茜色の空を、武装した少女達が飛んでゆく。
美緒を中心に、芳佳、リーネ、ペリーヌ、シャーリー、ルッキーニ、バルクホルン、エーリカが矢印編隊を組んでいる。

俺は、その少し離れた後方を飛んでいた。
以前のように、一人で先行してネウロイを叩き潰すような真似はしなくなったが、その代わり極めて退屈な思いをしていた。

実戦経験を積ませなければ、芳佳やリーネが成長できない。
そう言ったのは、ミーナだったか美緒だったか。

俺が戦うのは、ウィッチ達だけでは対応し切れない場面だけになった。
だが、最前線を守るストライクウィッチーズはエース級の実力者ばかりで、ピンチなど滅多に訪れない。
例外は、以前出現した二枚貝のネウロイくらいか。
あれから、俺が空で戦うべき敵は、ウィッチ達がネウロイを撃墜するのを見ている時に纏わりつく暇だけだ。


このままでは黴が生える。
俺は本気でそんなことを思っていた。


今日の敵は、果たして自分が手を出すに値する敵なのか。
不謹慎ながら、俺はそうであることを心から願っていた。

「………おや」

複眼が敵影を捉えると、俺は口端を釣り上げた。
もしかすると、お楽しみの時間があるかもしれない。

「坂本。今回は少し、注意した方がいいかもな」

この距離ならテレパシーを使う必要はない。
俺は肉声で美緒に呼び掛けた。

「何故だ?」

「もうすぐ、あんたらにも見えるだろう。ほら、あれだ」

水平線の彼方から、横並びになって赤い空を飛んでくる無数の影。まるで鴉の群れのようだ。
だが、鴉と同じなのは色だけだった。

そのシルエットは、スズメバチに似ている。
牙と触覚の生えた逆三角形の頭。
節のある、細い六本の足。
背中では、薄い二枚の羽が残像を残しつつ羽ばたいている。
太い尻には、鋭い針が生えていた。
全身に走る赤い光のライン。
サイズは、人間よりも一回りほど大きい。

それが、計十六体。

「あれって……!」

芳佳が気味悪げに目を細める。他の連中も反応は似たようなものだ。
その理由は、俺が久々の戦いを楽しめると感じたのと、同じ所にあった。

あのスズメバチが発する気配、雰囲気は、以前出現した二枚貝のネウロイのそれと、まったく同じなのだ。

具体的に何が、というわけでない。
ただ漠然とそう思う、いわゆる直感のようなものが働いていた。
そして、それはきっと間違ってはいない。

それを踏まえて、美緒が指示を出す。

「何を仕掛けて来るかわからん。あまり接近し過ぎないように、充分距離を取って戦うんだ」

了解、と全員が応答。
俺は仲間外れになりたくなかった。

「俺も戦っていいか?」

「なら、全体の援護を頼む」

「………援護。まあいいか」

まったく何をさせてもらえないよりは、ずっと良い。
世話になっている以上、リクエストには出来るだけ答えるべきだ、と俺は自分を納得させた。

「総員、攻撃開始!」

射程距離に入ると、美緒が機関銃のトリガーを引いた。僅かに遅れて、無数の銃声が空を埋める。
戦いが始まった。

吐き出された銃弾は、横に走る豪雨のように、スズメバチのネウロイに殺到する。
が、当たらない。
ぶうん、と扇風機の羽が回転するような音がしたと同時に、銃弾はネウロイをすり抜けていた。

「な、なんだ!?」

目の錯覚かと、驚いたシャーリーが叫ぶ。
再度、機関銃を乱射。同じようにして避けられる。

「撃ち方やめ! ……どういうことだ?」

はたして、物質透過かテレポートか。
戸惑う美緒に、後ろで黙って見ていた俺が答える。

「ただの高速移動だ。タネはあの羽だな。ただ撃ってるだけじゃ当たりっこない」

俺の経験では、昆虫の特徴を持ったデーモンの多くが有していた能力である。
主に敵の撹乱に用いられ、非常にうっとおしいものの、攻略法がないわけではない。

「なら、動きを予知できるエイラを呼ぶか」

「そんな暇は無さそうだぞ」

ほれ、と俺が前方を指差す。
スズメバチ達も、ただ攻撃を避けてるだけではなかった。
六本の足を前方に伸ばし、その先端からビームを撃ってくる。赤い雨。
ウィッチ達は、シールドを併用しつつ回避した。

「このぉっ!」

負けじと芳佳が撃ち返す。
しかし、攻撃をかわしながらの射撃であることと、彼女自身の未熟さが相まって、銃弾は空を貫くばかりである。

「高速移動ってんなら、私が突っ込んで引っ掻き回してやるか?」

膠着した状況に、シャーリーは明らかに飽いていた。
赤い空を飛び回るスズメバチ達を、今にも噛みつきそうな目で睨んでいる。

「やめておけ。孤立して囲まれるぞ。こっちからも攻撃しにくくなる」

俺はそう言うと、周囲の空間に無数の氷柱を並べた。
剣のように鋭く冷たく、俺の意のままに動く、最高の武器。

「直接とっ捕まえて捻り潰す方が速いんだが、約束通り援護だけにしておこう」

バルクホルンが撃った銃弾を、スズメバチが右にスライドして避ける。と同時に、氷の刃が薄い羽を切り裂いた。
落下こそしなかったが、素早さは確実に失われ、スズメバチはよたよたと頼りなく浮かんでいる。

「どうだ、これなら料理しやすいだろう」

「て、手助けなどいらん! ……くそっ」

バルクホルンは渋々、動きのとれないスズメバチを蜂の巣にした。
なかなか洒落がきいているな、と俺は思った。

動きの予測は、何も予知能力がなければ出来ないことではない。
触覚で感じる空気の微細な揺れと、後は経験則だ。二十年間、寝て暮らしていたわけではない。

「さあ、どんどんいくぞ。今日は的当て大会だな」

俺は氷の刃を四方八方に飛ばした。
ウィッチ達には掠りもしない代わりに、彼女達の射撃を避けたばかりのスズメバチの羽を、的確に射抜いていく。
無論、反撃の光線は飛んできたものの、高速移動さえなければ、ただの小型のネウロイだ。
エースが揃うストライクウィッチーズに敵うものではない。
スズメバチの群れは、瞬く間に最初の半分までその数を減らした。

「今回は、案外楽勝かもな!」

シャーリーが誰にともなく言った。
応じたのは俺だった。

「その手の油断は、命取りになるぞ。相手がまだ生きている内は――――」

その時。
一体のスズメバチが、体を海老のように曲げた。そして、尻から生えた円錐状の針を、ミサイルのように発射した。

狙いはシャーリーだった。
戦意は多少弛緩していたものの、彼女は熟練のウィッチである。いつものようにシールドを張り、着弾に備える。

それを見て、俺は叫んだ。
最前までとは違う動き。本能が告げる危険。

「避けろ、イェーガー!」

果たして、それは届かなかった。
ガラスが割れるような、耳触りな音が響いた。その場にいた全員が振り向く。

「………え」

シャーリーは不思議そうな顔をして、自分の胸を見下ろした。
軍服には大きな穴が空いていて、そこからじわりと赤い液体が滲んでいる。
スズメバチの針が、シールドごと自身を貫いたのだと理解すると、口からも血を吐き出した。
ストライカーユニットが停止し、シャーリーは海に向かって落ちていった。

「シャーリー!」

「シャーリーさん!」

ルッキーニが真っ先に助けに向かい、治癒魔法が使える芳佳がそれに続く。
言わないことじゃない、と俺は舌打ちすると、二人の後を追いかけた。

「シャーリーがやられた! 宮藤とルッキーニを援護しろ!」

美緒の号令に従い、ウィッチ達が弾幕を張り、追撃を阻止する。
俺は左腕で芳佳とルッキーニを捕まえ、右手で落下中だったシャーリーを掴むと、より速いスピードで海に向かった。
口から冷凍ガスを吐き出し、海水を凍らせ、小さな浮き島を作る。
俺はその上にシャーリーを寝かせ、芳佳を放した。

「治せるか?」

「やってみます!」

「シャーリー、しっかりして!」

氷上に、赤い池が広がりつつある。どうやら、背中まで貫通しているようだ。
芳佳はシャーリーの傷口に両手を当てた。そこから、青白い、穏やかな光が放たれる。
穴が見る間に塞がっていくのを見て、俺はほうと感嘆の声を上げた。
デーモンにしてもデビルマンにしても、その利己的さ故に、他者を癒やす能力は稀なのだ。
魔力の光が消えると、穴は綺麗に無くなっていた。軍服にしみ込んだ血がイミテーションにさえ見える。

しかし。

「どうしよう、シャーリーさん、息してない」

芳佳が泣きそうな顔で俺を振り返った。ルッキーニは実際泣いている。

「起きて、起きてよシャーリー!」

ルッキーニに揺さぶられても、シャーリーの目は固く閉ざされたままだった。顔色も、白を通り越して青い。
俺は奥歯を噛み締めた。
即死―――手遅れだったのだろうか。

「………死なせないぞ。あんたには貸しがあるんだ。それを、今返してやる」

俺は、他者を治す能力を持っていない。敵を殺すことしかできない。
だから、方法は一つしかなかった。本来なら、絶対にやりたくない方法。

「俺さん、何を―――」

戸惑う芳佳を無視し、俺は右手でシャーリーの胸に触れた。
服越しでも分かる冷たさ。心臓の鼓動を感じない。
ただの肉の塊になりつつある彼女の命を、引き戻さなければならない。
俺は右手に念を込めた。今まで何百回とやってきたことだが、人間相手では初めてだ。

俺の右手が、音もなくシャーリーの体内に沈んだ。




シャーリーは夢を見ていた。一家団欒の夢だ。
しかし、食卓を囲んでいるのは、シャーリーの家族ではなかった。

母親と父親と兄。
三人とも、黒髪の扶桑人だった。

しかし、着ている服や部屋の内装はどちらかといえばリベリアン風で、シャーリーを多いに混乱させた。

だが、それとは別に、シャーリーの胸の中は温かかった。
その感覚に名を付けるとしたら、幸福感だ。
みんな笑っている。シャーリーは幸せだった。


突然、場面が変わった。


シャーリーは廃墟の町に立っていた。
辺りを見回しても、散乱した瓦礫か、地面から突き出した鉄骨しかない。
見上げた空は、灰色の雲に隙間なく覆われていた。
遠くから、悲鳴が聞こえてくる。それを追いかけて、銃声。

先程までの幸福感は、完全に消し飛んでいた。
そこに、胸を押し潰さんばかりの悲しみが取って代わる。
自身をも焼き尽くすほどの憎しみが。
凍えそう死んでしまいそうな孤独が。
ありとあらゆる負の感情が、嵐となって渦巻いていた。

シャーリーには、それをどう消化すればいいかわからなかった。張り裂けそうな胸の痛みが辛い。

これが夢なら、はやく醒めて欲しい。
はやく目覚めて、そして…………


「シャーリー!!」


目の前にはルッキーニがいた。何故か泣いている。
横には芳佳もいて、やはり涙の跡が残っている。
その後ろには青空。周りは海だ。

「………そうか、私はあのネウロイにやられて………」

シャーリーはルッキーニの頭を撫でながら、体を起こした。
スズメバチの放った針に、胸を貫かれたことを覚えている。
おそらく、芳佳が治してくれたのだろう。心なしか―――いや、確実に前よりも力が漲っているのが感じられる。
今なら、力比べであのバルクホルンにも勝てそうだ。

「それで、あの、シャーリーさん」

芳佳が気まずそうに口を開いた。

「ん? どうした?」

「ちょっと、自分の顔、見てもらえますか?」

何か問題でもあるのだろうか。
自分が寝ていた場所が氷で出来た小島であることに気付いたシャーリーは、視線を斜め下に向けた。
当然、そこには彼女の顔が映っていた。毎朝鏡で見ているのだから、見間違えようがない。
ただ、額から、櫛状の触角が生えているだけだ。

「………はあ!?」

シャーリーは自分の額に手を当てた。
氷に映った幻影でない証拠に、指先に触覚が触れる。
しかも触覚に触れたその手は、いや手だけではなく首から下すべてが、ダークブルーに染まっていた。
いつも着ている軍服は消えていて、まるでゴムのような薄い服を纏っているかのような感覚である。
ストライカーユニットは、完全に足と一体化していた。大まかな輪郭は変わらないが、膝部分の間接があり、足首に当たる個所には三本の鉤爪が生えている。
背中には、四枚の蝶のような羽。

シャーリーは混乱した。自分はまだ夢の中にいるのか?

「い、一体何が起きたんだ!? どうしてこんな姿に!?」

「私にもわかりません、俺さんがシャーリーさんの体に吸い込まれて………」

俺?
そう言われてみると、この体は変身した俺の姿によく似ている。
彼が何かしたのか?

―――これしか、あんたを助ける方法がなかったんだ。我慢しろ。

頭の中で、声がした。俺の声だった。
シャーリーは辺りを見回した。

「お、俺? どこにいるんだ?」

―――あんたの中だ。

「私の中?」

―――そうだ。俺の合体能力を使って……あまり時間がない、さっさと済ませよう。

「済ませようって、何を」

―――ネウロイを片付けるんだ。俺の能力を、一時的にあんたに預けてある。とにかく飛んでみろ。

「わ、わかったよ」

俺の声はシャーリーにしか聞こえないらしく、芳佳とルッキーニは首を傾げていた。
まず右足を曲げ、氷の足場に鉤爪を突き立てる。その足を真っ直ぐにするだけで、シャーリーは簡単に立ち上がることができた。

続いて、四枚の羽を広げる。
体の操り方、能力の使い方は、中にいる俺のおかげか何となく理解できた。
そして、飛ぶことに軽く意識を向けた、次の瞬間。
シャーリーはすべてを置き去りにして、雲の上にいた。

下を見ると、発生した風圧で、芳佳が目を回して倒れているのが見えた。
かっこいい、と目を輝かせるルッキーニも。

「………すごい」

シャーリーは、口端が釣り上がるのを抑えられなかった。
助走もなく、静止した状態から、あの速度。
本気で飛んだら、一体どんなことになるのか。スピードを愛する者としての血が沸騰するのを感じた。
闘志は果てしなく、力が際限なく湧いてくる。
今なら、出来ないことは何もない。

―――感動しているところに水を差して悪いが、戦いは続いているぞ。

シャーリーははっとして前方に目を向けた。
ストライクウィッチーズの仲間達と、スズメバチ型のネウロイが戦っている。
俺の補助を得られなくなったことに加え、シールドを貫通する針での攻撃が増えたため、思い切った攻撃を出来ずにいる。

防戦一方だ。誰の顔にも焦りが見える。

シャーリーは、はっきりと笑みを浮かべた。
大したことのない問題に思えた。今の自分が、助太刀に入れば。

「ずるいよな、お前……いっつもこんな楽しいことしてたなんて」

―――初めては、誰でも刺激的なもんだ。

なら、今この瞬間を楽しもう。
シャーリーは四枚の羽を広げ、一瞬で加速した。
音の壁を、まるでクッキーを砕くかのように容易く突き破る。以前、ストライカーユニットの暴走によって偶然達した速度を、遥かに超える高速。

それは、シャーリーに性的快感さえもたらした。恍惚に頬が桃色に染まる。
ウィッチの中で―――今の自分がウィッチなのかはともかく―――この世界に入門したのは、おそらく自分ただ一人だろう。
機関銃から発射される銃弾がのろまに見えた。それを避けるスズメバチの動きは、それより少し速い。

シャーリーは、ソニックブームで仲間達を傷付けないよう多少減速し、風となって間をすり抜けた。
傍にいたバルクホルンには、空をくねる青い蛇に見えただろう。
シャーリーはそのまま、一体のスズメバチに襲い掛かった。スズメバチは逃げようとしたが、シャーリーの方が速かった。

拳を握り、無造作に突き出す。
それだけで、スズメバチの体は四散した。ピーナッツの殻を潰すより簡単だった。

残りの七体が攻撃を仕掛けて来る。
赤い光線。黒い針。
シャーリーは全身に纏った超能力のバリアで防いだ。
光線は弾けて消え、針は拉げて落ちた。針の効果は、ウィッチのシールドにのみ働くようだ。
何一つ通用しないというのは、なかなか気分がいい。

―――そろそろ終わらせろ。時間がない。

「ちぇっ、しかたないな……っと!」

シャーリーはこの万能感をもっと楽しみたかったが、他人の力を借りている以上、言うことは聞かなければならない。
シャーリーは四枚の羽それぞれに十分な力を込め、飛んだ。
青い稲妻が駆け抜ける。
七体のネウロイは、自慢の高速移動を駆使する間もなく砕け散った。





翌日。俺は厨房に立っていた。
流し台で、先程まで朝食を乗せていた皿を洗う。
握力で割らないよう力加減が必要だが、嫌いな仕事ではない。綺麗な皿とは、見ていて気持ちいいものだ。

最後の一枚を洗い終えると、俺は同じく後片付けをしていた芳佳に声をかけた。

「おい、宮藤」

「………」

「宮藤」

「………」

「………芳佳って呼べばいいんだろ」

「はい! なんですか?」

「全部終わった」

俺は溜息をつきながら厨房を後にした。
彼とストライクウィッチーズの距離を縮めようと画策する芳佳は、今度は自分を名前で呼ばせる作戦に出ていた。
別に、それくらいどうということはないが、あんな小娘に良い様にされるのは少し腹が立つ。
だからといって、何をするというわけではないが………

「よう、お疲れさん」

食堂を出ると、シャーリーが待っていた。
昨日の戦闘の時と違って、胸に穴は空いていないし、肌もちゃんと肌色をしている。

「イェーガーか。もう体は大丈夫なのか?」

「ああ、おかげ様で。隊長には今日一日休めって言われてるけどな」

「そりゃ、死にかけたんだから当たり前だ」

棺桶に、片足どころかほぼ全身を突っ込んでいたのだ。傷が癒えているとはいえ、気楽に歩いていい体ではない。
しかし、シャーリーはそんなことを気にもせず、にひひと何か含み笑いをしている。

「それで、ものは相談なんだけどさ」

「合体はしないぞ」

俺が一刀両断すると、シャーリーはばれたか、という風にぺろりと舌を出した。
随分と気に入られてしまったようだ。

「デビルマンの合体能力は、本来相手を乗っ取るためのものだ。一つの肉体に二つの精神をずっと留めておいたら、拒絶反応を起こして二人ともお終いだ」

「ちぇっ、そうなのか。まあ仕方ないな」

その上、バルクホルンには、さらに化け物扱いされるようになった。
ミーナには二度とするなと釘を刺されている。
踏んだり蹴ったりだ。

「………でも、そんな危ない事を、私のためにやってくれたんだよな。ありがとう」

そう言ったシャーリーは、少し嬉しそうに見えた。
俺はいつものようにふんと鼻を鳴らした。

「借りを返しただけだ。これですっきりした」

シャーリーの大切なバイクに乗せてもらったのだから、自分にとって大切な命をかけるのは当然だ。礼を言われる筋合いもない。

いい加減立ち去ろうとした俺の右肩に、シャーリーの顎が乗った。巻きつく腕がうっとおしい。
背中には柔らかな感触。

「……なんだ、イェーガー」

シャーリーが悪戯っぽい笑みを浮かべる。

「いやさ、お互いもう知らない体じゃないんだし、名前で呼んでくれてもいいんじゃねーかなーって」

「変な言い方をするな」

名前を呼ぶまで離れようとしないシャーリーを、俺はしばらくの間引き摺って歩くことになった。
遭遇したバルクホルンに怒鳴られた。
最終更新:2013年01月31日 15:14