ブラボー、ブラボーという歓声が、試合を見届けた観客達から上がる。
やはり、アリーナで行われる高ランクパイロット同士の試合は満足するものだ。今回は
F・ブラオと、アリーナレジェンドである
BIGジョーの激闘が繰り広げられたのだ。見逃せば損をする試合などと謳われていたが、本当にその通りであった。この宣伝文句を考えついた奴には感謝しなければななどとほざきながら、トレンチコートを着た彼は観客席を立った。他の観客たちの波にもみくちゃにされても、どけ!などと自分ではどうにもできない罵声を浴びせられても、彼は機嫌が良いままアジトに帰っていった。アジトに帰った後の彼の行動ルーチンは決まっている。いつも通り、シャワーを浴び、そこそこの酒を飲み、心地の良さが続くうちにベッドに倒れ込んだ。
「......」
ブラインド越しに入ってくる光が目に直撃して、彼はようやく起きた。部屋を見渡してみても何も変わったものはない。汚いとまではいかないが、生活感に溢れている殺風景な部屋が広がるだけだ。寝ぼけた頭が覚めるのを静かに待とうとしていたが、その沈黙は傭兵支援システムの端末からの通知音により破られた。覚醒した彼はゆっくりとベッドから立ち上がり、テーブルの上の端末を手に取り、通知欄を覗いた。
件名: 任務依頼
任務:「ドーザー集団撃退」
報酬額: 200,000COAM
独立傭兵
バントライン、これはRaDからの依頼だ。
ジャンカー・コヨーテスの残党がボナ・デア砂丘にて集結しているという情報を手に入れた。
彼らはどうやらミサイルの弾頭と思われるものを運び込んでおり、目的はおそらく我々が過去に彼らに行った行動に対する意趣返しだと思われる。
そこで、あなたに彼らの作戦の阻止、および残党の殲滅を依頼したい。
予想される敵はRaD製MTおよびBAWS製MTが多数、そしてその中に混じっているAC1機だ。
あなたの評判は聞いている。時間もあまりないため、迅速な行動を願いたい。
なお、依頼を拒否する場合は別の独立傭兵を雇う。
色良い返事を求む。
...名指しでの依頼だ。ランクの高い傭兵にとっては珍しいものではない。場所も近く、敵勢力の情報もはっきりしている。画像も添付されており、かなり精度の高い情報と思われる...思われるが、彼の直勘が違和感を告げている。確かにジャンカーどもはRaDに駆逐された恨みを持っているだろう。しかし、烏合の衆という言葉が似合う彼らに、復讐のためだけに集結するだけの気概があるとは考えにくい。そもそも、彼らは例のカラスによって壊滅させられているのだ。生き残りがいるかどうかすらもわからない。
違和感はいまだに払拭できないままでいたが、彼は最終的な判断をグラスに注いだ酒に仰ぐことにした。
酒は彼に出撃させたが...
彼の違和感は的中していた。———目標が1機もいない———
降下しながらスキャンを張り巡らせたその瞬間に警告音がけたたましく鳴り響く。焦るまでもなく彼は的確に弾丸を回避し付近の岩陰に隠れる。
『貴様がレネゲイドか。』
襲撃者からの通信が入る。
バントラインに対して「レネゲイド」という呼称を使うような組織は1つしかない。
「偽の依頼で呼び出した挙句、裏切り者呼ばわりか。俺にだって名前はあるんだぞ、ベイラムの家畜どもめ。」
ベイラムの刺客だ。それも、おそらく複数機いる。
バントラインは再びエリアにスキャンを張り巡らせる。
『裏切り者め、墓に刻む言葉はそれでいいのか?』
スキャンに感あり。敵はタンク型AC1機、中量二脚タイプ2機そして...初撃を放った狙撃型。反応を得た刹那、刺客どもの一斉放火が始まった。岩陰がガリガリと削られていく。敵のタンクが正面、左右に中量二脚タイプが展開していく。岩陰が削られていく音がAC越しでも聞こえそうだ。このまま真正面のタンクに突っ込んで行っても狙撃型と弾幕の餌食、左右にいる二脚タイプに突っ込んで行ってもまた然り。なかなかどうして考えられた布陣だ、しかし...敵の挙動が妙だ。やつらは一向に近づいてこようとしない。左右に展開している遊撃枠と思われる奴らもスキャンが反応した場所から動こうとしない。
兵数有利の状況だとクロスファイアをするのが常套手段だ。特に中量二脚型と狙撃型は左右に展開して挟み撃ちにしようとしてきていてもおかしくない。距離を保った方が安全なのか…
酒の入っていない彼の脳みそが結論を弾き出した。
ならば、それを利用するのみ。
クイックターンで敵たちのいる方向を向き、岩陰から飛び出した。オービットを展開し、アサルトブースト体制に入ったその瞬間、彼のモニターを光が包んだ。
『…レネゲイドの沈黙を確認した。』
爆炎を眺めながらタンク型が僚機たちに淡々と通達する。着地直前の無防備な状態を狙い撃ち、地雷原に叩き落とす作戦だったが、その狙撃を避けられたため、地雷原を挟んだ銃撃戦を展開する作戦に変更した。そして、弾幕で身動きができず痺れを切らしたレネゲイドは突っ込もうとして、地雷に巻き込まれた。
『これで奴もくたばって…レーダー反応!?隊長、そちらに——』
隊長と呼ばれたタンクAC乗りは機体のモニターを凝視する。レーダー反応が残っていると言うことは、ヤツはまだ——思考が完結する前に裏切り者の機体がモニターに映し出される。黒いMELANDER C3…一部フレームパーツが違うが、その要素を含めても事情を知らぬ者ならベイラム系AC乗りの機体であると判別するだろう。裏切り者はすでに、ASHMEADを構えながら目の前に迫っていた。タンク乗りの頭には、俗に走馬灯と呼ばれる取り留めもない記憶が張り巡らされる。刹那、隊長と呼ばれた男の機体は心臓を杭で穿たれていた。機能停止したタンクACから、コードネームを奪われた裏切り者は杭を引き抜く。ベイラム系ACがアーキバス製環流型ジェネレーターの青いブースター跡を残している様は美しく、そして冒涜的であった。
——1つ。
バントラインは数える、敵の通信にも聞こえる声で。オービットを地雷原に突っ込ませ、一斉起爆させてからその爆炎を突っ切るという正気を疑うような手段をとったが、彼には手段なんてこの時点ではどうでも良かった。勝ちを確信した時こそが最も油断する瞬間であり、その隙を突くと言うのは、少なくとも彼にとっては合理的であった。このタンク型を撃破するだけでも敵側の総火力は大幅に減る。
『隊長がやられた。』
『構わない、まだ数的有利はある。作戦を続行する。』
Cランクといえども、隊長以外の刺客たちも上澄みと言っても遜色ない実力を持っている。腐っても暗殺任務にアサインされた精鋭か、と考えながら
バントラインはパイルバンカーをハンガーに戻し、ライフルとハンドガンをパージする。そして、タンクACの手持ち武器…大豊製のバズーカとガトリングガンを手に取り、動かなくなったタンクACを盾にしながら、拾った二つの兵装をチェックする。正常に動作をすることを確認した彼は、次の獲物に狙いを定めた。
左右に展開していた2機はすでに十字砲火を可能とするエリアに移動しようとしているが、彼らの機体よりも早く動くことのできる
バントラインの機体は早速片方の二脚タイプに向けてABで突進していった。真っ向からの突撃という形にはなるが、被弾を避けるように方向を調整しながら、レンジファインダーが2桁を切った瞬間に蹴りを一撃入れ込む。刺客の機体はみっともなくよろける。今のでもパイロットにダメージが入ったと思われるが、後顧の憂いを断つためにガトリング砲を、もはや突き刺していると表現しても良い距離で発射し機能停止させる。
——2つ。
接近してきているもう1機と狙撃型から隠れるように、背中から倒れ込みそうなその機体の後ろに回り込む。すかさず、タンクから”借りた”バズーカを盾越しに撃つ。弾頭は接近してきていた中量二脚のコア付近を直撃し、オレンジ色の爆炎をあげてコクピットもろとも粉砕する。
——3つ。
バントラインは再びスキャンをエリアに張り巡らせて、狙撃型を探す。そして、レーダーに映った1機に向かって突撃していく。先ほどからも度々狙撃されていたが、盾代わりにした敵の残骸のおかげで直撃はくらっていなかった。しかし、その狙撃の腕前はかなりのものと思われ、回避先を読まれているかのようだった。それでも距離は近づいていき、ついに狙撃型が目視範囲に入る。その狙撃型は岩陰に隠れていたが、右手のガトリングを構え、自身の機体が岩の僅か上を通り過ぎるように調整し、岩上を通過した直後に急制動、そして落下しながらガトリングガンを発射する。パルスシールドでも至近距離からのガトリングガンを耐えれるはずもなく、狙撃型は地面に倒れ伏す。
——4つ。
『本部に連絡!部隊は全滅した!繰り返す、部隊は壊滅した!作戦を中断する!』
味方があっさりと撃破されていく様子を見た最後の狙撃型はABで戦場を後にしようとしていた。裏切り者の闘い方は、あまりにもイカれているのに合理的で、命知らずに見えるのに被弾を抑えきれていて、そして、慈悲がなかった。仲間の仇撃ちを考える心的余裕もなく、彼は戦場を放棄する決断に至った。本部に戻ったら処分されるだろうが、ここで死ぬよりかはよっぽどマシに思えた。しかし、レーダーを見たら、黒い裏切り者はもうそこに迫っていた。宙から蹴り落とされ落下していくが、クイックターンで裏切り者に向き直り、リニアライフルを連射する。しかし、チャージしきれていないリニアライフルの弾速と破壊力は不十分。数発当てることができたが、実弾耐性が高いベイラムパーツはその最後の抵抗も弾いていく。狙撃型が地面に激突して煙が巻き起こり、裏切り者も目の前にゆっくりと降り立つ。リニアライフルを再び向けようとするが、それを蹴り飛ばされると同時に右腕部がイカれる。ミサイルも射角的に当たらず、シールドも地面と接触して展開できないこの状況から生きて帰るすべはもう無いことを察した狙撃型のパイロットは怨みを込めて最後の一言を話す。
『裏…切り…者め…』
「墓に刻む言葉はそれでいいのか?」
バントラインはそう言い放つと、バズーカで狙撃型のコアを破壊した。
——5つ。
夜の砂丘に沈黙が帰ってくる。今は煙を上げている刺客たちの残骸も砂に飲み込まれて消えるのだろう。
バントラインは空を見上げる。彼の目に映るのは
グリッド051とそこから漏れる光、そして、微かに見える宇宙と星々だった。人工的な空と本物の空の対比に、彼はしばらく見惚れていた。
「クソガキが、また生き残ったようだ。」
レッドガンの食堂でしかめっ面の老兵が話す。
「クソガキ?誰のことだ、バ...」
「あんたは別に知らなくてもいいのよ。」
「おい——」
「にしても、あいつ本当にしぶといね。今回返り討ちにされたのは?」
若い男の質問を遮りながら、女兵士は老兵に聞く。
「Aランクのタンク乗りが1人と、Cランクが4人だ。ガキが、随分と派手にやりやがった。」
「へえ。でも、なんか安心した。」
「だからそいつは誰なんだよ!」
若い男は発言を遮られたことに対して腹を立てたのか、怒気を孕んだ口調で再び質問をする。
「そいつが誰かって?そうだな…上司をぶち殺して、当時配属されていた基地をぶっ壊した挙句、逃げ切りやがった碌でなしだ。」
「そいつ、名前はなんて言うんだ?おっさん。」
「名前か…ベイラムからはかつてコロラドと呼ばれていたが、今は単にレネゲイド(裏切り者)と呼ばれている。そして、当の本人は
バントラインと名乗っている。そこの
アードは今でもアイツに気がある。」
「おいババアてめえ!」
雑談は続いていたが、食堂に入ってくる隊員たちのたてる雑音によって掻き消されていった。こうして、レッドガンのまた新たな1日が始まっていった。
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バントラインのアセンブリー
襲撃を受けた際のバントラインのアセンブリー。
比較的バランスが取れた近〜中距離用アセンである。
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隊長機
バントラインを襲撃した部隊の隊長機。
重武装のタンクACであり、パイロットはこの作戦さえなければSランクまで行けたかもしれなかった。
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関連項目
最終更新:2023年12月13日 12:58