物美价廉
―――諺
上司がルビコン3に降りてくるというのは、つまるところ左遷されたと同義だと白毛は思っていた。
最初の奴から数えて三世代目、白毛を強化人間にした代の孫、自分よりも遥かに年若い上司、まあはっきり言って坊主だ。
その坊主が左遷されてきてさぞ眉間に皺が寄っているだろうとわざわざ橙色の唐装にお気に入りの金縁サングラスでグリッド135の天井階まで昇って来てしっかりキメてきたのに、降下艇から降りてきたキャリアの若造の顔は野心でぎらついていた。なんだか思った面とはかなり違うけれども、これはどういうことかしらん? と白毛がない頭で考えている間に顔合わせと挨拶もろもろの社交辞令は消化されていき、彼が気づいた時にはとんとん拍子でグリッド135の重点開発区画の奥、最近やってきた黒社会系の堅気じゃない連中が居座っている高級な店に連れ込まれていた。
古き良き大豊文化圏らしいけばけばしさすら感じる豪奢な装飾、朱色に金色と白亜の色彩に竜や朱雀の装飾が光る。丸いテーブルに座るのは白毛と若造の二人だけ。
部屋の四隅と出入口には警護の者が休めの姿勢。料理を運んできたチャイナドレスの嬢ちゃんたちの尻と胸と顔を眺めつつ、白毛はサングラスを外して溜息をつく。
「どうしました、白大人」
対面に座る七三分けにビジネススーツを着込んだ若造が言う。三十台手前か入りたて。野心と精力盛んな、いい男だ。
七三分けは遺伝しない。遺伝はしないが、この家系は三代続けて七三分けをもっともフォーマルな髪型だと信奉しているらしい。
大豊で娘娘なチャイナドレスのおねーちゃんたちが次々に料理をテーブルに置いていくが、はっきり言って三代続けて胡散臭いビジネスマンが対面にいる中で気分よく食事が出来るとは思えなかった。
「お前んとこの祖父さんもこういう演出好きじゃったけど、儂こういう仰々しくて堅っ苦しいの嫌いなんじゃが」
「何を言うんですか。大丈夫、ここは堅気じゃないようなものなのできっと柔らかいですよ」
「嫌じゃ嫌じゃ、親父に似ずそういうこと言うとこもなんか嫌じゃ。お前絶対親父より出世するタイプじゃろ、坊主」
「白大人にそう評価していただけて、父も祖父も草葉の陰で喜んでいることでしょう」
「……なんじゃお前、もう追い落とした後じゃったか」
「どうやったかはご想像にお任せいたします、白大人」
にっこりとビジネススマイルを浮かべながら、若造はテーブルにずらりと並べられた湯気たつ料理には手を付けず、自分のところに置かれた一杯のワンタン麺に箸と蓮華をつけた。
なにがどうやったかご想像にじゃ、堅気じゃないとこでこんな席設けた時点でどうやったかなぞ教えてるようなもんじゃろうが、と思いつつ、白毛は目についたぷるりとした蝦餃をいそいそと手元に持ってくる。小皿に辣油をたっぷりと垂らし、半透明でぷるりとした蝦餃――エビ蒸し餃子をそれにつけて食べた。熱くぷりっとしたエビともちっとした餡に辣油の風味が良い。なんか癪だが美味い。
ずるずると麵を啜って蓮華でスープを飲み、ワンタンを口にする若造は、紙ナプキンで口元を拭く。
「それで私がここに赴任した意味についてですが」
「坊主が堅気じゃない連中とつるんでるのは分かったわい。絶対ろくでもない博打じゃろこれ。あ、お姉ちゃんお茶ー」
「博打、正解ですよ。ちょっとした植民事業ってやつです。ああ、こっちにもお茶」
「ルビコン3は半世紀前に一回どっかんしとるっちゅうのに、よくもまあそんなことを思いつくもんじゃな。お姉ちゃんあんがとなー」
「どっかんしても会社が元を取れるようなら、いい商売じゃありませんか?」
にっこにこでえげつない事を言いつつ、何事もなかったかのようにお茶を飲む七三分けに白毛はドン引きした。
「儂、今初めてお前の親父に同情したわ」
「私は父より優秀ですよ。ご安心ください」
「そんで植民事業って話じゃが……、どうせ堅気じゃない連中に密航の仲介屋やらせて元締めが会社とかじゃろ?」
「お察しの通りで。この事業の問題点ですが―――」
麺をずるずるるっと豪快に啜ってどんぶりを両手で持ってスープを飲み、紙ナプキンで口を拭いてから若造は続ける。
「ふぅ……。やっぱりワンタンメンはどこで食っても美味いなぁ」
「おいこれ続き続き、続きを忘れとる」
「ああ失敬。この事業のために当面は現地人には融和的に、武装勢力に対しては今まで通りという方針を取ろうかと思いまして」
「おねーちゃん老酒、瓶でー」
「白大人?」
「ん? ああ、まあ飯で胃袋を掴むっちゅうのは儂らのとこの十八番じゃからなぁ。意図する意図せず問わずじゃが」
「最近の密航に民間系が多いのはそういうことです」
「うっわお前マジ最悪じゃの」
「へへへぇ、それほどでも」
「褒めとらんわ」
「いやぁ、でもあの白大人に最悪とまで言われるとは鼻が高いですよ。父から嫌と言うほど聞かされてましたからね」
「坊主と親父で穴兄弟って儂はさすがに嫌じゃよ?」
「えっ………それ初めて聞いた」
「儂失言したかもしれんけど悪くないじゃろ。儂はされたほうじゃし」
「まあ親父も死んでますからね。ざまあみろってやつですよ」
「「はっはっはっは」」
二人で笑いつつ、白毛は老酒をとくとくと注いでぐいっと一杯。
対面の七三分けはにこりと笑っているが、まあ今更なにかを言う気にはならない。
親父よりも祖父の血の方が濃く出たのかもしれん、と白毛はぷへぇと一息。
腹黒に堅物、そしてまた腹黒ときた。祖父のような狸ではなく、黒幕然とした締まった体の若造なのは評価できよう。
「ま、そういうことなら儂ら《金剛》がやることはあんま変わらなそうじゃな。こんな辺鄙な星にまで黒社会持ってきたんお前じゃろうし」
「いざってときは民間人に頑張ってもらうのが私たちの文化圏です。郷勇ですね」
「その民草に足元掬われんようにの、坊主。駒にしていい人間としちゃいかん人間は分けるんじゃ、お前の祖父さんはそれが出来ずに死んだんじゃし」
「ええ、重々承知しております白大人」
「ちなみに儂は物言う駒の方じゃ」
「父よりは聞き分けが良い方なのでご安心ください」
「そんなら良かろ」
白毛は二杯目をとくとくと注ぎ、それを茶で割ってちびちびと飲む。
「坊主は飲まんのか?」
「この後、まだ仕事があるので」
「そうかぁ。そういやあれどうするんじゃ?」
「あれとは?」
「あれじゃ、お前と親父で竿兄弟」
「謹んでご遠慮させていただきます。世帯持ちです」
「親父もそうだったがのー」
「白毛さん」
「んぁ?」
「それは失言です」
ビジネススマイルを浮かべた七三分けの殺意は、なんというか三代目の傑物という感触があった。
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最終更新:2023年11月26日 23:18