ボナ・デア砂丘の砂混じりの風は今日もACの装甲を汚し、関節に噛まれ、視界を覆っていく。本来なら戦略的価値も然程ないその場所を、1機のACが進む。
「《ストライダー》の残骸か……見る影もないが、遮蔽くらいには使えそうだな。目標はその向こう、ギリギリまでこの陰から近づいてみるか。」
土汚れに塗れた灰色の装甲が、角張ったシルエットのACを形成している。ベイラム系ACフレーム《MELANDER》を全身に採用したAC《ポータント》だ。そのコクピットの中で、独立傭兵
リプルアは目標をどう攻めたものかと思案する。情報によれば守備隊は然程規模の大きくないMT部隊とされているが、油断は禁物だ。
武装採掘艦《ストライダー》。ある傭兵に破壊されたと噂される、ルビコン解放戦線の戦力の要の一つ。その後は企業や解放戦線、ドーザーが事あるごとにその残骸から使える資材を回収しており、もはやまともに残っているのは、ありふれた鋼材の塊でしかない本体フレームのみであった。
しかし馬鹿でかいだけの本体でも、弾除けや身を隠す遮蔽物にはまだ使える。
リプルアは残骸に沿ってACの進路をとる。目標との距離がせばまるにつれて、彼の頭の中には、段々と作戦の流れが浮かんできていた。
リプルアは元々、ベイラムの人間であった。ルビコン進駐部隊において二脚型MTのパイロットを務める一方、ACへの適性を見込まれて、機種転換訓練を進めていた。ベイラムの『歩く地獄』ことミシガンを筆頭に、彼が見込んだ精鋭が集まる専属AC部隊『レッドガン』の隊員による指導は、並の独立傭兵では到底体験できない有意義なものだった。
しかしベイラムはコーラルを巡る企業闘争でアーキバスの後塵を拝し、レッドガンも悉くが壊滅。本社は進駐部隊を引き揚げる決断をしたが、ある『保険』を残すことにした。その存在こそが、
リプルアである。
生き残ったベイラム部隊に残された、希少なAC乗り。訓練に使用されていた予備AC。ベイラムの撤退を考慮してもなお各勢力に需要があった、独立傭兵と呼ばれる存在。それらから導き出された答えは────
リプルアはルビコンに残り、新たに独立傭兵として活動することになる。
それから彼は独立傭兵としてドーザー勢力やルビコン解放戦線、果てはアーキバスの依頼も受け、その中で各勢力から一目置かれる存在となった。それこそが、ベイラムの狙いであった。
「ベイラムから離反した独立傭兵」を完全に演じ切った
リプルアはアーキバスの追討を逃れ、独立傭兵として各勢力の作戦行動を把握し、その情報をベイラム本社に提供する。ベイラムは彼を自らの『眼』にすることで、アーキバスを出し抜く算段を考えていたのである。
そして、その機会は訪れる。恒星間入植船『ザイレム』を用いた、バスキュラープラント攻撃作戦。惑星ごとコーラルを焼くというその目的は最終的に失敗に終わったものの、このバスキュラープラントを巡る攻防に際して、ルビコン解放戦線はタイミングを合わせて蜂起。
ザイレムと解放戦線。二つの攻勢に晒されたアーキバスは、ヴェスパー部隊の大半の喪失を含む致命的損害を被ることとなり、一度は支配下に置いた集積コーラルやバスキュラープラント、技研都市を初めとする要衝の大半を放棄するまでに追い込まれたのだ。
その知らせは解放戦線に与して戦った
リプルアを通じて、星外のベイラム本社にも伝わっていた。この気を逃すまいとベイラムは再編した進駐部隊をルビコンに派遣。
リプルアも現地で情報支援を続け、彼らのルビコン入りを援護した。
しかしベイラムがその後
リプルアに下した命令は、「ACの返納とMT部隊への合流」であった。少なからず彼は独立傭兵として信用を勝ち取っており、しかしベイラムはその活動に支援や助言はしておらず、すべて
リプルアの独力によるものであった。
部隊への合流だけなら良かっただろう。だが、それまでの活動を支えたACを取り上げるという仕打ちは、それまでベイラムのためにルビコンで孤軍奮闘した彼にとっては、裏切られたと言っても過言ではない、心無い判断だったのだ。
それ故に彼はACと共に、ベイラムとの縁を切った。
正真正銘、"独立"傭兵としての一歩を踏み出したのだった。
「今更同胞を手にかけることに躊躇っていられるか。ACを取り上げる奴に協力する義理はない。……俺はもう、独りの戦士なんだ。」
ストライダーの残骸の端に辿り着き、
リプルアは一度自身にもACにも息を入れさせる。
破壊目標である、ベイラムの補給拠点の様子が見えた。一度はルビコンを去ったベイラムが、新たな橋頭堡を確保するまでの補助として設営した、仮説の補給基地を破壊する。これが、今回彼がアーキバスから依頼された作戦だ。
……歩哨のMTの姿を捉える。数は3。FCSがそれに照準を合わせた。そして《ポータント》の右肩に搭載された4連装ミサイル《BML-G1/P20MLT-04》の誘導ロックも間をおかずに完了する。
3機のうち、一応ポータントの側を向いていた機体がそっぽに向く。
「……頃合いか。仕掛ける!」
ブースターを噴かし、1機のACが突き進む。右手のマシンガン《DF-MG-02 CHANG-CHEN》を構えると、同時にミサイルを発射。続けてトリガーを引き、MTに弾幕を浴びせる。
『うわっ、ヨドがやられた!敵襲だ!』
『落ち着け!周囲に敵性反応は1つしかない、数で囲めば──おわぁ!?』
歩哨の二脚MT──ヨドと呼ばれた人物が乗っていたであろう機体を撃破した《ポータント》は、そのまま距離を詰めてその付近にいた同型機もマシンガンの集中砲火で蜂の巣にし、残る1機に狙いを定める。慌てて武器を構えたMTだったが、その判断は既に遅い。
左腕に構えたレーザーブレード《Vvc-770LB》が横に一閃。MTだったそれは上半身と下半身に分離したのち、爆散した。
『敵襲を確認、防衛部隊直ちに出撃せよ!』
途端に警報が鳴り響き、格納庫から複数のMTが現れる。密度はまばらだが、それは《ポータント》を囲むように陣形を組み、一斉射撃を狙う。その瞬間、彼は飛んでいた。
真上に跳躍してブースターで飛翔し、密度の高い部隊を見やる。その中心にいた機体を標的として、左肩の連装グレネードランチャー《SONGBIRD》が2回、火を噴いた。
火薬を抱えた2つの飛翔体は地面にぶつかって爆ぜる。炎に飲み込まれた複数の二脚MTが装甲を焼かれ、脚が折れ、腕が捥げ、やがて戦闘能力を喪失する。
仲間がやられる光景を見た別のMTが空を飛ぶACに対してマシンガンを構え、発射した。その未来は織り込み済みだった
リプルアは《ポータント》を揺り動かす。クイックブーストでその攻撃を避けると、ミサイルのマルチロックを起動。手にしたマシンガンから弾をばら撒きつつ、4機の敵MTへの誘導を完成させると、すぐさまそれを放った。
それらは1発ずつ敵に飛んでいき、全弾が命中。しかしミサイル1発ではMTは止まらず、傷付きながらも攻撃を続けてきた。何発かそれを掠らせながら着地した《ポータント》。
リプルアはすぐさまACの右腕を動かし、マシンガンの弾幕で4機のMTを掃射。その弾はミサイルの損傷に追い打ちをかける形となり、撃たれたMTは全て地に臥した。
その隙を狙い、《ポータント》の背後からまた別のMT部隊が襲いかかる。しかしそれも、全て
リプルアの計算内だった。
「上と同様に下も腑抜けたか……これじゃあ抜けて正解としか言いようがないな。」
そう言って
リプルアは背後のMTを見やり、そしてレーザーブレードの出力を引き上げる。通常より長い刀身を形成したレーザーは、そのまま機体が回されるのに合わせて斬撃を繰り出し、背中狙いのMTは全て胴と腰を切断される。
『貴様、
リプルアか!?復隊の命令が出ていたはずだ!裏切ったな!』
「戦士としての誇りを裏切ったのはどっちだ。俺は傭兵になってから今まで、自分の力と判断で生き残ってきた。なのに今更訳の分からん指示を出して……そんなことをしてるから総長達をああも使い潰せる。恥を知れ!」
あくまで目標は破壊任務だ。敵を捕虜にして連れて帰れという指令は一切ない。おそらく指揮所と思われる場所から発せられた呼び掛けを一蹴すると、レーザーブレードの冷却を待ったのち、指揮所は溶解させられた。
残存するMT部隊はわずか。指揮官も失い、戦力的にも瓦解した雑兵に、独り立ちした戦士を止める力はない。
あとは、蹂躙されるのみだった。
作戦は終了した。
ベイラムの補給拠点は見るも無惨に破壊され、その機能を完全に喪失した。防衛戦力は全滅。まだまだ余裕のないベイラムには、それを防ぐための増援もまた、持ち合わせていなかった。
一方で《ポータント》は無傷とは言わないが目立った損傷は見受けられず、弾薬の消耗も多くはない。完全に
リプルアの勝利であった。
その表情にはかつての同胞を撃ったことへの葛藤はなく、ただ完遂の喜びと安堵のみがある。一息だけ吐くと、彼は依頼主への報告を始め──られない。
「こちら
リプルア。ベイラム補給拠点の破壊に成功。繰り返す、目標の破壊に成功……なんだ、これは?通信障害か……?」
ただ面倒な終わり方か、あるいは新たな戦いの狼煙か。ジャミングのノイズが彼の耳を劈く。……前者であれ。そう願った
リプルアは《ポータント》の踵を返すが、残念ながらこれは後者である。
目の前に、赤い機体が降り立った。
「そこのAC、所属を明らかにせよ。返答がない場合は撃墜する。繰り返す、所属を言え。」
赤と黒に塗られた機体は、新進気鋭たる彼にも分かる異様な圧を発していた。しかしそれが、敵とも味方とも区別を付けることはできない。ベイラムの増援とも、アーキバスの迎えとも、はたまた
その他の勢力か、はぐれの独立傭兵か。
トリガーはいつでも引ける。だからまずは、気圧されぬように耐えつつも、
リプルアは眼前のACに所属を問うた。
……返事がない。その僅かな静寂の間、所属不明機の機体構成を見る
リプルア。
機体フレームは頭部を除き、様々な企業の製品の寄せ集めのようだ。腕部はアーキバス、脚部はベイラム。コアは製造元がわからないが最近見た覚えはある。逆に頭部は見慣れない形状のもの。特注品だろうか。
武装はリニアライフル、ブレード、ミサイル、グレネードキャノン。奇しくも《ポータント》の構成と近しい。これで負けたら、相性の言い訳は出来ないな、などと苦い顔になるのを押し殺す。
内装は見えないが、噴射炎は青かった。アーキバス系のジェネレーターを──
と、見分の途中で相手に動きがあった。後頭部が動き、バイザーのようなものが前面に出てくる。センサーを塞ぐ訳じゃなかったので、おそらくは首などを保護する目的だろうか。
そして、目の前の機体は襲いかかった。
「どうしてこうなる!増援は来ないって話じゃなかったのか!?」
アーキバスの情報に愚痴りつつも、咄嗟に構えていたマシンガンのトリガーを引き、突っ込んでくる敵機に浴びせる。しかし敵は怯むことなく、逆にリニアライフルを撃ちながら《ポータント》に肉薄。アサルトブーストだ。
ミサイルが放たれた。両者からである。《ポータント》が放った4発のミサイルは、2発敵に命中するが、当たりどころが悪かったのか、怯む気配はない。逆に赤いACが放ったミサイルは2発。しかしそれが途中で6発ずつ、計12発に分離。子弾が《ポータント》を囲む。
クイックブーストを噴かし、何とかその過半を避けた
リプルア。しかしこの攻防は、敵がアサルトブーストで距離を詰めてくる刹那の出来事であった。既に敵との距離は0に近いはず……だが、彼は敵を見失った。
前にはいない。右にもいない。左にもおらず、後ろにもいない。地中を潜れるACは存在しない。
その時には既に遅い。砂風の隙間から覗く陽光を背に、《EARSHOT》が構えられている。それを目の当たりにした
リプルアの次の知覚は、文字通り耳鳴りであった。
収音マイクが爆発の音を直に拾った外部音声、シートや計器が揺れる軋み、けたたましいACS負荷限界のアラートが耳を襲い、ただならぬ事態であることを搭乗者に伝える。そこで思考を止めたら死だ。体を揺らされた不快感を振り払い、咄嗟に機体を動かす。
次の瞬間には、《ポータント》がいた場所をパルスブレードが斬っていた。命を繋いだ。
その安堵の間隙に、今度はリニアライフルのチャージ射撃が襲いかかる。これは避けられない。ACSの負荷は許容範囲内だが、今度は機体自体の耐久力に翳りが見える。
ベイラムが仕向けたか、アーキバスが裏切ったか。
それを気にしている時間はない。
リプルアの目の前の赤い敵が、再び《ポータント》目掛けて直進してくる。とりあえずとマシンガンで弾幕を形成しながら、ならばと彼が選んだ反撃の手段は、左肩の《SONGBIRDS》。たとえ耳鳴りにはならずとも、たくさんの鳥の啼き声を聞けば、やかましいことは間違いない。
だが、鳥は啼かない。代わりに金属がぶつかり音を上げる。黒く塗られた足が《ポータント》にぶつけられ、グレネードキャノンはその衝撃によりセーフティでロック。発射を中断した。
「泣きを入れたらもう1発」。ミシガンの言葉が頭に過ぎる。だが、今泣きを入れられてるのは自分だ。だったら──
「だったら、もう1発を入れさせなければ、まだ終わっちゃいない──!」
半ばヤケクソ気味だったが、再装填が完了したミサイルを撃ちつつ、レーザーブレードの出力を上げる。敵は捉えている。伸び切った刀身を振り回して、2回転の斬撃を放った。
赤いACはその斬撃で肩と脛に切り傷を負い、その場で止まる。ACS負荷限界だろうか?ミサイルの当たる様子は見ていないが、好機を逃す手はない。《ポータント》は先程撃ち損じたグレネードを構え、今度はしっかりと2連射することができた。
しかし赤い躯体を捉えた榴弾は、その内1発のみである。それなりのダメージにはなったが、勝負を決定づける致命傷にはならない。悔しさから、戦闘中でも思わず
リプルアは歯噛みする。
本来はそれだけでもある種の大手柄だ。そもそもは、あの機体を相手にこうまでしぶとく耐えているだけでも褒められるべき戦いぶりである。しかし彼は今、それを知らない。そしてこれは褒められれば上等の訓練やアリーナではなく、命を賭けた戦場である。
交戦直後から自動でアーキバスに救難信号を発信しているが、通信障害は続いているため届くことはない。自身の消耗と援軍の不在が、ただひたすらに搭乗者の精神を磨耗していった。
だが苛立ちはその現状を何も解決しない。無理を通すには、それ相応の意思の強さが必要だ。
リプルアが我を取り戻すと同時に、自動で行われたマシンガンのリロードが完了した。敵も体勢を立て直すため、攻撃はして来なかった。ここから仕切り直せれば、勝機が見えるかもしれない。
ラッキーパンチでもなんでも、勝てばそれでいい。
持てる全てを握りしめた操縦桿に込め、《ポータント》は敵を見据える。
同時に赤いACは、装甲越しに
リプルアを睨み付け、再び敵意を剥き出す。
そして戦闘が始まり────
迷彩塗装のACが、ボナ・デア砂丘に降り立った。アーキバスの情報提供を受けて、AC同士の遭遇戦が発生した地点を調査している。
土汚れと煤に塗れた灰色の装甲が、角張った鋼の塊を形成している。撃破されたACはただ沈黙し、それはもはや、機体ではなく金属部品の集合体に過ぎないのだ。
迷彩のACは手慣れた様子で残骸の頭部とコアを弄くり回し、やがてそのパイロットは機内で端末を操作し始める。手元の画面に映されたのは、かつて《ポータント》と呼ばれた残骸が遺した、最期の光景であった。
血のような赤と、冷たさを滲ませる黒。死を連想させる色の機体を見る。左肩には『9』と思しきマーキングが描かれており、頭部は特徴的な2本のセンサーを輝かせる。
「やはり……奴がこの星に来ている、その噂は本当だったという訳か。コンテクストを呼ばなければ……」
将来を有望視された、一人の傭兵の損失。
それはやがて全勢力を巻き込む混乱の、先触れに過ぎなかった。
関連項目
最終更新:2023年12月29日 12:03