ベリウス地方のどこか

 雪に覆われた山脈の上空を一機のACが飛行機雲を引きながら通過していく。

「・・・また彼らの依頼を引き受けることになるとはね。」

コックピットではまだ若い青年がそう呟く。彼の名はラッシュ。独立傭兵であり、企業や解放戦線の依頼を引き受ける傍らでコーラルの調査をしている。彼の駆る白銀のAC『ルーン』は戦闘用とは思えぬほどに見事に塗り分けられたミントブルー、金色のフレームが特徴であり、それでありながら美しさを崩すことなく大豊製バズーカ、六連水平ミサイルに高誘導ミサイル、そして彼の戦闘スタイルの要である散布式クラスター爆弾『太陽守』を装備している。
 今回の任務の依頼主はベイラムの主力AC部隊『レッドガン』、その総長でもある『歩く地獄』ことG1『ミシガン』だ。依頼内容は中央ベリウス地方の山間部を通過する山間鉄道による解放戦線の物資輸送の破壊工作だ。

『貴様には輸送の要となる要塞列車本体を叩いてもらう。本来ならば貴様に番号を貸与し、安いおまけとして使いまわしてやりたいがあいにくあのラッキーナンバーは埋まっている。貴様には暫定的にレッドガンの隊員『シナノ』として復帰してもらうぞ!!』



「総長直々じゃあ、断れねぇよなぁ・・・」

頭に手を当てて嘆きとも愚痴とも取れる言葉を放つ。何を隠そう、彼は元々レッドガンの番号持ちであり、その時のコールサインは『シナノ』であった。

 だが、かつて同じ隊に所属していて親友でもあったG7『ハークラー』がベイラム上層部の無謀な強襲作戦によって命を落とし、それでもなお学習しようとしないことに失望して隊を離脱したのだった。今ではあくまでも『レッドガンからの依頼』であることを条件にベイラムやその同盟企業である大豊の依頼を引き受けている。

 今回は作戦に僚機としてG2『ナイル』、G4『ヴォルタ』が同行することもあって気乗りがしなかったが、番号で呼ばないことを条件に依頼を引き受けた。



『よう、久々だな。シナノ。離隊以来か?』

唸り声のような、若いが低い声が無線に入る。ヴォルタだ。彼の駆る重火力タンクAC『キャノンヘッド』は線路沿いに伸びる雪道を疾走している。

「久しぶりだなヴォルタ。イグアスの調子はどうだ?」

『へっ、覚えていたのか、あいつのことを。あいつなら相変わらずミシガンに殴り返すことしか考えてないさ。最近は新顔のG13とやらにお熱だがな。』

「G13だと・・・?」

ラッシュは眉をひそめる。G13というのは臨時的に貸与される番号であり、本来なら今作戦で自分に与えられるはずだったものだ。

「あのラッキーナンバーがレギュラーになってるのか?」

その問いにヴォルタが忌々しそうに答える。

『癪に触るがな。ガリアの多重ダムで野郎、俺たちを裏切ってイグアスと俺諸共一発やられたさ。腹が立って仕方ねぇが、あいつはタダモンじゃねぇ。』

「そうだったのか・・・」

ちなみにそいつの名前は?と聞く。

『・・・レイヴンだ。そう聞いている。』

二人の会話にやや年のいった、老練な雰囲気を感じさせる声が入る。

「ナイル、何か知っているのか。」

声の主はラッシュと並んで飛行するナイルだ。彼の重量二脚AC『ディープダウン』は重装甲のフレームに大量のミサイル、リニアライフルとベイラムの信条である物量による制圧を体現化した構成になっている。ちなみにナイルがかつてラッシュをレッドガンに引き入れた張本人でもある。

『なんでもミシガンが知り合いから紹介されて暫定的にレッドガンとして編入したらしい。ダムでの戦闘ログを見たが、あれは尋常じゃない。ミシガンが興味を示すのも納得がいく。』

「そんな奴がいるのか・・・」

『まあ、これから先に出会うことはあるかもな。味方としてか敵としてかはわからんが。』

ナイルが半ば釘を刺すように言う。

『まあ、近況報告はどうやら終わりの時間のようだぞ。』

ヴォルタが会話の幕引きをする。見れば複数の武装ヘリ、そして武装MTを満載した、黒ずんだ色の要塞列車が近づいていた。



『これより、レッドガンによる解放戦線の輸送列車破壊作戦を開始する。突撃しろ、命知らずども!!』

 無線越しに地割れのような声が響く。指揮を取るミシガンのものだ。その怒鳴り声に呼応するようにしてまずナイルが垂直ミサイルを展開、ヴォルタがグレネードランチャーで列車を取り巻く小型の攻撃ヘリを薙ぎ払っていく。

『シナノ、列車に取り付け!』

ミシガンの命令に呼応してラッシュもアサルトブーストを起動し、一気に距離を詰める。後部車両の荷台に展開するMT群をマルチロックしたミサイルで次々と破壊していく。
 その前ではBAWS製の大型砲塔が旋回して応戦しようとするが既にラッシュの愛機であるルーンは目の前に立っている。

「悪いが仕事なんでな。」

そう言うと左腕を大きく振り払う。と、少し距離の離れた砲塔一帯が瞬時に爆炎に包まれた。

『太陽守か。使い方が身についてるな。』

ナイルが感心したように言う。どうもと返しながらラッシュは前に歩みを進める。破壊された砲塔の奥からサブマシンガンを手にしたMTが現れ、応戦しようとするが気にかけることなくアサルトブーストで突進する。
 と、そのままMTの目の前で急停止したかと思うと同時に二体のMTを蹴り飛ばし、列車の外へと消し去ってしまった。その光景にたじろぐ最後の一体を逃すことなくバズーカを撃ち込み、重装甲が施された主要車両に続く車両の戦力を壊滅させた。

「あとは主要車両を吹っ飛ばせば・・・」



 その時、ルーンのコックピット内に接近警報が鳴り響いた。反射的にブーストを作動させて回避した彼の目の前に巨大なシルエットが着地し、列車を揺らした。
 粉塵が収まると、四脚の巨大な機体が立ちはだかっていた。

「なんだこいつは?・・・」

だが推測を巡らせる暇もなく飛び上がり、ラッシュに巨大なレーザーブレードで斬りかかってくる。

「動きがMTよりいい・・・BAWSコアだが・・・この感じ、四脚のACか。」

BAWSのACが放ったメリニット製のグレネードランチャーによる砲撃を素早い旋回で回避する。そのまま荷台の上で足裏から火花を散らしながら停止し、改めて敵ACを見る。どうやらBAWS製の旧型AC『BASHO』のコアに四脚重量MTの脚部を搭載し、高い積載量を利用して大型のグレネードランチャーとパルスシールドを搭載しているようだ。旧型とはいえACパーツを使用しているだけあって動きはそれなりに素早い。単純に接近戦を仕掛けても蹴りが避けられてしまう。

「少しはいい錆落としになりそうだな。」

その発言にミシガンが言葉の鉄拳を下す。

『シナノ、いつから貴様は経験者になった?自殺の予定が直近になければそのたるんだ気を引き締めなおせ!!』

半ば音割れした音声で耳鳴りを体感しつつラッシュはやれやれという表情で応戦に入る。一度列車から飛び退いて空中でホバリングする。その間にロックを済ませた高誘導ミサイルを二発発射し、再び突進する。二発の巡航ミサイルはそれに同行するようにして四脚に襲いかかり、着実に当たって爆発を起こした。
 だが四脚は極めて重装甲なのか、それでも怯まない。試しに蹴りを入れてみたが、なかなかうまくよろけてくれない。

「ならば・・・」

とラッシュは荷台貨車にバズーカを撃ち込む。爆発が起きて煙が消えると貨車の半分が吹き飛んでいた。

「これならどうだ?」

ともう一度重量二脚による強烈な蹴りを入れて四脚を半壊した貨車の端まで追い詰める。だが相手は大型の脚の先端からアンカーを展開し、しっかりと固定してしまった。

「こいつめ、悪あがきをしやがって・・・」

次々と飛んでくるグレネード弾を避けつつそう毒づく。



『手こずっているようだなシナノ。』

ナイルのその声と共に四脚を大量のミサイルが包む。それによって貨車の底がさらに脆弱になって次々とひび割れが広がり、崩壊が進む。

『覚えているかシナノ?「泣きを見せたらもう一発」、だ』

ナイルのAC、ディープダウンのチャージされたリニアライフルから音速の三倍以上の速さで弾頭が飛び出し、四脚を貫通する。姿勢制御にダメージが入ったのか、ようやくふらつきを見せた。

「ここだ!」

距離を詰めて太陽守で周囲を爆発で包み、回し蹴りを決めると四脚は見事に吹っ飛ばされて空中に放り出される。



「底を見せたのが運の尽きだ。」

ラッシュはそう呟いてバズーカを発射する。放たれた榴弾は四脚の脆弱な底部にクリーンヒットし、空中で爆発四散して破片を線路の沿道に散らしていった。



『ようやく仕上げか、俺も合流する。』

ヴォルタが沿道に転がるMTの残骸を轢きながら主要車両と並走する。そして腕と肩に搭載されたグレネードキャノンを至近距離で撃ち込むと、ACがまるまる入るサイズの車両に大きな穴が開く。

「突入する。」

ラッシュが中に入ると軽MTが豆鉄砲で懸命に抵抗してくる。だが容赦なくそれら全てをまとめて太陽守で薙ぎ払い、奥部に鎮座する動力・燃料系統をバズーカの一撃で破壊した。すぐに爆炎が車内を襲い始め、咄嗟に突入した穴から退避する。その直後に装甲列車は大爆発を起こして金属の軋む音と共に脱線し、数回横転してから黒煙を噴き上げて森の中で動きを止めた。連結していた砲塔付きの貨車も全て同じく脱線してあちこちに部品を撒き散らかして横転する。
 全てが終わった時には線路沿いの森林で横転した列車が黒々とした煙を吐き続けていた。


『どうやら連中の列車は吹っ飛ばされたようだな。命知らずども、遠足は終わりだ。』

ミシガンの言葉と共に三機は離脱する。

『シナノ、久しぶりの共同作戦だったが相変わらずやるじゃねぇか。あのクソ親父仕込みの蹴りも健在どころか、さらにキレが増してやがる。』

ヴォルタが愉快そうな声で話す。元々蹴りを主体としたスタイルはミシガンに叩き込まれたものだった。

「訓練の時は地獄だったが、腹が立つことに今じゃすっかり俺の戦闘スタイルになってるよ。」

苦笑しながらラッシュは返答する。




 自前の輸送ヘリにACを格納し、自動操縦で飛んでいたヘリの操縦席に座る。飛行はそのまま任せながら通信デバイスを開いてメッセージが来てないか確認する。果たして一件、レッドガンから来ていた。

『・・・新着メッセージ、一件。』

COMの無機質な声が流されるとボイスメッセージが再生される。

『シナノ、今日はよくやってくれた。あの作戦で解放戦線は『壁』への物資の輸送手段を失い、あとはヘリによるネズミ輸送しか手段が残されていない状態だ。それはまた他の傭兵にでもやらせておくことにしよう。』

それはナイルの声だった。メッセージはさらに続く。

『・・・それと、お前に渡したい土産がある。レッドガンのよしみだと思って受け取っておけ。お前には有益な情報のはずだ。それでは、武運を祈る。』

メッセージには暗号化されたファイルが添付されていた。解読するといくつかの写真とそれに関する文書が開示された。

「中央氷原だと?あんな不毛地帯に何が・・・」

だが添付されているデータを見て驚いた。

「これは!!」

それはベリウス地方と氷原を隔てる巨大なアーレア海のうち、氷原近海で高濃度のコーラル反応が検出されたというものだった。

「氷原・・・アーレア海を超える必要があるか。」

氷原とは言ってもいくつも大陸があり、この情報だけでは集積コーラルの位置を特定するのは困難だ。そんな場所に多大なコストをかけて『海越え』をするというのはあまりにもリスキーすぎる。

「もう少し情報を集める必要がありそうだな・・・」










 G2ナイルが脱走した捕虜の追撃中に戦死し、G4ヴォルタが『壁越え』で単独死したことを知ったのはそれから間もないことだった。




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投稿者 d2seaevo

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最終更新:2023年11月26日 23:16