惑星封鎖機構をブン殴れば金になる。

独立傭兵レイヴンによるヨルゲン燃料基地襲撃は、
傭兵たちに新たなビジネスチャンスの到来を知らしめた。

さりとて、単身アーレア海を渡るツテなど
持つものの方が珍しい。
そこで考案されたのが、廃棄が決定していた
市街地アリーナを丸ごと利用した
即席メガフロートによる集団渡航であった。

度重なる興行試合で廃墟と化しているとはいえ、
曲がりなりにも街の体裁を保つステージの
各所には傭兵たちがキャンプを設営し、
数週間に及ぶ航海の需要を満たす店舗も
こぞって軒を連ねている。

ジャンク屋ヴァスティアン・ヴァッシュ
カーゴトレーラーもまたその一つ。
「ミスタ・アガリック。再三申し上げている通り、
『ムーンライト』はヴァッシュの私物だ。
販売はしていない」
「そこをなんとか〜〜〜ッ!!
技研の手になる遺失技術の結晶、光波ブレード!
如何なる芳香を漂わせるものか・・・
小生!もはや辛抱たまりませぬ〜〜〜ッ!!」
ヴィルの塩対応にも挫けず食い下がる
フライ・アガリックに対し、
ため息混じりにヴァッシュも口を挟む。

「月光をゲットするのはマジの命懸けだったんだよ!
せっまい部屋にヴィーヴィルがぎっしり、
その真ん中にこれ見よがしなコンテナときた。
技研のイカれ科学者の悪趣味ぶりが良くわかるだろ?
オレも使ってみたいからとっておきにしてんだよ」
「し、しからばせめてその薫りだけでも・・・
ムムッ、妙案!ここらで一発、
月光剣の試し斬りなどいかがでありましょう??」
この、人口密集地帯でか??
厄介客の対応に頭を抱えるヴァッシュ。

「ゲッコー?あれ?ウチの事呼んだ?」
「待たせたな、ヴァッシュ。店番を交代しよう」
足取りも軽く合流した三人娘は
ショートテイルウェディングマーチ、そしてアシュリー。

「楽しかったでしょ〜〜〜ARスタジオ!
めちゃめちゃ盛れるから、婚活でも大活躍なんだよぉ!!」
ウキウキ笑顔のウェディングマーチが差し出した端末には、
三人の姿が映されているが・・・
「アシュりん、マジでナチュラルボーン姫騎士!
似合いすぎてもはやコスプレの域超えてるっしょ??」
「ま、マーチ殿!?それは我々だけの秘密だと・・・」
「ええ〜〜〜?そんなの勿体無いよぉ!
ホラホラ!すっっっごいカワイイでしょ〜〜〜?」
どうやらファンタジー世界がモチーフの衣装のようだ。
ショートテイルが盗賊、ウェディングマーチが魔術師、
そしてアシュリーが騎士と言ったところだろうか。

「なるほど。バランスの良い編成だな。
防具はもう少し、堅牢性を重視して選定すべきだと思うが」
返答に窮するヴァッシュに代わり、ヴィルが冷静に応じる。
「くっ・・・殺せっ・・・!!」
「あははは!百点満点〜〜〜!!」
アシュリーの反応がツボにハマったらしく笑い転げる
ショートテイルの様子に、近くで飲んだくれていた
マイ・タイもこちらに声をかける。

「全く、いいご身分っすよヴァッシュさんは。
こんな綺麗どころの姉ちゃんと二人旅でしょ?ハァ〜〜〜」
「ばッ!?ガキ相手に何言ってんだ!?
ちょっと話してみろって・・・
コイツに変な気起こしちまったらおしめぇだよ」
以前からなんとはなしに感じていた好機の視線の正体に
ようやく思い至り、あからさまに狼狽えるヴァッシュ。

「・・・思い残しは抱えるな。
俺たちに明日があるという保証はどこにもないぞ」
薄いフィーカを啜る丸めた背に、濃い哀愁を漂わせた
オールド・パーチの呟きには重い実感が滲んでいた。
「だから別に・・・」

それ以上を話す余裕はなかった。
大気を揺さぶる重低音と共に空からのしかかる
警告の声が、その場に居合わせた傭兵達の肌を粟立たせる。
「ルビコンⅢに不法滞在するすべての独立傭兵に警告する。
即刻星外へ退去せよ。警告に従わない場合は例外なく
排除執行する。繰り返す。例外はない」

「・・・ACは陸戦兵器だ。無力化するならば
海上輸送中を狙うのは確かに最善だな」
オールド・パーチの分析はこの場に居合わせる
傭兵達にもすでに共有されている。
だからこそ、メガフロートには牽引用の船舶以外にも
護衛艦が複数随伴してくれている。

BAWSが建造した水上艦艇群の仮想敵は、
今も目前に迫る封鎖機構の強襲艦に他ならない。
上空から迫る多数の艦影目掛け、仰角を大きく取って
射程を延伸した火砲群が次々に放たれる。
対する封鎖機構の強襲艦艇も船体底部から
ミサイル弾幕を放出するとともに、
船体側面を解放してドローンを展開。

さらには搭載されていた封鎖機構製MT、
セントリーやディノイザー、LC機体なども
続々発進し、メガフロートに襲いかかってくる。
「もぉ〜〜〜!空が飛べるからって
海で仕掛けてくるのはズルいよぉ!!」
言うが早いか、愛機へと走るウェディングマーチ
ショートテイルフライ・アガリック
オールド・パーチも順次続く。

「オイ!お前はちょっと待て」
我も我もと駆け出しかけたマイ・タイの肩を
ヴァッシュが捕まえ、背後を親指で指し示す。
「バズーカ一丁じゃ手持ち無沙汰だろ。持ってけ」
秘蔵のムーンライトソードを見上げ、
マイ・タイが目を見開く。
「え、でもこれはヴァッシュさんの
とっておきだって・・・」

バツが悪そうに目を逸らしたヴァッシュが悪態を返す。
「バーカ、タダでやるワケねぇだろ。
ちょっと貸すだけだよ!
俺だってこんなトコで死にたかねーからな。
ま、気に入ったならローンを組んでやってもいいぜ?」
「・・・ありがとうっす!絶対返しにきまっす!!」
頭を下げるマイ・タイに背を向け、ハンガーへ
駆け出すヴァッシュにアシュリーもついていく。

「・・・オマエは、いいのか?」
封鎖機構と今まさに干戈を交えようとしている俺たちに
協力すると言うことは、組織への裏切りに他ならない。
「・・・わからん。私は確かに、
封鎖機構に忠義を捧げてきたが、それはあくまで
このルビコンに暮らす人々の平和と安寧を
守るためだった。だが・・・」
ハンガーに佇立する愛機、執行機アリオーンを見上げ、
アシュリーは拳を固く握り固める。

BAWSの水上艦艇群は善戦していたが、
封鎖機構との技術格差は補い難い。
上空から打ち下ろされるレーザーと
ドローンやLCによる包囲攻撃で、
徐々に損傷が進行していく。

「そこまでだよぉ!それそれ〜〜〜!!」
いち早く到達したのは、脚部ホバー機構で
水上を滑走するロビン・グッドフェロー。
両腕のリニアライフルとレーザーが
次々にドローンを叩き落とす。
その火力を脅威と見做したLC機体が標的を
ウェディング・マーチに切り替え、
激しい戦闘が海面を掻き乱す。

「固っ!?ただのMTなのにコイツら、
ちょっとしぶといじゃん!!」
「武装も強力なレーザー兵器が採用されている。
BAWSの安物相手とは勝手が違うぞ」
メガフロートの廃墟を足がかりに空中から
トップアタックを図るゲッコーと、
市街地に埋伏して死角を狙うウォーブラー。
独立傭兵達の渡海の中核であるメガフロートを狙う
MT部隊と交戦を繰り広げる傭兵達に、
武装の追加を終えたオーグリスも合流する。

「お待たせっす!新装備の威力、
存分に試させてもらうっすよ〜〜〜!!」
左腕のムーンライトソードに加え、
右肩にはベイラム製普及型アサルトライフル、
左肩にはファーロン製2連装双対ミサイルポッドが
追加され、晴れてフル装備となったオーグリスが
重火力仕様のディノイザーへと強襲をかける。

「まずは一発!で、撃ったらすぐに武器交換・・・!」
出撃時にヴァッシュから聞いたアドバイスを反芻し、
リロードに入ったバズーカをハンガーに移して
ライフルを手に取る。
左肩のミサイルとともに、ライフル弾をばら撒きながらも
ブースト機動でディノイザーの迎撃のミサイルを回避する。
「うぉお!攻撃しながら動き回れるっ!!
これは便利っすね!!」
新装備の使い勝手の良さに感激し、
一気に攻勢をかけるマイ・タイの側面へ、
ブレードを振りかぶるセントリーが接近する。

「おおっと!新装備に浮かれる気持ち、
小生にも覚えがありますが・・・油断禁物ですぞ!」
カバーに入ったフライ・アガリックの愛機、
真紅のフォー・オブ・ア・カインドが怒涛の
パルス兵器4門斉射でセントリーを秒殺。
「悪ぃ!助かるっす!・・・さぁて!!」

改めて自らの対峙するディノイザーに向き直った
オーグリスが、リロードが完了したバズーカを
叩き込み、重装備MTの脚を遂に止める。
「今だっっっ!!」
虎の子の光波ブレードを一閃。
空を切り裂き走る光の刃が、封鎖機構製MTを両断する。

「お・・・おお!!これが光波兵器のイオン臭・・・!
初めはヴァニラにように爽やかですが、
続くややミントのように鼻をつく焼焦臭は・・・
ンンン!これはプラズマの薫り!
素晴らしい・・・パルスの清涼感と
プラズマの馥郁たる余韻が渾然一体に・・・
これが技研の匠の業!小生、感激〜〜〜!!」
戦場のど真ん中でコックピットを解放し、
ちょっとよくわからない悦びに震えるアガリックをよそに。

封鎖機構による強襲は、メガフロートに参集した
独立傭兵達の活躍によって挫かれつつあった。
好転しかけた戦況に、希望を見出しつつあった
傭兵達の回線に、封鎖機構からの広域放送が響き渡る。

「再三の警告にも関わらずのこの狼藉、もはや看過できぬ」
上空の強襲艦を次々に飛び移る大柄な機影の正体は、
まだ遠すぎて判然としない。

「執行者の責務、今こそ果たさん」
最前列の強襲艦へ機影が飛び乗ったところで、
水上艦からの砲撃を一身に受け止めていた船体が遂に爆発。
轟沈する巨艦に呑まれ不明の機影は不明なままに燃え尽きた

 ・・・のであれば、どれほどよかっただろう。
「───因果応報、仕る」
爆炎を切り裂いた鮮烈なる蒼が雷霆の如く迸り、
流星となって水面を断ち割る。
そこに浮かぶ、水上艦をも諸共に。

「戦艦を・・・ぶった斬った?」
冗談のような成り行きに、それ以上の言葉が出ない。
垂直に聳り立つ船首と船尾が、燃え爆ぜながらゆっくりと
水底へ呑まれていくのを、ヴァッシュは慄えながら見送る。

「間違いない・・・ヴァッシュ。逃げろ」
隣に立つアシュリーもまた、震えていた。
「惑星封鎖機構、特務准将アシュレイ・ゴッドウィン」
水飛沫とともに浮上した執行機に、
残る艦艇が砲撃を集中するが。
「別名、『アンスウェラー』アシュレイ
2連想大型パルススクトゥムの護りは鉄壁。
ものともせずに吶喊した巨体が再び振り翳した
光の刃が、水上艦をまた一つ、海の藻屑に変えた。
「・・・私の、父上だ」

護衛艦隊を、文字通り一刀の元に斬り捨てた
アシュレイの執行機『グラディアートル』が水上を走り、
本丸であるメガフロートへと接近する。
「ってことはつまり・・・親父さんの目的はオマエか」
いかにして所在を突き止めたのかはさておき。
この危機を呼び寄せたのは、彼女をここへ連れてきた
ヴァッシュ自身に他ならない。

「オマエら、脱出船に移れ!
アイツは・・・オレが引き受ける!!」
グラディアートルへ挑みかかるガルブレイヴから
発せられた広域放送に、傭兵達に動揺が走る。
「で、でも、ヴァッシュさん!?
あんな怪物を一人でどうにかしようなんて・・・!」
非戦闘員の離脱を支援するマイ・タイが反駁するが。
「・・・迷うな。彼の覚悟に報いるなら、
まずは確実にこの場を生き延びろ」
合流したオールド・パーチに諭されて
脱出船に移ったマイ・タイが、最後の乗組員だった。
「ヴァッシュさん!約束ですよ!
この装備、絶対に返しに行きますから!!」

ここぞとばかりに火を噴いたRaD謹製ロケットブースターが
船舶群を一気に加速させ、海霧の彼方へと運び去っていく。
強度計算なんぞかなぐり捨てた強引な改造のせいか、
一部転覆しているような気もするが、この際止むを得まい。

「オイオイ・・・そこはしめしめっつって
借りパクするトコだろうがよ」
メガフロートの間近へ迫ったグラディアートル目掛け、
両肩のミサイルを発射するが・・・
「まさかとは思ったがよ!本当にやるヤツがあるかよ!!」
軽々と振り回した巨大なレーザーブレードが、
飛来するミサイル群を斬り捨てる。

スクトゥムを展開し、光の砲弾と化した
グラディアートルが遂にメガフロートに到達。
「クッソ・・・!」横薙ぎの一閃を際どく跳び交わした
ヴァッシュの眼前で、寸断された廃墟がまとめて吹き飛ぶ。
近接戦闘は無謀の極み。
さりとて半端なミサイルでは通用しない。
残る火器は至近距離でこそ輝く
レーザーショットガンのみだ。
ガルブレイヴで挑むには、圧倒的に相性が悪い上に、
戦場となるメガフロートの広さには限りがある。

「ヴァッシュ・・・!」
窮地を救うべく馳せ参じたアリオーンだが、
突きつけた銃の引き金を引く指が、どうしても動かない。
「アシュリー。ずいぶん探したぞ。
封鎖機構の試作機を拝領しながらこの体たらく。
戻ったら一から鍛え直してやるから覚悟しておけ」
アシュリーが敵対する可能性など、初めから
想定してさえいないその言葉に、アシュリーの
振り絞った勇気はあっさりと打ち砕かれる。

「貴様を拐かした賊はここで討ち果たす。
いま一度、『応報剣』の戦を拝跪しておろがむがよい」
スクトゥムを解除し、巨大なバインダーを
外套のように背後へ広げる。
備えられた巨大な推進器が火を吹き、
ACに倍する巨体を暴風を引き連れて吹き飛ばす。

瞬間加速のみならばACさえも凌駕する神速の踏み込み。
その勢いを乗せて叩き込まれる大上段の一刀を、
辛うじてレーザーブレードで跳ね除けるガルブレイヴだが。
「冗談だろ・・・!?」
勢い余って振り下ろされた一撃が、
足元のメガフロートを分断する。

「反応は佳し。しかし構えが粗雑に過ぎる」
止む気配のない怒涛の連撃に、反撃を試みる暇もなく
後退を余儀なくされるヴァッシュ、
その周囲で市街が瓦礫となって宙を舞い、
メガフロートそのものも寸刻みで解体されていく。
大剣の質量を感じさせぬ流麗な太刀捌きから
繰り出される袈裟懸けの一刀を回り込んでかわし、
アサルトブーストで市街の合間を縫って退避する。
「逃げ傷を恥とも思わぬか。誉を知らぬ蛮族め」

離れた間合いを埋めるそぶりも見せず。
グラディアートルが巨剣を背後へ振りかぶる。
執行機の巨体が供給する莫大なエネルギーを注がれ、
蒼く燃える光の刃が陽炎に揺らめく。

「───月華剣閃、その身で享けよ」

放たれる渾身の一刀が、鋒を飛び立ち、
光波となって天翔ける。

それは阻む一切を薙ぎ払い、
ガルブレイヴの背を深く斬り裂いた。
「ヴァッシュ・・・!!」
蛇に睨まれたように身を強張らせ、成り行きを見つめていた
アシュリーが弾かれたように飛び出す。
銃もレイピアも投げ捨てたアリオーンの両手が、
歪んだコックピットハッチをどうにかこじ開ける。

ヴァスティアン・ヴァッシュは、一命を取り留めていた。
重傷を負い意識を取り落としながらも、
荒く肩で息をつく姿に、アシュリーはひとまずの安堵を
───得ることは、できなかった。

左肩に突き刺さった破片が開いた傷口から流れ出る
ヴァッシュの血は・・・深く重い紅に、光り輝いていた。
宙に揺蕩う細かな粒子の間には、微かな放電のような
煌めきが走り、それはまるで・・・
「コーラルブラッド。幼少期からコーラルを体内に
取り込み続けた結果誕生した、コーラル適合変異体
 ・・・その、唯一の実例だ」
ヴィルヴェルヴィントの言葉が意味するところを
飲み込みきれぬまま。
アシュリーは、ヴァッシュの体を抱え、震えていた。



関連項目

投稿者 堕魅闇666世
最終更新:2023年12月06日 06:29