ふと、空を見上げれば灼けた空の先に暗く濁った雲が見えた。
数時間後には雨が降るだろう。……早めにコクピットに入っておこう。

 連絡が来たのを見て端末を確認する。

「……ザイレム撃墜。どこからのミッションだ?」

 依頼名、不明。逆探知をしても全く持って不明な相手。
彼女の育ての親に叩き込まれた技術、彼女自身が血肉とした技術を用いれば、大抵の相手はすぐに逆探知することができる。

 ただでさえ、バスキュラープラントが延伸され、ルビコン全体が物々しい雰囲気へと変わり果てている。彼女は、強烈な不信感と、恐怖を感じていた。

 だが、依頼である以上確認せずに断るわけにもいかない。
ミッションブリーフィングの前に、添付されている資料や、関連する物事を読み漁るのは、
彼女を幾度となく救ってきた癖である。

 その資料。……技研時代の論文と呼ぶべき代物によって与えられた情報による結論は一つ。

「……アイビスの火の再来、か……。死ぬのは……嫌だな。」

 あまりに絶望的な結論。コーラル潮位のデータからして、
バスキュラープラントで吸い上げられたコーラルをすべて吹き飛ばせば星系丸ごと吹き飛ばせる規模の大規模コーラル爆発が引き起こされるだろう。
 私にはまだやるべきことがある。まだ死ねない。彼女の行動原理は、ただ生きるため。
醜くても、それでも生きていたいと望む彼女に与えられる選択肢は、もはやなかった。

 近くにあるのは……グリッド135。
あそこの設備を使えば……。
と一番近隣のグリッドにある発射装置。それを利用する予定だった彼女。

《ミッションの概要を説明します。
貴方には、ザイレムのメインスラスターを破壊していただきたいのです。
今回、敵の配置はアーキバス要撃艦隊。こちらは、偽装IFFを送信します。
標的にされることはおそらくほとんど無いと思われます。》

「……どういう技術力だ。」

 やはり、不信感と警戒が拭えない彼女。
星外企業のデータベースというのは厳重に管理されているはず。
それに、ファイアウォールも凄まじく分厚い……と、パンドラがボヤいているのを聞いた記憶が残っている。なんのためにハッキングしていたのかまではわからなかったが。

《敵の主力はオーバーシアー。
そのうちのAC。独立傭兵”レイヴン”、そして、独立傭兵”パンドラ”です。》

「……う、嘘だ……!」

 信じたくなかった。
彼女を慈愛の眼で見つめていた彼との思い出を嘘だと思いたくなかった。
そして、彼の行動の理由と、彼が生きて帰ってくるつもりがない、ということが否が応でも理解してしまった。

《移動手段は、こちらが用意します。……》

 そのあとの話は、あまり聞いていない。



 上空2万メートル。
大気圏と宇宙圏の境目。カーマン・ラインと呼ばれる空域に恒星間輸送船、ザイレムは浮かび上がっていた。

「……兄さん。」

「久しぶりだな。コーラ。」

 今、ザイレムの艦上は、義理とは言え、家族として、師弟として向き合った二人の決闘の場になっていた。

「最近は、元気か?」

「ああ。お陰様で。……こんな場でもなければ、ゆっくり話しながら食事でもしたかったけれど。」

「フッ……。そんな暇はないさ。その話は魅力的だけどな。」

 雑談をしていながらも、その間に張り詰める空気はさながら龍の睨み合いのような威圧感を伴っていた。

「行くぞッ!!」

「……ッ!!」

 周りに飛び交うアーキバス要撃艦隊が独立傭兵とザイレムの砲撃によって次々墜ちていく。瞬く光を合図に、双方が動き出す。

「チッ!……距離が縮まらんッ!」

 パンドラは近接戦を、コーラは遠距離戦を得意とする。彼らが如何に得意な距離に持ち込むことが出来るか、と言うのが勝敗を分ける。

「クソ!距離を離せないっ!」

 と言うのは双方共理解をしている。
現在の二機の速度には大きな差は無い。ライフルの射撃が機体を掠め、APが少し削れる。

 同心円状に、付かず離れずの回避運動、サテライトと呼ばれる動きを続ける二機のAC。

パンドラ。そちらに援護射撃を行う。タイミングを指示してくれ。》

「了解。あいつの後ろを狙ってくれ。チャティ。」

《了解だ。》

 数瞬後、コーラがブーストを切らし、足を止めた瞬間に、彼が声を出した。

「今だッ!」

 声が通信に乗った瞬間、ザイレムの防衛兵器、レーザー砲から、目を覆いたくなるような光を放つ、高出力レーザーが発射された。

「くぅっ……なんでもありだな、ザイレム……っ!」

 かろうじて回避を行い、悪態をつきながら、アサルトブーストを起動し、接近するパンドラ
AC、ウォッチャーを迎撃する準備を始めるコーラ。
だがしかし、その動きは緩慢なものであった。
 その理由は、彼女自身の迷い……などではなく、背中に背負ったスナイパーキャノンが原因であった。

「遅いな!」

「クソ、重いッ!」

 そう言って背中に背負った肩部スナイパーキャノンをパージし、軽量化する。
負けじとクイックブーストで蹴りを回避するコーラ。
しかし、回避だけで終わるような甘い戦い方であれば、このザイレムでの戦いの前に、どこかで野垂れ死にしていただろう。

「くっ、軽くなったとはいえ……。早いな……!!」

 アルゴノートも十分早い、とはいえ中量級に分類される重量のAC。パンドラのウォッチャーと比べるとその速度は何段か劣る。

「ま、当たんねぇよな。……甘ェよ。」

 蹴りの慣性を打ち消すように滑り、マシンガンでの打撃を回避する。

「クッ、そう上手くは行かないか。……だからと言って、そうやすやすと……死ぬつもりは無いッ!!」

 返すようにリニアライフルのチャージショットを放つパンドラ
不意を突いたとはいえ、やはりそこは特例上位ランカー。機体をひねり、致命傷を回避する。

 コア理論。近接戦を中心とした戦術を用いる理論で、アーマード・コアという兵器は全てこの思想を基盤にして構成されている。
 それは、元々コア理論を提唱した、ルビコン調査技研の兵器であったアルゴノート――IB-C02も例外ではない。
アルゴノートという機体は、パンドラという恩人に報い、究極の個人主義である彼の傍らに立つための機体であった。

 何の因果か、その機体は傍らに立つ、という目的に反し、今は、彼と戦うために使われている。
ある意味で、傍らに立とうとしているのかもしれないが。

「……ッ!」

「動きが甘いぞ!……出来なければ、死ぬのはお前だァッ!!」

 パンドラの機体のフレームは軽量機の中でも軽く、脆い。しかし、それを上回る素早さを持つ。
それに加えて、彼自身が製造した専用ブースター、高出力ジェネレータによって生み出される莫大な速度は、瞬間的に時速1200kmを超え、カタログスペック上でも時速520kmを叩き出す怪物のような速度を誇るACだ。

 だが、忘れてはいけない。コーラは特例上位ランカーである、傭兵として……。AC乗りとしては最上級とされる彼女。惑星封鎖機構の特務機体、エクドロモイの全力機動を完封し、破壊する彼女に追い切れない筈もない。

「くぅ……!!捉えきれないッ!!」

 彼女の主目的は、自分が生き残ること、そして、パンドラを連れ戻すこと。

「だがまぁ……硬いな。堅実だ。……俺がそう教えたんだったか。チッ。……相変わらず、攻めにくい。」

 と、言葉自体は届かなかったものの、パンドラは思わずボヤキを発する。
動きに翳りを見せないまま。コーラに対して猛攻を仕掛ける。

「いきなり何を!?」

 突然の吐露に、彼らしからぬ雰囲気を感じるコーラ。
動揺を感じるが、それでも手を止めるわけにはいかない。
パンドラの猛攻が迫っているためだ。

 パンドラが、下段からの前蹴りを繰り出してくる。
一瞬、腕から青い光が覗く。そう、レーザーブレードの光だ。

「いや。少し、思い出しただけだ。……ッ。いい動きをする!」

 猛攻の締めに繰り出されたレーザーブレードの攻撃による硬直の隙を縫い、右腕のリニアライフルのチャージ攻撃を叩き込むコーラ。
その衝撃に、顔を歪めるパンドラ

「……私は、君を……ッ!!」

 迷いを振り払ったコーラ。
アルゴノートの周りに、滞留するコーラルが集まり始める。彼女の白亜の装甲にコーラルの光を放つヒビが入り始めた。

「……そうか。証明してみろ。お前達の力を。」

 ウォッチャーのカメラアイが一際輝く。
ACが高熱を発した時、主にアサルトブーストの直後や、コア拡張機能を使った直後に展開される、放熱板。それがそのどちらも発動してもいないのにひとりでに開く。

「リミッター解除。キャバルリーボックス、全回路接続……。」

 呪文のようにプロセスを呟くパンドラ。彼のコマンド入力により、拡張されたコア、その中にあるHC機体のジェネレーターを改造したサブジェネレーター。眠れる獅子を叩き起こす様に、炉に火が入る。

 と同時に、アルゴノートの機体にアクセントとして入っている蒼色が、少しづつ色を変化させていく。それは、紅色。あたりに散らばっている、コーラルと同じ輝きを放つ色だった。

パンドラ……止めるよ。キミを。」

「……ここで引くわけにはいかないんでな。……覚悟を決めないと。殺しちまうぜ。」

 迷いを振り切った彼女と、使命に縛られる彼。しかし、彼らの間に決着の合図はなく。
動き始めたのは全くの同時であった。

 紅く輝くAC,アルゴノートが手に持ったマシンガンを放つ。
牽制用のマシンガンであったそれは、コーラルの紅い光を放ちながらウォッチャーに襲い掛かる。

「銃弾が……コーラルを纏っている。使いこなしているな……ッ!!」

 アルゴノートの前身となった機体、IB-C02を作り上げたのは彼だ。
つまり、射撃武装にコーラルを纏う可能性があることは理解している、という事でもある。

 牽制用のマシンガンを――致命的な部位だけ避けているが。喰らい続けているパンドラの両手のライフルからも射撃音が響く。

「チッ、ジリ貧だな。……フッ!」

「速ッ!?」

 リミッター解除、なおかつ出力を直結したパンドラの機体は、瞬間的にマッハ2を超える。……ただし、操縦者の負担は考慮されない。つまり……。

「ゴホッ!……ハァッ!!」

 瞬間的に体重の50倍近くの力が一気に襲うとなれば、いくら強化人間とは言え相応の被害を被ることになる。

「しまっ……!!」

 しかし、そんなことを気にも留めずにパンドラのウェポンハンガーが動く。肩部に搭載されている武装はレーザーブレード。
開いたレーザーブレードから、装甲を切り裂くための刃が展開される。
アルゴノートが我武者羅に、腕を振るう。

 その握られた拳の先には、コーラルで構成された、光の刃が光り輝いていた。

「ハァアアアッ!!」

 雄たけびをあげながら、左腕に輝く光刃を振るうアルゴノートを見据えるパンドラの目には、諦めの姿はなく。
彼の経験から導き出される行動は、すでに定まっていた。

「……。」

 静かに、間を伺うパンドラ。近づく時の一瞬の隙。それを見逃さずに、彼はブレードを振るう。

「……背に腹か。」

「くっ……!!」

 左腕が切り落とされるコーラ。
逆に、右腕を切り落とされるパンドラ
どちらも、実力は拮抗している。
となると取る判断はほとんど同じになる。

 双方同時に距離を取る。
このまま近接戦を繰り返せば、勝てる可能性はあるだろうが、危険すぎる、という理由だ。残った腕での射撃戦が開始された。

「……さっきのができるのなら……!うっぁッ!……ぐぁあっ……!……ッ行けぇ!!」

 コーラルを彼女自身の能力により制御することによって疑似的な光波ミサイルを形成する。
だが、それは彼女の脳に相応の負荷をかける。本来ならば、FCSの補助ありで追尾するはずが、
そんなものはない。

「そんなこともできるのか。面白い。だが、狙いが直線的すぎる。……それに、そいつは危険だ。」

 性質を理解したうえで、収束しきっていない光波の間をすり抜けるように機体を操るパンドラ


「分かってるさ……!そんなこと!!」

「そうか?まだ分かってないみたいだけどな!?……ッ。」

 すでに限界が近いのか、浅い呼吸を繰り返すパンドラ
それもそのはず。リミッター解除による超高速の三次元機動。
彼の体にダメージは蓄積していく。

「……バイタル低下、か。上等。今更引けるかよ。」

「……クソッ!!」

 実験で強化された感覚が、否が応にでもパンドラの状況を的確に把握させる。
このままでは彼を死なせてしまう。しかし、止める手段もない。そんなジレンマに苛まれる。

「くっ、ああああっ!!」

「悪いな……。まだ残ってる仕事を片付けねぇと。」

 いつの間にか持ち替えていたマシンガンにより、残っていたリニアライフルが破壊される。
しかし、脚でパンドラのマシンガンを蹴り上げるコーラ。

「クソ、やられたな。……まだ、死ねないんだ。俺は。」

「このままでは……。分かっているのに……!!」

「……猟犬は……まだ、時間はかかるか。フゥ……。一息だ。俺。」

 有利なはずなのに焦りを深めるコーラに反して、場違いなまでに呑気なパンドラ
死を自覚していないわけでも、状況が理解できていないわけでもいない。
ただ単純に、焦る必要がないだけなのだ。自分が死のうとも、使命を果たせればよいのだから。

「フッ……アハハハハハッ!!生きている。最高だ。気分がいい。」

 右腕を欠損した黒い機体が、笑うようにジェネレーターを鳴らす。
切られた腕から、稲妻が走る。
傷ついた装甲から炎を噴き上げる。

「迷いは捨てた……。止めるよ。パンドラァッ!!」

「来いよッ!!」

 武装を捨て、身軽になったパンドラが、残る右腕の部位を白亜の装甲に押し当てる。
右腕の断面から、高圧の電流がアルゴノートのコクピットへ流れる。

「ぐぅっ……。」

 電撃の痛みによって彼女の顔が苦痛に歪む。

「止めるんじゃなかったのか!?俺をッ!!ウォラァ!!」

「そうだ……!!悪いけど、捕まえたよ……!!」

 本来行えないはずの、パージ後の肩部武装の再接続。
コクピットには異常を示すアラートが絶えず鳴り響く。
捕まえた状態で狙える武装は、今はこれだけだった。

「クソッ!!」

「……なぁっ!?無茶苦茶する……!!」

 残ったレーザーダガーを光の刃が出ている状態で基部を切り落とすパンドラ
今使える攻撃手段は、彼にはもうなかった。

「なら……!!」

「……心中のつもりか!?」

「それも、いいかもね……!」

 視線の方向にはザイレムのメインブースター。
20kmの超弩級の船体を推進させる推力を持つモノは、
間違いなく、傷ついた彼らの乗るACなど一瞬で吹き飛ばすだろう。

 不思議と、死が接近する中で彼女の精神は落ち着いているものだった。

「……何を!?」

 急に動き出すウォッチャー。
攻撃するでもなく、彼の機体は、彼女を押しのけるように動いた。

「……さぁな。ただの気まぐれだ。……どうせ、目的は完遂した。」

 全エネルギーを使い、アルゴノートを退避させ、沈黙するウォッチャー。
彼の機体は、そのまま、メインブースターから少し下の位置に激突し、沈黙した。

「……馬鹿ッ!」

 すぐに彼女は傍へと近寄った。コクピットハッチをこじ開ける彼女。
中に横たわっていたのは、体の至る所に血が付いている、虫の息のパンドラだった。

「……あぁ。来たのか。……お前の依頼は、ザイレム撃墜だろう……。ほら、行けよ。」

 息も絶え絶えでそう話す彼の口調は、脅しているようにも、おどけているようにも感じることができた。しかし、彼の目には、わがままな家族を見るような慈愛が隠しきれていなかった。

「もうどちらにせよ間に合わないさ。……おかげさまで。」

 脅すような口振りで逃げることを促すパンドラ
笑みを浮かべながらも、涙を流しはじめるコーラ。

「勝負に負けて、試合に……。勝った……。って所か。」

 緊迫した戦闘が繰り広げられる中、この間だけはやけに平穏で、
戦場とは思えない、安穏とした空気があたりを満たしていた。

「馬鹿。だったらなんで、あの時……。スナイパーキャノンを壊したときに私のコアを狙わなかった?」

「あぁ。……なんでだろうな。情に、流されたのかもな。……ッ……。」

 赤黒い血と、真っ赤な鮮血が入り混じったような血液が口から漏れる。
目立った外傷は見当たらない、しかしそれでも吐血をしているということは、
呼吸器系や消化器系に出血などの深刻な損傷が発生しているということだ。

 すぐにでも治療しなければ命はない。しかし、そんな高度な治療ができる施設など、カーマン・ライン上には存在しない。
つまり、彼は今から死ぬ。

「お別れだ、コーラ。すぐ来るなよ?」

 半死人の体に鞭を打ち、コーラを抱きしめるパンドラ

「……い、嫌だ。いっしょに……!一緒に帰ろうよ!」

「悪いが……。それは無理だ。……頼むぞ、アルゴノート。……じゃあな。」

 突き飛ばすようにアルゴノートのコクピットに突き飛ばすパンドラ

《了解。ビルダー・パンドラ。オートパイロット強制起動。……恨むぞ。オレは。》

「クソ!出せ!このままだと……パンドラ!ねぇノート!!止めてよ!!」

《……命令を拒否。……許せ、コーラ。》

 まるでAIとは思えない感情的な合成音声がコクピットに響く。
吐き捨てるような悲しみを含んだその声色は、彼らの関係性を表していたのだろう。



「潮時か……。」

 体から、なにかが抜け出ていく気分だ。
少しづつ寒くなって、意識が遠のいていく。

「君は!……パンドラ。」

 増加ミサイルポッドをパージしながら現れたのは、死んだはずのV.IV。
そう、ヴェスパー部隊のラスティだった。未踏領域への突入で死んだとされていたはずだが、
彼は、新しい機体に乗り換え、パンドラと対峙する。

「おいおい、V.IV。随分なお出迎えだな?」

 余裕がない事を隠すため、余裕を装う。
隙を見せたら一瞬で持っていかれる。

「……依頼を受けていた傭兵は……。撤退したか。」

 大体察してはいた。彼女に、コーラという傭兵に依頼を出したのは十中八九解放戦線か……どこかのCパルス変異波形だと。だが、この話からして……依頼主は解放戦線だろうか。
ウォルターからのデータで、彼が解放戦線のスパイであるということ自体は掴んでいた。
おそらく、その繋がりか、と考えながら、同時に、余計なことをしてくれた、という感情も浮かんだ。

「アイツは……まぁ、逃がしたさ。ぐっ……。」

 だが、余裕を装っていたとしても、体が死に向かっているという事実は誤魔化すことはできない。
無理の代償は、血反吐という目に見える形で返されることになる。

「……存外、狂っているように見えて、甘い男だな。」

「あはははは!そう見えるか!?嬉しいね……。今の機体で、お前に勝てるなんていうのは一切思っちゃいないが……。爪痕は残させてもらおうか。」

 そう言うと、辛うじて生き残っていた内臓武装、レーザーブレード、レーザーバルカンの起動を終えたウォッチャーが、半壊し、ブースターすらも焼き付いているとは思えない速度で接近する。

「手負いの獣が、一番手強いという言葉は、本当にその通りだな……!戦友といい、君といいッ!」

 レーザーブレードとレーザースライサーが、光の刃の反発力によって弾かれ合う。
さながら、その姿はダンスのようであった。

 だが、二人ともそんなことを気にも留める暇はなく。
レーザーバルカンによって的確に損傷を加えていくパンドラに、実弾オービットによって衝撃値を蓄積していくラスティ。
彼らの無言の応酬は、痛み分けという結果を残し、戦いは次の段階へと進行していった。

「貰ったッ!!」

 スタッガーの隙を付き、ラスティがレーザースライサーを起動し、肉薄する。
だが、スタッガー中であれど、姿勢安定を無効にし、動き出す力業で彼は一気に脱出する。

「勝ったつもりかァ!?まだだッ!!死神、もうちょっとだけ待ってろ!今良いところなんだッ!!」

 幻覚でも見えているのか、本当に死神とでもいうべき存在がそこにいるのか、それがわかるのは、彼だけだ。
しかし、ラスティは、彼に背負い過ぎたものとしての圧力以外にも、異様な存在感を放つ彼のことを危険視しつつあった。
 オルトゥスの損傷を無視できない程にまで猛攻を仕掛けるパンドラの姿には、
鬼気迫る何かを感じさせる。しかし、その猛攻も長くは続かない。

「……まだ、戦友も居る。これは……。歯ごたえがありそうだ……!!」

 そう自分を奮い立たせる彼が、自動動作に任せずに踏み出した勢いを乗せたクイックブーストは、
スペック上の垂直跳躍力をはるかに上回り、スティールヘイズに勝るとも劣らない速さだった。

「ガァ”ッ!!」

 意識が朦朧としてきたのか、だんだんと動きの精彩を欠いていくパンドラ
ラスティはその様子を、畏怖と、少しの憐憫を綯い交ぜにした視線で眺め、捌いていた。

「……君もまた、立場が違えば……。いや。言っても……詮無きことだな……。」

 もはやレーザーバルカンは弾切れ。残されたのは内臓レーザーブレード。
出力はスタンバトンの一発にも劣り、オーバーヒート回復時間すらも長い。
本当のサブ兵装。

「これが……。最後か。……いいぜ。最後まで足掻いて死んでやる……ッ!!レッツ、パーティーッ……!!」

 欠けたカメラアイを紅く輝かせ、己を奮い立たせながら接近する、彼の機体は、アサルトアーマーのパルスが漏れ出していた。

「まだ、諦めないつもりか……!私も、全力で行かせてもらう……!!」

 ラスティにも弾けない理由がある。
それはパンドラも重々承知の上で、最期まで足掻くことを決めている。
だが、これ以上抵抗できそうもない。……ならどうするか。

「そうしてくれ……ッ!!そうじゃなきゃなぁッ!?」

 欠けたカメラアイがひときわ大きく光る。
あらゆるコードが、はじけ飛び、火花を散らしながら、緑色の光を放つ。

「……ッ!?しまった、間に合うかッ!?」

 自分が、今どういう状況に置かれているのか、的確に理解した彼は、急速離脱を試みる。
そして、機体の許容量を遥かに超えたパルスが全方位に向けて放出される。
一瞬、ザイレムの艦上がひときわ大きく輝く。
その光が消えた後、彼の姿はなかった。

「しかし……、痛手を負ったものだ。補給シェルパを手配しなければ……。」

 ラスティは生き残っていた。深い爪痕を残して。
彼は、彼が戦友と呼んだ強化人間、C4-621との決戦に臨む。
万全の機体で。万全の状態で。


 暗い暗い宇宙を、紅い尾を引く人型が進んでいた。
それは、満身創痍のアルゴノートだった。

《……解除条件をクリア。パンドラからのメッセージを再生します。》

 彼からの最期のメッセージ。遺言だ。

「……あー。なんだ。こうやってビデオで話すってなると……。なかなか緊張するな。
このメッセージが、お前に届いているとき、俺は多分死んでる。まぁ。俺の死亡を確認した後にしか流れないようにプログラムしてあるからな。……死んでないのに、遺言聞かれて生き残るとめちゃくちゃ恥ずかしいんだぜ?」

「ふふ……。パンドラらしいや。」

 かすかにモニターの明かりが照らす暗闇の中で、笑みを浮かべる彼女。
あまりに、彼らしくて。

「……まぁ、雑談はここまでにしよう。
まずは、お前に感謝を。成り行きとはいえ。お前を拾ってからの数年間。退屈という物からは全く無縁で、楽しい日々だったよ。ありがとう。
お前が敵になって、俺を殺したとしても、多分俺はお前を恨まない。
『殺すんだ、殺されもするさ。』……これはどこぞのアーカイブにあった、歴史的な大量殺人者の放った言葉だが……。まぁ、俺はその通りに生きたさ。理不尽にな。」

 ぶっ飛んでいるようで、その対象はパンドラ自身にしか向かない。ねじは飛びきっているのに、狂人とは言い切れない狂った一人の男、それに魅せられている彼女もある意味で狂っているのかもしれない。

「……だからって、私だけ置いて行くのはひどいよ……。」

 静まり返った宇宙の中で、ただ一人の嗚咽が響く。
光の尾を引きながら。



 呪いを残された、ただ生きたかっただけの少女は生きざるを得ない使命を課せられ、今も戦っている。
死にたくても、死ぬことを許されず、許さないまま。

「……パンドラ。私、生きるよ……。すぐにでも会いたいけど。思い出をいっぱい話してやるんだ。」

 殺してきた死骸の上で、彼女はそう呟く。
残された余命を、ただ必死に。


関連項目

投稿者 yukkajuice

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小説 yukkajuice
最終更新:2023年11月27日 02:46