空を埋め尽くす、無数の黒い真珠。
放たれる光線は、まるで血の雨。

「わっ!」

芳佳はシールドで光線を反らした。
が、その勢いの強さに押し戻され、本体らしきネウロイには少しも近付けない。
負けじと撃ち返す機関銃の弾は、あまり効果をあげなかった。

「前に出過ぎるな、宮藤。集中攻撃を受けるぞ」

「は、はい」

空は銃声に満ちていた。耳が麻痺してしまいそうだった。
ミーナも、エーリカも、バルクホルンも、他の仲間達も、緊迫した表情を顔に貼り付け、引き金から指を離さない。
銃口から吐き出される弾丸を壁として、黒い真珠の群れの接近をどうにか防いでいた。
くり抜かれた無数の目玉を相手にしているかのようで、気分の悪さは普段の倍増しである。

「もー、何なのこいつら! 全然減らないじゃん!」

「弱音を吐くなハルトマン!」

呻くエーリカに、バルクホルンが檄を飛ばす。
その間も、二人は銃を撃ち続けていた。
真珠、それ自体は大して強くはない。銃弾の一発で風船のように破裂してしまう。
だが、二枚貝のネウロイは、瞬く間に減った分を補充する。
まるで、浜辺の砂を一粒一粒取り除いているかのようだった。

「このままじゃ、こっちが先にバテるぞ……っと!」

シャーリーが五条の光線をシールドで反らす。
息をつく間もなく、六、七、八と続く。
シャーリーはすかさず撃ち返した。
しかしブローニング自動小銃に、この状況を打破するような力はなかった。

ペリーヌは歯噛みしていた。
彼女の固有魔法であるトネールは、広範囲に渡ってネウロイに電撃を浴びせることができる。

黒い真珠の群れを、ある程度であれば一掃できるだろう。
だが、肝心の二枚貝のネウロイには、きっと届かない。
距離が離れていることもあるが、何より障害物が多過ぎる。
仮に届いたとして、表面を炙ることさえ叶うまい。

焦れているのは、エーリカも同じだった。
得意のシュトルムを使って、一気に敵の壁を突破し決着をつけたい。

だが、安易な攻撃は憚られた。
黒い真珠の群を挟んで対峙する二枚貝のネウロイは、初めて戦う敵である。
その能力が、ただ小型のネウロイを生産するだけとは限らない。
接近した途端、何かとんでもない隠し玉を披露する可能性がある。

例えそうでなくとも、ネウロイが見た目に違わぬ防御力を持ち、こちらの攻撃が通じなかった場合。
黒い悪魔としてその名を轟かせるエーリカとはいえ、囲まれて集中砲火は御免こうむる。
今でさえ手一杯なのだから、仲間の援護はあまり期待できない。
少しずつでも距離を縮めて、全員で攻撃する。
攻めるチャンスが来るまでは、耐え忍ぶしかない。

「あっちは、あんなことになっちゃってるし」

撃ち続けながら、エーリカは二枚貝のネウロイの傍に浮かぶ、巨大な黒い球体に視線を飛ばした。
それは黒い真珠が固まって作られたものであり、時折、隙間から赤い光が漏れ出す。
黒い球体は檻と処刑場を兼ねたものであり、赤い光は閉じ込めた敵への攻撃であると考えるのは、そう難しいことではない。
そして、中にいるのは―――――

「やっぱり、あそこにいるのって………俺さん、ですよね」

何時の間にか、芳佳の緊迫した顔が隣にあった。

「だと思う。ちょっと、やばいかもね」

圧倒的な戦闘能力を持つ俺でさえ、大多数には敵わないということか。
助けに行きたい、という思いがエーリカの胸を突く。
しかし、こちらが助けを請いたい状況で、それは現実的ではない。

だが、それはエーリカだけの意見だった。
芳佳は唇を横一文字に引き結ぶと、シールドを前方に展開。
止める間もなく、黒い球体目掛けて突進した。

「………へ?」

エーリカは場にそぐわぬ間の抜けた声を上げ、丸くした目で遠ざかる芳佳を見送った。




(さあ、どうしてくれよう)

外の激戦とは裏腹に、球体の内部にいる俺は、それほど焦ってはいなかった。
二十年間、ずっと戦い続けてきた。
戦い以外のことは忘れてしまうほどに。

敵に囲まれ、集中攻撃を受ける―――両手の指を折っても足りない。
もっとも、ここまで徹底的なのは、あまりなかったが。
四方八方から放たれるビームが超能力のバリアを破るまでには、まだまだ余裕があった。
この状態からの反撃も、そう難しいことではない。
にもかかわらず、敵による拘束を甘んじて受けているのは、俺の楽しみのためだった。

デーモンにとってデビルマンにとって、戦いとは喜びだ。活力だ。
生きるために戦い、戦うために生きる。
どこに在ろうとも、その本質だけは変わらない。

少しはまともな戦い――要するに、血を流しあえる――ができそうな相手を、簡単に始末してしまうのは、あまりにも勿体なかった。
球体の外で、ストライクウィッチーズが激しい戦いを繰り広げていることは知っていたが、大して興味はない。
こっちはこっちの好きなようにやるだけだ。

(……まあ、そうだな。あの宮藤芳佳が死ぬ前には終わらせるか)

赤い光のシャワーを弾きながら、俺はそう思案する。
その時。

「きゃあああっ!!」

耳を劈く悲鳴に、俺は振り返った。
直後、虚空に浮かぶ魔法陣に、黒い真珠の壁が一時的に破られる。
入り込んだ日の光に頼るまでもなく、俺の複眼は飛び込んできた芳佳の姿を捉えていた。
反射的に彼女の小さな体を受け止める。
唖然とする俺の顔を見上げ、芳佳はぱっと笑顔の花を咲かせた。

「あ……俺さん、無事だったんですね。助けに来ましたよ!」

その言葉を聞いて、俺は足が八本ある人間を見るかのような目で、芳佳を見た。
俺の聴覚が正常に働いており、なおかつ芳佳の口が真実のみを紡いでいた場合、彼女は俺を助けに来たということになる。
一丁の機関銃と、人並み外れて強力とは聞いているシールドだけを頼りに。
この大量過ぎる黒い真珠と、あの巨大な二枚貝のネウロイを相手にするには、少々心許ない武装だ。

「なんというか、な」

俺は慎重に言葉を選んだが、元々弁の立つ方ではない。
悩んだ末、直球を投げることにした。

「あんた、馬鹿だろう」

「ふぇっ!?」

「俺を助ける? その豆鉄砲を使ってか? それとも、今みたいに突っ込んでみるか?」

「あう……」

芳佳が空けた穴は、とうの昔に新たに補充された黒い真珠で塞がれている。
抜群のチームワークだ。それぞれに意思があるのか、二枚貝のネウロイが指示を出しているのかは知らないが。
例え、俺が誰かの助けを必要としていたとして、芳佳に出来ることがあるとは到底思えなかった。

(………それでも)

俺は、今にも泣き出しそうな顔の芳佳を、改めて見た。
実に弱そうだ。
筋肉もついておらず、兵士としての練度も、素人に毛が生えた程度に違いない。
強靭なるデビルマンにとっては、小さな羽虫のように貧弱な生物である。


………それでも。


芳佳は、来たのだ。俺を助けるために。


弱いくせに、敵の群の中に、突っ込んできたのだ。


二人を包む球体の内部が、赤い光を帯び始める。
腹の中に子犬が一匹追加されたところで、予定に変更はないようだ。
四方八方からのビームで貫き、溶かし、殺す。
だが――――

「ど、どうしよう……」

怯える芳佳とは対照的に、俺は莞爾として笑った。
口内にずらりと並んだ牙のせいで、酷く獰猛な笑みである。

「どうもこうも、道は一つしかない」

――――そういうのは、俺の得意技でもある。

「やられる前に、こっちがやるんだ」



敵の群の中に突っ込んでいった芳佳を、どう助けるか。
坂本美緒がその事について悩む前に、問題は解決された。

きん。

きん。

きん。

隙間見る黒い球体から、澄んだ音が響く。
美緒は、この音に聞き覚えがあった。
とても身近な音だ。

「そうだ、これは」

鋭い刃に切り裂かれるネウロイが奏でる音楽。
鳴り止むと同時に、球体は微塵切りにされた黒い真珠の欠片と化し、塵と消える。

その中に佇む青い影。
背には蝶や蛾を思わせる羽。天に向かって伸びる櫛状の触角。
俺の両手から、その延長のように、長く鋭い氷の剣が生えていた。
半透明の刀身が、陽光を浴びて壮絶に輝く。

芳佳は俺の背中にしがみ付いていた。
今この場で、もっとも安全な場所かもしれない。
美緒は素直にそう思った。

危機的状況から脱出したとはいえ、戦いはまだ終わっていない。
数えるのも馬鹿らしい量の黒い真珠が動き出し、再び俺と芳佳を押し包もうとする。

「みんな、二人の援護を……!」

ミーナが指示を出すよりも早く、俺は動き出していた。

「生きて帰りたいなら、しっかり掴まっていろ」

「は、はいっ!」

答える芳佳に顎を引き………俺は、吠えた。
両手に生えた氷の刃が砕け散る。


―――――おおおおおおおっ!!


断末魔の咆哮でも、哀惜の叫びでもない。
長く尾を引くそれは、戦いの歌だった。
戦の始まりを告げる法螺貝だ。


―――――おおおおおおおっ!!


大気が揺れる。世界が揺れる。
美緒の鼓膜を震わせる咆哮は、歓喜に満ちていた。

「………っ」

美緒は、今すぐにでも、扶桑刀を片手にネウロイに飛び掛かりたい思いに駆られた。

そうするべきだ、と頭の中で声がする。

体内に流れる血が焼けつくように熱い。

彼女の理性の及ばない部分が、異様なまでに興奮していた。
知らず、口角が釣り上がる。

異界より来たという、魔獣の咆哮。
それを美しいと思う気持ちを、美緒はどうしても抑えることができなかった。

俺に殺到する黒い真珠。その数は百を越える。
次の瞬間、全てがほぼ同時に、氷の矢に射抜かれた。

まるで竜の体を覆う鱗のように、無数の氷の矢が俺を取り巻いている。
それは次々と射出され、その分、黒い真珠が減ってゆく。

黒い真珠が赤い光線を撃ち返した。
不可視のバリアに撥ねられ反らされ、返って来た氷の矢により塵と化す。

黒い真珠も、氷の矢も、減った分だけ補充された。
終わりの見えない、壮絶な撃ち合いが繰り広げられる。
そこに、ストライクウィッチーズは介入することができなかった。
下手に動けば、攻撃の嵐に飲み込まれる恐れがある。

氷の矢を撃つ俺は実に楽しげで、射線上に蝶が舞い込んだところで気にはしないだろう。
背中で震える芳佳を、邪魔と放り捨てないのが関の山か。

その時、二枚貝のネウロイに変化が起きた。
殻の奥底に蟠る闇の中から、赤い光が漏れ始めたのだ。
それは一秒ごとに膨れ上がり、今にも破裂してしまいそうだった。

何か、大きな攻撃が来る。
長年の戦いで培われた、美緒の勘がそう告げる。

「いいとも。俺も、そろそろ終わりにしようと思っていたところだ」

それからは、あっという間だった。
俺と芳佳の姿が、まるで煙のように消えた。

美緒は思わず手で目を擦る。
いくら俺が素早いと言っても、まったく視界に捉えられない速度で動けるものなのか。
それとも、何時か見た、テレポーテーションという力か。

ともかく、俺と芳佳は美緒の視界から消え……直後、二枚貝のネウロイの巨体が、内側から弾けた。
連鎖的に黒い真珠の群れも消滅し、一瞬にして空に平和が戻る。

粉々の破片の、ごく小さな一つが、美緒の目の前に飛んで来た。
凍っている。手に取ると、冷たさを感じた。
俺がネウロイの内部に入り込み、一瞬で凍結させたのだろう。
破片は、美緒の手の中で塵になった。

「おい」

顔を上げると、俺のエメラルド色の複眼と出会う。
逞しい腕には、目を回して気絶した芳佳を抱えている。
無造作に差し出された彼女を、美緒は慌てて受け取った。
腕に感じる温かみに安堵の息を吐く。

「……生きているようだな」

「当たり前だ。あの程度の奴を相手にして、俺が仲間を死なせるか」

俺が牙を剥き出しにして笑う。
美緒はふと違和感を覚えたが、それが何なのかは分からなかった。

「だが、少し疲れた。帰って休むことにしよう」

「待て」

羽を動かし、飛び去ろうとした俺を、美緒は呼び止めた。

「何だ?」

「いつも言いそびれていたからな。……協力、感謝する。ありがとう」

俺は何も言わなかった。
風もないのに、櫛状の触角がぴくぴくと震える。

四枚の羽を広げ、俺は上昇。基地のある方角へと飛んでいった。
見る間に小さくなってゆく青い影を見送ると、美緒は先程感じた違和感の正体に気付いた。

(仲間、と言ったのか。宮藤のことを)



翌日。
空は晴れ渡り、日差しの暖かさが眠気を誘う午後。

芳佳とリーネは、海に出る林の中を進んでいた。
ミーナに見つかれば大目玉、どころか懲罰のため、忍び足である。

「ねえ……やめようよ芳佳ちゃん……」

「ダメだよ、今日こそ絶対食べてもらうんだもん」

芳佳の手には、カレーライスが盛られた皿。
肉や野菜を程良く煮込んだ、自慢の一品だ。

芳佳が性懲りもなく俺のテリトリーに侵入しているのは、先日の戦闘で助けられた礼をするためだった。
俺の背中に貼り付くのが精一杯で、何時の間にか気絶してしまい、起きた時には医務室のベッドの上。
幸い怪我ひとつなかったものの、戦場で勝手に動くなと美緒に叱られてしまった。

いくら芳佳が強力なシールドを張れるとはいえ、命を落としてもおかしくはない、無謀な行為だったのだ。
俺の助けがなければ、今頃は三途の川で石を積んでいたかも知れない。

そんな訳で、芳佳は再び、俺が潜んでいる筈の林に足を踏み入れたのだった。
いろいろと、矛盾を孕んだ行動ではあるが。

リーネは、林に向かう途中の芳佳を発見し、止めようとしたが、歩みを鈍らせることさえできないまま、ここまで付いて来てしまった。
侵入者に驚き飛び立つ鳥にさえ、怯えて身を竦ませている。
彼女にとって、この一帯はネウロイの巣にも匹敵する魔境なのだ。

「カレーの前に、芳佳ちゃんが食べられちゃうよ……」

「俺さんはそんなことしないってば」

樹間が広いとはいえ、陽光は枝や葉に切り取られる。
林の中は、外に比べると若干、薄暗かった。

「うーん……やっぱり見つからないなあ」

このままではカレーが冷めてしまう。
冷めたカレーは当然、不味い。
それを幸いと思ったか、リーネの瞳が輝く。

「居ないんなら仕方ないよ。今日はもう帰ろ……」

「そうしてもらいたいもんだ」

背後から聞こえた声に、リーネは悲鳴を上げて手近な木の陰に飛び込んだ。
振り返った芳佳は、ようやく現れた俺に、主人を見つけた子犬のように駆け寄った。
俺の方は、不機嫌そうに眉間に皺を寄せていたが、そんなことはおかまいなしである。
人の姿をした俺を見るのは、いったい何日ぶりになるだろうか。
この機会を逃して、再び待つ次回は、きっと遠い。

「はいどうぞ! 今日はカレーライスです!」

芳佳は皿を差し出したが、経験上、俺が素直に食べてくれるとは思っていない。
彼女の背中には、ルッキーニから借りた虫取り網が紐で括りつけられている。

「ふふふふふ、今回はお皿を浮かしても無駄ですよ。この網で捕まえちゃいますから!」

ただ遊ばれていた訳ではない。
芳佳なりに学習し、対処法を考えていたのだ。
しかし、それは無駄な努力だった。

俺は無言で芳佳から皿を奪い取ると、刺さっていたスプーンを使って、カレーライスを食べ始めた。
皿が自分の手から離れた時点で、芳佳は虫取り網を構えたが、みるみる内に減っていくカレーライスに目を丸くした。
リーネは、芳佳ちゃんが食べられてる、などと呟きつつ木の陰で体を丸めていた。

デビルマンの食欲は旺盛だった。
カレーライスは、一分も経たない内に俺の胃の腑に収まった。

「勘違いするなよ」

「え?」

米粒一つ付いていない皿を差し出しつつ、俺は言った。

「あんたには、二度も助けられた。だから、少しは言うことを聞いてやってもいいと思っただけだ」

「二度も、って……」

「とにかく、そういうことだ。それ以上聞くな」

芳佳が皿を受け取ると、俺は踵を返し、背中を向けた。
一瞬、俺の頬に見つけた赤は、果たして身間違いだっただろうか。
芳佳はしばらく皿と俺の背中を交互に見つめていたが、やがてにっこり微笑み、

「じゃあ、次は部屋に案内しますね!」

「………調子に乗るんじゃない」

騒がしさの隙間を縫うようにして、一陣の風が吹く。
ざあ、と木々が揺れ、まるで林が笑っているかのようだった。
最終更新:2013年01月31日 15:13