そしてやってきたエリカが
ウズラマ連れ帰った後。
そこにはイレヴンと
ステラのみが残った。
「あの…できれば…、そこの椅子まで運んでくれると…」
「ん…?ああ、それくらいならお安い御用だ」
と、彼はその小柄な体躯に見合わないほどのパワーで
ステラを持ち上げ、そこに座らせた。
して
ステラはその机に突っ伏す。
頭を持ち上げるのもおっくうなほど気だるげだったのもあるが、
これまで、そしてこの後に待ち受けることを考えると尚更突っ伏したくもなる。
化粧、メイク…そんなのは論外だ。
服が女物というだけでも屈辱的というか、何とも言えない罪悪感と羞恥心が湧いてくるというのに。
しかし男物の服は女の身体が着るように作られていない。大変困るがこれは致し方なし。
しかし化粧などしなくても生きていける。
少なくとも私はそう考える。
しかし既に運命は確定してしまったようなので、どうしようもなく憂鬱だけが残るのである。
地面に突っ伏していたが、ふと辺りを見渡すと…
「…いつまでいるの?」
イレヴンもすぐ横に座ってじっとこちらを眺めていた。
「いや、予定もなかったし、5時になるのを待っているだけだが」
「え…いや…あの…その…」
五時まではあと数時間もある。せめて一旦どっかいったりして、
後で連れてかれるものかとでも思った。逃げるのを警戒しているのだろうか?
しかしそれでも、あまり知らない子がずっとこちらを一心不乱に見つめてくるというのはどうにも気まずい。
と、その時だった。
「あれ、イレヴン。アンタこんなとこで何してんのよ。」
不意にどっかで聞いた声が聞こえてきた。
「ん?こっちもう一人…。あ、アンタはこの前の…」
「あ、はい。新しくこっちに来た
ステラです。」
また通りかかった人はこの前にも出会った同じくV.Vのジュスマイヤ―だった。
こちらも暇そうにしてるので、イレヴン同様今日はもう空いてるのかもしれない。
「なんでアンタが一緒にいるのよ。ひょっとしてデート?」
茶化すように彼女がいる。
「んなわけ…」馬鹿らしく気だるげに返事をすることしかできない。
すると、後ろに座っていたイレヴンが代わりに返事を返す。
「なんか、エヴァレットのとこの……そう、
ウズラマから、
見張ってて連れて来てくれと言われてな!」
「見張ってて…?アンタなんかしたの?」
「いや、特にそういう訳じゃ…」
「"お化粧"をすると言っていたな!!」
イレヴンが大きな声で答えた。
「
ウズラマ、調整は終わったわよ」
と、調整台の上に向かって声がかけられる。
「ありがとうございます…お姉様…」
ウズラマが台から身体を起こしながら言った。
「"5時に予定がある"と言っていたとエリカから伝言を聞きましたよ。何があるのです?それと、あそこまで消耗するとは何があって?」
とエヴァレットは重ね重ね尋ねるが。
ウズラマは何かを考えこむようにしていた。
「…?何?まだ調整不足?」とエヴァレットは問うも、質問に返って来たのは質問だった。
「…お姉様、私、いつかこの私の"バグ"を取り除くことは出来るのですか?」と聞いた。
「え?」
「私…怖いんです。折角…今、お姉様やエリカちゃん…それに、
ステラちゃんの他にも…色んな人と仲良くしたり、話したり、出来てるのも…その、私が壊れたら…できなくなっちゃうんじゃないか…って。明日起きたら、もう皆と普通に会話もできないんじゃないか…って…」
と言い切った後に、慌てて顔を変えて
「…ぁ、いえ!な、なんでも…ないです…すいません、忘れて…ください…」
と言った。
流石のエヴァレットでも、
ウズラマが言わんとすること、危惧する気持ちの内容が何かは分かった。それは自分も危惧していることだからだ。
一瞬気の利いた気休めでも掛けようかとも思ったが、そんなものは自分の柄ではないし、
ここで甘やかすのはいつもと違うので、いつもと同じように返すことにした。
「
ウズラマ。私たちは企業です。この身も、この心も、企業に捧げたものなのです。
…企業が、私達の、貴女の働きを理解し、有用性を目にしたなら、貴女の存在を企業も気に掛けるでしょう。示してみなさい…これからの働きで、あの監視役にも、本社にも。貴女の有用性を。」
言い終えてから、(ああ結局柄にもない事を言ったな。久しぶりに励ますようなことを言ったな。)とエヴァレットは思った。
しかし
ウズラマはその発言の意味を理解したのか、ただ"お姉様"にアドバイスを貰えたことが嬉しかったのか、嬉しそうに
「わかりました。ありがとうございます。」と言った。
してアーキバス駐屯地の第2レクリエーションルーム前。
"レクリエーション"などとは無縁の集団なので、レクリエーションに使われることはほぼないのだが、入り口には使用中を示す札がかかっている。午後4時57分。
廊下から人の話し声が聞こえてくる。
「ほら、とっとと入りなさいよ。待ってても何も始まらないわよ」
「い、いやそれでも…準備が…」
「いい加減女々しいわよ。男ならもっと、自信もって!!」
「男ならメイクなんかいらないと思うけどなぁ…」小声でそうつぶやきながら、彼女は扉を開けた。
「あっ、来た!
ステラちゃんにイレヴンさんに……あれ、ジュスマイヤ…さん?」
「面白そうな話を聞いたから、つい来ちゃった。別に見学しても構わないでしょ?」
「あ、はい!もちろん!拙い腕ですが!」
と一礼をする
ウズラマ。
「ねぇ…
ウズラマ…。本当に…やらなきゃ駄目?」
「何度言ったら分かるの?女の子にとって身だしなみは命の次に大事だって!
昔読んだ本にも書いてあったし!」
「うぅ…」
あまり強く断れないので、強く押し切られるとどうにもならないところがあるこの状況。
「…ジュスマイヤ―、女にとってメイクって大事なものなのか?」と会話を見ていたイレヴンが問う。
「当り前じゃない。メイクのあるなしで女の味は思いっきり変わるわ。」
と言った。そしてニヤリと笑い続ける。
「アンタは正直魅力的な顔してるわ。私と張り合えるくらい、しっかりお洒落学びなさい」と言った。
エヴァレットは先程から少し心中穏やかでなかった。
何かが気がかりなのだ。いつもは従順で文句ひとつ言わない
ウズラマがつい言葉を漏らしたこと。
してその内容は、丁度自分も気にしていたこと。気になってしまうのは仕方のない事だった。
つい言葉が口をついて出てしまうのはそれも"不具合"の一つなので仕方ないのかもしれないが。
そこに同じ部屋で待機していたエリカが声をかける。
「…どうしました?お嬢様。何か気になることでも?」
「…気付いてたのね。勘のいい子だわ……。…
ウズラマがどこに行ったか知らない?」
「
ウズラマ…彼女なら、第2レクリエーションルームに向かっていた筈ですが。」
「レクリエーション…ルーム…?」
彼女が5時にあると言っていた予定は、おそらくそこで行われているであろうことは
想像に難くない。
「…確認しにいくのですか?」
「気になるわよ。何かあるとだけ伝えられたら」
そう聞くや否やエリカは立ちあがり、部屋のドアを開ける。相変わらずの気づかいである。
エヴァレットはエリカを連れ、レクリエーションルームへ向かった。
レクリエーションルームの前にエヴァレットがたどり着いた時、そこの廊下に一つ人影がいた。
「…?…貴女は…!」
「あら、エヴァレットじゃない。それにエリカちゃんも。二人とも呼ばれたの?」
そこにいたのは、『アーキバスの女帝』とも評される最高ランクの
ヴァージニアだった。
「呼ばれて…とは…?」
「あら、ここに見に来たんじゃないの?妹ちゃんの活躍を」
「は…い…?なんのことです…?私はただ、
ウズラマが何をやってるのか確認しにきただけで…」
「あら、じゃあしばらくここで待つといいわ。面白いものが見られるわよ。」
と、ヴァ―ジニアはいつもの微笑みを携えてそう言った。
そして部屋の中。
「見た感じだと……の○○、輪郭は私より……じゃあ…で……はちょっとでいいかな……元が整ってるから全体的に軽くで問題無さそう……ううん、あえてリップだけは強めでアクセントを……」
「おーおー…、素晴らしい腕前じゃない…。ちょっと見直しちゃった」
「…?なんか線と唇が濃くなってるな…」
ステラは椅子に座らされ、そのご尊顔を
ウズラマに存分にいじられていた。
(う、うぇ…ちょっ、顔がくすぐった…今何塗られてんの!?ちょっ、顔近い顔…!)
最初はちょっと顔を一撫でしただけで声を上げたり、確認するために顔を近づけられるたびに目を瞑ったりしていたのだが、
ウズラマに「顔を動かさないで!メイクがずれちゃう!」と言われ、出来る限り声も上げず目も閉じずに正面を向き続けている。
その為、メイクの出来をちょくちょく確認しようとする
ウズラマに顔を覗き込まれる度に、
顔から火が出そうになるが、目を閉じる訳にはいかず逸らしきれないほど近くに顔はある。
「可愛い顔するじゃない…。お姉さん、取って食いたくなっちゃうわね。」
などと、真っ赤な顔を横から見ながらジュスマイヤ―がからかうように言う。
などと言っていると…。
「よし、完成!!」と
ウズラマが言うと、
「お?どれどれ? ほー、よくできてんじゃないホント。可愛いわよ。」
「ん?おお、色々濃くなったな。いつものそこらへんにいる女の人みたいだ」
と二人は思い思いの感想を口にした。
一方当の本人には自分の顔が見えていない。
「ぇえ…、ちょ…もう動いていいの?」
と座ったままの
ステラは言うが、
ウズラマは彼女を見て、「うーん」と少し唸る。
「まだ足りないとこがある…」と言った。
「え?まだ…?…じゃ、じゃあ早く…
「ステラちゃん」ステラの声は、また低いウズラマの声に遮られた。
「ひっ…!?な、何…!?」またいつぞやのごとく顔を
ステラの目の前まで近づけて圧をかけている。
「最初から同じくらい気になってたんだけど。その服…何?」
「えっ…そ、その服って…ただの私服だけど…」
「そんなっ!!私服じゃ!!ダメ!!!」とウズラマがまた急に声を荒げる。
「えっ、ええっ…!?」
「そんな適当なTシャツと半ズボンなんかじゃダメなの。なんか他に服、ないの!?」
「ぃ、いや……こういうのしか持ってないし…」
「ああぁ…、しょうがないかぁ…。まぁ、これで完成でいいですよ!」
と言うと、
「イレヴンさん、ヴァ―ジニアさんいれてください!」と言った。
イレヴンがドアを開けると、ドアの前で待機してた人影が入って来た。
「ヴァ―ジニアさん、出来ま……お姉様!?そ、それにエリカちゃん…!?」
入って来た二人目以降の人影を見て、
ウズラマは驚いた声をあげる。
「
ウズラマ…、ここにいると聞いて来たけど、これは何を?」
エヴァレットは何をやっているのかと入ってみたが、
ステラとイレヴンとジュスマイヤ―と
ウズラマが同じ部屋にいる状況が理解できなかった。
するとジュスマイヤ―がエヴァレットに声をかける。
「いやー、凄いじゃん。アンタの妹。メイクの技術じゃ負けるね」
「…メイク?
ウズラマ、何を…」と言いかけた時
「いや~!!可愛い~!!!!」と大きな声が部屋に通った。
「…ヴァ―ジニア、貴女一体何を見てるのです…?」
「エヴァレット、見なさい。貴女の妹のメイクの腕は一級品よ!!」と言う。
怪訝に思いながらも、ヴァ―ジニアが見てる方を見ると、そこには椅子に座ったままきょとんとした顔をする
ステラがいた。
―しかし、その顔は先程と同じようでまるで違った。
先程も整っていたが、さらに透き通るようになった顔色に、染まった頬、厚く紅い唇。
先程の子供な顔より、遥かに色気を帯びていた。
予想以上のお化粧に少し息を吞んだ後、エヴァレットは
ウズラマに尋ねる。
「
ウズラマ…
ステラに化粧をしてたの…?」
「は、はい!!!企業の女たるもの、身だしなみを整えるのは、だだ大事かと!!」
と言った。
確かに凄まじい腕だ。理解してないであろうイレヴン以外は絶賛をしている。
―これが
ウズラマの個性なのか。そうエヴァレットは思った。
個性には二つある。能力の個性と、性格の個性。
企業が望むのは、当然能力で際立った個性だ。しかし、人が絶賛するのは『性格の個性』も多いのだ。
ウズラマの望むものは、姉の信望する企業の為の「能力の個性」なのか
愛する姉や、エリカや
ステラ、色々な人たちと触れ合うための「性格の個性」なのか。
しかし、
ウズラマはこれからも
ステラに『企業の女のありかた』を"教育"していくのであった。
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情報ログ:予算 |
「お給料はいっぱいあるんでしょ?」
「ま、まぁそうだけど…」
「特に使う用事は今の所ないって言ってたよね?」
「…そうだけど」
「じゃあ、これから給料の3割は美容、お洒落品につぎ込むこと!!」
「ええっ!?な、なんで…」
「企業の女は、美容にもお金を掛けるの!母様もそう言ってたの!!」
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最終更新:2023年12月23日 17:46