1937年、扶桑皇国
この年、扶桑皇国は建国以来の危機に陥っていた。
通称、扶桑海事変、ネウロイの威力偵察からなる人類に対する侵略である。
これに扶桑皇国は応戦、ネウロイ出没確率が極端に低い扶桑は、最初期に痛手を被った。
内陸の村が一つ、襲われたのだ。
もっとも、村に一名、男でありながらウィッチとして覚醒した者がおり、
最終的に被害は出なかった。
この事件は政府と軍部に現在の通常軍隊ではネウロイに対処できないことを、
認識させるものであったが、襲われた村の大人達はネウロイを倒すだけの力を、
たった一人で行使できるウィッチの力を恐れた。
結果、そのウィッチの家族は村を出て行かざるをえなくなる。
そのころの私は陸軍飛行第一戦隊に所属していて、
扶桑海でネウロイを倒す任務をこなす毎日。
私、加東圭子が俺に会ったのは、そんな頃だった。
「ケイ、ちょっと待ってくれ」
話している最中にハンナが口を開く。
「何?」
「村を出て行ったウィッチってのは、俺のことか?」
「そうよ、かなり珍しいことではあったけど、
数年に一例報告されるの、そして今のところ俺が最後の例ね」
扶桑でウィッチはあこがれの的、実際に尊敬の目で見られることが一般的だ。
しかし、ウィッチに批判的な人間がいないわけではない。
考えれば分かることだ。
ネウロイとはラロス級であっても通常兵器で倒すのは困難を極める。
それをストライカーさえあれば単機で倒すだけの強さを持つウィッチを見て、
平然としていられない人間は少なからず存在する。
そしてそこで勝手な予想が飛び交えばどうなるか。
第一次ネウロイ大戦があったとはいえ、扶桑はその戦場になっていない。
ネウロイとはどういうものであって、またウィッチとはどういうものか、
辺境の村に、そんな知識を持った人間がそうそういるはずもない。
人間とは、危機感を覚えるからこそ学ぶのだ。
都心部はウィッチに尊敬の念を持つ人間が多数だし、知識を持つ人間も多い。
田舎にしても一般的には変わらない、ただ、彼の村が特殊だったのだ。
「話を続けるわよ」
マルセイユとライーサは目で促す。
私と俺のファーストコンタクトは最悪の二文字だったわ。
まずなぜ私が俺と会ったのか。
それには私の所属していた飛行第一戦隊のことを話さないといけない。
戦隊の編成は公式には五人のウィッチを中心に構成されたことになっているの。
ハンナもライーサも気付いたかしら?
そう、五人という数字はあり得ない、
ロッテ(二機一組)とシュヴァルム(四機一組)の有用性は、
第一次ネウロイ大戦で劇的と言える戦果を挙げた。
でもケッテ(三機一組)は各機の相互支援に不都合が生じることから扶桑では廃れていった。
にもかかわらず、五人という編成はおかしい、
特に扶桑はウィッチの数が足りなかったわけではないしね。
五人で部隊を組めばロッテとケッテが一つずつ出来ることになってしまう。
通常編成でそれは避けるべき事だった。
そして実際には、飛行第一戦隊のウィッチは六人だったの。
編成されたウィッチは江藤中佐、原田少佐、綾香、智子、フジ、そして私。
でもね、扶桑海事変が始まったとき、ちょうど原田少佐はあがりを迎えたわ。
「ケイ、すまないが聞きたいことが出来た」
「何かしらマルセイユ」
「その原田少佐という名前は聞いた覚えがない」
それもそうか、マルセイユには海事変のことをいくつか話したが、
原田少佐は一度も出てこなかった。
「原田文乃陸軍少佐、士官学校出の優秀な方よ、元々魔力が豊富な訳では無かったから
飛べなくなるのも早かったわ、それにネウロイとの実戦には出ていないの」
「なるほどね、続けてくれ」
マルセイユから先を促される。
六人をロッテとして分けたときの編成は、
中佐と綾香、智子とフジ、少佐と私というものが通常だったわ。
でも、少佐があがりを迎えることによって、私の相棒がいなくなってしまった。
ネウロイは待ってくれないのだから、すぐにでも補充しなければならない。
でも正規ルートで補充要請を出しても、
軍隊でのウィッチの地位があまり高く無かった当時は余っていたウィッチがいても
すぐに対応なんてしてくれる訳がなかった。
そういう事情で私たちが困っている時に、噂を聞いたの、
『基地近くに単機でネウロイを撃墜した一般のウィッチが住んでいる』
っていう噂を……ね。
江藤中佐が大股で先を歩いていく、あの噂を聞いた直後だ。
「中佐!何もそんなに急がなくても……」
「何を言ってるんだヒガシ!あの噂が本当なら即戦力だろう!」
この人はいつもこうだ、思い立ったらすぐに行動に移さないと気が済まない性質なのだ。
原田少佐が隊から抜けて以降、この性質は頓に酷くなったように感じる。
しかし、あの噂を中佐に漏らしたのは失言だった。
こうなることは見えていたのに、なぜ口に出してしまったのだろう?
いやそれ以上に、なぜ私は中佐にくっついてそのウィッチの住まいに、
行かなければならないのだろう?
第一その噂も怪しいものだ、何せそいつは男のウィッチだというのだから。
そんな、なんの肥やしにもならないことをグルグルと考えていたら、
急に目の前の中佐が立ち止まった。
「どうしたんですか?」
「………喜べヒガシ、どうやら噂は本当だったようだ」
中佐の目線の方向には、一人の男の子が立っていた。
間違いないだろう、魔力がある。
何とも珍しい男性ウィッチだ。
私たちがしばらく観察していると、男の子はいきなりこちらに振り向きギロリと睨んだ。
ムッとした私が睨み返そうとするのを中佐は手で制し、彼を見つめ続けた。
すると彼のほうからこちらに話しかけてきた。
「なんの用だ、軍の犬」
最低だ、軍属に対する最低の表現だ。
ここまで言われて黙っていられるほど、私は人間が出来ていない。
「その軍の犬に平和維持してもらってるのはどこの誰よ、言ってみなさい」
「頼んだ覚えは無いね、だいたいこっちが助けて欲しいときに
お前ら軍隊は来なかったじゃねぇか、それで平和維持?どの口が言ってんだか……」
「なんですって……!?」
私が気色ばむが、そんなこと気にもしていないのか、
薄ら笑いすら浮かべてこちらを見てくる。
はっきり言って、こんなに腹の立つウィッチと会ったのは初めてだ。
こちらの言い分を口にしようとしたとき、中佐がいきなり頭を下げた。
「君が軍属を嫌っていることは知っている、だが、それを承知で頼みたい、
私の率いる飛行第一戦隊に入ってくれないか?」
その言葉に、私も彼も呆気にとられた。
前置きも何もない直球だ、いや確かに私も中佐も駆け引きが出来る人間ではない。
ならば、直球の方が良いのだろうが……、何とも豪快に言い放ったものだ。
相手がこちらに否定的なのは知っている、だが、必要だから力になれ。
思っていても、こうも素直に言える人物はいない。
それに興味を持ったのか、彼が初めて皮肉を交えずにこちらに質問した。
「あんたら、名前は?」
「名前ってものは普通自分から名乗るものよ」
「ヒガシ、そう言うな、私は江藤敏子、こいつは加東圭子、ヒガシと呼んでやれ」
「中佐!?なんでこんな生意気なのに愛称で呼ばれなきゃいけないんですか!」
私の不平を一切聞き入れないままに、中佐は彼の名前を聞く。
「君の名は?」
「俺、だ」
「年齢は?」
「12」
「それで、入ってくれるか?」
「……軍人は嫌いだ、自分の本音を隠して自分達が傷つかない方法でしか
こちらに手をさしのべようとしない、こっちは必死に手を伸ばしてるのに……」
やはり駄目か、諦めかけたが、彼はそのまま続けて言う。
「でも、本音をぶつけてくる江藤中佐とヒガシは嫌いじゃないかもしれない」
「愛称で呼ぶな!」
「気にするなヒガシ!器は大きく見せるものだ!」
「そう言う問題じゃありません!」
このやりとりがおかしかったのか、彼がクスリと笑った。
「あ、笑った」
「笑ってない」
「いや、笑った」
「笑ってない」
「笑ったよ!」
「笑ってない!」
「笑った!」
「笑ってないって言ってるだろ!」
結局、その日は答えが聞けず、後日また聞くことにした。
次の日、私はたった一人で彼の所へと向かっていた。
本当は一人でなど来たくはなかったのだが、中佐は訓練の指揮を執らなければならない。
それに比べて私は相棒がいないから空戦の訓練をすることも出来ない。
ウィッチでありながら空戦訓練が出来ないのなら、
何とかして奴を口説き落とさなければ、私はしばらく漬け物石だ。
私がどうやってあいつを口説き落とそうか考えている内に、
気がつけば、昨日あいつと会った場所に到着していた。
そして、やはりあいつはそこに居た。
「何……してるの?」
つい言葉を掛けてしまった、これには少し後悔、すぐに口が開くこの癖は改めなければ。
「……ヒガシか、別に何かしてる訳じゃない」
声に覇気がない、どうしたというのか。
「何かあったの?」
「なんにもないよ、昨日から状況は何も変わってない」
昨日はあまりの物言いで気付かなかったが、
12歳の子供にしては少々厭世的すぎないだろうか?
もしかしたら中佐はこの雰囲気を察したからこそ、あの誘い方をしたのでは?
………いや、それはないか。
それにしても、状況に変化無しとはどういう事か。
昨日より前の段階に何かあったとでもいうのか?
「昨日から変わってないって事は、一昨日に何かあった?」
「いいや何もない」
「じゃあ、一昨昨日」
「……………」
「何かあったのね」
俯いて黙ったまま、微動だにしない。
「話して」
「嫌だ」
「お願い」
なぜ私はこんなことを言ったのか、今でも分からない。
でも、ここでこいつを放っておいたら、壊れてしまう気がしたのだ。
俺、という人間が。
そのまま、しばらく待っていると、やっと観念したのか、俺は閉ざしていた口を開いた。
「……俺の家族は、ここに越してくるまで結構な田舎に住んでいたんだ」
知っている、今日の朝、中佐からもらった資料に書いてあった。
でも、ここで口を挟むほど私は馬鹿じゃない。
「空き巣がたまに出るくらいでそれ以外は平和な村、そのはずだったんだ
でも……あいつらが来た」
ネウロイだろう、俺の出身地は海事変で初めて襲われた村だ。
「俺は、守るために戦った、シールドなんて初めて使ったよ、それもそうだ、
俺の魔力が発現したのは今から一年前のことなんだから」
魔力が発現して、たったの一年で実戦、訓練も受けていないのに。
私は背筋が凍った、自分に置き換えてみるとこれほどの恐怖はない。
「でも仕方ないじゃないか、俺が守らなければみんな死んでしまう、そうやって
守った結果、………俺の手には何も残らなかった」
それどころか、と呟いて、彼は一時口を閉ざす。
私は待った。
じっと辛抱強く。
五分ほどだろうか、やっと、俺が口を開いた。
「俺たち家族は村を追い出された」
しかし話はこれで終わりではないようだ。
すぐに俺の唇から滝のように言葉があふれてくる。
「そのあと俺たちはここに移り住んだ、別に俺はそれでも良かったんだ、
両親が居ればそれで……、でも、二人供どうやらそうじゃなかったらしい。
一昨昨日から、家には俺以外、誰もいない、それも仕方ないんだろう。
俺さえ居なくなれば、二人は村に帰ってまた元の生活に戻れるんだからさ!
最高じゃないか、それで両親が幸せになれるなら、それが最上だ、そうだろう!?」
見ていられなかった。
喋れば喋った分、自分を傷つけるだけの行為なんて、
黙って見ていることは出来なかった。
「ゴメン、もういいよ……」
「良くないさ、そっちが話せっていったんだろう!」
俺が吼える。
驚いた、こんなに感情を発露させるなんて思いもよらなかった。
「昨日、最初にあれだけ拒絶したのに!勝手に入り込んできやがって!
そして今日は俺を追いつめるみたいに、忘れたいと思ったことを話させる!!
なんなんだよお前!!」
言い終わった途端、俺がその場に頽れた。
何も言えなかった。
しかし、思ったことがある。
話を聞いたのは間違いではなかった。
そして、昨日の失言だと思った言葉は、最高のタイミングでポロッとこぼれ落ちていた。
どれだけ強がろうと、俺はまだ12歳の少年だ。
私より若干小さいその背中は、先ほどから小刻みに震えていた。
泣きたいのだが、泣けないのだろう。
もう涙が枯れるほどに泣いた後だろうから……。
気付けば、私は俺の頭を抱きながら優しく撫でていた。
母性が目覚める年頃でもないだろうに、と心の内で苦笑する。
しばらくしてようやく嗚咽が止んだと思ったら、寝息が聞こえてきた。
もしかして、一昨昨日から寝てなかったのだろうか?
どうしよう、このままというわけにはいかないし……。
私が途方に暮れて周りを見渡していたら、見知った顔を見つけた。
「綾香、綾香!」
「あれ?、ヒガシこんな所で何して…………」
どうしたのだろうか、綾香はそのまま固まってしまった。
「綾香?」
声を掛けた瞬間にビクリと反応する。
何をそんなに驚いているのか。
そこまで考えたところで、はた、と気付く。
私は今どんな体勢なのだろう。
その間に綾香はジリジリと交代していく。
ちょっと待て、とこちらが言う前に、勇猛果敢で知られる黒江綾香がこちらに背を向けて
脱兎の如く逃げ出していく。
「何も見てない!何も見てないからー!」
その言葉だけを残し、基地のほうへと駆け出す綾香、止めようとするも、
俺を放っていくわけにもいかず、わたわたと慌てるだけの私、端から見ていたらさぞかし
面白かったことだろう。
結局、綾香から話を聞いたフジが他の基地要員を連れて来るまで、
私は俺を抱きかかえたまま途方に暮れていたのだった。
「それで、どうするのかしら?」
これは智子
「ヒガシがどうするつもりなのかによる」
これはフジ
「好きにすれば……?」
これは私にゲンコツをもらって若干拗ねてる綾香
「なるようになる!」
………言わなくても分かるけど中佐
私としては正直どうしたらいいのか分からないのだ。
何を迷っているのかと言えば、
私がフジに基地へと連れてくるよう頼んだ俺の処遇である。
当の本人はあのまま眠ったままだし、
最悪、明日以降にならないと目を覚まさないだろう。
それで隊のみんなに相談したのだが………どうやら間違いだったようだ。
だいたい、『なるようになる!』なんて、佐官の言葉とはとても思えない。
他のみんなも似たようなものだ。
どうしたらいい?と聞いたら、お前が決めろ、と返ってきたわけだ。
決められるなら、誰が相談するか!という話である。
しかし、当たり前のことではあるが、軍事基地に一般人を入れるわけにはいかないのだ。
ならばどうするかなど、もう決まっているのかもしれない。
おまけに男のウィッチだ。
私が基地に連れ込んだ噂はもう広がっている、研究者達が男のウィッチという、
珍しい対象をそう易々と逃がすわけがない。
おそらく俺は、未だに軍というものを嫌っているだろう。
しかし、放っておけないのだ。
「………中佐」
私は、俺に恨まれることを承知で、ある判断を下した。
1937年、某日、
加東圭子陸軍少尉の推薦により、俺を、軍曹待遇で飛行第一戦隊のウィッチ隊へと配属す。
最終更新:2013年01月31日 15:02