リジェッタ
やけに長身のそのくせに気弱で卑屈な女は、グリッド051を拠点にするルビコン運送の新入社員だ。
専用のAC“アンダーワーカー”を駆り、配達の為に各地へと出向いている。
しているのだが……、

「わひゃああああああああああああああ!?」

悲鳴を上げる錆の目立つ黄色のACの真横を、間一髪のところで砲弾が掠める。
空からは機銃……というには烏滸がましい大口径の火砲が雨霰と降り注ぎ、既のところで貼ったパルスシールドがそれを奇跡的に防いでくれた。

……なんで、なんで“また”こんなことに……!?

長身のせいもあってか窮屈そうなコックピットの中で、リジェッタは人生の内にもう何度も枯れるまで吐き出した悲鳴を上げる。
本来運び屋の社員に過ぎない彼女は今、故あって戦場のど真ん中にいた。
とはいえなんのことはない。いつもの通り極度の方向音痴が祟って、あちこちを彷徨っている内に戦場に迷い込んでしまっただけなのだから。

『おのれ、お前から落としてやろうか!?』

先程掠めた砲弾を放った相手……解放戦線の重装機動砲台【ジャガーノート】三機のうちの一機から苛立ちの声が放たれる。

『ちょこまかと逃げ追って……、いい加減に投降しないのなら望み通りにしてやる!』

一方、機銃の雨霰を繰り出した二対のローターで飛ぶ惑星封鎖機構の超大型ヘリ【AH12 HC HELICOPTER】は、怒りを滲ませながら二機がかりでリジェッタを追い立てる。
他方、追われる側のリジェッタであるが、しかし本来のところ、彼女にはそのような因縁などがあるわけがない。
リジェッタはごく一般的な、何処にでもいるようなルビコニアンの貧困家庭に生まれた。
幼くして両親が蒸発……おそらくは既に野垂れ死んでいるだろう……し、頼れる親戚もいない彼女には天文学的とも言える多額の負債が伸し掛かった。
そんな在り来りの、吐いて捨てるような悲劇の元に過ごしてきたこの少女は、今やルビコン運送に所属しているAC乗りとはいえ、アリーナに登録こそしていても、そのランクは最下層のFランク帯をさ迷っているに過ぎない。
ならば何故、このただ道に迷っているだけの彼女が、その実力に対して不相応な過剰戦力を差し向けられているのか。
ドォン、と必死に逃げ惑う彼女の目の前で、突如として地面が爆発を起こす。

「なんなのぉぉぉぉぉぉ!?」

器用にもACSで姿勢制御されている筈の機体で転んでみせたリジェッタ。舞う土煙を掻き分けて彼女の目の前に現れたのは、棘の生えた車輪を想起させる奇っ怪なナニカだった。

『なんだこの妙な車輪は!?』

ジャガーノートが突如として現れた謎の車輪に困惑する。

『これは、まさか技研の……!?』

他方、惑星封鎖機構は所持しているデータの中から、眼の前の車輪が技研の開発した無人機であると特定した。

「ま、待って。“また”、またコイツなのぉぉぉ!?」

もはや泣きべそをかくリジェッタを他所に、車輪型の無人機……ヘリアンサスは少しばかりタメたかと思うと、直ぐにアクセルを全開にして転んで倒れていたACを踏み潰した。

「ギャアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアア!!??」

哀れなACを踏みにじったヘリアンサスは、その標的をジャガーノートと大型ヘリへと変える。

『うわぁ、こっちに来た!?』

『撃て撃て! 迎撃するんだぁ!!』

ジャガーノート三機と大型ヘリ二機は必死に抵抗する。しかし無尽蔵に地面の穴からワラワラと湧いて出てくるヘリアンサスを前にして、必死の抵抗も虚しく尽く蹂躙されていった。







一方的な蹂躙劇の後、何処かへと走り去っていくヘリアンサスを尻目に、最初に潰されたACのコックピット内。
暫くの沈黙の後、COMボイスが流れる。

『AP、残り10%』

ブオン、と頭部のカメラアイが明滅する。
なんと驚くべきことに、ヘリアンサスの車輪に執拗に踏み潰され、その直後の激しい戦闘の中にあって尚、リジェッタと彼女の乗機アンダーワーカーは辛うじて動ける状態にあった。

「い、痛い……辛い……もう、ヤダ………」

涙を零しながら機体の状態を確認する。
左腕部は半壊、右腕部はグチャグチャに全損。頭部も辛うじてカメラ機能が生きている。脚部は外装が破損しているぐらいで内装ニ問題はない。しかし、一方でコア部分は酷い有り様になっており、コアブロックは見るも無惨な状態でズタズタに切り裂かれ、刻まれたせいでコックピットから外が見えるほどだった。

「私……なんで……こんなことに……」

コックピットから見える外……残骸の転がる死地を横目にリジェッタは嗚咽した。
彼女が先程から散々な目に遭っている理由……それは、ただ単に彼女が致命的なまでに“運がない”ことが起因であった。
彼女……リジェッタは生まれて以降、常に不安に塗れていた。
前述した親の蒸発により伸し掛かった天文学的な負債は元より、働くために就いた職場はその日の内にあらゆる理由で壊滅し、また臓器を売り払おうとすればブローカーが組織ごと消滅。第4世代前後の強化人間手術を受けようものなら施設が丸ごと灰燼に帰した。
驚くべきことに、リジェッタはその現場に居合わせながらその全てをほぼ無傷で生き残った。しかし生き残ったからといってそれが幸いであるわけもなく、ありとあらゆる道が閉ざされた結果、彼女が最後に辿り着いたのがルビコン運送であった。

「此処に居られなくなったら……もう……死ぬしか無い……ウゥ……」

必死になってボロボロの機体を起こす。
辛うじて脚部と内装が動けるレベルで住んでいるのが不幸中の幸いだろうか。配達する荷物の方も、積み込んでいるコンテナには目立った損傷もない。

「とはいえ……これからどうやって……」

トボトボと力なく歩き始めたアンダーワーカー。機械でありながら哀愁漂う背中で歩くリジェッタの、またしても目の前に機影が現れた。

「わひゃぁっ!? …………あれ? ……マイア……ちゃん?」

目の前に現れたのは、薄青と薄桃色の二色が配された中量二脚のAC……リジェッタがよく知る独立傭兵マイアの駆る“ダウター”だった。恐らくは近隣で依頼でも軽くこなしていたのだろうか、装甲の表面には小さな損傷と汚れが残っている。

『……』

ダウターの方から通信が入るが声はかからない。少し待つと、メッセージが送られてきた。

【またひどい目にあったの?】

マイアは喋れない。なので通信こそ繋げるものの、彼女自身は会話の際、文面を通して行うのだ。

「はい……まぁ、その……えっと、マイアちゃんは……仕事?」

【そんなところ】

「あぁ、えと……」

【……わかった】

はえ、となにがわかったのかわからず間の抜けた声を出したリジェッタを他所に、マイアは機体の位置情報を送信する。
暫く待つと、羽ばたく音を響かせながら大型輸送ヘリがかなりの速度で飛んできた。

『珍しいなマイア、と、それと……友達か?』

ヘリから通信で語りかけてきたのは、まだそう年を取っていないであろう青年の声だった。

「……はっ、い、いえいえいえそんな友達なんて! 私はただの……」

『知ってるわよ〜。ルビコン運送の避雷針だとか生きたデコイだとか、話はよく耳にしてるもの』

続けて聞こえてきたのはこれまた年若く、それでいて何処か艶のある女性の声。
声からして想像し難いが、恐らくはマイアの親なのだろうか。

「あぅ……避雷針……グスッ……」

【はやく乗って】

「は、はい……」

ボロボロになったACをヘリに乗せる。
中には既に二機のACがハンガーに鎮座している。
機体をハンガーに預けて降りてよく見てみれば、それはどちらもがルビコン運送内で配られた、とあるリストで見かけた機体だったことに思わずリジェッタの背筋が凍りついた。

……ル、ルビコンの狂人夫婦……!?

ルビコン運送内のとあるリスト……【要注意ACリスト】……それは即ち、見かけたら直ぐに逃げるよう呼びかけられている要注意対象のACを危険度毎に纏め上げたリストである。
AからDまでランク分けされたリストの中で、特に危険なACとしてランクAに堂々とリストアップされていた二機が、あろうことか目の前に鎮座していたのだ。

「あ、あば、あばばばばばばばばばばば」

ガタガタと身体を小刻みに震わせるリジェッタ。その状態の彼女には向かって、誰かが後ろから背を突ついた。

「>+:#№バばば!?」

最早人の言葉の領域に到達した悲鳴を上げながら飛び上がったリジェッタが振り向くと、其処にはよく見知った肩まで伸びたグレーの髪をざっくばらんに短く切った、赤い瞳の幼い顔立ちをした少女がちょこんと立っていた。

【無事?】

素早く文字を入力したマイアが首を傾げながら此方を見る。
あどけない表情が実に可愛らしいのだが、今のリジェッタにはそんなことを思っていられるような余裕はなかった。

「ま、ままままままままマイアちゃん、あ、あのあのあの、えっと、そ、其処のACは……」

ワナワナと身震いしながら鎮座するACに指を指すと、マイアは不思議そうな表情を見せた。

【私のパパとママのやつ】

「いやあああああああああああああああああああああああああああ!!?!?」

終わった、とリジェッタは頭を抱えて絶叫すると、膝をついて四つん這いになった。
まさかマイアちゃんがあの夫婦の娘……!?などという衝撃もそうだが、そんな気狂いの巣食う魔窟にまんまと入り込んでしまったことが、彼女を絶望へと叩き落としていた。

……終わった……終わった……私……。

【リジェッタ、おもしろい】

むふー、と頰を上気させてマイアが何か言っているが、最早そんなものは目に入らない。
あぁ、社長にどう謝ろう……いやそもそも伝えることもできないよね……と近い内に訪れる死に涙ぐんでいると、ガレージの奥から声がかけられる。

「ハハハハハハ……、いやすまない。マイアから友達だと聞いていたが、ククク……成る程、気にいるわけだ」

先程耳にしたばかりの声が響く。
顔をゆっくりと上げてみると、そこには端正な顔立ちの、薄茶色の髪を短く後ろに流した藍色の目の青年が、可笑しそうに腹を抱えながら立っていた。

「もーう、ユージーンったら酷いんだぁ。あ、始めまして〜。マイアと仲良くしてくれて有難うねぇ」

ふわりとした濃い赤毛の癖のあるボブカットに、くりっとした大きなエメラルドグリーンの瞳を煌めかせた女が青年……ユージーンの後ろから朗らかでいてどこか悪意を思わせる笑みを浮かべた顔を覗かせた。

メイヴィ……、お前も人のことを言えないだろう?」

「だってぇ、可愛い子には悪戯したいじゃないの。ンフフ」

ケラケラと笑うメイヴィに苦笑しながら、ユージーンはリジェッタに歩み寄る。

「その態度の表情から知っているようだが、まあ、改めて自己紹介をしようか。……俺の名はユージーン、後ろのはメイヴィだ。マイアから仲良くしてもらっていると聞いてな、ゆっくりしていくといい」

……これが、リジェッタとルビコンでも有数の危険人物二人との、初めての出会いだった。





………続く?

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小説 中澤織部
最終更新:2024年10月29日 15:58