少数精鋭の強化人間部隊、ヴェスパーがコーラルを巡る戦いで壊滅した後、ヴェスパーはいくつかの流れに分かれた。


 ヴェスパーの大半の機能を代替することを目的として組織された実動部隊、―――臨時特設大隊≪ヴェスパー・オフシュート≫

 先の戦いで蝙蝠を演じたシュナイダー系列の遊撃戦力、―――実験任務部隊≪ヴェスパー・ヴェリファイ≫

 敗残兵と増援の混合、予備戦力にして駐屯地の秩序維持を目的とした、―――駐屯部隊≪ヴェスパー・アドミン≫

 それぞれが、今やヴェスパーだ。

 どれほど分裂し名が増えたところで、私は気にはしていない。

 どうせ最後は―――。








 決まった時間に目が覚め、決まったタスクをこなし、決まった性能を維持し続ける。
 ヴァージニアはその日々がつまらないだとか希望がないだとか、賽を振らない面白みのない生活だとは思わなかった。
 彼女はほぼすべてにおいてアーキバスによって敷かれたレールを走り、築かれた籠に入り、その玉座に座っている。
 他者からすれば制約や制限や縛りと言ったものは、彼女にとって自らに課せられたレギュレーションでしかない。
 そのレギュレーションの中で、彼女は常に自分の性能を発揮し、証明し、実演してきた。今まで、ずっと。


「付き合わせてしまって悪いわね、ジュスマイヤー」


 平均的な心拍数、平均的な脳波、バイタルサインはすべてノーマル。
 自分のデータを確認しながら、V.O ヴァージニアは残業に駆り出してしまってすまないとでもいうような声音で言った。
 返ってきたのは胡乱な女の声。不真面目で空とぼけた、絶賛残業中でやる気のない事務員のような声だ。


『別に気分は害してないわよ。時間の無駄とは思ったけれど、御上の御意向じゃ仕方ないわ』


 V.V ジュスマイヤーのストーンコールド。ヴァージニアのブラッディバスティオン。それぞれ、青と赤の色彩が並ぶ。
 眼前にあるのは、廃墟と言ってもいい施設だ。雪と氷の中にかろうじて残っている、解放戦線のかつての生活インフラ拠点、ガリア多重ダム。
 拠点にして要塞でもある《壁》と違い、ガリア多重ダムは常に外敵から狙われ、襲われてきた。その度に、ルビコニアンたちは生活のために再建し、また火が灯る。
 ヴァージニアはその火を消しに来た。


「本社も以前の失態で神経質になっているの。フロイトに続いて私も死んだらと慄いているのよ」

『ふふっ、それで付ける僚機が私? 悪い冗談だわ』


 鍵師のロックスミス、その対を為す城壁のブラディバスティオン。
 フロイトは死んでルビコンの染みになり、一方で本社お抱えのヴァージニアが次に降り立つ。
 で、その僚機に選ばれたのは蝙蝠シュナイダーの≪ヴェスパー・ヴェリファイ≫から、よりによって解放戦線「ウルヴス」の元構成員のジュスマイヤーだ。ふざけているとしか思えない。でなければ、どちらかを謀殺する案件か。
 それでもヴァージニアは平静だった。彼女はどのような状況になったとしても、その最悪のケースに陥ったとしても、勝てると確信していた。 


「そうかもしれないわね。笑えない冗談……それでも、お互いに得るものの多い仕事にしたいものだわ」

『私もそう願っているわよ、女帝様。ああもう、さっさと終わらせてさっさと自由になりたい。ACよりも部屋に籠りたい気分なの』

「わたしもその気持ち、分かるわ」

『えぇ……分かっちゃうの? 女帝様がぁ?』

「わたしにもそういう感情はあるってことよ」

『あら、意外ね。アーキバスの女帝だとか完成された強化人間だとか言うから、てっきりもっと話の分からない人だと思っていたわよ』

「強化人間にわざわざ人間と残しているのだから、これくらいの感情や人情がなければ完壁とは言えないじゃない」

『志は立派に女王陛下って感じ。良いわね、ちょっとノってきちゃった』

「手早く済ましましょう、ジュスマイヤー」

『蹴っ飛ばして泣きを入れにいくわよ、女王陛下』 


 前衛は赤のブラディバスティオン、後衛は青のストーンコールド。
 レーザーライフルとシールドの組み合わせは攻め手に欠くが堅実だ。
 それが二機揃えば、完璧だ。

 二機は、ガリア多重ダムへ向けアサルトブーストで突撃する。




 今日は厄日で確定だと独立傭兵のヴィニーは顎の無精髭を擦りながら溜息を吐いた。
 ただでさえ元気な相棒の相手で腰が痛いっていうのに、今度は何だ、アーキバスの女帝と狙撃手のジュスマイヤーだと。とんだ貧乏くじだ。
 ガリア多重ダムの防衛という依頼がルビコン解放戦線から来た時に嫌な予感はしたが、予感的中だ。


アイリーン、時期が悪い。ここは撤退するぞ」

『慌てるな、戦友。すぐ逃げるのも失礼じゃないか』

「はぐらかすな、本音は?」

『折角だ、本物がどの程度か見ておきたい』

「はぁ………とんだ厄日だな。付き合ってやる。ジュスマイヤーは任せろ。そっちは全力でヴァージニアに当たれ」

『了解だ』


 回線を変更。ルビコン解放戦線側のAC小隊に繋ぐ。


「タヌキ、形勢不利だ。作業員が退避するまで時間を稼ぐぞ。アイリーンと一緒にヴァージニアをやれ」

『マジか。自殺要員にリストアップされた気分だ』

「死ぬ気でやれ。脱出装置のセーフティも外しとけ」

『巣に戻るまでが狼の狩りだ。生き足掻くさ』


 薄汚れた雪上迷彩の機体が3機、ゆっくりと前進する。
 BAWS社製のBASYOフレームに白兵戦向きの兵装を搭載した機体と、RaD製のレッカーフレームに突撃用兵装を搭載した機体、この2機は違法な強化人間手術を受けたばかりの名無しだ。
 隊長格の機体はBASYO頭に大豊の重フレーム天牢に重逆間接スプリングチキン、ガトリングガンとマシンガンを備えたルビコン解放戦線「ウルブス」の烈士、タヌキの駆るAC白藤牌。
 恨んでほしくはないが、ヴィニーの経験上、この3人は死ぬ。ようは肉壁だ。有象無象が束になっても規格外には敵わない。


「ACもMTもここまで来たら大差ねえ。全員でぶつかるぞ」


 エルカノ社製のフィルメーザ、ヴィニーの愛機ラニウス・バルバルスは戦闘モードを起動する。
 爆発、轟音、ダムの高低差などないかのように2機のACの反応が一定の速度でこちらに進んでいる。ガードメカや自走砲、移設型砲台もあったというのに。
 そして、その2機は現れる。シールドを張りながらダムを超えてきた、赤と青のAC。


「まったく、最悪だ」


 溜息を吐きながら、ヴィニーはアサルトブーストで突貫。息を合わせたようにアイリーンのアドラーもアサルトブースト。
 3機の四脚MTが決死の覚悟で足止めを試み、5秒足止めした。それだけでも十分だ。アイリーンのアドラーがV.O ヴァージニアに取りついた。そして、こちらもV.V ジュスマイヤーに取りつく。
 ライフルのランセツで射撃しながら10連ミサイルを発射。これで止まれば御の字だが、止まるわけがない。スクトゥムの防護力のごり押し。計算されてそれをやってるのが一番厄介だ。


『独立傭兵のヴィンセント……解放戦線に入れ込んで偽善者ぶってるの?』


 こちらを小ばかにしたような声がしたが、ヴィニーは冷静だ。伊達に10年もクソ傭兵を続けているわけではない。
 攻め手をバズーカのマジェスティックとミサイルにシフト。ランセツで蓄積させ、爆風で追い詰める。お互い軽量機でこれをやるのは、最悪だ。クソだ。


「尻に火が付いた奴ほど金を出す。それだけのことだ」

『あらそ。金にうるさいおじさんってウザいわ』


 言葉の応酬と弾の応酬。着実に爆風で削っているが、ラニウス・バルバルスも的確なレーザーライフルで削られている。
 肩の相対ミサイルも厄介だ。だが、ミサイルは避けられる。上空からの撃ち降ろしの最中でも、避け切ることができる。
 だがなにより、スクトゥムとACストーンコールドの機動性だ。相性が悪い。じり貧だ。こういう相手は無視して各個撃破をしたいところだが、いかんせん腕がいい。


「足止めと言って本当に足止めだけになるとは、恰好がつかんな……!」


 不毛な戦いだ。全力で戦っているというのに。
 舌打ちを堪えながらヴィニーアイリーンたちの方を見ようとしたが、その行動はレーザーライフルの閃光で邪魔をされた。






 相手は多かった。ACが4機、BAWS社製のMTが6機。
 けれども、相手になりそうなのは先頭の軽量機か。
 ならば、やるべきことは決まった。


「大人しくしていて」


 牽制のレーザーライフルをしっかりと避けた軽量機に、アサルトブースト。
 彼我の距離が縮まり相手がショットガンを撃つ。回避。そして、相手は蹴りに来る。
 ヴァージニアはそれを無視した。そして、後方のMTにオービットを展開。回避もままならず撃破されていくMTたちを横目に、残ったMTをレーザーで焼く。
 背後の軽量機の反応は早い。すかさず再度突撃してレーザーダガーを見舞ってくるが、ヴァージニアはレーザーライフルのチャージをしつつシールドのJGで防ぎ、背後からパルスブレードを見舞おうとしていたBAWSのACに飛び掛かり、レーザーダガーで胴体を一閃。がら空きの背中にチャージショットを叩き込み、オービットを展開。逃げようとクイックブーストを吹かしたが、BAWSのACのキカク・ブースターの推力では足りない。1機沈む。


『――――!!』


 言語化できない怒声を上げながらレッカーフレームがバースト・ハンドガンを乱射しながら突撃してきた。両肩の拡散バズーカに眼がいく。
 飛び掛かってくる虎のような軽量機はシールドでガード。ハンドガンは適正距離ではないから無視し、軽量機にダガーを振りかぶると警戒して後退。格闘モーションをキャンセルしてクイックターン。
 レッカーの動きは一直線だ。嫌いではない。故に御しやすい。真っすぐに突っ込んでやり、レッカーが拡散バズーカを構えた瞬間、斜め前へクイックブースト。成形炸薬弾が掠め、ヴァージニアはバズーカの次発装填機構にレーザーで射貫く。
 両肩の次発装填機構が撃ち抜かれたレッカーは、背中に背負った弾薬庫が吹き飛ぶ。ACSの過負荷で前のめりに倒れるレッカーにとどめのレーザーを射ち込み、ヴァージニアは最後のACを見た。両手にガトリング、ハンガーにヘビーSMG。弾幕機。


『ここまで虚仮にされるとさすがの私も怒髪天だよ!』

「もう少し大人しくしていて。あなたは最後よ」

『割り込み御免!』


 いなした虎が飛び掛かってくる。
 重量逆間接の弾幕を躱しながらヴァージニアは飛び掛かってきた軽量機のチャージショットを立て続けに二回躱し、ミサイルをシールドで受け止めな、蹴り飛ばし、踵を射貫く。
 ブースターを点火して弾幕を形成しながら突撃してきた重量逆間接目掛け、ヴァージニアは相対してチャージしたオービットを展開。円機動で弾幕をいなし、ガトリングガンがオーバーヒートで停止するのを見た。
 瞬間、アサルトブースト。ハンガーから大豊のヘビーSMGを持ち換え即座に弾幕を形成するが、ガトリングに比べてその弾幕は薄い。躱していなして、距離を詰め、ダガーを構え、


『ここは、通さん!!』

「押し通るわ」


 重量逆間接がACSを無視して繰り出してきた無理やりの蹴りを躱し、レーザーダガーでその両足を切断し、右足で思い切り蹴飛ばした。
 良い動きだった。ACSを無視してまでの捨て身の攻撃は、躱されるとシステムがノーマルに戻るまでの時間、直撃を貰う。それでも一矢報いようとした勇気と度胸は評価できる。
 けれども、それをやれる強化人間でも無敵ではない。やらない方が身のためだ。


『ち、ちくしょう!』


 無様にごろりと転がった重量逆間接機のパイロットが呻くが、ヴァージニアはチャージしたレーザーライフルを向けた。
 だが、散々お預けをくらった虎は狂暴だ。怒ると無言になるタイプか、軽量機は再度飛び掛かってきた。ヴァージニアはそれをクイックブーストで回避したが、今度はその機動に追従してエネルギーショットガンを叩き込んでくる。それをシールドで受け止めたが、衝撃値が溜まる。なるほど、腕はいいしキレている。


「いいわね、嫌いじゃないわ」

『ご厚意恐悦至極』

「でも、そろそろ終幕みたいよ」

『………そのようだ』


 先ほど、ガリア多重ダムの最上層から輸送ヘリが飛び立ったのが見えた。
 ジュスマイヤーが相手をしている朱色の機体も徐々に引き始めており、その意図は明らかだ。
 相手から急速に戦意が引いたことを感じて、ヴァージニアは機体の首をくいっと動かした。
 意図は伝わった。軽量機体が背中を見せてアサルトブーストで戦域から離脱していく。それを見たのか、ジュスマイヤーの相手もまたミサイルをばら撒きながら撤退していった。引き際もなかなか良い。
 ヴァージニアが遠ざかる2つの灯を眺めていると、ジュスマイヤーのストーンコールドが隣にやって来る。損傷は軽微だ。


『ヴァージニア、残敵の追撃は任せておいて』 

「ありがとうジュスマイヤー、御言葉に甘えさせてもらうわ」

『良いのよ。今ちょうどノってるところだから』


 言うが早いか、ストーンコールドは先行する灯を追いかけてアサルトブーストで飛び去って行った。
 ヴァージニアは深く息を吸って、吐く。平均的な心拍数、平均的な脳波、バイタルサインはすべてノーマル。良好だ。
 良い肩慣らしだった。良い敵もいた。ルビコン入りして初めての戦闘でこれなら、上々だ。

 作戦終了。
 戦闘モードを解除。
 帰還シークエンスに移行。






 少数精鋭の強化人間部隊、ヴェスパーがコーラルを巡る戦いで壊滅した後、ヴェスパーはいくつかの流れに分かれた。

 それぞれが、今やヴェスパーだ。

 どれほど分裂し名が増えたところで、私は気にはしていない。

 どうせ最後は本流(テムズ)に流れ込む。







投稿者 狛犬えるす
最終更新:2023年11月26日 23:21