流れのドーザーの男は、自機のコックピットにもたれこみ、瓶の中身を啜っていた。
ゼリータイプのコーラルドラッグ。
錠剤よりも更に純度の高い、ルビコンの恵みをナマでイケる素晴らしいドリンクだ。
もちろん、錠剤とは比べ物にならない金額だ。男が乗っている機体を新品状態で売って、やっと一本買えるくらいには高い。
男は流れのドーザーであるから、そんな高級品を購入できるだけの資金などないし、直近で機体を売却する予定もなかった。
奪った。
これがどういうものかもろくに理解しないまま運んでいた犠牲者に近寄り、背後から近寄って殺害した。
流れのドーザーの男は、あくまでもそれを“親切な人に分けてもらった”と認識していた。
コーラルドラッグの常用で認知機能を致命的なレベルで損壊したのだ。
ここがグリッド086の辺境に位置する工業プラント跡地である事も認識できない程に。
ゆえに、この男の認知では、この世界はシットコムのようなものだった。
事あるごとに何らかのギャグがあって、そして数人分の笑い声が響くのだ。
コーラルドラッグは、そんな彼にとって毎日の食事よりも大切な生命線だった。
錠剤、カプセル、粉末……形式は何でも良かった。
安酒で潰れかけた視力も回復し、集合知のような何かが脳に流れ込み、つながる感覚。あれを失ってしまったら、今度こそ再起不能になる。
さあ、残り数滴だ。
これをグイッと行こう。
ズシンッ。
無慈悲な揺れが、コーラルドラッグを台無しにする。
こぼれ出た内容物は、合成繊維製の安いブーツとツナギを赤く濡らした。
なんということだ。翌朝には軽い火傷のようなものができているに違いなかった。
とはいえ、わざわざ仕事後の一杯の最中に「ご相伴に預かりたい」と申し出てきたようなものだ。
ここで無碍にするのは、あまりに不憫だと男は考えた。
乗機“スコーチドミート”の両腕に装備された火炎放射器を構え、レーダーの反応をたどる。
「まったく、お行儀の悪い猫ちゃんめ。ミルクは没収だぞ!」
外装のスピーカーで語りかける。
こちらが捕捉できていない以上、相手の機体に通信ができないのだ。
(ましてや、この男は知らないが、ジャンカー・コヨーテスのボスであるオーネスト・ブルートゥか、RaDのシンダー・カーラほどの等級でなければ、広域スピーカーの設置など難しい)
『にゃんて事!? これからはネズミだけ食べて、水分補給はミネラルウォーターで済ませろって事!?』
女の声だった。
通信の相手はすぐに現れた。
フレームは自機と同じ。外見上で異なる点は、相手は両肩にレーザーショットガンを搭載しているという事だ。
「もしかして冷蔵庫から飲みかけのペットボトルが何本も見つかったのって、君の仕業!?」
『やっと気付いたの!? わかりやすくリップを塗ってから飲んだのに!』
「失礼を承知で訊くんだけど、一体何のために飲みかけのペットボトルをたくさん作ったんだい?」
『決まってるでしょ! そのほうが高く売れるからよ!』
「ああ! なんてこった! こりゃあ弁護士費用のほうが高くつくぞ……」
この通信を傍受した通りすがりのキャラバンの者達は、後に「危ない符号かと思ってすごく嫌な予感がしたから、急いでその場を離れた」と語ったという。
「待て待て~!」
『うふふ! 私を捕まえてごらんなさい!』
とにかく、三日三晩、そんなやり取りをしながら攻防は続いた。
時には補給シェルパを互いにタイミングを見て受け取り、時には相手を欺いて。
三日目の、日が暮れる頃合いだった。
『ご友人達! 結婚式の進行は私が務めましょう。今日はとてもめでたい日ですね。素敵だ……』
突然の闖入者。或いは珍獣の類か。
火炎放射器にチェーンソー、拡散バズーカなどという凶悪な機体構成に似つかわしくない、穏やかな声音でそれは現れた。
だが、二人はそんな“些事”など意に介さない。
「結婚!? 結婚だって!?」
『あら、とっても素敵な響きじゃない!?』
誰何することなく、両者は戦闘を続けた。
この二人は、今現れた第三者が何者であるかよりも、結婚という言葉に心惹かれていた。
コーラルドラッグのもたらす高揚感か、人格の破綻か、何一つ正常な判断を下せていない。
「そう、か……! ぼく達は、愛し合っていたんだ! なんてこった!」
『今日は記念すべき日だわ! 指輪の交換は!?』
「わからない! ゆうべ済ませた気がする!」
『そうでしたか、ご友人達! では、続いて誓いのキスをどうぞ!』
言われるままに、両者は口づけを交わす。
銃口と銃口は向き合い、そして同時に放たれた弾は両者の武器を木っ端微塵に粉砕した。
もとより残弾数もそう多くはなかったためか、機体が大破するほどではないものの、それでもジョイントを根本から破壊するには充分すぎた。
『素晴らしいご夫婦、これからも末永くお幸せに!』
闖入者……“結婚式”の進行役――もといオーネスト・ブルートゥ駆るミルクトゥースの火炎放射器が、付近の燃料タンクを余すところなく焼いていく。
引火、引火、引火。
爆発炎上。爆発炎上。爆発炎上。そして崩落。
非常ベルがけたたましく鳴り響き、作業用無人機が消火活動を始めるやいなや、爆風で吹き飛んでいった。
そしてそんな大惨事を振り返りもせず、ブルートゥは去った。
ひときわ大きな爆発が辺りを明るく彩る。
それによって生まれた運動エネルギーで、単身ドーザーあらため新たなる夫婦の両機は投げ出された。
きりもみ回転し、うず高く積まれた瓦礫の山と、灰まみれの山の岩肌にぶつかり、何度も傷と凹みを作りながらも、両機のパイロットはショック吸収機構に助けられ、意識を保ったまま、仰向けになった機体のカメラ越しに夜空を眺めた。
ちょうど、ベリウスの汚染市街の方角に、流れ星が落ちていく。
「ぼかぁ、こんなに晴れ晴れとした気分は初めてだよ」
『ええ、私もよ、ダーリン』
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炎上して崩壊した工場跡地を背に、ボロボロのACが2機、歩を進める。
オートメーション化されたガレージがあればどうとでもなる。
『ねえダーリン。私、子供は3人ほしい。駄目かしら?』
「ぼくの稼ぎじゃあ1人までが限界だよ。ところで、この子なんてどうかな? 目元がぼく達にそっくりだ」
右のマニピュレータで拾い上げた端末から、ソプラノボイスが流れ出る。
付近のジャンクの山から拾い上げた、家庭用のコンパニオンAIの端末が廃棄されていたのだ。このモデルは型落ち品で、動作もコーラル物質に対して安定せず、暴走のリスクが大きいためにリコールとなっていた。
ちなみに彼が“目元”と呼んでいる部分が何を指しているのかは当人も理解していない。
「ほら、パパって呼んでみて!」
『パパってば、ボクが息子って事はデキ婚か連れ子って事だよね?』
「ははははは! お茶の間にいるキミのお友達には関係のない話さ! そうだろう? そうだ、自己紹介がまだだったね。ぼくは……今日から名乗るんだけど――Mr.ブリュイット(台無し)なんてどうかな?」
『最っ高! じゃあ、私はMrs.ブリュイットね!』
『さしづめボクは、ブリュイットJr.ってワケだ。とんだファミリーネームだね。商標登録通らないんじゃない?』
皆揃って、一つの方向へ向き直る。カメラがあると想定されたその方向へ。
おそらく、この惑星で最も歓迎されないであろう一家の誕生である。
登場人物
最終更新:2023年11月27日 02:46