

「ヒガシ、さっきのあれはちょっと酷いんじゃないか?」

「……………」

しかし俺を突き飛ばして以降、ヒガシはこちらを睨むだけで

俺の言葉に聞く耳を持とうとしない。

さっきの事件に関しては、二人の不注意が原因であって、

俺一人のせいではないと思うんだが。

いや、そんなことは関係ないのか、問題は誰に見られたのか、ということなのだろう。

俺が、自身の中で答えを探している間、圭子はある人物にずっと口止めをしていた。

「ハンナ、絶対にみんなには言わないでよね」

「こんな面白いことを黙っていられるかどうか……ああ不安だ♪」

女性らしい見事なプロポーション、近くにいるだけでおぼれそうになるほどの圧倒的な風格。

通りかかった女性の正体、それは別名アフリカの星とも呼ばれる天才ウィッチ、

ハンナ・ユスティーナ・ヴァーリア・ロザリンド・ジークリンデ・マルセイユだった。

言うまでもないだろうがさっきからずっと人の悪い笑みを浮かべている。

そして圭子の言うみんなとは一体誰のことかは分からないが、

確実にその全員に言いふらすだろうことの断言は出来よう。

阻止するにはどうすればいいのか、待てよ……何もやましいことをしていたわけではない、

ならば本当のことを言っても問題はないのでは?

俺はその間違った答えをそのまま口に出す。

「いや特に面白いことでもない、ヒガシが俺の頭を撫でようとしていただけだ」

圭子は頭を抱えた。

もしや今のはフォローのつもりか?

あり得ない、逆効果以外のなんだというのか。

25歳の女が20歳の男の頭を撫でるなんて、仲むつまじいとしか言えないではないか。

今のでなおさら興味を持ったのだろう、マルセイユが圭子に耳打ちした。

「ケイ、なんだかとっても面白そうだから洗いざらいしゃべってもらおう、
 そうだな彼の案内が終わったら宮殿に来ることOK?」

マルセイユが耳打ちするをするというのは珍しいことなのだが、

どこかの阿呆が言ったことをいかにしてごまかそうか、頭をフル回転させている圭子が

それに気付くだけの余裕はなかった。




宮殿、この基地ではその二文字を言うだけで誰のテントのことか伝わるという。

あながち間違いでないのが怖いところだ。

そして、その宮殿では、私つまり、加東圭子が何人ものウィッチに問いつめられていた。

聞かれる内容はほとんど同じ内容だ。

「あの男との関係は?」

「どこまで進んでるの?」

「もしかして……」

これら全ての質問が何度繰り返されたことか……、そしてその全てに私は『否』

と答えているのだが、こちらの言うことに耳を傾けようとするものは誰一人いない。

なんだろうこれ、私ってこの戦闘飛行隊の隊長じゃなかったっけ?

その私の言うことに誰一人耳を傾けないってどういうことなの………。

怒っているような、それでいて、半ば泣きそうな顔をしている圭子をマルセイユは
にやつきながら見ている。

「(覚えてなさいよハンナ)」

恨めしげに圭子はマルセイユを見るが、いっこうに堪えた様子はない

それどころか、問題の中心に居座るもう一人に声をかけている。

「ほっといていいのか色男?」

「何がだ?」

「そりゃ、恋人を助けなくて良いのかってことさ」

恋人、それは一体誰と誰のことを指しているのか?

俺とヒガシが恋人だという事なら見当違いも良いところだ。

第一、あちらはこちらのことを弟のようにかわいがっているだけで、

恋愛対象としては見ていないのだ。

だからこそ断言できる。

「恋人じゃないよ、戦友……いやたったの一ヶ月しか一緒に飛べなかったから、
 それすら怪しいもんだ」

「一ヶ月だって?扶桑海事変の期間はもっと長かっただろう」

その通りだ、でもこちらにだって言えない事情がある。

「いろいろとあったのさ、……そういえばまだ名乗っていなかったか、扶桑陸軍所属の
 俺中尉だ、明日から書類を押しつける事の可能な相手が増えるぞ、よろしくアフリカの星」

「なんだ、私が名乗る意味が無いじゃないか」

「ウィッチであなたのことを知らない奴がいるのか?」

「それもそうか」

ごく自然に答える辺り嫌味がない、これがマルセイユだ。

「ああそうだ」

マルセイユは何かを思い出したのか、いきなりこちらを向いてこう言いはなった。

「悪いがサインはしない主義なんだ」

そういえば聞いたことがある、マルセイユ直筆のサインはとても希少でオークションで

30ポンドはくだらないだろうという話を。

何ともばかばかしい話だ、

「本人が目の前にいるのにサインをほしがる奴なんているのか?」

思ったことをつい言葉に出してしまった。

それを聞いたマルセイユはこちらをじっと見つめ、口角をゆっくりつり上げた。

「もっともな意見だな、私もその考え方は嫌いじゃない」

「それはどうも、しかしそろそろアレは止めた方が良いと思うんだが?」

俺はいい加減ぶち切れそうになっているヒガシを指さしたが、

マルセイユは笑いながら見ているだけのようだ。

まあいいさ、俺はもう知らない。



そう決めた十分後、俺はなぜかヒガシの前で土下座していた。

なんて不幸、踏んだり蹴ったりとはまさしくこのことなのだろう。


そして土下座騒ぎが収まり俺たちが帰ったあと、

天幕には、マルセイユ、ライーサ、圭子の三人が残った。

「それで?」

マルセイユが圭子に向けて一言、それが何を求めているのか圭子には分かっている。

ウィッチというものは魔力のある人間を見抜くものだ。

であれば、先ほど『書類を押しつける事の可能な相手が増える』

と、あいつが言ったのは失言以外のなにものでもない。

魔力があれば、他にやることなどアフリカではいくらでもあるのだから。

ああなんて割に合わない。

それこそ洗いざらいしゃべるしかないのだろうか。

圭子は短くため息をつくと、決意したようにマルセイユを見つめた。

「分かったわよ、今から、私が知る限りの俺の経歴を話す
 ……でもこれは絶対に他言無用よ?」

二人は静かに頷いた。
最終更新:2013年01月31日 15:02