私、加東圭子は今、とてつもなく後悔をしている。
なぜか?
つい先ほどまで医務室にいた男が、見事部屋からの脱走に成功したのだ。
医務官を殴り倒して、である。
警備の厳しい基地から外へ出ることはおそらく不可能なのだが。
では、それは行っているのは誰か?
言わずもがな、俺軍曹のことだ。
では、その俺軍曹を一体誰が連れてきたのか?
ええ、そうですよ、私ですよ畜生!
この一報が入ったとき、釣りに行った綾香以外のウィッチ全員の視線が
私へと突き刺さった。
「あの馬鹿……!」
悪態が口を突いて出る。
というか、悪態ぐらい良いだろう。
私だって、あんなのを軍には入れたくなかった。
恨まれることなど分かっていたから。
何より、俺本人が軍を嫌っていたことは知っていたから。
しかし、それならばどうすれば良かったのだ。
あんな自分を納得させるために、自分というものを極限まで希薄にしてしまった奴を、
放っておけとでも言うことか?
冗談じゃない、私はそんなことをするために軍に入ったわけじゃない。
ああ駄目だ、考えるだけでイライラしてきた。
思いっきり叫んでしまおう、そうだそれが良い。
「早く出てきなさいよ!!このばかあああああああ!!」
こんなに声を張り上げたのはいつ以来だろうか、私の声が基地全体に響き渡る。
ありったけの声を出したせいで、二、三度肩で息ををついてしまう。
私はそのまま目を閉じて、頭をかきながら、ふと、思ったことを口に出した。
「……どうせ基地からは出られないんだし、俺の事なんて……」
探してもしょうがない、そう言いそうになったとき、後ろから視線を感じた。
相手が近づくまで、気付かなかった自分を反省しつつ、一瞬で振り返る。
そこには、
若干の上目遣いで、不安そうにこちらを見つめる俺が立っていた。
俺は、私から目をそらし、静かにこちらを詰問した。
「……その後は?」
まずいことをした、まさかこれほど近くにいるとは……。
私が黙っていると、また、答えを求めてきた。
「なあ、何を言おうとしたんだよ……?」
嘘はつけない、ついてはいけない。
だからこそ、私は追い込まれる、その結果出た言葉は、
「……ゴメン」
お互いを追いつめるだけの、どうしようもない言葉。
私のその言葉を聞いた途端、俺は俯いて黙ってしまった。
私は、なんて思慮に欠けるのだろうか。
なぜ俺が逃げたのか、その理由が今なら分かる、
子供っぽいかもしれないが、彼は探して欲しかったのだ。
血眼になって俺のことを探す私の姿が、見たかったのだ。
そして、俺自身はこう思っているのだろう。
私に拾われた、と。
そんなつもりはない、ただ、放っておけなかっただけだ。
だが、そんな事実は関係ない。
個人は個人の考えによって動くもの、であれば、俺自身がどう思うかが重要。
その結果とった行動が、(何とも生意気なことに)私を一種試すような事だったのだ。
そこまでして、俺は何を知りたかったのか。
いや、言うまでもない、
私が、俺を、捨てないかどうか。
それを知りたかったのだ。
簡単な、試験だった。
私が、真面目に捜す姿勢さえ見せていれば、
適当なところで、姿を現すつもりだったのだろう。
私が、後悔の念に駆られていると、俺は、ぽつりと呟いた
「……ヒガシも、あいつらと一緒だ……」
呟いた言葉は、白刃となって私の胸に深々と突き刺さった。
……驚いた、私自身こんなにショックを受けるとは思いもよらなかった。
唇をかみしめる、私がどれだけ言い訳をしようと、言われたことに相違はない。
あの発言をした私は、俺にとって、自分を捨てた両親と、何ら変わりは無いのだ。
私は何をやっているのか、後悔で目を閉じたとき、
俺が急に身を翻した。
「ちょ、待ちなさい!」
待つわけがない。
「どこ行く気よ!!」
なんて無意味、声を上げる暇があれば追いかけろ、という話だ。
そう思ったとき、地面に張り付いたようになっていた足が、やっと動いてくれた。
地面をぐっと踏みしめ、全力で追いかける。
あいつはどこへ向かっているのだろうか?
答えはすぐに出る、このままの進路なら、基地正門だ。
そして基地正門には機関銃で武装した衛兵が立っている。
だが違うのだ、あいつはただ基地正門に向かっているわけではない。
彼が向かっているのは…………、
基地正門に近づくと、すぐに衛兵が気付き、機関銃を俺へと向けて口頭での警告をするが
一向に止まる気配は見せない、そうなれば、衛兵の獲るべき選択など限られる。
衛兵は、スコープを覗いて、俺へと狙いを定めた。
それが目に映ると、私は無意識に叫んでいた。
「撃たないでっ!!」
私の顔を知っていたのか、衛兵が動きを止めた。
その一瞬、あいつの頭にウィッチの証が現れる。
使い魔の翼だ、間違い無い、奴の使い魔は大鷲だ。
俺の速度がグン、と上がった、それこそ、ウィッチ以外には対応できないほどの速度に。
私が撃つことを静止したのもあり、ろくな抵抗も出来ずに、衛兵四人が投げ飛ばされる。
俺はその内の一人が持っていた拳銃をホルスターから抜き取る。
あいつはどこへ向かっていたのか?
間違いない、死へと向かっていたのだ。
私は俺の元へ駆ける、キタキツネの耳は先ほどから出たままだ。
俺はこめかみへと、銃口を近づけていく、それと同時に私の世界が遅くなっていく、
1秒が一分にも引き延ばされるような感覚。
あいつが、引き金に指をかけた。
手を伸ばす、延ばす、のばす、届け!
祈りにも似た自らへの暗示は………………、
神に聞き届けられたようだ。
二人とも、大きく肩で息をしている。
驚いた顔で、大馬鹿は顔をあげた。
私はどんな顔をしていたのだろう?
あいつは視線を銃を握りしめる私の右手へと移した。
大馬鹿は引き金を確かに引いていた。
だがその前に私が、銃口を天へと向けたのだ。
少しだけ息が落ち着いた、そのとき、私は右手に痛みを感じた。
当たり前だ、強烈な熱を持った薬莢を、手のひらと銃で挟み込んでいたのだから。
それを見た俺は、私の手から銃をふりほどき、投げ捨てた。
「ヒガシ、火傷っ!」
自殺しようとしたくせに、私を心配するのか……、
私の右手を掴んだ俺が、手を開かせる。
それに併せて、私は左手を握りしめた。
「こっち向いて、俺」
こちらを向いた瞬間、左の握り拳を、思い切り振り抜いた。
鈍い音がした後、大馬鹿者はくぐもった呻きをあげ、倒れた。
人を拳で殴ったのなんて、初めてだった。
左手の甲が切れる、そんなことには構わず、地面に手をついたままの馬鹿に語りかける。
「ねぇ、俺、私が、さっき口にしかけたことは責められるべき事よ、
私はそれに言い訳しないし、何でも言うことを聞くわ」
私はそこで一旦言葉を句切り、でも、と繋ぐ、
「でも私は、今、俺のやろうとしたことは絶対に許さないわ
死は全てを解決する、そんなことを言う人もいる、でも、それは違うよ
逃げることを解決だなんて言わない、生きることは常に問題を生み出すけれど、
その問題に苦しみながら向き合うことは、避けちゃいけない事よ
それだけは世界のどこを見回しても変わらない」
「でも、それなら俺はどうすれば良いんだよ………」
「そんなの知らない、言ったでしょそれは自分で苦しみながら向き合うことよ」
あまりに厳しすぎる言葉かもしれない、私はついそう思ってしまった。
「戦う理由なんて、それこそ力のない人たちの願いを聞く、とかで良いのよ」
「力のない人たちの願い……?」
それを聞いた俺の顔は、今までとまるで別人のようだ。
しまった、と、思った。
これを言ったのはミスかもしれない、戦う理由とは、
己の中で見つけるからこそ意味がある。
俺本人は、今の私の言葉で救われたと思っている、というか、救われてしまった。
あの顔を見れば分かる、どこかしら不安定で、厭世的な雰囲気は消え去っている。
だが、それではいけないのだ。
私が救いの手をさしのべるのは間違っていなかった、しかし、戦う理由を見つけるために
悩む、その権利を潰してはいけなかった。
私の言ったことを、そのまま鵜呑みにするのはあまりに理由として薄くなってしまう。
苦しみ抜いて出した己の答えと、提示された解答を比べれば、たとえ答えが同じでも、
過程の違いが、理由の濃度を変えるのだ。
俺という存在は、ウィッチという力を持っているのに、あまりにももろい。
いつか、自分自身で、戦う理由を、生きる理由を見つけなければ、どこかで破綻する。
……だが、時間を稼いだと思えば良いのか?
そうして私が考え込んでいると、自殺未遂男が何かを思い出す。
「……あ、ヒガシそう言えばさ」
この命知らずはそう前置きすると、
「さっき、何でもするって言ったよな?」
せっかくの不発弾を起爆させた。
………………………そういえばそんなことを言ったような気がする。
あいつが何かを言う前に、私はすさまじい早さで予防線を張る。
「いや、なんでもって言ってもね?限界……あるわよ?」
「そ、それもそうだよな………」
なんでそんなにシュンとするの!?
ナニをさせるつもりだったわけ!!?
赤くなったり青くなったりする私を放って、俺は小さく呟く。
「…………てくれ」
なんだろう、よく聞こえない。
私の態度からそれが伝わったのか、少しだけ声量が上がった。
「頭、撫でてくれ……」
……出てきた答えは、12歳にしては少々幼いものだった。
最終更新:2013年01月31日 15:03