とある古びたグリッドにて
グリッドのフロア全面に広がるマーケットの中に露店の酒場がある。そこはグリッドの労働者や用心棒、果ては裏取引をする企業の人間の憩いの場となっている。
そこで一人の若い男がカウンターのテーブルでうつ伏せになっている。傍には空になった瓶が二本ほど立っている。明らかに飲んだくれだ。
「よう兄ちゃん、おまえさん飲み過ぎだ。わかってんだろ?ほら、ツケにしといてやるからさっさと帰るんだ。さあさあ帰った帰った。」
体格のいい店の主人に引きずられるようにして人混みの中に放り出される。ボロボロのコートを着た男は、よろけながら立ち上がり、おぼつかない足取りで歩き始める。顔には大きな傷跡があり、瞳は彼の年代では考えられないほど虚ろなものになっている。
グリッドを貫通するようにして四方に伸びる鉄道の気動車の一つに乗り込み、半ば崩れているようにしか見えない住居区画で降りると巨大な塔の中に入っていった。
「おう用心棒の兄ちゃん、今日は仕事なかったんかえ?」
「うへぇ、またテメェ酒飲んだくれてたな。ツケどんだけ溜めてんだ?」
階段や廊下でそんな野次を受けながら自室を目指す。ここの住人に善意はない。何を言われようと無視を決めるのが無難だ。
「ようそこのガキ、また無視を決めて部屋に逃げるのか?」
後ろからそんな声が聞こえる。だが気に留めず歩き続ける。彼はグリッドの元用心棒で、青年が用心棒になる前に物資をちょろまかしてクビになっていた。
「おい、聞いてんのか?おい!」
変わらず無視をする。
「やっぱザイレムの死に損ないは面の皮が分厚いな、さすがだぜ。そんな奴がこんなクソだめで俺たちと生活してくださってんだ。頭が下がるなぁ、なぁ!?」
その言葉で青年の動きが固まる。ゆっくりと頭だけ動いて振り返る。
「・・・な、なんだよこのガキが。急にキレやがって。やるってんのか・・・がっ!?」
チンピラが言葉を続けようとした時にはすでに距離を詰められて顔面が変形するような勢いで鉄拳が入る。そのまま脳震盪を起こして薄汚いコンクリ製の床に倒れると、青年がその男の襟をむんずと掴んで階段まで引きずる。
「て、テメェ・・・何を・・・しやがる・・・」
意識が朦朧とした状態の男はそのまま立たされたかと思うと腹に一発、履き古した軍用ブーツでの強烈な蹴りが入って階段を二転三転と転がり落ちていった。
「・・・次は誰だ?」
青年の目は皆殺しにしてやると言わんばかりの憎悪が滲み出ている。それまで野次を飛ばしていた住人は黙って目を逸らした。
罵詈雑言が落書きされた自室のドアの前に辿り着き、生体認証のロックを解除して中に入る。部屋は必要最低限のものが置かれた貧相なものだ。 碌に洗っていないベッドに座ってデバイスを取り出す。コームの残金を確認するともう残り少なくなっている。このままだとまた酒場のツケが払えず利子がつく。
「・・・仕方がない、仕事を取るか。」
そう呟きながら割れ目が入って崩壊寸前の木箱から箱を取り出す。中に入っているのは合成食の乾燥麺だ。小さめの腕に無造作に乾麺を入れ、お湯を入れると粗末な食事が出来上がる。瞬く間にそれを啜って食べ終えると、食器を洗うことも忘れてベッドに転がってしまった。
昼頃に目が醒めると、再びグリッドの労働区画へ向かう。彼は元ACパイロットの履歴を活かしてここで用心棒をやっていた。
「よう、来たのか。『
ウォーカー』は準備できている。お前の注文通りだ。」
ACを収容する大型整備場でメカニックを担当するドーザーが言う。ウォーカーとはルビコンが解放されてから各地のグリッドで運用されるようになった作業用ACだ。グリッド建築や整備に使用されることもあるが、中には彼のように機体を弄って警備用に使用するのも存在していた。
早速自分にあてがわれた機体『A05』に乗り込む。シートはサイズに合ってないし、インターフェイスも一部破損しているが問題なく動く。
「大金払ってジェネレーターとFCS買い替えてよかった・・・あのままじゃブリキのガラクタ同然だからな。」
ACでグリッドに降り立つと、旧世代のブースターを吹かして空へと飛び去っていった。
グリッドの見張り台で歩哨の任務につく。戦闘がなければこの仕事はタダ飯ぐらい同然だ。ペイが安いとはいえ、周りから妬みの目線を向けられるのは必至のことでもあった。ただ、たまにジャンカー・コヨーテスと呼ばれる一大ドーザー勢力の残党が襲撃することもあり、その際は彼のようなパイロットは重宝される。
今日もそうやって何もせずに仕事をすることなく終わるかと思ったその時、たまたまスキャンを掛けると反応が検出された。輸送ヘリが複数。重量四脚MTが搭載されていることからもただの盗賊ではない。
『A05、聞こえるか?アーキバスの連中だ。いつものたかりだ。うって出ろ、金は弾んでやる。』
「・・・はあ。了解だ。」
気怠げな返事をして見張り台から飛び立っていった。
輸送ヘリからはすでに標準MTと四脚MTが複数下されており、高架橋を前進している。その前に武装した作業用ACは着陸して進路を阻む。
『そこのACに告ぐ。こちらはアーキバス警備隊だ。貴様らはグリッドを不法に占拠し、違法な取引を行なっている。よって本社より武力介入をせよとの命令が降った。武装解除すれば命は取らない。すぐさま退去せよ。』
MT部隊が通信を飛ばしてくる。だがコックピットに座る青年は冷笑を浮かべて返答する。
「グリッドの物資をぶんどるのにそんな理由をでっち上げにゃいかないとは、随分不憫だな。悪いが俺も仕事なんでな。そっちが帰ってくれるとありがたいんだが。」
『なんだと貴様?ジャンクAC如きが単騎で抜かすな!総員、攻撃開始!!』
挑発に乗ったMT部隊は一斉に射撃を開始する。だがそのサブマシンガンの弾幕の中を突っ切るようにしてACは突っ込んでくる。
真っ先に蹴り飛ばされたのは先頭に立ち、通信を飛ばしたMTだった。そのまま部隊の後方まで出ると、素早くターンを決めて火花を散らして滑りつつ立ち止まる。
『小賢しい動きを・・・撃て、撃ちまくれ!!』
だがマルチロックを済ませたミサイルをばら撒くと、ACは部隊の上空に飛び上がる。そのまま狭い高架橋で動きを取れずにいる部隊に拡散バズーカを、そして一番大きな的の四脚に大豊製のハンドバズーカを撃ち込む。拡散榴弾が炸裂してBAWS製の標準MTはまとめて四散し、残った四脚も大きなダメージで動きが鈍る。
『そんな・・・聞いていた話と違うぞ!ここはジャンクしかいないって聞いていたのに・・・ひ、ひぃっ助け』
最後まで言い終わる前にパイルバンカーのサイドブローが炸裂し、機体は爆発して炎上した。
アーキバス残党の正規部隊は、たった一機の型落ちACによって壊滅していた。
「よくやったな、ほれ約束通り報酬は弾んでやる。今後もこういう時は頼んだぞ。」
普段からは考えられない破格の額を与えられる。さてはこのオヤジ懐に大量に隠し持ってるなとも思いながら黙って受け取り、整備場を後にする。
「何が『こういう時は』だ。裏で俺が死ぬかどうかで賭けをしているのも知ってんだぞあのクソッタレが。」
そう毒づきながら馴染みの酒場に辿り着く。
「・・・ツケは払えそうか?」
「ああ。臨時収入があったんでな。」
とデバイスを開いて送金する。
「・・・で、また飲んでツケにするのか。なんてふてぇやろうだ。まあ俺は金が入るからどうでもいい話だが。」
と酒瓶を一本カウンターに出す。
「元ACパイロットだってんのに、なんでまたこんなクソみたいなところで働いてんだ?あんなトーシロの集まりと同じ金をもらって、同じ飯食って。お前みたいなやつなら解放戦線か企業に行きゃあ正規兵としてもっといい金と待遇で雇ってくれるぞ?最近はベイラムも再建のために人が欲しいって聞くからな・・・って悪かったよ悪かった。だからそんな目で睨むな心臓に悪い。ったく、若いのは難儀するなぁ・・・」
青年の地雷に触れたことを察したのか、店主はため息をつきながら話を止める。
「・・・お前には関係ない話だ。大義ある戦いなぞくたばりゃぁいい。勝手に戦って、勝手にくたばって、勝手に全部吹き飛んでりゃぁいいんだ。」
そう言いながら酒瓶の蓋を開けようとした。
だがその瞬間、労働区画の方から巨大な爆炎が空に伸び上がった。さすがの出来事に青年もギョッとして振り返る。何者かが襲撃を加えたようだ。
「まさかちょうど警備が交代する時のタイミングで・・・クソッやられたか!!」
すぐにデバイスで整備場に連絡するが、連絡がつかない。おそらく整備場もACごと破壊されたのだろう。
「まずいな・・・おい兄ちゃん、お前はどうすんだ?」
「どうするもこうするも・・・」
その時、大型の輸送ヘリが上空を通過して乱気流を巻き起こした。あたりに散らかっているゴミが吹き飛ばされて人々の混乱が加速している。
ヘリから数体の大型のシルエットが降りてくる。二本足を備え、頭部に機関砲を背負っている。
「軽MTか!」
ACであれば塵芥に過ぎないが、人間相手では十分過ぎるほどの威力を振るう。戦車が到着するが瞬く間に蹴散らされ、車体が宙を浮いてレールに叩きつけられる。
普段の足の痛みなぞ忘れて走り出し、高架橋の下の点検用歩道に滑り込む。上では地響きと共にMTがゆっくりを歩みを進め、あたりを破壊している。
「ちぃ、こっちはこれだけかよ。」
と腰から軍用規格のハンドガンを取り出す。当然MTに使えるわけがない。
「あと残された手段は・・・ああクソ、こんなことで出す羽目になるなんてな!!」
だが住居区画へ侵攻しつつある以上、彼はその手段を行使するしかなかった。普段使っている携帯デバイスとは別に、一回り小さいアナログな機器を取り出す。操作盤の中で一際目立っている赤色のボタンを押すとビーコン音と共に装置が点滅を始めた。
「あとは・・・上手く逃げないとな!!」
点検道を走って住居区画へと駆け出す。幸いMTよりは早く橋の先のタワーに辿り着いた。
「さあ、ここからが本番だぞ・・・日和るなよ!」
グリッドの塔の外側に吹きさらしの形で取り付けられた梯子を降りていく。少しでも手足を滑らせればそのまま地上まで真っ逆さまだ。
慎重に降りていく間にも上から爆発音と振動が響いてくる。足を滑らさないように、かつ一番速い速度で降りていった。
辿り着いたのはメインのフロアの下にある円盤状の出っ張りだった。そこでしばらく待機していると迷彩色に包まれた輸送ヘリが現れた。ギリギリ出っ張りに接地するとヘリに飛び移る。
操縦席に駆け込んで自動操縦を解除すると急降下してその場を離れる。敵の射程圏を離脱したことを確認すると再びオートパイロットに切り替える。
「今日はうまく動いてくれよ。」
そう言って格納庫へと駆け込んだ。
「よし、あらかたグリッドの警備団は排除したな・・・輸送ヘリを降ろせ。物資を回収するぞ!」
キッカーMTを駆る盗賊の一人がそう指示をするとヘリが空中からゆっくりと高度を下げていく。
『ここは少しやり手のACパイロットが守っていると聞いたが・・・どうということはなかったな。それか尻尾を巻いて逃げたか。ま、俺たちにゃ好都合だったがな。』
はははと無線で仲間が笑いながらそう返答する。一機目のヘリが着陸してハッチが開く。
「もう一機も降ろすぞ。」
ヘリに指示して接近させる。グリッド外で待機していた盗賊のヘリはゆっくりとホバリングしながらこちらへ向かってきていた。
だがそのヘリの後ろから小さな影が高速で近づいていることにキッカーのパイロットは気づいた。
「おい、後ろから何かが来ているぞ、気をつけ・・・!?」
直後、ヘリはパルスによる衝撃波で爆散していた。
「あれは・・・アサルトアーマーか!?」
爆炎の中からは一機のか細い、灰色のACが現れた。
「あんな華奢なACで・・・トイボックス、叩き潰せ!!」
トイボックスが腹の榴弾をばら撒いて弾幕を形成する。だがそれを避けると二丁のロングバレルのライフルで間髪入れず弾丸を叩き込む。
「あの銃・・・リニアライフルだと?それもベイラムの!!」
黒と白の二色のライフルで次々と音速越えの弾丸を撃ち込み、肩に載せているバズーカを発射する。小型の榴弾がばら撒かれ、トイボックスは被弾して動きが止まる。
『ACSが一瞬で限界値に!?』
すると灰色のACは左手の兵装を肩のハンガーに載せているものと交換する。新たに姿を見せた武装を見て盗賊は驚愕した。
「な・・・パイルバンカーだと!?」
動きの止まったトイボックスは避けきれず、チャージした一撃を受けて吹き飛び、そのまま爆発した。
「今のところジェネレーターも正常値・・・戦闘終了まで持ってくれよ・・・『ヒバナ』!!」
愛機の名前を呼んだのは、顔に傷を負った先ほどの青年だ。先のザイレムの動乱で大破した機体を修復、改修して隠し持っていたのだった。
トイボックスを撃破して強力な戦力の一角を失った盗賊に追撃をかける。軽MTが応戦するが全てリニアライフルで撃つまでもなく蹴り飛ばして撃破していく。少々硬いRaD製のカスタムMTはパイルバンカーのサイドブローで破壊し、素早く左手をリニアライフルに持ち替えてレールの上を滑走しながら次々とキッカーに乱れ撃ちしてスクラップに変える。
「くそ、パンチャーと四脚をもってこい、袋叩きにするぞ!!」
盗賊のリーダーが乗るキッカーはそう指示してACの包囲陣を形成しようとする。だが応援が来るよりも早いペースでMTが壊され、いつの間にか彼のキッカーと四脚しか残っていなかった。
『こ、こんなの聞いてないぞ・・・俺は抜けるぞ、こんなバケモンに殺されてたまるか!!』
その通信と共に四脚MTからはポッドが射出され、グリッドの遥か下へ消えていった。
「お、おい!帰ってこい!!・・・ああマジかよ。」
いつの間にかキッカーの前にその灰色のACは立っていた。左手がパイルバンカーに持ち替えられる。
全てを悟ったのか、キッカーの乗り手は通信回線を開く。
「そこのお前、そうだ、ACパイロットのお前だ。てめぇ何者だ?そのACといい・・・ただのグリッド労働者じゃねぇな?」
そういいながらキッカーの脚部に搭載された小型パイルバンカーを作動させる。フルチャージすれば一発お見舞いするぐらいはできる。
無線の声は若く、どこか気だるげな様子で返答した。
『これから自分を殺そうとしている奴のことがそんなに気になるか?・・・まあいい。』
教えてやるよ、特別になと続ける。
『皆気づいているらしいが俺は先のザイレムの大戦の生き残りだ。名前は・・・そうだな、『
ラステッド・ファング』、錆びついた牙とでも呼んでおいてくれたらいい。』
まあ呼ぶ機会はないだろうがなとブーストを作動させ、キッカーに突っ込む。
「く、くたばれええええ!!!」
キッカーは渾身の蹴りを加えるべく出力を最大にして突進し、
そして機体を巨大な杭が貫通して爆散した。
「・・・全機とも撃墜、か。なんとか持ったな。」
アーキバス製のジェネレータが悲鳴をあげていることをディスプレイで確認しながらファングと名乗る青年はそう呟く。
「だが、これを出した以上、もうここにいられないな。」
彼がこの機体を隠していたのは機体の特徴から企業の潜入勢力に尻尾を掴まれるためだった。機体を晒すだけでなく、丁寧に戦闘まで派手に見せつけてしまったので別の場所に移動する他ない。当然別れの挨拶もお礼の報酬金もない。
輸送用のヘリを回し、機体を載せると物陰に隠れていたグリッドの労働者らの目線を受けながら空へと消え去っていった。
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最終更新:2023年11月27日 02:55