人間の思い付きと言うのは、いつの時代もろくでもないものを生み出すものだ。
 ベイラム同盟企業、大豊核心工業集団の機戦傭兵隊《金剛》の名目隊長、白毛は四体目の四脚MTをバズーカで仕留め、口をへの字に曲げながら思った。
 ルビコン解放戦線の最重要防衛拠点―――通称、壁。交通の要衝に鎮座するこの要塞は、ルビコン解放戦線の逆襲によりまたもや彼らの根城となっている。一筋縄ではいかないこの大要塞を攻略するために、ベイラムとアーキバスはまた頭を悩ませ、そしていつもの如くベイラムが最初にろくでもないことを思いついた。
 曰く、墜ちるまで何度も軽めにぶん殴る。ついたあだ名は、壁殴り突撃便。


「儂でももうちっとは頭柔らかいと思うわい」


 攻撃先頭集団の只中にありながら、愛機の正黄旗GIIの中で白毛は苦笑し、今しがたBAWSのMTを二機仲良く粉砕したばかりの機体に眼をやった。
 怒り狂って二本足で歩き始めた黒鉄の闘牛のような機体。あるいは、白く塗り忘れたパンダみたいな機体。ひたすらあたりを爆発させまくる万年春節ロボとか最近思ったりもする、蘇華龍の駆る呲鉄。
 玉石混交の機戦傭兵隊《金剛》の中で一番使える奴を出せと言われたら、白毛が両手で差し出すのは蘇華龍だ。自分より若いし強いし、なにより物忘れが少ない。


『白隊長、敵性反応は残り僅か。砲撃も少ない。市街地への侵攻を具申します』

「そうじゃな。雇われさんたちに追加の駄賃をやって付き合って貰うかのう」

『小粒共ですが、弾避けにはなりますからな』


 知らずに弾避け呼びされている傭兵たちは実際、蘇華龍の言う通り小粒ばかりだった。
 遮蔽物から遮蔽物に飛び回ってろくな攻撃もできていないショートテイルのゲッコー、撃破した敵MTの残骸を器用にビル影に持ち込んでコクピットを解放して謎の奇声をあげているフライ・アガリック、そしてその隣でずっと疑問形の言葉を誰かに喋っているあとるちゃん
 火鍋並みに油の乗った小粒揃いで白毛は最初面食らっていたが、年の功だ。慣れた。蘇華龍は胸焼けが止まらなかった。


「小蘇が悪役みたいなこと言い出して儂、ちょっとびっくりじゃ」

『……事実ですので』


 蘇華龍のとても釈然としていないむすっとした声を聞き、白毛はけたけたと笑いながら正黄旗GIIを前へ進める。
 調子は良い。頭が煮え立つような感触も最低限で、戦況も良い。こうなれば気分も良く、機嫌も良い。けれども、心は晴れ時々曇りといったところ。戦闘開始からこのかた、歯に小骨が挟まったような違和感がずっとある。
 なんじゃろうな、なんなんじゃろうな、とぶつぶつ呟きながら《壁》に設置されたBAWSの移設型砲台の砲撃を、飛んできた球を避けるようにひょいっと機体を捻って避けながら、白毛は唸る。唸って、気づいた。


「重裝機動炮台巨摯!! 華龍、那个混蛋去哪儿了!?」


 しまった、つい全部口から出た。
 白毛がそう思ったときには、呲鉄が足を踏ん張って急停止して《壁》を見た。白毛の言ったことを把握した蘇華龍の呲鉄が、一歩、後ずさる。


『ジャガーノートがいない』

「こりゃ駄目じゃな、小蘇。このまま行ったら、儂ら堀を超えても帰れんくなる」

『撤退しますか?』

「ほじゃな。なんか言われたら儂が聞いて全部忘れてやるわい」


 参加傭兵各位に任務達成を送信させなければならなかった。
 面倒じゃ、と思いつつも白毛は砲弾を避けつつ遮蔽物の陰に入り、周波数を弄って上司に繋ぎ、言った。 


「儂らは敵の第一陣を殲滅して戦力漸減に成功、任務達成で良かろ?」

『戦況はモニターしています、市街地への侵攻は可能だと思いますが』

「ジャガーノートがおらんのじゃ。戦況も良すぎる。ここで一発ぶち込むのもええが、儂は行ったら帰ってこれん気がする」

『ふむ。しばしお待ちを』

「十秒待っちゃる」


 蘇華龍が傭兵たちに堀を超えずに適度に応戦しろと命令を出しながら、壁の移設型砲台めがけて手動照準でバズーカを発砲した。
 戦ってるように見せなきゃならんのも仕事の内。帰って酒が飲みたいと思いながら、正黄旗GIIは先頭へ飛び出し両腕のバズーカを砲台目掛けて交互に撃つ。二発撃って、一発しか当たらなかった。
 そうして次の遮蔽物へアサルトブーストで退避すると、返信が来た。ちらりと時計を見ると三十八秒経っていた。


「遅い。儂が死ぬぞ」

『―――ベイラムの監視役のスヘルデから任務達成の認定をもらいました。任務達成で構いません』

「了解じゃ。敵の追撃がないことを祈るわい」


 ほんなら最後に様子見を、と正黄旗GIIをブースターで滑らせ砲撃を避けながら、白毛はさらに前へ進む。
 そしてまあ、橋の向こう側に二門の防盾つき移設型砲台と、金ぴかに輝く嫌なものを視た。悪目立ちしていて、正気とは思えないそのカラーリングをしたものは、ACだった。


「ああ駄目じゃ、こりゃ駄目じゃ」

『隊長?』

「小蘇、儂らもすぐ逃げるぞ。タングステンの奴がおる」

『了解。隊長は、戻れますか?』

「戻る。来んな」


 金ぴかの逆間接AC、タングステンのブラスゴールドが飛び上がり、アサルトブーストの火球を背負いながらこちらに突撃してくるのを白毛は冷めた目で見ていた。
 頭が煮え立つような感触を覚えながらも両腕のバズーカを交互に撃つ。避けられるが、一発は近接信管でACSに衝撃を蓄積させた。即座に後退しながらウェポンハンガーからガトリングガン、虎賁に持ち換える。
 来るなら来ればいい、と白毛はブラスゴールドに照準を合わせる。だが、こちらが後退するのを見てブラスゴールドは逆噴射し、その場で停まった。そして、派手に地団太を踏み始めた。


「………こんまま突っ込んだらウォルフラムの姉ちゃんも出てきたかもしれんのう。報告盛るべきじゃな」


 肝が冷えたと、ふうと息を吐き、白毛は作戦エリアぎりぎりで自分を待っていた蘇華龍の呲鉄と共に戦域から離脱する。
 報告書にはしっかりと企業派私兵集団「ウルヴス」の存在を書き、その存在を情報部が把握していなかったことを非難する内容にしておこうと白毛は思い、頭痛に耐えながらスキットルを開け中身を煽った。
 密造の蒸留酒は火のように喉を焼き、腹を温め腑に落ちていった。


関連項目

大豊核心工業集団 機戦傭兵隊《金剛》

同雇用独立傭兵

ルビコン解放戦線『壁』防衛部隊
最終更新:2023年11月26日 23:19