※AC要素どこ……ここ?






「……さて、どうするか」

開口一番、ユージーンは自分の胸元にも届かないほどの小柄な姿を藍色の瞳で見つめながらそう言った。
アーキバスが建設していた第二再教育センター……、早くに完成していた収容区画には既に現地民などを収容していたらしく、ユージーンは発見した少女を拾って持ち帰ってきていた。

「…………」

無言のままの少女は、手入れの全くされていないくすんだ灰色の髪を無造作に伸ばしていた。髪の隙間からユージーンをじっと見つめる赤い瞳の下には、隈がくっきりと濃く刻まれている。四肢は細く枝のようで、来ている服のサイズがあっていないことも、余計に華奢な印象を増していた。
確りと顔を見るために髪をかき上げようと手を伸ばすと、少女はか細い両手で抵抗してくる。だが栄養の足りていない痩せぎすの身体に相応しく、ユージーンの手を振り払うには余りにも力が弱すぎた。

「ダメだよ〜、大人しくしててねぇ?」

「……! ……!?」

背後にに回ったメイヴィが少女の両肩を抑えつけ、逃げれないように拘束する。
そして抵抗する手段を失った少女が尚も嫌がるのを無視して、ユージーンは無造作に髪を掻き上げて少女の顔を見た。

「……これは、なるほど。やはりメイヴィの審美眼は信用できるな」

思わずユージーンは感嘆の溜め息を吐いてしまった。
手入れのされていない髪で隠されていた少女の顔は、言葉を選ばなければ素直に可愛らしいと、そう言えるものだった。
目鼻立ちは非常に整っている。隈は濃いものの瞳は大きく爛々としていて、小さな口に真っ白な肌……、なるほど今の状態は決してよろしくないが、少しでも身嗜みを整えるだけでも十分の美貌を魅せてくれるだろう。

「でしょ〜? 拾ってきて正解だったよね」

まじまじと少女を注視するユージーンを見ながらニコニコと満面の笑みを浮かべて見せ、むふーっ、と鼻息を荒くするメイヴィ。
確かに、この少女を拾って帰ろうと提案したのはメイヴィに他ならない。
颯爽と輸送ヘリで飛んできたと思ったら、ユージーンの回収がてら少女をついでとばかりに運び込んで飛び立つまでの速さときたら、ACの中でのんびりと休もうとしていたユージーンですら驚くほどだった。
少女の肩を抑えながらサムズアップしてみせるメイヴィに半ば呆れながらも、ユージーンは少女へと視線を戻す。

「まぁ、正解ではあるが……さて。コイツを養うに当たり、先ず幾つか質問しておかなくてはな」

じっと自分を見つめ続ける少女に、ユージーンは問いかける。

「で、お前の名前を知りたいんだが……そもそも喋れるのか?」

「えぇ?」

ユージーンの問いかけた内容に、メイヴィは頭の上に疑問符を浮かべる。
すると、少女は自分の喉に手を当てて、その後に頭を左右に振ると両の人差し指を交差して“✕印”のジェスチャーをしてみせた。
ユージーンは少女の喉をじっくりと見つめ、手で触れ確かめてみるが。何の異常も見受けられない。

「喉に外傷や手術痕の痕跡はない……生まれつきか。じゃあ自分の名前を紙に……いや文字は書けるか?」

またも首を左右に振る。

「……参ったな、どうやって名前を知れば良いんだか……」

そう眉を八の字にしたユージーンに、少女はまたもや首を横に振る。

「……まさか、名前がないのか?」

思わず問いかけると、今度は初めて首を縦に振って見せた。

「……名無しか。いや、スラムや最下層民にはよくあることとはいえ……面倒な」

争奪戦の原因にもなっているコーラルを除けば貧しい惑星であるルビコンに限らず、どの星系にも必ず貧困層というものは存在する。
そういった者たちは識字率が低いのはごく当たり前で、中には名前すらないような孤児や浮浪児などがそこら中にいる。恐らく、この少女もルビコンにおけるそういった類いの身の上なのだろう。

「あっ、じゃあじゃあ、それってつまり、私が名前つけても良いってこと!?」

少女二名前がないと知るや、メイヴィが思いっきり目をキラキラと輝かせる。
確かに、例え僅かな間に愉しむ程度の相手だろうと、名前がないというのは不便だ。その点で言えば、メイヴィに名前をつけさせるのもいいのかもしれないと、ユージーンはそう考えたのだが。

「問題はコイツがそれを了承するかどうかなんだが……」

「むしろ嬉しいよね! でしょ?」

メイヴィが少女に視線を落とす。問いかけられた少女の方は、僅かに宙に視線を向けて少しばかり考えた素振りを見せると、コクリ、と小さく頷いてみせた。

「ヤッタァー!! ンフフ、実はもう決めてあったのよねぇ」

そう年甲斐もなく燥いでみせるメイヴィは、目を細めて何処か懐かしむように呟いた。

「……【マイア】で、どうかな?」







メイヴィが告げた名前に、ユージーンは表情を険しくした。

「……メイヴィ」

「ん?」

微笑んでいるメイヴィの表情は、普段ユージーンとともにいる時のよく知るそれではなく……、彼の古い記憶の中にいる彼女の、もう見ることのないだろうと思っていた“あの頃”のそれであった。

「コイツは……この少女は、“メイア”じゃないぞ」

「……そんなの、そんなのわかってる。でも、初めてこの子を見た時、つい思い出しちゃったから」

ひどいよね、と寂しげに笑って見せるメイヴィに、しかしユージーンは何も言うことができない。
それは疾うの昔に過ぎ去った過去といえど、ユージーンとメイヴィの間では、未だにその記憶は生々しく鮮明に残り、後悔は欠片も風化していなかったからだ。

「俺とお前の罪に、何も知らないコイツを巻き込むのか?」

我ながら言っていて欺瞞にすぎるな、とユージーンは思わず自嘲する。
自分が過去にやってきた業を思えば、それは確かに欺瞞だった。既に多くの命を奪ってきておいて、今更綺麗事を言っていた自分に驚いているほどだ。

「そんなわけないよ」

メイヴィがはっきりと否定する。
声色は何時もの明るくふわりとしたそれとは異なり、静かに、それでいて確りとした声色だった。

「この子はメイアじゃないし、あんなものに巻き込む気もないよ。……けど、どうしても重なっちゃったんだもの……」

目を伏せて俯くメイヴィに、ユージーンはどう声をかけてやればいいのか悩んだ。
このことについて自分は慰めることはしないし、その資格もない。とはいえ、否定も肯定もできる立場でないことが、彼にはこの上なく口惜しかった。
暫くの間、無言の時間が続く。
すると……、

「……」

「ん?」

目を伏せて俯いていたメイヴィの頰を、少女の両の手が包むように触れた。
見上げるように見つめる少女の表情は、彼女には何処か懐かしくもあった。

「……なぁに?」

メイヴィは膝を曲げて腰を下ろし、少女と同じ視線と同じの高さにして目を合わせる。

「………」

喋れないなりに、口を小さいながらも動かす少女。
他人が話す時の口元の動きを自然と真似ていたのだろうか、それは音がなくとも、一つの言葉としてメイヴィに伝わった。

『 ま い あ 』

『 い い な ま え 』

『 あ り が と う 』

「……いいの?」

震えるようなメイヴィの声に、少女の口はぎこちないながらも弧を描いた。

「ねぇユージーン、この子……」

瞳の潤んだメイヴィの表情を見て、ユージーンは困ったように笑って見せた。

「コイツが……マイアが選んだのなら、俺は何も言わないさ」

「……っ、有難うユージーン」

メイヴィは立ち上がってユージーンの傍に寄ると、唇を重ね合わせた。
そして少女……マイアを抱き寄せると、ユージーンと自分の間にマイアを挟むように座ると、ポケットから携帯端末を取り出して撮影機能を起動させた。

「エヘヘ、折角だから、記念に新しい家族の写真、撮ろ?」

無邪気に笑うメイヴィを前にして、最早ユージーンに断る理由など存在しなかった。

「……あぁ、そうだな」

「……?」

突然抱き寄せられ、二人に挟まれるかたちになったマイアは少し戸惑った顔をしている。
だがそれも直に慣れることだろう。
何せこれから先、同じことは何度もあるのだろうから……。

「……これからよらしくね、マイア」







おまけ


すぐ後の光景。

「そうだ、今日は記念にコーラルでもキメるか」

「いいわね、それ! 最近いいのを融通してもらったの!」

「…………?」

……台無しである。マイアよ、強く生きろ。

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小説 中澤織部
最終更新:2023年12月13日 08:46