白い閃光が赤い空を切り裂く度に、仲間の命が消えてゆく。
黒焦げの死体が叩かれた蠅のように地上に落ちていく光景は、俺にわが身が引き裂かれるかのような痛みをもたらした。
俺は、老人のようにしわがれた声で、
「畜生」
と呟きながら、それでも敵に向かって飛翔を続けた。
動きを止めれば、二の舞三の舞になるだけだ。止まるのは、死んでからいくらでもできる。
七つの頭を持った真紅の竜が、牙の並んだ口にエネルギーを溜め始めた。七条の破壊光線が放たれる前兆だ。
(畜生、溜めが速い)
マッハ三で飛んでいても、真紅の竜は遠い。加えて、纏わりつく雑魚デーモンの群が、俺から時間を奪っていた。
俺は、舌打ちに代わりに息を吐いた。とても遠くまで届く、とても冷たい息。
目の前で、大口を開けて俺を飲み込もうとしていた蛇のデーモンが一瞬にして凍りつき、次の瞬間、割れる。
氷の細かな破片が、戦場に風に散らされる。
息が届く範囲にいるデーモンは、例外なく皆氷漬けになった。だが、真紅の竜には届かない。
焦りばかりが先に立つ。俺は、体が端から千切れ飛んでいきそうなくらい、速く飛んでいた。
それでも、遠い。
(もう少し近づければ、あの忌々しいトカゲ頭を凍らせてやれるのに)
だが、次の破壊光線が発射されるまでに、そう時間はない。凍てつく息吹が最大の威力を発揮するには、もっともっと、近づかなければならない。
俺は作戦を変えることにした。
危険過ぎて、できれば選びたくなかった作戦だ。しかし、今は自分の保身を考えている場合ではない。
意を決して、俺は中空に手を差し伸べた。そこに、冷気が渦を巻いて集まり……一本の、氷の槍を形成する。
俺は右腕に渾身の力を込め、身体を捻るようにして、槍を投擲した。進路を阻む者は存在しない。
槍は、真紅の竜の首の一つに突き刺さったが、大したダメージは与えられなかった。
それでも、皮が破れ、肉を貫かれた以上、痛みはあるらしい。
合計十四の目が、俺に殺意の視線を向けた。雑兵であれば、それだけで身が竦み上がる眼光。
(これでいい)
俺は、敵が自分を標的から外さないように、ゆっくりと上空に向かって飛んだ。七つの首が追って来る。
上にいれば、竜が放つ破壊光線で味方を巻き添えにする心配はない。それに、重力を味方につけることができる。
真紅の竜の真上に達すると、一転。俺は流星が如き落下を始めた。
全身に青い光を纏う。大気中の水蒸気が昇華し、ダイヤモンドダストが発生する。
真紅の竜が、七つの口を開いた。それぞれの口腔から放たれる、合わせて七条の閃光。
青い光と白い光が衝突し、空を照らした。だが、互角だったのは、最初の数秒だけだった。
まるで蛇が鼠にそうするように、青い光が白い光に飲み込まれる。俺の体は、少しずつ焼かれていった。
熱い。
痛い。
苦しい。
だが、俺の心に、恐怖は微塵もなかった。ただ、あの竜を倒せないのが悔しいだけだ……
(ちぇっ、ここまで来て、面白くもない終わり方だな)
それから十数える間もなく、七条の閃光を一身に受けた俺は、地球上から永遠に姿を消した。
大型、三機。小型、一四機。
渡り鳥のように矢印の陣を作って、合計二十三体のネウロイが、ブリタニアの青空を切り裂きながら迫る。
敵の数は多かったが、宮藤芳佳は心配などしていなかった。
それは、父の遺児とも言えるストライカーユニット・震電があるからというだけではない。
連合軍第501統合戦闘航空団、ストライクウィッチーズ。肩を並べ、背中を任せられる仲間達がいるからだ。
リーネ、ペリーヌ、シャーリー、………仲間達が傍にいるのならば、例えどんな敵が現れようと負けやしない。
芳佳は、心の底からそう思っていた。
「あれは・・・何だ?」
―――美緒が、愕然とそう呟くまでは。
芳佳が視線を巡らせると、他の仲間達も動きを止めていた。いつも明るいエーリカでさえ、顔に剣呑な色を浮かべている
それは、忽然と空に現れた。
晴天の霹靂というほどの激しさはなく、まるで空間そのものから生みだされた忌子のように、それは現れた。
まず目に入るのは、四枚の青い羽である。
ストライカーユニットのそれとは違って背中から生え、ネウロイのそれとは違って金属ではない、蛾や蝶を思わせる羽。
二メートルはあろう体には、布切れ一枚も身につけてはいなかった。
全身はダークブルーの皮膚に覆われており、両手足や肩に青白く発光している箇所がある。
足には二本の鋭い鉤爪が生え、額からは細い櫛状の触角が伸びている。
アーモンド状の複眼は、まるで巨大なエメラルドのように、日光を撥ねて輝いていた。
「美緒」
隊長のミーナが指示を出すまでもなく、美緒は眼帯を外し、赤い魔眼を露出させていた。
美緒の魔眼は、ネウロイの弱点であるコアを見抜く力を持っている。
「……コアが見えん。ネウロイではないのか?」
「では、あれは一体何なんですの?」
ペリーヌの眼鏡に、異形が映る。
まるで、人間と虫を融合させたかのような忌まわしい姿。例えネウロイでなくとも、穏やかな存在には見えない。
全員、決して警戒を緩めなかった。
「!!」
ゲルトルートが固唾を飲んだ。蛾男とでも呼称すべき存在が、動き始めたのだ。
しかし、蛾男はこちらを攻撃することはなく、きょろきょろと首を回して周囲を見渡していた。
まるで、迷子になった子供のように。
蛾男に、ストライクウィッチーズが見えていない筈はない。両者の距離は、百メートルと離れていないのだから。
「な、何してるんだろう」
リーネが不安げな声を漏らす。答えようもなく、芳佳は首を横に振った。
攻撃をして来ないからといって、蛾男が友好的とは限らない。むしろ、何の目的で現れたのかわからない分、不気味さに拍車がかかる。
少女達が、空に現れた異物を観察していられたのは、光線が蛾男の傍らを通過するまでだった。
気付けば、ネウロイの群が目と鼻の先にまで迫っている。
「総員、迎撃態勢、を・・・!?」
言いかけて、美緒は硬直した。蛾男が、ネウロイに向かって飛び始めたのだ。
ここはどこだ?
ここはどこだ?
ここはどこだ?
俺は混乱の極致にあった。まったくわけがわからない。
空は青く澄み切って、下に見る海もやはり青い。
見ているだけで吸い込まれそうだ。
しかし、俺が覚えている一番新しい空は、乱れた気象や汚れ切った大気が織りなす不気味な赤だった。
海も、真っ当な生き物なら、入れば即死するほど黒く汚れてしまっていたのだ。
それなのに………これではまるで………
(二十年前の、地球みたいじゃないか)
とはいえ、記憶とは違うものもたくさんあった。
例えば……俺の記憶の中の青空には、斬新なブーツを履いた少女達が飛んでたりなんかしない。
それに、キャノピーに赤い光を灯した黒い飛行機が、ビームを撃って来るなんて話も聞いたことがなかった。
俺は羽を動かし、ひらりとビームを避けた。
一度目のデーモン軍団の総攻撃では、自衛隊の戦闘機が空を飛ぶデーモンの迎撃に出撃したと聞いている。
その時も、このビームを撃っていればもう少し善戦できたに違いない。
(一体、どこなんだ、ここは!)
赤い竜――変身した大魔王ゼノンの攻撃で、体が消し飛ぶ前の白昼夢にしてはリアル過ぎる。
五体ともにこの世にあるという、生存本能から来る確信もあった。
無数のビームが、まるで地と水平に降る雨のように飛んでくる。
回避に、それほど苦労はしなかった。所詮、直線の攻撃だ。
頭は混乱していたが、二十年かけて磨いた闘争本能に淀みはない。今、何をすべきなのか、的確に教えてくれる。
攻撃してくる以上、向こうはこちらを敵と判断しているのだろう。
ならば………それなりの対応をするだけだ。
俺は四枚の羽を広げると、黒い戦闘機に向かって突撃した。その際、まるで体を引き裂かれるかのような痛みが伴った。
肌の色が暗いため、見えにくいが、俺の身体はひどく焼け爛れていた。
高速飛行で発生する風圧は、全身に纏った不可視のバリアが防いでくれているが、それがなければ倍の激痛が彼を襲っていただろう。
それでも、動けるならば戦う。座して死を待つなど、それこそ死んでもごめんだ。
「こぉぉぉおおおおおおおおおおお……」
俺は牙の並んだ口を開くと、白い奔流を吐き出した。
高速で射出された冷凍ガスが、矢印の陣形の中心となっている黒い飛行機と衝突する。
一秒を数える間もなく、飛行機のトンボのように細い機体が白銀に染まり、次の瞬間砕け散った。
破片の破片、そのまた破片。まるで砂で作られていたかのような、粉微塵と言うのも愚かしい徹底的な崩壊。
俺に凍らされた物体は、極限まで脆くなる。自らの飛行速度に、耐えられなくなるほどに。
俺は首を横に振り、隣接していた四機を、輝く塵に変えた。黒い飛行機は、これで九機になった。
密集していると、二の舞、三の舞になると気付いたのだろう。残った飛行機が、矢印の陣形を解く。
しかし、
(動きがスムーズ過ぎるな?)
誰でも、仲間を倒されれば少なからず動揺し、それが動きに出る。人間はもちろん、デーモンもそうだ。
だが、あの黒い戦闘機達にはそれがない。まるで、一切の感情がないかのようだった。
(まあ、詮索は殺した後でいいか)
死ねば、人間もデーモンも同じだ。全て凍らせて砕けばいい。
前方から三機、黒い飛行機がビームを撃ちながら飛んでくる。さらに、後ろからも三機、近づいてきている。
どこから来ようと、額の触角が接近を教えてくれる。全身に目があるようなものだ。
前後からの一斉射撃。だが、どれだけ撃とうと間隙はある。
俺はそこに身を滑り込ませつつ、上空に向かって飛んだ。黒い戦闘機達が、機首を上げて追いかけて来る。
思う壺、だ。
俺の冷凍ガスは、追いかけて来た機体の数だけ放てば十分だった。
(これで、あと三体)
火傷が、ずきずきと痛む。
再生は始まっている筈だが、栄養と体力が足りなかった。
どこかで……可能ならば、休息を取る必要があった。
さらに追ってきた三機と、遠方から近づいてくる、三機の巨大な黒い戦闘機を破壊した後で。
「……すごい」
芳佳は、飾らず隠さず、今自分の見ている光景について、素直に感想を述べた。
最初、彼女は蛾男がすぐに撃ち落とされてしまうと思っていた。
身に寸鉄も帯びず、体もネウロイと比べると大きいとは言えない。
強力な光線を撃ってくるネウロイに対し、蛾男はあまりに無防備に見えた。
しかし……彼女の予想は、完全に裏切られることとなった。
舞を踊っているかのような優雅な回避行動。当たらない光線を撃ちまくるネウロイが、哀れにさえ思えた。
口から発射される白い奔流がネウロイを射抜いた時の、まるで宝石を空にぶちまけたかのような輝き。
戦場にあって幻想的な光景に、誰もが心奪われていた。
瞬く間に、ネウロイの数が減らされてゆく。この調子なら、今日は自分達の出番はないだろう。
だが――――芳佳は気付いた。ミーナが、未だ警戒を解いていないことに。
「ミーナ中佐……?」
「みんな、気を抜かないで」
ミーナは機関銃を構え、言い放った。
「ネウロイが全滅したら……今度こそ、こちらに襲いかかって来るかもしれないわ」
大小六機の黒い飛行機は、俺を撃ち落とすために無数のビームを放ったが、効果はなかった。
殺意の光の中を、俺はまるでそこが無人の荒野であるが如く、真っ直ぐに飛んでいく。
俺がビームを避けているというよりも、ビームの方が俺を避けているかのようだった。
炎が、稲妻が、氷雪が、毒液、が悪意とともに乱れ飛ぶ空を、俺は知っている。それに比べれば、ここは天国のようなものだ。
俺は羽を広げ、小型の飛行機に接近。真正面から、機首に拳を打ち込む。
装甲を貫かれた飛行機は、一度大きく揺れ、そしてガラス細工のように砕け散った。
凍結の能力は、俺の両手両足にも備わっている。周囲の気温を急激に冷やしながら、俺は次の獲物に向かった。
結局、黒い飛行機達が、俺にとって脅威になることはなかった。
小さい機体は紙飛行機も同然に撃墜され、ブーメランに似た形の大きい機体は、ただの的にしか過ぎない。
無数の細かい氷の粒が、まるで雹のようにぱらぱらと海の中に落ちてゆく。
俺は長い触角を揺らし、新手を警戒したが、ビームはもうどこからも飛んで来なかった。
(全部、片付いたか)
………いや、まだいることは、いる。
俺と黒い飛行機の戦いを、ただ傍観していた少女達だ。変なブーツを履いて、空に浮かびながら。
黒い飛行機に輪をかけて、よくわからない存在だ。よく見れば銃で武装しているし、動物の耳や尾が生えている。
普通の人間は、飛行機なしで空を飛ばない。だが、感じる気配やニオイは、デビルマンでもデーモンでもなかった。
まったく、わけのわからないことばかりだ。
しかし、
(まあ、いい。敵なら殺すだけだ。人間だったら……)
その場合は、あの黒い飛行機よりも、念入りにぶち殺してやる必要がある。
氷を司るデビルマンの胸に、憎悪のどす黒い炎が灯った。
彼女達の素性がなんであれ、銃を持った人間は、俺の敵だ。そうでない人間も、対応は変わらないが。
氷漬けにして、砕いて、地獄の底に叩きこんでやる。地獄の獄卒も、罪人を細切れにする手間が省けて助かるだろう。
とはいえ、その面白い遊びを実行に移すのは、今ではない。
俺の本能は、コロッセオに解き放たれた虎の如く戦いたがっていたが、俺の理性は休息を求めていた。
黒い飛行機のビームには、一発たりとも当たっていない。だが、その前に受けたダメージは、決して軽いものではなかった。
戦っている間は気にならなかったが、火傷の痛みは骨の芯にまで食い込むかのようだ。
体力も底をついている。振ればからからという音が鳴るだろう。
人間が秘めている力――向こうが人間だとしたら、だが――を、様々な意味で思い知っている俺は、空飛ぶ少女達を侮る気にはなれなかった。
今は、傷と体力の回復が優先だ。そう決めた俺は、とにかくこの場から離れることにした。
(後をつけられたら面倒だな)
負傷はしていても、音速を超えた飛行は可能だった。
だが、向こうがそれよりも速かった場合、眠りから目覚めると無数の銃眼に囲まれていた……なんてことになりかねない。
そこで、俺はテレポートを使うことにした。一定以上の実力を持ったデーモンなら、みんな持っている能力だ。
俺は精神を集中させ、とにかく陸地をイメージした。海中は見つかりにくいだろうが、快適に過ごせそうにない。
明確な目的地を設定せずにテレポートすると、どこに飛ぶかわかったものではないが、後のことは後で考えればいい。
俺は最後の力を振り絞り、安息の地のあることを信じて、その空間から姿を消した。
最終更新:2013年01月31日 15:10