青い海原に、薄い影を落として飛ぶ、十機のネウロイ。
この世界に来た時、初めて俺が戦った小型。その群れだ。

高度は低く、百メートルにも満たない。おそらく、レーダーによる探知から逃れるためだろう。
目的は威力偵察か、それとも何処ぞの基地でも襲うつもりか。

だが、彼らの目的が何にせよ、それを果たすことは絶対にできない。
何故なら―――羽を畳んだ俺が、直上からナパーム弾のように落下してきたからだ。

俺は自身を砲弾とし、横一列に並んでいたネウロイ達の、ど真ん中をぶち抜いた。
最初の犠牲者となったネウロイは機体の中心から二つに折れ、そのままぼろぼろと崩れてゆく。

四枚の羽を広げ、海面にぶつかる前に上昇した俺の口には、赤く輝く小さな球が咥えられていた。
ミーナの話によれば、ネウロイの中にはコアという物体が存在し、それを砕くことでネウロイを倒すことができるのだという。
クレヤボヤンス―――透視能力を用いれば、宝探しなど朝飯前だ。
それが、強いエネルギーを帯びているのであれば、なおさら。

俺は鋭い牙でコアを噛み砕き、次の獲物に向かった。

「不味いな。もういらん」

獰猛な笑みとともに吐き捨てる。
上昇した俺の前方に、陣形を立て直したネウロイが九機。
九対一の数の利は、この場合なんの役にも立たない。
羊が九匹いたところで、狼に喰い殺されるだけだ。

「……。そう、可愛い羊だ」

九機のネウロイの表面が赤光を纏う。放たれるビームの雨。
俺の全身を覆う念力のバリアが、死の閃光を受け止める。無数の視界が赤に染まる。

俺は、魔将軍級の力を持つデビルマンだが、無敵ではない。
攻撃を受け続ければ、いずれはバリアを貫かれるだろう。
だが、それでも俺は空中で停止し、ネウロイが近付くのを待っていた。

ウィッチと同じく、ネウロイもデビルマンとは違う。
滑らかな曲線、鋭い直線で構成された機体。
人類の敵である事実を除けば、一目見て忌避されるような外見ではない。

納得がいかなかった。
人類からの評価相応に、醜い姿をしていればいいものを。

どいつもこいつも気に入らない。
気のせいに違いないが、見下されている気分だ。

「ぬるいな。本気でやってるのか?」

この程度では、遊びにもならない。つまらない玩具は片づけるに限る。
ネウロイ達の上空に、一瞬で飛ぶ。俺を狙って放たれていたビームが、残像を貫く。
背には太陽の光を浴びて、俺は海の上を依然横一列に飛ぶネウロイ九機を視界に収めた。
コアもよく見える。位置は、どいつもそう変わらない。

俺は両腕を高く振り上げた。その周囲を、無数の氷柱が取り巻く。
俺が作る氷は、超能力の氷だ。時間の経過で融けることなく、鉄よりも硬い。
つまり、最高の武器なのだ。

「お終いだ」

俺は、死刑執行の言葉とともに、両手を振り下ろした。
念力を受けた氷柱達が、夜空を駆ける流星群のようにネウロイ達に向かって降り注ぐ。
迎撃として放たれたビームが幾つかを撃ち落とすが、全ては不可能だ。
がん、がん、がん、と硬質な音を立てて、氷柱がネウロイを針鼠に変えた。

しかし、それも一瞬のことだ。氷柱のどれか一本は、必ずコアを貫いている。
ネウロイが砕けてしまうと、後に残った氷柱が海に落ちてゆく。

九機の侵略者たちは、もうどこにも存在しなかった。
空に、ひとまずの平和が戻る。

「…………」

空中に浮かんだまま、俺は溜息をついた。
疲れたからではない。疲れるどころか、汗一つ掻かなかったからだ。

戦いとさえ呼べるかどうか。
戦術も戦略もない、単なる力押し。

デビルマンの激情、鬱屈を受け止めるには、数も力も足りない。欲求不満だ。
俺は口にずらりと並んだ牙の隙間から、猛獣そのものの唸り声を漏らした。

「貴様、何をしている!」

風圧で羽が折れ曲がる速度で、俺は声がする方へ振り向いた。
ネウロイの残党かとエメラルドの複眼が嬉々として輝いたが、ネウロイは喋らないし、そこにいたのはバルクホルンだった。
先日見た時とは違って、頭から犬の耳が垂れ、いかつい機関銃と白い機械の具足で武装している。
眉間に皺を寄せ、目に怒りの炎が強い。


―――――なんだ? あんたが相手をしてくれるのか?


俺は、バルクホルンをずたずたに引き裂き、魚の餌にする方法を一瞬で百通りほど考えた。
どれも実に楽しそうだったが、自分でした約束を思い出し、実行には移さなかった。
バルクホルンの背後に、ミーナを始めとする501のメンバーが並んでいた。

俺に向ける眼差しは、どれも穏やかなものではない。
何人かは、俺をこの場で撃ち殺したいと思っているだろう。
下に向けた銃口が、悪魔を狙うべきかそのままを維持するべきかを迷って揺れ動く。

俺の複眼の一つが芳佳を捉える。
少女の顔には、剣呑な空気に対する困惑だけがあった。手にした銃に動きもない。
俺は、急に胸の中から湧き出してきた感情を振り払うと、とりあえずバルクホルンに目を向けた。

「仕事だよ。言っただろう、ネウロイを倒してやると」

「勝手に出撃していいと誰が言った!」

「一緒に出撃するなんて誰が言ったんだ」

ただネウロイを倒す。それがミーナと交わした契約だ。
ウィッチ達と協力するとは、一言も口にしていない。

「こっちとしては、あんた達と足並みをそろえる方が大変だ」

亀と二人三脚できるか、と俺は冷凍ガスよりも冷たい言葉を吐く。
バルクホルンが、奥歯を噛み締める音がした。

「誰が亀だ!」

「あんただよ、ゲルトルート・バルクホルン。それとも、シルトクレーテ・バルクホルンと呼んだ方がいいか?」

俺は両者の間に横たわっていた十メートルの距離を一瞬にして無にした。
激昂のまま飛び掛かろうとしていたバルクホルンの腕を、鉤爪で傷つけないようにして抑える。
俺の手を振り払おうとバルクホルンがもがくが、微動だにしない。

大した腕力だ。
並みのデーモンなら、殴っただけで殺せるだろう。
だが、俺は並みではない。

「俺さん。トゥルーデを離して」

ミーナの硬い声がかかる。
漂う汗のにおいは、俺がバルクホルンの腕をこのまま引き千切るかも知れない、と思っているのだろう。

「暑いなら、身体を冷やしてやろうか。ヴィルヘルム」

俺は笑いながらバルクホルンを解放した。
触られた箇所を、毛虫でも這っていたかのように擦る彼女に、さらに笑みを深める。

まあ、たしかに今の俺は虫に似ている。
美女と虫が肩を組んで戦うなんて、お伽噺にも聞いたことがない。

「あんた達は、デビルマンじゃない。俺の仲間じゃない」

複眼の一つ一つが、少女達の顔を捉える。
その中の芳佳に向けて、俺は唸るように言った。

「お前も、もう来るな。お前が何を望んでいようと、その通りにはならない」

「……俺さん」

「もう、来るな」

俺の姿が、煙のように消える。
清々しく晴れ渡る青空に、人間達を残して。

わざわざテレポートを使ったのは、もう少女達に近付きたくなかったからだ。
身を寄せ合ったところで、結局は傷付け合うことになる。




「どういうことだ、宮藤!」

バルクホルンが吠えると、その場にいた全員が耳を塞いだ。窓ガラスがびりびりと震える。
公式なものではないが、芳佳は食堂で尋問を受けていた。
ミーナ、美緒、バルクホルンが、椅子に座った彼女を取り囲んでいる。
俺に毎日食事を運んでいるという事実を知らなかったのだ。残りのメンバーは、その様子を壁際で見守っていた。

「宮藤さん。さすがに、今回のことは看過できないわ」

バルクホルンほどの激しさはないが、ミーナの声にも、芳佳の行為を咎める響きがあった。
美緒は、腕を組んで黙っている。

「下手に彼を刺激して、万が一、敵に回られたら」

一旦、そこで言葉を切る。
想像したくない未来は、口にするだけでも勇気がいる。

「……被害は計り知れないでしょうね」

溜息と共に吐き出された言葉は、部屋中を回ってウィッチ達に嫌な余韻を残して消えた。

「お前達は、知らなかったのか? 今回のことを」

美緒が左目を向けると、無関係を装うとしていた面子がびくりと肩を震わせた。

「さ、坂本少佐! 私は止めたのですけど、宮藤さんがどうしてもと……」

と、ペリーヌが慌てて弁明する。

「芳佳ちゃんが空飛ぶお鍋を追いかけてるのは見ましたけど、まさかあの人の所に行ってたなんて……」

と、リーネが目を伏せる。

「ていうか、私もさっき行って話してきたばっかだし」

「なっ!?」

と、平然と言い放つエーリカに、バルクホルンが目を剥いた。
後は、どれも同じような反応ばかりである。
結局、俺と密会していたのは芳佳とエーリカだけで、幸い大事にはならなかった。
今回は厳重注意――バルクホルンは最後までごねていたが――で済ませ、
次回からは罰則を設けるということで、話はひとまず収束した。

「ねえ、宮藤」

一同がばらばらと解散してゆく中、エーリカは芳佳を呼び止めた。

「なんですか?」

振り返りながら、芳佳は首を傾げた。

「んー……まあ、今さらな疑問なんだけどさ」

エーリカは言いにくそうに頬を掻いた。
明朗快活を絵に描いたような彼女には、珍しい動作。

「あんな邪険にされてるのに、なんで俺のとこに毎日ご飯運んでたのかなーって」

芳佳は、少し考える素ぶりを見せたが、すぐに口を開いた。

「えっと……俺さんって、別の世界から来たんですよね」

「らしいね」

「……もしも、私だったら」

語る芳佳の声は、悲しげである。

「誰も自分のことを知らなくて、誰も知ってる人がいない場所に来ちゃったら、すごく心細くて、寂しいんじゃないかって」

「………」

「そう思ったら、なんだか放っておけなくって……すみません、理由になってませんよね」

芳佳は恥ずかしげに目を伏せた。
エーリカは首を横に振ると、彼女の細い肩にぽんと手を置く。

「そんなことないよ。そっかー、寂しい、か」

あの、どこか超然とした感のある青い魔人に、そんな感情があるとしたら。
刺々しい言葉も、それを隠すための衣と考えれば、可愛らしささえ感じられる。

「……ま、実際のところは知らないけどさ。やっぱ放っとけないって」

エーリカは、また海で魚でも獲っているであろう俺を思いながら、そう呟いた。
最終更新:2013年01月31日 15:12