古代の地球の支配者――――デーモン族。
生物、非生物問わず合体することにより、様々な超能力を得た、異形の徒。
氷河期の到来により、彼らは氷の中に封印された筈だった。


だが………西暦1972年、夏。それは人類にとって、最後の夏となった。


デーモン族の復活。人類から地球の覇権を奪い返すための侵攻。
これまで、同族との戦争しか経験して来なかった人類は、瞬く間に混乱に陥った。

デーモン族は狡猾だった。
現代兵器にも勝る超能力を使って真正面から攻めるだけでなく、人間と合体することでその知識を得、
人間社会を内側から崩そうとしていた。


しかし、彼らはその作戦の過程で、自分達にとって、もっとも恐ろしい敵を生みだしてしまった。


デーモンと合体しながら、その強い意志によって自我を失わなかった者達。
人間を心を持ちながら、悪魔の力を得た者達。


―――――デビルマンの誕生である。


「俺も、デビルマン軍団の一員としてデーモンと戦っていた」

俺はベッドに腰掛けていた。
変身を解き、超能力で再構成した患者衣を身に纏っている。
美緒とミーナは、神妙な顔つきで、別の世界の出来事を語る俺を見詰めていた。

「最後の戦い……みんな、ハルマゲドンと呼んでたな。その途中で、敵の攻撃を受けて……気付いたら、この世界にいた」

言い終えて、俺は舌に疲れを感じた。こんなに喋ったのは、思えば久しぶりのことだ。
同じデビルマンとは、声帯を震わせるよりも静かで広範囲なテレパシーで意思疎通ができた。
人間が相手でも同じことができるし、映像付きの方が美緒もミーナも理解しやすいに違いない。

それでも、俺がわざわざ口を使ったのは、二人の心が耐えられないと思ったからだ。
彼女達が死のうが壊れようが、俺にとって困ることは何一つとしてないが。
聞かされた内容を反芻し終えたか、ミーナが溜息をついた。

「そんな話を、信じろとでも?」

「いいや。その必要はない」

俺は即答した。
自分で言っていて胡散臭いと感じたくらいだ。信じてもらえるとは、初めから思ってはいない。

「何者かと聞かれたから答えた、それだけだ。あんたが信じようが信じまいが、知ったことじゃあない」

疑わしげな眼差しのミーナとは対照的に、美緒は眼帯で隠されていない方の瞳を輝かせていた。

「人間であることさえ捨てて、人のため悪魔と戦う、か。うむ、なかなかの益荒男ぶりだな!」


………人のため。


………人間であることさえ捨てて。


俺の胸に、疼痛が走る。

「ちょっと間違えてるな、坂本」

俺が冷笑を浮かべると、美緒は訝しげに目を細めた。

「いや、大間違いだな。人のため? 冗談じゃない」

情愛など、とうの昔に枯れ果てた。その無意味さを、嫌というほど思い知らされた。
悪魔であり、人間でもある。それは、どちらとも交われないということだ。
どちらの敵でも、あるということだ。

「俺達は、俺達が生きるために戦ったんだ。敵になるなら、デーモンだろうと人間だろうと殺したさ」

二人の中で、俺は「得体の知れない化け物」から、「人殺しの得体の知れない化け物」に進化したらしい。
美緒もミーナも、無意識にか一歩ずつ後ろに下がった。本当は、あと百メートルは離れたいに違いない。

「……平然と言うのね」

ミーナが嫌悪の滴る声で言った。軍人のくせに、殺人は不慣れらしい。
俺は鼻で笑った。思った以上に、ここは平和な世界のようだ。
少なくとも、俺が二十年間生きて来た、あの阿修羅地獄よりは。

「俺の話を信じる気になったのか? そう怒るな、何もあんたらをどうしようってんじゃないんだ」

俺は、人の心を持ってはいるが、デーモンと同じく戦いを好むデビルマンである。
といって、むやみやたらに殺戮を行うわけではない。例え、相手が人間であってもだ。
そこが、デーモンとデビルマンを隔てる、もしかすれば唯一の壁なのかもしれない。

「一応、一晩世話になったからな。何もせずに消えるのが恩返しと思ってもらおう」

本音を言えば、全快になるまで何十年ぶりかになるベッドの上で休んでいたかった。
だが、何時牙を剥いて襲いかかって来るかも知れない相手と同じ空間にいるのは、精神衛生上、よろしくない。

それは、きっと向こうも同じだろう。
高い戦闘能力を持つ、人間に友好的でない存在の傍に置いておきたいとは思うまい。
何も起きない内に離れる。それが、どちらも傷つかない唯一の方法なのだ。
ミーナは、最前までの感情を追い出すかのように首を軽く横に振ると、唸るようにして声を出した。

「その事で、貴方に提案が――――」

ばたん、と扉が騒々しく開かれた。
何事かと三人の視線が向かう先には、先程、医務室を飛び出して行った栗色の髪の少女が立っていた。
手には、小さな土鍋のような器。白い湯気が立っているのを見ると、中身はスープか何かだろう。
少女は俺の顔を見ると、ぱっと明るい笑顔を浮かべた。

「お腹空いてますよね? お粥、持ってきましたよ!」

何をそんなに急いでいるのか、少女は小走りになってこちらに寄って来た。
純粋に、出来たての温かい粥を俺に与えたいのか。
それとも、一刻も早く俺を仕込まれた毒で殺したいのか。
後者は、乱世を生き抜く上で必要不可欠な警戒心の発露である。

少女に器を差し出されれば、俺は先に少女に味見させるつもりだった。
並みの毒なら撥ね返す体ではあるが、何しろ世界が違う。
俺の知らない猛毒を盛られでもして、戦わずに死ぬ。それは、デビルマンにとって屈辱以外の何物でもない。
俺は、デーモンと相対する時と変わらぬ心構えで、少女が傍に来るのを待った。
…………しかし。

「あっ」

間の抜けた声。
一体、何に躓いたのか、少女の体が前に倒れた。
ごちん、と床に顎を打ち付けてしまい、少女はいたたと患部を撫で擦った。
転んだ拍子に少女の手から放り出された土鍋は、緩やかな放物線を描き、美緒とミーナの頭上を飛び越え………
俺の顔面を直撃した。十分に煮られた粥が、俺の全身にぶちまけられる。
一瞬の間を置いて、土鍋が床に落ちた。かなり丈夫なようで、罅さえ入らなかった。

「…………」

俺のプライドは、少なからず傷つけられた。
人間の姿とはいえ、飛んで来た土鍋程度を避けられなかったのだ。
何かあっても、となまじ身構えていたために、傷は余計に深かった。

粥は熱く、俺の体の表面で湯気を吐き出していた。それが、一秒後には冷気に変わった。
俺が軽く身を揺すると、凍り付いた粥が剥離し、ぱらぱらと床やシーツの上に落ちる。
ミーナと美緒、そして立ち上がった少女は、その光景を緊張した面持ちで見ていた。
二人は俺の正体を知っている。残りの一人は、凍りつかんばかりに冷たい俺の怒気を感じたか。
俺が何もしないと言ったのを撤回し、三人をかき氷の材料にする前に、ミーナが少女に声をかける。

「宮藤さん、悪いけど、席を外してもらえるかしら」

「は、はい! あの、すみませんでした!」

少女は慌てて医務室を出ていった。これは懸命な判断だった。
あと数秒、彼女がこの空間にいたのなら、俺は氷柱の一本でも投げつけていたかもしれない。

「なんだったんだ、あいつは」

「宮藤芳佳さん。貴方の火傷を治したのは、彼女よ」

「……あれがか? 医者には見えないが」

「宮藤さんは回復の魔法が使えるの。そうじゃなかったら、貴方は今頃、全身包帯巻きよ」

魔法、と来たか。
俺は特に驚きはしなかった。自身、似たような力を使えるのだ。

(一応、恩人ということになるのか。あの女は)

デーモンは、個体によって多少の差はあるものの、総じて強力な再生能力を持っている。
例え腕がもがれようと、断面をくっつければすぐに細胞同士が結合し、そうでなくともその内生える。
火傷とて、例外ではない。
とはいえ、傷がほとんど癒えているのは事実であり、ということは、あの宮藤芳佳には借りがあるということだ。

忌まわしいことに。

「ところで、何か言いかけてたな。提案とは何だ」

「え? あ、ええと」

急に話を本題に引き戻され、ミーナは一瞬戸惑った。
しかしすぐに息を整え、最前までの狼狽が嘘のように、真正面から俺を見据える。
隊長と呼ばれているのは、伊達ではないようだ。

「短刀直入に言うわ。私達に、協力して欲しいの」

俺は目を剥いた。
提案とは、例えば俺が二度とこの場所には近付かないというような、消極的なものだと思っていた。
それが、何に対してかは知らないが、まさか協力しろ、とは。
しかも、俺がどういう生き物なのかを知っておいて。

「今、この世界はネウロイの侵略を受けているわ」

「あの黒い飛行機のことか。何だ、あいつらは」

俺の質問には、美緒が答えた。

「正体も目的も、まったく不明だ。既に幾つもの国が滅ぼされ、欧州本土も、ほとんど連中の手に落ちている」

俺は疑わしげに眉間に皺を寄せた。
この世界にやってきてすぐ、ネウロイとやらと一戦交えたが、それほど手強い敵ではなかった。
そもそも、迎撃として送られたのが、二十代にも満たないであろう数人の少女達である。
世界がどうの、という深刻な状況とはとても思えない。

「ネウロイには、通常の攻撃は通用しないわ。生まれつき、魔力を持ったウィッチなら、銃弾や剣でも十分なダメージを与えることができるのだけれど」

「………なるほど。押されてるのは、人手不足だからか」

戦車や戦闘機のように、資源があればいくらでも、というわけにはいくまい。
それでも一方的な蹂躙を許しているわけではないのなら、ウィッチとやらの数は千や万ではないだろうが、きっと億はない。
対するネウロイは、地中の鉱物資源や廃材などから同胞を量産することができるのだという。
こちらの人類の未来も、そう明るくはないようだ。

「話は大体分かった。悪魔の手も借りたい状況というわけだ」

俺はウィッチ同様、ネウロイを滅ぼす能力を持っている。
そのメリットを、得体の知れない怪物を内側に招き入れるデメリットよりも優先させたということは、
ウィッチと比して、俺は強いのだろう。
ミーナの瞳に、期待の色が浮かぶ。

「力を貸してもらえる?」

「嫌だ」

一瞬、ミーナと美緒の息が止まった。
人類、滅亡の危機と聞かされて、断るとは思わなかったようだ。
俺は呆れた。
呆れて笑った。先ほど俺が語った、一体何を聞いていたのか。

「悪いが、俺はデビルマンだ。人類がどうなろうと、知ったことか」

「だが、元は人間だったんだろう」

「今は違うな」

「お前に、情というものはないのか?」

「あるにはあるが、あんた達を殺さないだけで精一杯だ」

「…………悪魔め」

「もう聞き飽きた」

押し黙った美緒と入れ替わりに、ミーナが口を開いた。

「何も、ただというわけじゃないわ。少なくとも、衣食住は保証して……」

「そんなものはどうとでもなる。選択肢はいろいろあるんだ。例えば、奪うとか」

「人類を敵に回すつもり?」

「ネウロイ対人類対俺か。退屈はしなさそうだ」

結局の所、彼女達は、俺を味方に引き込める有力な手札を持っていないのだ。
物で釣ることもできず、手っ取り早く暴力を使ったところで返り打ちである。

ナイフを入れれば切り分けられそうなほど、空気が固く張り詰めていた。
美緒は、俺を鋭く睨みながら背負った刀の柄に手を掛けているが、無意味な行動であるとは分かっているだろう。
ミーナは、鉄の臭いからしてどこぞに拳銃を隠しているらしいが、それで仕留められる相手だとは思っていまい。
二人が何をしようと、俺は鼻唄を歌いながらこの建物から出ることができる。
本来ならば。

「まあ、いじめるのはこのくらいにしておこう」

俺がそう言うと、ミーナと美緒は揃って目を丸くした。

「……は?」

「嫌には違いないが、傷を治してもらった借りがある。力、貸してやってもいいぞ」

放っておけば勝手に治っていた傷だが、借りは借り。
返さなければ、心にしこりが残る。しこりは、気持ち悪いものだ。
無論、じっくりと一所に腰を据えて、この世界の情報を集めるという目論みもあった。
最初に嫌だと首を横に振ったのは、ただの悪戯心である。

俺はベッドを降りた。石の床が、裸足に冷たい。
茫然とする二人の間を擦り抜け、奥の扉に向かう。
そこで、俺ははたと思い出し、

「ところで、俺の服はどこにやった?」
最終更新:2013年01月31日 15:11