それはかつて中小のドーザー勢力がひしめく場所であったが、現在では強力なリーダーのもとで統治された自由貿易拠点が広がっている。ここではドーざーだけでなく、解放戦線や企業も時折現れては秘密裏に物資や情報の取引を行っている。
そんな長い歴史のあるグリッドに場違いな雰囲気を醸し出す一機の白銀のACが降り立とうとしていた。白銀のボディにミントブルーと金のフレームが覗かせる機体の名はルーン。若き独立傭兵
ラッシュの愛機だ。
機体をガレージに固定し、機体のセキュリティーシステムが機能していることを確認して人の行き交う歩道に降りる。そのまま建物から出ると広々としたグリッドの光景が目に入ってきた。無数のレールが伸びるグリッドを動力付きトロッコや重い荷物を背負ったドーザーや商人らが忙しく歩き回っている。それらの間を時折背中にコンテナを満載にした作業用のACが闊歩する。
「賑わってんなー。」
ラッシュと名乗る青年のACパイロットは着古した革ジャンにジーンズというラフな出立ちでその中を歩く。しばらくすると行商らが開いている屋台の集まりが見えてきた。主に食事を出しているらしく、何かを煮付けている匂いと蒸気が立ちこめる。露店の前ではドーザーらしき労働者や用心棒、商人や軍人らしき人たちがぞんざいに並べられた椅子に座った状態か、そのまま立った状態でプラスチックの小汚い皿に入ったものをかき入れている。
「らっしゃいらっしゃい、今なら美味い串焼きがあるよ!ミルワームの串焼きだよ!」
「おいそこのガッチリしたおじさんや、栄養サプリはどうだい?企業からちょちょいと仕入れた上等モンだよ!」
「ほらほら、今時は貴重なジャガイモと豆を煮込んだ汁物だ。汁にはたっぷり栄養剤を溶かしているから体力もつくぞ!!」
屋台を出している老若男女は休む間もなく声をかけている。
露店街を奥の方まで進み、比較的人の少ない露店のカウンターで適当な品物を注文する。前払いでコームをデバイスで支払うと、やはりやや汚れの染みたプラスチック製の小皿が出された。中には薬品臭混じる茶色の濁ったスープと、煮込まれた大豆にミールワームの幼体が入っていた。
カウンターの容器から取った箸で豆をつまみつつ汁を啜る。合成栄養剤の甘ったるい香りが鼻をつく。味はとうの昔にまともな味というものを忘れてしまった。
汁を飲みきり、豆とミールワームをポイポイと口に放り込むとおもむろに席を立ち上がる。容器と割り箸を大きなゴミ箱に捨てるとカウンターでフィーカをもらう。泥水のような色をしたこの飲み物はひたすら苦い、とても好き好んで飲むものではないのだが、眠気覚ましという有益をもたらしてくれる。彼がレッドガンにいた時、ここをぶらついていたとあるアーキバスのACパイロットに教わったのだ。
「あいつは元気にしてるんだか。アーキバスは裏切り者をすぐ再教育行きにするからな。俺と交流していたことがバレてなきゃいいんだが、まあそれほど間抜けじゃなかろう。」
そう呟きながら成層圏まで突き抜けているグリッドの塔を仰ぎ見る。
「おや、あなたは
シナノ・・・いや、独立傭兵ラッシュ、と呼んだ方が正しいでしょうか。いやいや、こんなところで会うとはなんとも不思議な巡り合わせですねぇ。」
どこか胡散臭い声がラッシュを呼んでいる。その声は彼がよく知っているものだった。
「G3・・・五花海か。・・・詐欺師が何の用だ?」
振り返ると東洋系の顔貌に丸眼鏡、細目に微笑を浮かべた男が立っている。ひょろっとしているが軍人らしく締まり切った四肢の至る所に龍の刺青が入っていた。
「おお怖い怖い。かつて戦場で肩を並べた仲ではありませんか?まあそう険しい表情をせずに。私とていつも商売のために話をするのではないのですよ?ただ旧友とお茶でもどうかと思いましてね。」
と勝手に近くの露店で何かを二人分注文した。持ってきたのは樹皮らしきものを濾した薬草茶なるものだった。
「これ、私としては悔しいのですが、中々効くんですよ。コーラルも何も入っていませんが、体が温まるのでいいですよ?」
と躊躇なく啜る。それを見て毒ではないのだろうとラッシュも口に含む。お世辞にも美味いとは言えないが、言われてみればジンジンとした感覚がするようの気もする。ショウガでも入っているのだろうか。
「・・・ベイラムの規律破ってわざわざ薬草茶の売り込みに来たのではないだろう?」
ラッシュの問いに五花海の目がより細まる。
「・・・アーキバスが『壁越え』を成功させました。とある独立傭兵の力を借りてね。そしてあなたの知っている通り、ベリウス地方北西のベイエリアが突如コーラルの爆発で消失。」
「・・・それもその例の独立傭兵が関連していると?」
「ええ、ご明察の通り。」
少し躊躇うそぶりを見せた後、彼は眼鏡越しにラッシュを見据えて再び語る。
「その独立傭兵の名は『レイヴン』。ガリア多重ダム襲撃作戦でイグアスとヴォルタを撃退し、汚染市街の捕虜収容所でナイルを撃破した傭兵です。」
「!!」
その言葉に寡黙な青年は目を見開く。五花海は話を続ける。
「あの独立傭兵は独自にコーラル集積を探っているようです。何かしらのバックアップのもとでね。」
なので、と詐欺師めいた風貌の男は立ち上がる。
「コーラルを探しているなら、あの傭兵の足取りを追うと良いでしょう。少なくとも辿り着くための手段は見出せるはずです。」
「・・・こんなことをなぜ話そうと?」
その問いに肩をすくめる。
「はあ・・・あなたと同じ心境ですよ。ベイラムはレッドガンであろうとまるで使い捨てのMT部隊のようにどんどん隊員を消耗していく。そして今は総長が食い止めていますが、上層部は懲りずに意気揚々の新兵に『新鋭』のブランドを履かせてレッドガンに自称『最適化した最新鋭の』ACと共に送り込もうとしている。」
いやはや、あれは質の悪い詐欺ですよ、と苦笑いを浮かべる。かつて生業としていたことを目の前で平然と行われていることに内心穏やかでないのだろう。
「こんなことを言うのもなんですが、ベイラムはとんだ泥舟です。理気の流れはもうありません。」
「なら離脱すればいいのでは?」
ラッシュの言葉に呆れた様子で返答する。
「あなたが離脱した時とは状況が違うのですよ・・・ベイラムの現地支社の連中は我々をいざ作戦が失敗した時に責任を取って道連れにする『脱出用パラシュート』に仕立てようとしています。それこそベイラムのありったけの戦力が壊滅するようなことがなければ、離脱は許されないでしょうね。」
それにナイルとの契りもありますからねぇと五花海は空を見上げる。グリッドの間からは灰色に濁った空が広がるばかりだ。
「ナイルにはレッドガンの行く末を見届けて、それからは自由にしろと言われました。残念ながら、もうしばらくは凶穴に居座らなければならなさそうです。」
二人が沈黙の時を過ごしていたその時、どこからともなく怒声が聞こえてきた。二人が振り返るとそこでは二人の男がつかみ合って罵声を浴びせ合っている。
「お前がぶつかってきたんだろうが!!」
「ああ?目が腐ってンのか?殺すぞ?」
「やれるもんならやってみろよゴラ!!」
と揉み合いを始め徐々に二人は移動してよろけてラッシュらの卓に倒れ込んだ。白いテーブルは大きな音と共に脚が折れてその場に残骸が散らかる。その様子を見ていたラッシュらに二人のうち一人が言いがかりをつける。
「あ?なんだテメェら。文句でもあんのか?」
ラッシュにつかみかかろうとするのを五花海が制止する。
「まあまあそう怒らずに。理気が逃げてしまいますよ?まずは気を落ち着けることが吉を呼び込むことの第一歩ですから。」
だがそんな言葉で二人が機嫌を治すことはなく、むしろ悪化させていた。
「なんだお前は?舐めてやがんのか?だったらお前らまとめてくたばれ!!」
と二人は各々ラッシュと五花海に殴りかかった。
が、状況は喧嘩組二人の予想の真逆を行った。ラッシュは軽くパンチを避けるとそのまま足を取って転倒させ、顔に膝蹴りを入れて一発で気絶させる。五花海はパンチを受け止めたかと思うとそのまま腕を捻って動きを封じ、鼻に鋭い肘鉄を一発、そしてよろけたところに腹に蹴りを数発入れて卓の残骸の中に叩きつけた。
「な、なんだこいつらは!?」
そのまま一人が立ち上がって反撃しようとするが甲高い破裂音があたりを包んだ。音は五花海が握るハンドガンから放たれたものだった。弾は相手のすぐ横に落ちていた木片を貫通して床にめり込んでいる。
「ドーザーのジャンク屋どもが・・・鬱陶しいんですよ。これ以上面倒を起こすのは無しといきませんかねぇ?」
「!!・・・た、タダじゃ済むと思うなよ!?」
そう言って足を引き摺りながら逃走していった。
「・・・やれやれ、ここはやはり憩いの場とはいきませんねぇ。」
ハンドガンを腰に戻しながら東洋系の男は話す。
「ともあれ、あなたへの要件は先ほどの通りです。」
では、またどこかで出会えることがあれば、と五花海は軽く手を上げて人混みの中へと消えていってしまった。
「・・・全く、あいつも昔から変わらんなぁ。妙に義理堅いというかなんというか。そこにナイルは見込んだのかねぇ。」
そう顔をしかめながらラッシュは自分のACの元へと戻っていった。
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最終更新:2023年11月26日 23:16