この男はジェネラル・キャンディと名乗っているが、その名に反して甘味と呼ばれる何かをおよそ何一つ口にした事がなかった。
 惑星ルビコンの鄙びた片田舎のグリッドには、そんな気の利いたものは置いていないのだ。
 だから、撤退していった襲撃者のキャンプに取り残された、きれいな包み紙の中身には興味がなかった。
 煤と汚染でやられた嗅覚は信用ならないため、仮にジェネラル・キャンディがこの包み紙の中身を嗅ぐという発想があったとしても、結局は口に含むという選択肢などなかった。

 だから、眼前にいる白髪の少年に「ビー玉遊びにでも使ってくれ」と渡したら、受け取るなり口に含んで「怀旧的味道」と呟いたのを、当然ながらその言語に詳しくないジェネラル・キャンディが正確に聞き取れる筈もなかった。

 いずれにせよ、ガラス玉かプラスチックの塊だと思っていたオモチャを口に含んで何かもごもご呟いた少年に気圧されてしまったのは確かだった。

「お、おいおい! 大丈夫か!?」

「何、気にするでない。ちょいとばかり、懐かしい味がしただけじゃ」

「あー、その……お気に召さなかったらどうしようかと思ったんだが。いや、まさか口に入れるとは」

「もとよりそういうもんじゃからの。ところで……うちのもんを無傷で送ってくれたそうじゃの」

「は? え? ちょっと待ってくれ。じゃあ、坊っちゃんは、どこの偉いさんなんだ?」

「儂はこういう者での」

 合成繊維製とはいえ今どき珍しい物理式の名刺には“大豊核心工業集団/機戦傭兵隊《金剛》隊長 白毛”とある。
 この手の名刺は、お互いの面子を大切にする者らに多いと、行きつけのバーで誰かが話をしていたようなと、ジェネラル・キャンディはふと回想した。

 さて、ここと関わりのありそうな人で最近に関わったというと、建設業者をやっているという女性くらいだった。
 確か作戦行動の帰りに、運悪く鉢合わせになった敵対企業のMT部隊がいたとかで、トンネルの一本道を護衛した記憶はある。
 あれだけ強ければ護衛は不要だと思うが、気になるのは依頼主だった。名前から察するに親族だったのだろう。

「ささやかな礼ですまんが、これを持って行くといい」

「はあ、こりゃあご丁寧にどうも……」

 手渡されたのは、眼前の少年にはおよそ似つかわしくない葉巻だ。この少年……に見える老人、白毛が取引先から挨拶代わりにと渡された物だが、口に合わないために処分に困っていたものだった。
 しかしながらジェネラル・キャンディも酒は好むが葉巻はどうにも口に合わなかった。

「ところで、なんで星柄のパーティーハットなんぞ被っとるんじゃ?」

「こいつが俺のユニフォームなんだ」





「――それであっしにこの葉巻を、と」

「すまねぇな、ダンナ。他にアテも無いもんだから、押し付ける形になっちまうが……」

 デッドエンドは聞き終えるや、禿頭を軽く搔きながら、猪口で酒をあおった。
 今回の依頼はアリーナの試合前に誘拐された御曹司を無事に輸送ヘリまで送り届けるというものだ。
 グリッド051といえばそれなりの規模を誇る勢力であるから、喧嘩を売ればどうなるかは火を見るよりも明らかな筈だが、世の中にはとんだ命知らずもいたらしい。
 そんな命知らずな連中も、鉄の棺桶と共にルビコンの大地を舞い散る塵と化したという。

 デッドエンドが始末したのだ。051で起こされた揉め事は、落とし前を付けさせる。

 とはいえ、万一があってはならないために、デッドエンドだけでなくジェネラル・キャンディへも依頼が舞い込んできたのだ。
 御曹司は無事に、執事の操縦する輸送ヘリへと運び込まれた。
 終わり際に「僕がこんなザマなのは、どうか内密に頼む」などと半べそで懇願されたが、ジェネラル・キャンディへの個別通信ではなかったので、その場にいた殆どの者が耳にしてしまった事だろう。
 名指しで口止めされたジェネラル・キャンディとしては、非常に気まずい。その場で「多分手遅れだ。オープン回線と個別回線の使い分けは……気が動転したんだな、そういう時もある。その、頑張れ」と励ましたところ「余計な気を回さなくていい……」と更に塞ぎ込んでしまった。

「じゃあ、あっしからは……呑みかけで構いやせんかね。生憎、素寒貧なもんで」

「そこまで謙遜しなくても。まあ、貰えるもんは貰うがよ」

 ジェネラル・キャンディからすれば、手元に置いてあっても腐らせるだけだから、誰かに押し付けようと思っただけだ。
 一升瓶など、なかなかお目にかかれるものでもなかろう。

「ところで、なんでパーティーハットなんぞ被っておられるんで?」

「こいつが俺のユニフォームなんだ」





 数日後、採掘地点にほど近いエリアで休憩を取っていた時。

「んんんん、ショートテイル氏、今回の掘り出し物からは何か素敵な未知のエネルギー兵器はありませんかな? 小生の知人で頼りになるのはショートテイル氏だけなのですぞ」

 メガネを掛けた痩せぎすのマッシュルームカットの男が、緑髪の女性に何やら必死に言い寄っている。
 絵面だけ見ればナンパにも見えるが、発言内容は宝探しなどというずいぶん可愛らしいものだ。

「待った待った近い近い近い近い近い」

「オウフッ、これは失礼をば」

 お取り込み中だったかなと気まずい気分のまま、ジェネラル・キャンディはすぐ横を通り過ぎた。

「今回の依頼主さんは……と」

 レポートを作成中なのだろう。チョコレート色の顔にシワを作り、端末とにらめっこしている。
 かけている眼鏡は、まさか老眼鏡でもあるまいに、何をそこまで睨むのだろう。
 強化人間とかいう技術があるなら、多機能アイデバイスかなにかで直接書き込めたりはしないものだろうか。アーキバスなら当然そう言うものも揃えている筈だが。
 何はともあれ、差し入れを持ち込んだ。
 右手でずっと持っていた瓶を、テーブルに置く。

「……これをどこで?」

 依頼主――サリエリと名乗ったその男は、疑念と殺気を隠そうともしなかった。
 清廉潔白たらんとする、少し世間知らずな保安官気取りの連中に特有の、うっすらと恐怖心を滲ませた殺気だと、ジェネラル・キャンディは分析した。
 ジェネラル・キャンディは己を馬鹿であると思っているが、ことうらぶれた連中に必須な類の知恵に関しては、それなりにあった。
 こういう時は、すぐに裏が取れるよう、事実を明らかにするべきだ。

 その前に。
 お互いのカップに少量だけ注ぎ、軽く乾杯して口に含む。

「051の仕事人さんから貰ったんだが、何か訳あり品だったか? どうにも俺の口には合わなかったが、そのまま捨てるにはあまりにも惜しいから、おたくん所で何かの足しにしてくれと思ってね」

「いや。素性の明らかでない者が作るアルコール飲料に心当たりがあってな。だがこいつの流通経路は全く別物のようだ。疑って悪かった」

「構わないけどよ、そんなすぐ判るもんなのかい」

「ああ。味でな。守秘義務違反にならん程度に伝えると、そいつは蒸留酒を作るが、この酒は醸造酒だ」

 ジェネラル・キャンディは、酒といえば蒸留酒しか知らない。
 醸造酒などという聞き慣れない単語に首を傾げたが、すぐに考えるのをやめた。

「奴の尻尾を掴めたら、それなりの賞金が出る筈だが、今は名前を変えている可能性が高い。加えて、良からぬ連中とつるんでいるとも聞く。まあ、忘れたほうがいいだろう。よほどの腕利きか自殺志願者でもなければ、独立傭兵が挑んでいい相手でもない」

 レポートを片付け終えたサリエリは、マグカップに酒をもう少し注ぎ、軽く口をつけた。

「それにしても、クッ……なんだ、寝酒にちょうど良さそうだ。大した対価は用意できないが、見返りに何がほしい?」

「さっき通りがかった僚機のパイロットさん達が何やらお困りなんだ。レア物の光学兵器を探しているとかで」

 思い当たる節があるのか、サリエリは「彼か……業界では有名だよな」とひとりごちたあと、ジェネラル・キャンディに向き直った。

「このバスキュラープラント跡地の付近で商売をしている老婆が、よくレア物と称して素性の明らかでない武器を売っている。と、伝えておいてくれ」

「そりゃ親切にどうも」

「あと、こいつを受け取ってくれ。コームで支払うと賄賂になるが、物々交換なら追及されまい」

 放り投げられたそれを、ジェネラル・キャンディは片手で受け取る。
 ついこの前、白毛と名乗る男に差し出したものと、まったく同じ飴だった。

「ところで、そのパーティーハットなんだが」

「トレードマークだ。このナリじゃガキに怖がられるからよ」





 ちなみに、この時の情報の見返りとして、ジェネラル・キャンディはフライ・アガリックから、アーキバス先進開発局製コアパーツを受け取る事となる。
 どうやら、フライ・アガリックはかなり良い買い物をしたらしく、予備として買っておいたこのコアくらいしか見返りに渡せるものが無かったと、ボイスメッセージが添えられていた。

 口に含んだ飴は妙な甘さと酸味だったが、何が入っているかまでは、ジェネラル・キャンディにはまったく見当がつかなかった。

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投稿者 冬塚おんぜ
最終更新:2023年11月26日 23:34