「戦友、そちらは順調なようだな。
こちらも通信基地の攻撃に移る」
独立傭兵レイヴンに宛てた通信と同時に、V.Ⅳラスティの
愛機スティールヘイズはアサルトブーストに移行する。
シュナイダー製高機動フレーム、ナハトライアーの
軽量かつ空力特性に優れたボディは
圧倒的な瞬間加速を齎し、獲物に対応を許さない。
プラズマミサイルにバーストハンドガン、
ライフルの一斉射を脇腹に受けた4脚MTが反応すべく
一歩、後退った時にはすでに
濃紺の機影は懐に潜り込んでいる。
広範囲を薙ぎ払うレーザーブレードの一撃で打開を図るも、
サイドロールで刃を巻き込むように飛び越した
スティールヘイズは天地逆転した姿勢からの
ブーストキックをMTの脳天に叩き込む。
回避と同時のカウンター、その一撃を足がかりに
MTの頭上を経由して背後へ回る。
その左腕に閃くレーザースライサー。
巨体の周囲を踊るように、一回転して切り刻む。
周囲のMTがその気配にようやく迎撃を
図ろうとした時にはすでに、彼らの最大戦力である
四脚MTはそのアイデンティティたる4本脚を
全て切断されていた。
その間、接敵から僅かに3秒未満。
防衛にあたるMT部隊には、慄く暇さえなかった。
───これ以上は、敢えて語るまでもないだろう。
瞬く間に制圧された通信基地であったが、
封鎖機構の対応もまたさるもの。
「敵の復旧対応が早い。
この通信妨害は長くは持たないと思ってくれ」
協働者へそれだけを告げて、
スティールヘイズは迫り来る増援に対峙する。
一番槍は、水平機動速度に特化した
封鎖機構の試作機、アリオーン。
高速走行の合間にも右腕のハイインパクトガンを構え、
照準を合わせようと試みるが。
「疾い・・・いや、それだけではない」
シュナイダー製高速戦闘用ブースターの性能を活かした
連弾クイックが、残像さえ残すほどの
高速スラローム機動を実現し、遅れて飛来する
包囲ミサイルの合間を翡翠の残光が駆け抜ける。
「この機動・・・これがヴェスパーの四番手だと!?」
絶え間なく打ち込まれる銃撃と飛来する
プラズマミサイルの対応に苦慮する合間に、
すでに標的はレイピアの間合いの内側だ。
「しまっ・・・!」
圧倒的な技量の差に、愕然とするアシュリーの前に
似た色彩の機影が進み出て、スティールヘイズの
斬撃を受け止める。
「なるほど、反応がいい。思い切りもある」
しかし、経験と訓練がまだ足りない。
すかさず叩き込まれたナハトライアーの鋭角の膝が
ガルブレイヴのコアを陥没させ、
ヴァッシュもまたあっさりと退けられる。
虎の子のスライサーを振るったラスティもまた、
それ以上の追撃の手札はなかったことが救いだろうか。
「退がれ、アシュリー。今のお前が敵う使い手ではない」
先行する高機動ACに一拍遅れ、本命が戦場に到着する。
惑星封鎖機構、特務准将
『アンスウェラー』アシュレイ。
既にして相対する敵手の技量を見極め、
初手から狙うは全開の一撃。
「月華剣閃・大車輪」
接近に先駆け、鋒に充填していた
エネルギーの全てを一撃の元に解き放つ。
青ざめた満月のごとき真円を描く斬撃の波は、
間合いに存在する一切を斬り裂く。
逃れる術があるとすれば───
「御首級、頂戴」
止むを得ず跳び退るスティールヘイズを、
ピンポイントで撃ち落とす大上段の兜割。
予測可能、されど回避は不可能。
スティールヘイズの神速をして術中に捉える
怒涛の連撃、これぞ『剣聖』の真髄───
「・・・美事」
宙を舞ったのは、グラディアートルの刃の方だった。
振り翳された巨剣の柄を過たず撃ち抜く
神業めいた狙撃が、アシュレイ唯一の武器を無力化する。
「来る場所が分かっているなら、あとはタイミングだけだ」
などと。事も無げに嘯くその一撃を、
いったい他の何者が為し得ようか。
刹那の交錯のうちに明暗は分たれたが、
危機は未だ去っていない。
アシュレイの対応に全力を傾けたラスティに
ようやく見出した一縷の勝機目掛け、体制を立て直した
ヴァッシュとアシュリーが再び迫るが・・・
「よぉラスティ!騎兵隊の登場だぜ。
盛大なファンファーレで出迎えてくれよな」
これ見よがしに戦場を揺らす爆炎と砲火の嵐が、
スティールヘイズとアリオーン、そしてガルブレイヴの
間の空間に次々に爆ぜる。
「やれやれ・・・また君か、
パンドラ。
懲りずに新しいトラブルを持ち込んできたようだな」
「ずいぶんな言い草じゃねぇか、戦友?
今回ばっかりは純然たる俺の善意だぜ。
───行けよ。お前の戦場はここじゃねぇだろ」
それ以上、交わす言葉は要らなかった。
頷きあったスティールヘイズとウォッチャーが
すれ違うと同時にアサルトブーストを噴かし、
それぞれの戦場へと全速で飛び込んでいく。
「
パンドラ。ヴァッシュは私が相手をしよう。
コーラルブラッドの力・・・自分自身で試してみたい」
二手に分かれたウォッチャーとアルゴノートが、
それぞれアリオーンとガルブレイヴに対峙する。
「へッ!お前さんがワガママを言うとは珍しいな!
いいぜ。俺もいつかの続きを楽しませてもらおうかァ!」
挨拶がわりの花火とばかり撃ち込んだ
大型グレネードキャノンの一撃を、
軽快なギャロップで跳びかわすアリオーンの
機動のキレに満足し、
パンドラもまた自慢の推進力を
フル活用した並走戦に突入する。
「ギャハハハハッ!いいねぇ、サイコーだ!!
カリッカリにチューンした
パンドラ様謹製の
特注ブースターに張り合うとはなァ!!
お嬢ちゃん、そいつの図面を俺に寄越しな!
とびっきりご機嫌に仕上げてやるぜ!!」
追い縋る包囲ミサイルを踊るようなバレルロールで
すり抜け、銃弾を撒き散らしつつ急接近。
「巫山戯るな・・・!私はルビコンの秩序の守人だ!
貴様のような愉快犯に付き合っていられるか!!」
レーザーダガーとレーザーレイピア、瞬撃の応酬が
火花を散らし、駆け抜ける二機の軌跡を彩る。
「なるほど、反応速度は私と互角か」
狙い澄ましたレーザースパイクの一撃を
パルスバックラーに受け流し、
牽制のバーストマシンガンで回避を強要する。
コーラ・マンハッタンは自らが得意とする
中遠距離の射撃戦を維持すべく引き撃ちに徹するが、
ガルブレイヴはしつこく食い下がってくる。
溢れる直情をそのまま機動で表現したような、
獰猛だがあまりにも真っ直ぐすぎる戦い方だ。
持ち前の反応速度と機体の機動性に
モノを言わせた近接機動戦の押し付け。
それがヴァッシュというパイロットの
基本的な傾向だとしても・・・
「まるで知性が感じられない」
それがコーラの感想だった。
自分が今戦っている相手は、
ヴァスティアン・ヴァッシュではない。
魂を抜き取られ、与えられた指示に従うだけの屍だ。
「私が見たかったものは、これじゃない」
で、あれば。あとは作業だ。
本当のヴァッシュを取り戻さなければ
その真価を見極められぬのなら。
今はただ、それを成し遂げるのみ。
大海を知らぬ若鳥に、『Sランク』の猛威が牙を剥く。
初手はリニアライフルのチャージショット。
鋭く反応したヴァッシュはサイドクイックでこれを凌ぎ、
間合いに捉えたアルゴノートを切り裂くべく
レーザーブレードを発振させる。
実に単純なルーチンだ。
だから、対処もまた決まりきっている。
踏み込むその出鼻に、高初速のニードルが突き刺さる。
アーキバス先進開発局が開発した最新装備、
スタンニードルランチャー。
パンドラがどんな伝手でこんなモノを持ち込んできたかは
知らないが、コイツの威力を知るものは
まだルビコンにはほとんどいないだろう。
その真価は、着弾後に現れる。
眩い放電と共に迸る電流が、ガルブレイヴの機動を挫く。
これで詰みだ。あとは、体に叩き込んだ
フィニッシュホールドを脊髄反射に任せてブチ込むのみ。
冷徹に最速で繰り出す蹴撃で、ACS負荷をさらに上乗せ。
目と鼻の先で棒立ちになったカカシを、
コーラルジェネレーターの最大出力で薙ぎ倒す。
「お前になら見えるだろう、ヴァッシュ」
アサルトアーマーに乗せて放出されたコーラルが、
ガルブレイヴのコアを貫きコックピットまで浸透する。
そこに込められた
コーラ・マンハッタンの『声』は、
ヴァッシュの意思を閉ざす檻の奥へ確かに響いた。
「ヴァッシュ・・・!?」
立ち尽くすガルブレイヴにアシュリーの目が逸れた、
その一瞬で決着はついた。
正確に足元を吹き飛ばすグレネードの一撃で、
もんどり打って転倒するアリオーン。
「・・・つまんねぇなァ。もっと真剣にやりな、お嬢ちゃん」
その横腹を押さえ、ライフルを突きつけたウォッチャーを、
巨大な質量が跳ね飛ばす。
「・・・空手なれど、我が娘に手出しはさせぬ」
パルススクトゥムを展開してのシールドバッシュ。
機動戦にようやく追いついたグラディアートルが、
現状使える唯一の武器で
パンドラの前に立ち塞がる。
「おーおー、美しい親子愛じゃねぇか」
ため息混じりに吐き出す言葉が、俄かに変調する。
「オマエはそれでいいのか?アシュリー・ゴッドウィン!!」
それまでとは打って変わった
真剣な声に、アシュリーが身を震わせる。
「お前さんの相棒を、こんなくっだらねぇデク人形に
変えちまうような組織に、本当にテメェ行くべき
道はあるのかって聞いてんだ」
その言葉に、胸元に添えたアシュリーの手が
硬く握りしめられる。
「コーラルは今も増え続けてる。
それはもう、上から押さえつけたって止められやしねぇ。
このガキは、コーラは、コーラルと人が共生できる
未来に繋がる、鍵にだってなれる存在なんだ。
俺は、コイツらがどんな未来を選ぶか、見てみたい」
───お前は、どうだ?
物言わぬACの視線には、しかし確かな意思が宿っていた。
「・・・父上。申し訳ありません。
私には・・・もはや、封鎖機構の正義を、
信じることはできません」
肩を震わせ進み出たアシュリーを、
アシュレイは止めることができなかった。
「・・・血は争えんな、
ハシュラムよ。
思えば私もまた、お前とは道を違えた身であったか」
去りゆく者たちを独り見送る武骨者の背には、
哀愁と、そして幾許かの誇らしさが滲んでいた。
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最終更新:2023年12月04日 22:42