アットウィキロゴ
「俺さん、その荷物はそこに置いてくれる?」

「わかった」

ミーナの指示に従って、俺は自分よりも何倍も大きなコンテナを、ゆっくりと床に降ろした。
埃っぽい空気が押し退けられ、抗議するかのように倉庫内を駆ける。
さらに、同じようなコンテナを三つ四つ、規則的に並べていく。

俺は手持無沙汰を嫌っていた。
ネウロイと戦う他には、遊びにもならない模擬戦か、一人で行う超能力の訓練しかすることがない。
成り行きではあるが、俺はこの基地から食事と部屋を与えられている。
つまり、恒常的に借りを作り続けている身なのだ。
そんな身分で暇を楽しむのは、俺のプライドが許さなかった。

ミーナに仕事を求めると、折よく資材搬入の力仕事があるという。
無聊を託つ間の手慰みにはなるだろう。
最後のコンテナを並べ終えると、少し離れた場所で見ていたミーナが感嘆を示す。

「すごいわね。あの姿にならなくても、力が使えるの?」

「すべてじゃない」

淡々とした返答。
今のところ、能力のすべてをミーナに明かすつもりはない。
この先、彼女がどう心変わりするか分からないのだ。
ストライクウィッチーズが俺に銃を向けて来る未来に備え、伏せておくカードは多いに越したことはない。

彼女達が知っている俺の能力は、精々が冷凍や氷の生成、そしてテレポートくらいだろう。
しかし、それはあくまで表芸だ。
いざという時の奥の手は、まだ誰の目にも晒していない。

宮藤芳佳の行動は、たしかに俺の心に響いた。
しかし、だからといって、犬のように地べたに寝転がり、腹を見せるつもりはない。
俺はさりげなく、視界の端にミーナを映した。
そして、彼女を殺す想像をする。

首を撥ねる。
内臓を引きずり出す。
氷塊で潰す。
氷柱で串刺しにする。

殺す。
殺す。
殺す。

何の抵抗もなかった。
彼女の死体をゴミのように捨てた後でステーキを食べに行けるだろう。
俺は心から安堵した。
まだ大丈夫だ。
情に絆されて、自らを危険に晒す心配はない。


俺は、ストライクウィッチーズを、皆殺しにできる。
笑いながら。楽しみながら。


「部屋に戻る。また何かあったら呼んでくれ」

「ええ、その時はお願いね」

自分がまだ強い自分であることを確認した俺は、軽い足取りで倉庫から出た。
左手に窓から差し込む温かな光を浴びながら、長い廊下を進んでゆく。

時刻は昼過ぎ。
夜どころか、夕方までにもかなりの時間がある。
持て余した時間を、さてどう消化するか。

(バルクホルンの奴が、格闘の訓練でもしていないかな)

実のところ、俺はバルクホルンを少なからず気に入っていた。
実力の差があることを知りながら、それでも戦いを挑む。
俺を嫌っているにしても、なかなか出来ることではない。
並人であれば、繰り返す中で心が折れ、何時かは屈してしまう。
何かを続けるのは、それ自体が一つの強さだ。

その意味で言えば、バルクホルンは間違いなく強かった。
もしもあちらの地球に彼女が居たなら、きっと強力なデビルマンになったことだろう。
人間にしておくには惜しい人材だ。

そんなことを思いながら、俺は自分の部屋に入った。
ひくひくと鼻を動かし、後ろ手に扉を閉める。
ほんの数日前、俺に与えられた部屋は閑散としていた。
木の床の上には、備え付けのベッドと洋服入れしかない。

当然だ。
この世界に来てから、俺は何も買っていない。
近い内に、ミーナからネウロイ撃破の報酬が貰えるという話だが、大して興味はなかった。

遥か昔、彼がまだ人間だった頃は、年齢相応にしたいこと、欲しい物があった。

決して難しいことではなく、ほんの少しの努力で手に入る物。

だが、それらはすべて、人間だった自分と共に過去に打ち捨てて来た。
どうせ手に入らないなら、捨ててしまった方が身が軽くていい。
空いた隙間からは目を逸らし、戦いの興奮に浸れるようになれば、立派なデビルマンだ。

そして、俺は立派なデビルマンだった。

「ところで、ベッドごと窓から捨てられたくなかったらさっさと出てこい、イェーガー」

俺が声を投げると、ベッドの上を覆うシーツがもぞりと動いた。
不自然に膨らんだシーツを見るまでもなく、俺は部屋に入る前から、中にいるシャーリーの存在に気付いていた。

「……よくわかったな」

くぐもった声に、俺は無表情で答える。

「においがした。さっきの意趣返しか知らないが、無駄なことは止した方がいい」

ベッドに隠れて何をするつもりだったのかは知らないが、ストライカーユニットを装備していないウィッチに出来ることなどたかが知れている。
手負いでなければ、人間の姿のままでも充分だ。

その時、ベッドとシーツの間から、シャーリーの不敵な笑い声が聞こえてきた。
作戦をぶち壊されたにしては、不釣り合いな反応だ。

「ふっふっふっ。これを見ても、同じことが言えるか?」

ばっ、とシーツが宙を舞う。
シャーリーはにやにやとしながら、手を腰に、足を大きく開いてベッドの上に立っていた。

それも、下着姿で。
俺は片眉を下げた。

シャーリーの長身は、軍人として鍛えた筋肉と、女性的な脂肪の奇跡的なバランスで成り立っていた。
表面に筋肉の巌は見られないが、かといって弛んでいるわけではない。
純白のブラジャーに支えられた豊かな胸は、官能よりも母性の塊のように感じた。
ブラと同じ色のパンツに包まれた臀部も、俺の位置からは見えないが、きっと見事な造形なのだろう。
上と下を繋ぐ腰も、綺麗にくびれている。

俺の記憶が確かなら、シャーリーはまだ十六歳だが、肉体的には完成されていると断言できる。
人間で、ただの少年だった頃の俺であれば、慌てふためき部屋から飛び出していただろう。
だが、今は何もかも昔とは違っている。



ベッドの上に立っているだけというのも、なかなかに苦痛だ。
しかも、下着姿で、それを見ている相手が何の感情も示さないとなれば、なおさら。
どうにか笑顔を維持しながらシャーリーは、自分の作戦は失敗したのではないかという疑念を抱いた。

(………顔を赤らめるくらいしろよ、頼むから)

俺が子供の遊びが好きであるということを、シャーリーはルッキーニの話から知った。
そこからヒントを得て、もしかしたら色仕掛けには案外弱いのかも知れないという考えに行き着き、わざわざ下着だけになって俺のベッドに潜り込んでいたのだ。
生意気な俺を動揺させることができると信じて。

この作戦を思いついた時、シャーリーは間違いなく冷静さを失っていた。
俺にひと泡吹かせるという目的に囚われて、深く考えることをしなかった。

いつ、どこの誰が、俺が色仕掛けに弱いなどと言った?
誰も言っていない。
シャーリーが勝手に思い込んだだけだ。

蓋を開けてみれば、俺は顔を赤らめるどころか、平然と彼女を直視している。
欲情している様子はない。
照れてさえいない。
むしろ、呆れているかのような気配があった。

完全に作戦失敗だ。
シャーリーは、この世にはやるよりやらない方がマシなこともあるという事実を認めざるを得なかった。
これ以上、この微妙な空気の中にはいられない。窒息しそうだ。

シャーリーはそそくさと―――俺の目の前にいて、そそくさもへったくれもないが―――ベッドから降り、部屋から出ていこうとした。
俺の横を通り、ドアノブへと手を伸ばす。
次の瞬間、ドアノブが消えた。
目の前には俺の顔があった。彼の肩越しに天井が見える。
背中にはシーツのさらさらとした感触。

何が起こったのか、シャーリーには認識さえ出来なかった。
時間に横たわる穴の中に落ちた気分だ。
だが、たった一つだけ、確かなことがある。



シャーリーは、俺によってベッドの上に押し倒されていた。



「…………は? え?」

その事実を、彼女の脳は認識していたが、心がまだ追い付いていない。
何故、自分は俺の下にいて、俺が自分の上にいるのか。
こんなことをする素振りは、まったく見せなかった。
最前まで、彼が自分の体に向けていた視線は、路傍の石を一瞥するかの如くだったのだ。

いや、直前まで自分の感情を押し隠せるからこそ、一流の戦士足り得るのか。
なるほど、すぐにカッとなるあの型物じゃ敵わないわけだ………

シャーリーが、俺について冷静に分析できたのはその時点までだった。
やがて、彼女の心が今の状況を確認すると、考えている余裕など一瞬で消し飛んでしまった。

「ちょっ……ま、待ってくれよ! 違う、ほんの冗談のつもりで」

「なら、これから俺にされることは、野良犬に噛まれたつもりで我慢するんだな」

押し退けようとした両手が押さえつけられ、ベッドに固定される。
全く動けない。
決して筋肉隆々とは言えない俺の、どこからこんな力が湧いてくるのか。
長い足を振り回しても、無駄な抵抗に過ぎない。
空気を蹴り飛ばすか、威力の無い踵を俺の背中に落とすかだ。
俺は、まるで体が岩で出来ているかのようにびくともせず、シャーリーを自身とベッドの間に閉じ込めていた。

俺の胸板に豊かな乳房が押し潰されて息苦しい。
声も上げられない。
新鮮な酸素を吸い足りないシャーリーの脳は、その思考力を格段に鈍らせていた。

ああ、もう駄目だ。

狼に捕まった兎に、逃げる力なんてない。

後は皮を剥がれて、肉を貪られるだけ。

シャーリーは体から力を抜き、懇願した。

「……お願い。せめて、優しく……っ」

ストライカーユニットを装備してさえ歯が立たないのに、寸鉄さえ身に帯びていない今の自分に、俺から逃れる術はない。
シャーリーはぎゅっと目を瞑った。
目尻から透明の滴が垂れ、ベッドに染みを作る。

このまま最後までいったら、どうなるのだろう。
魔力を削られ、シールドも張れない魔女が、最前線で戦うことは許されない。
ストライクウィッチーズには居られないだろう。
ルッキーニは寂しがるだろうか。
バルクホルンはきっと怒るに違いない………
音速を超える夢も、シャーリーの手の届かない遥か彼方へと消えてしまう。

何時だったか、後悔先に立たず、という扶桑の諺を芳佳に教えてもらったことがある。
今この状況が、まさしくそれだ。

瞼の向こうで、俺の気配がより近付くのを感じる。
間に、紙一枚をようやく挟める距離。

やっぱり、キスから始めるのか。
昔読んだ恋愛小説と同じだ。
どうせ初めてのキスまで奪われるのなら、ささやかな抵抗として舌でも噛んでやろうか。

心臓がばくばくと喧しい音を立てている。
シャーリーは固く目を閉じたまま、その瞬間を待った。
最終更新:2013年01月31日 15:14