二人の少女の思いとは裏腹に、俺は徹底的に姿を見せなくなった。
焚火の跡や、そこにいたという痕跡は発見できる。
しかし、肝心の俺を見つけることができないのだ。

以前は、芳佳が気でも狂ったかのように名前を呼び続ければ、あまりのうるささに耐え兼ねたか、苦い顔で出てきた。
厳重注意を受けた手前、そう目立つことはできないと、芳佳とエーリカは小さな声を林に滑り込ませたが、一向に現れる気配がない。

物の試しと木に蜂蜜を塗り付けてみたりもしたが、もちろん効果はなかった。
変身した俺は虫と人間を融合させたような姿をしているが、虫ではない。

探知能力に優れたサーニャであれば、あるいは。
そんな考えも浮かんだが、俺の捜索に協力する理由が、彼女にはない。むしろ、いなければいいとさえ思っているかも知れない。

やがて、バルクホルン主導による激しい訓練が行われるようになると、俺を探すのはサボリ魔のエーリカだけになった。
訓練の理由は、少し捻じくれていた。

ここしばらく、ネウロイとの戦闘がまったく無い。

レーダーは正常に反応するし、警報は鳴る。
しかし、押っ取り刀で駆け付けても、ネウロイは影も形もない。

ストライクウィッチーズが迎え撃つより早く、俺が倒しているのだ。
その証拠に、海には彼が戦ったことを示す、氷塊や氷柱が浮かんでいる。
俺の撃墜数は、合計で七十機以上になるだろう。
この世界にやってきて、一ヶ月足らずでこれだ。彼の戦士としての練度が窺える。

バルクホルンの苛々は募るばかりである。
文句を言おうにも、その相手が姿を見せないのではどうしようもない。

自然、矛先は周囲に向けられる。
流石に、子供のように辺り散らしはしないが、訓練は以前より数段厳しさを増した。
日が暮れる頃には、疲労のあまり指一本動かせなくなっていた。

「はあ……俺さん、どこにいるのかなあ」

朝食後の小休止。
芳佳の溜息を、隣に座っていたリーネが拾う。

「芳佳ちゃん、またあの人に会いに行ってるの?」

それを更にペリーヌが受ける。

「い、一体何を考えてますのこの豆狸は! あれだけ少佐に言われたのに!」

当然、快くは思われない。
501での俺は、ある意味ネウロイ以上に忌まわしさの象徴となっていた。
名前を口に出すだけで、一瞬にして場の空気が淀む程に。

俺の、まるで針がびっしりと生えたマントを身に纏っているかのような態度であれば、それも仕方がない。
仕方がないが、芳佳は少し、悲しかった。

「うん。やっぱり、気になっちゃって」

「危ないよ! 食べられちゃったらどうするの!?」

「そうですわ! あなたなんて頭からこうバリバリと……!」

「あはは……」

芳佳は苦笑いを返した。
食べるといえば、俺は何が好物なのだろうか。
いつも魚を食べているが、ただ黙々と齧るだけで、単なる栄養補給の域を出ていない気がする。
好物を作れば、彼も食べてくれるだろうか。

(納豆って好きかな。俺さん、扶桑人に似てるし)

その時。
ネウロイの襲来を告げる警報が、基地内に鳴り響いた。
が、リーネやペリーヌの顔に、以前のような緊迫感は欠片もなかった。
理由は明白である。

「……どうせ、私達が到着した頃には、あの男が全部片付けていますわ」

ペリーヌがそう吐き捨てる。リーネも、無言の同意を示した。
最前線に立つウィッチとしての存在意義を奪われては、やる気の出しようがない。
しかし、集まりの悪さにバルクホルンが警報にも負けない怒鳴り声を上げる前に、芳佳は走り出していた。
陸で俺を見つけられない以上、空に彼の姿を求めるしかない。



――――この戦いが、最後だ。

いつものように四枚の羽で風を切り、俺は雲を眼下に置いて飛んでいた。
傷は随分前に癒え、命を救われた恩も、少なくない数のネウロイを倒すことで返した筈だ。

もう、501に手を貸してやる理由はない。
旅立ちの時が来たのだ。
きっと彼女達も、それを望んでいる。

(……あいつは、どうかな)

ふと脳裏に浮かぶ、少女の顔。
俺が無視を決め込んでも、しつこく探し続けた少女の顔。
馬鹿か、と自嘲し、俺は頭を振った。
櫛状の触角が揺れる。

彼女は人間で、彼はデビルマンだ。
信じ過ぎれば、互いに深い傷を負うことになる。
心を寄せず、寄せ付けず、ただ顔を知っているだけの他人のまま、別れた方がいい。

(こんなことを思ってる時点で、未練があるか)

悪魔の体に、中途半端に残してしまった人間の心が恨めしい。
二十年間の戦いの中、敵意や殺意を向けられることにはすっかり慣れた。
だが、温情に対する抵抗力はすっかり弱まってしまったようだ。
それが、時には死を招く毒に変わると知っていても。

その時。

エメラルドの色に輝く複眼が、彼方から来る敵影を捉えた。
俺の額から生えた触覚の探知距離は、動かず集中している時で約三千キロメートル。
二千キロメートルまでなら、敵の大まかな形状まで識別できる。
地球で戦闘機と合体したデーモンと渡り合うには、これくらいの能力が必要だ。

だから俺は、薄く広がる雲の絨毯の上を飛ぶ、巨大なネウロイを見ても、さほど驚きはしなかった。

真正面から見ると、横にスリットが入った楕円形。
少し上昇して見下ろすと、緩やかに弧を描く黒い扇状の殻に、無数の赤い線が走る、二枚貝の形をしていた。
今まで俺が戦ってきたネウロイの中で、最も巨大だ。小型の戦艦程はあるだろう。

「これはまた、変なのが出てきたな」

笑いながら、俺は敵を分析した。
一見すると、砲塔のような物は見当たらなかった。
敵が油断して近付いたところで、一気に生やして蜂の巣にするのかも知れない。

透視してみると、内部にはコアが一つ鎮座するのみで、いわゆる艦載機のような物は見当たらなかった。
とは、他のネウロイを運搬する輸送機ではないのだろう。
突然別の姿に変形し、巨体を縦横無尽に暴れさせる、という可能性も捨てきれない―――少なくとも、昔戦ったデーモンはそうだった。

(今までの奴らと、形が違い過ぎるのも気になる)

これまで俺が落としてきた七十機は、多少デザインは違えど全て飛行機の姿をしていた。
それが、いきなり二枚貝である。
警戒して、し過ぎるということはない。

(どうする。敵の出方を待つか)

両者の距離は、既に十キロメートルにまで縮まっている。
一撃必殺、とはいかないが、攻撃できる距離まで、もう少し。
敵の攻撃手段が分からない以上、こちらから手を出すのは避けたいが。

(あまりまごまごしていると、連中と鉢合わせになる)

ストライクウィッチーズと。
それなら、多少の危険を冒してでも、短期決戦で終わらせた方がいい。
その場で停止した俺の周囲を、六本の氷の槍が取り巻く。
俺に気付いているのかいないのか、ネウロイはゆっくりとこちらに接近してくる。

「さて、どう出るかな」

主の念力を受け、六本の氷の槍が、六条の光線と化す。
あの巨体である。狙いを付ける必要はない。
音の壁を食い破り、氷の槍は何の支障もなく、ネウロイの殻に突き刺さった。
殻はかなり分厚いらしく、氷の槍はその半ばにも届いていない。

ネウロイは未だ健在だが、敵の動きを引き出すための攻撃である。
元より、ダメージは期待していない。

「むっ」

多少は氷の槍が痛かったのか、向こうの射程距離内に入ったのか。
とにも、ネウロイの殻がゆっくりと縦に開き始めた。
上下の殻の間に蟠る闇の中に、僅かにコアの赤い輝きが見えた。


そして、その中から大量の黒い真珠のような物が吐き出されるのも。


大きさは、人間の子供ほどか。
その数、十、百、千……数えるのも愚かしい。
次から次へと、空を覆い尽くさんばかりである。
先程透視した限りでは、殻の中には、たしかにコアしか存在しなかった。
つまり、あのネウロイは輸送機ではなく、空飛ぶ工場なのだ。

「おもしろいっ!」

俺は両手を翳し、指先から機関銃のように氷の矢を放った。
それらは狙い誤らず向かって来る黒い真珠を貫き、破壊したが、如何せん手が足りない。
真珠の群は、あっという間に俺を取り囲んだ。
まるでパズルのピースが嵌っていくように、俺を中心にして巨大な球が形成される。

隙間から僅かに日光が差し込む薄闇を、赤い輝きが照らした。
真珠の表面には単眼があり、それが光っているのだ。
俺は上下左右を見渡すと、呟くように言った。

「……そんなに見つめるなよ」

次の瞬間。
無数の真珠から、俺に向けて一斉にビームが放たれた。
最終更新:2013年01月31日 15:12