テネシーと名乗る独立傭兵は、元ベイラム治安維持部隊所属である。
 ルビコン解放戦線の実質的勝利に終わったザイレムの動乱……彼らは勝利の余韻に浸る暇もなく、バスキュラープラント跡地へと瞬く間に戦力を配備していった。
 彼らは何をするにも、決まって“コーラルよ、ルビコンと共に在れ”と腹立たしい警句を宣う。

 ……それでもまだマシなほうだ、とテネシーは胸中にて独白した。
 彼がルビコンの大地を踏みしめた時には、アーキバスが優勢だった。
 惑星封鎖機構などという石頭共を退け、技研都市を巧みに奪い取り、ベイラムを孤立させ、この惑星からコーラル資源を根こそぎ吸い取ろうとしていた。

 そこに、レイヴンという名の独立傭兵がベイラムとアーキバスの名だたるACとそのパイロットを皆殺しにしていったという噂を耳にした。

 結構な事だった。
 輝きの外側で己の非才に小さな諦観と向き合う毎日を過ごしている身としては、胸のすく思いだ。
 ファーロンの古狸からやってきて、デカい面をして居座る、あのミシガンも死んだ。
 時代遅れのブリキ缶だの、駄犬の集まりだのと言ってきたアーキバスのスネイルも死んだ。

 ある噂好きの同業者によれば、ファーロンは解放戦線と関わりの深いエルカノにも技術供与をしていたと聞く。
 だが、そのパイロットは死んだらしい。
 結構な事だ(ざまあみろ)

 殺すだけ殺して、レイヴンとやらは消えたらしい。
 まったくもって結構な事だ(そのまま二度と出てくるな)




 通信が入った事を報せるビープ音で、意識は現実へ引き戻された。
 広げた追憶を、畳む。

『――イシカリよりルモイへ。目標地点に到達。ACを投下。愉快な遠足の~?』

『始まりだ~! ルモイ了解! 続いてこちらのゲストにもエントリーしてもらう。テネシー、準備オーケーか?』

「テネシー了解」

『ガハハ! 無愛想は相変わらずだなぁ! まあいい、スタンプラリーが終わったら信号弾を飛ばしてくれ。豪華な送迎バスが出迎えてやるぞ』

「……」

 テネシーは、カメラ中継が無いのを良い事に、静かに中指を立てた。
 遠足などという言い回しはミシガンの顔を思い出させる。


 濃霧に包まれた作戦領域は、断続的にマズルフラッシュが乱反射していた。
 アイビスの火で完全に機能停止し、廃棄された工業エリアだ。
 錆びついたパイプと根こそぎ吹き飛んだガスタンクと、飛び散った排水で真っ黒になった地面。

 ところどころに、上空から落下したと思しき、グリッドのあまりにも巨大すぎる破片が突き刺さっており、それがまた地形をいっとう複雑にしてしまっていた。
 ましてや、不純物やら何やらで使い物にならなくなった気色悪い有害物質が今でも静かにグツグツと煮えたぎっており、触れているとACの装甲も少しずつ腐食していくらしい。

 この世の終わりみたいな場所だ。
 救援目標は一体、何をしにいって孤立したのだというのか。

 そもそも敵対勢力も不明というのが薄気味悪い。
 せめてアーキバス系列か解放戦線か、それともRaDを始めとするドーザー共なのか、或いはそれ以外なのか――まで判っていれば、もう少し出方を考えられるというものだ。
 それがまるきり判らないとなると、敵方がそういった癖を何一つ残さない相当なやり手なのか――または今回の分析を担当した者がとびきり無能かどちらかだろう。
 テネシーは後者に賭けた。


『今日はよろしくお願いしま~す!』

 マイ・タイ
 今回の作戦で弾除け代わりに寄越された。
 ベイラムのスラングで言うところの“安いオマケ”だ。
 愛想や愛嬌があるのは別に構わないが、この男の乗るACオーグリスは、MTに毛が生えた程度の性能しかない。

 興味本位で、いくらで雇われたのかを聞いてみたら、ほとんどはした金同然だった。
 いくらなんでも、同じ任務でその格差はいかがなものか。

 とはいえそれを言うべきはマイ・タイであって、テネシーではない。
 そして、マイ・タイは口を開けば褒め言葉しか言ってこないようなお人好しだ。
 天地が逆さになろうとも、そのような事を言えるような人柄ではあるまい。

 残骸を飛び移りながら、濃霧の中を突き進む。
 道中に敵はいない。
 音と光を頼りに追跡していく。



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 目的地は意外と遠かった。
 入り組んだ地形と不安定な足場ゆえか、それとも逃げ回っていたせいなのか。

 とにかく、やっと辿り着いたかと思えば、丸腰で逃げ回る、件のACがいた。
 敵機はドローンを中心とした編成であり、件のACは時折はぐれた敵機へアサルトブーストで飛びかかっては蹴り落としているようだった。

 ドローンはミサイルとパルスガンで武装していた。
 実弾サブマシンガン、火炎放射器、低出力レーザーブレード……
 惑星封鎖機構にしては、その場しのぎの武装が目立つ。
 RaDにしては、整備に手間のかかるものが多い。
 どの勢力か特定できないようにしている。
 いやらしい組み合わせだ。

 ドローンのうち何機かが、こちらに感づいた。
 火砲を、物陰でやり過ごす。
 一瞬の間隙を縫って、アサルトブーストを起動した。


「ウォッチドッグ、突撃する! ルーキー、お前は周辺の警戒でもしていろ!」

『わ、わ、了解っす!!』

 マイ・タイのACは安物だ。
 あの内装ではすぐに息切れする。
 下手に焦らせて廃液沼に足を取られても面倒だ。

 飛びながらハンドガンでドローンを落としていく。
 果たして現レッドガンのトップは、こんな雑魚に苦戦するほどの弱者を“おつかい”に出すような無能だろうか。
 ぜひとも会って直接、話がしたい。

 相手のすぐ近くのドローンをショットガンで粉微塵にし、通信機のボタンを叩く。

「一体何を手間取っている! 貴様、それでも勇猛果敢たるベイラムのパイロットか!」

 少しだけ間を開けて、モニターにアイコンが表示された。
 新生レッドガンのヴァフシュ
 機体名、サマー・ノイズ。

『ハァ? いきなり怒鳴ったりして、アンタ何様だよオッサン?』

「……腐っても元ベイラム治安維持部隊所属だ」

 嘆かわしいったらない!
 テネシーは咄嗟に操縦桿を握り込み、コンソールを叩き割りたい衝動を抑えた。
 ミシガン亡き後のレッドガンは、どうやら輪をかけてチンピラの寄り合い所帯になったらしい。

『ま、助けてくれたのはサンキューな。補給シェルパとかある? 正直、まだ撃ち足りねぇんだわ』

 ブリーフィングの際に救出対象の機体構成は確認している。
 両手がハンドガン、両肩が拡散バズーカ。
 どう見てもアリーナでタイマンを張る以外の選択肢が存在しない。
 ミッションに出すとしても、格下を相手取る時くらいしか機能しない。

「作戦開始前に機体構成を見直すか、出撃する作戦の適性について上官に相談しろ。それとも、貴様の上官は二言目の前に拳が飛んでくるのか?」

『いやぁ~それが、一言目が拳の後っつ~か……』

 相変わらずだ。ミシガンによく似た誰かがあてがわれたに違いない。

「ふん。入隊先を間違えたんじゃないか?」

『だって天下のレッドガンだぜ!? 伝説で、最強で、超かっけぇじゃん!? あのミシガン総長の武勇伝を聞いたら――』

「――あの男については、ほぼ全て知っている。それと」

 自機ウォッチドッグのハンドガンを、サマー・ノイズのコックピットに突きつける。
(テネシーにとっては非常に腹立たしい事実だが、サマー・ノイズと同じハンドガンだ)

「命が惜しければ、俺の前で二度とその名を口にしない事だ。次は無いぞ」

『うッ……わ、わぁーったよ!』

「……こんな筈じゃなかったんだがな」


 ルビコンへの密航が早期に叶っていたら。
 ナイルが隊長だったら。
 レイヴンとやらが現れさえしなければ。
 或いはレイヴンがベイラムに付いていてくれたならば。
 ……無数のIFが、瞬時に脳裏を去来する。
 虚しいだけだが、それでもいい。

「無駄口はここまでだ。討ち漏らしは無かったか?」

『半分くらいまでブッ壊した封鎖機構のヘリを撒いたんだけどよ、さっきから見当たんねーのよ。逃げちまったのか?』

「そういうのは早く言え!」

『ざけんな! おっさんが喋りっぱなしだからだろうがよ! 迎えのヘリじゃなくて補給物資を寄越してくれりゃあオレ一人でどうとでもできたっつーの!』

 どうだか、とは言わなかった。
 出撃前に何人かと口論になった時もマイ・タイが泣きそうな顔で割り込んできた。
 こういう時に余計な気を遣わせて事故でも起こされたらコトだ。

「ヴァフシュ。ログを送ってこい。封鎖機構のヘリの動きから割り出す」

『ハァ!? いや、オレそういう難しいのやった事ねーけど!? え、どうやんの?』

「嘘だろ……」

 今度こそテネシーは頭を抱えた。

『あ、あの……よかったらオレが教えましょうか?』

 おずおずとマイ・タイが通信を入れてくる。
 この中で自分と彼のどちらがやったほうがいいかは……火を見るよりも明らかだ。

「直接通信で画面共有をしろ。その間、戦闘システムが一時的に解除される。そっちに流れ弾が行かないようにするが、一応は警戒しておけよ。通常モードではACSが機能しない。喰らえば“モロ”だ」

『は、はいっす!』

『ういーっす』


 スキャンを繰り返しながら警戒する。
 周辺に敵対勢力なし。
 万策尽きて逃げ帰ったなどとは言うまい。
 或いは戦力の分散と各個撃破、加えて時間稼ぎが目的だろうかと、テネシーは推察した。

 敵対勢力は特定できていない。
 封鎖機構のヘリは十中八九、アーキバスが鹵獲したものだろう。
 封鎖機構が差し向けてきたなら、どちらかが倒れるまでやり合うはずだ。
 彼らは、死を恐れない。
 撤退という選択肢が存在しない筈だ。

 対するベイラム側も、捨て駒を差し向けるなら、雑魚よりはある程度腕が立つほうが相手も警戒すると踏んだのかもしれない。
 ヴァフシュは軽薄だが、鹵獲品とはいえ封鎖機構のヘリを単騎で相手取り、生き残った。


『送信完了っすよ! ヴァフシュさん、覚えるの早いっすね!』

『だろ! やりゃできるのよオレは! なんたって、レッドガンだからな! ウハハ!』

『レッドガンって事はベイラムの所属なんすね! 憧れちゃうな』

『だろ、だろ! オレの実力を買ってもらったのよ。マッケンジーのじっちゃんは見る目がある! しかもオレは直属よ、直属! すっげーだろ?』

 ……これが、こんなのがレッドガンだなんて。
 認められない。
 一歩間違えれば砲撃がここに飛んでくるだろうとも思わずに、雑談に興じるとは。
 あまつさえ、独立傭兵のいる場でここまでべらべらと情報を……
 今どき、末端の下請け業者でも情報統制を徹底している。
 要するに、こういうバカには開示しないでおくという事だ。

 ……そして、言うに事欠いて、このバカの直属の上官がマッケンジーだと。
 つまり、現在のレッドガンの――華の第1分遣隊は……こんなバカを抱え込んでいると。

 テネシーは気がつけば、唇の端に歯が食い込んでいた。
 ポタポタと溢れ出た鉄の味が、我慢の限界を知らせていた。

 マッケンジー。
 くそったれの老いぼれ、ヤンチャ坊主がそのまま歳をとったような……くたばり損ない。
 ファーロンの古狸の代表ミシガンに座を譲った、遅すぎた返り咲き。
 圧倒的な手腕を持ちながら、ベイラムはあれを持て余し、そして出し惜しんだ。

 ミシガンが存命であれば相性は最悪だったろう。
 そして今、ミシガンはいない。
 ミシガンはメダルを遠くに投げるが、マッケンジーはメダルを上官の顔に当てるような男だ。

 あの頃より、もっと酷い。
 ミシガンならば口を出しても拳で返ってくるが、言い分はある程度聞いてもらえただろう。
 だが奴は違う。
 必ず何とかすると信じてやまないゆえに、口を挟めば銃弾で返ってくるし、言い分を聞く前に取り巻きから追撃が来るだろう。
 狂犬のもとには、狂犬に従う狂犬しか集まらない。
 駄犬ですらない首をたとえ三匹分集めたところで、ケルベロスが生まれはしない。
 ベイラムは……ルビコンをゴミ捨て場にでもしたいのか。

 マッケンジーをトップに据え続けるか、墓場からナイルを引っ張り出して蘇らせる研究に投資するかを問われたら、テネシーは断然、後者を選ぶつもりだ。
 それほどまでにテネシーはマッケンジーを嫌悪していた。



 暗澹たる心地を他所に、戦闘ログの受信は完了した。
 ヘリの動きから予測される行き先は……作戦領域外だ。
 おそらく、完全に撤退している。
 周囲の安全を確認した以上、長居は禁物だ。


 信号弾を構え、空中へ放つ。

『通信封鎖解除! ささっと拾って、サクッと帰ろう!』

 ルモイのがさつな声が通信機を騒がせる。

『本隊のほうも要件を済ませたとさ。ヴァフシュは帰ったら居残りだって言ってた』

 そこにイシカリも便乗。
 対するヴァフシュは、うんざりした様子だ。

『うえぇ勘弁しろよ~!』

 ……いっそ、ここでミサイルの雨でも降って何もかもめちゃくちゃにしてくれたら良かったのに。
 真っ黒に塗りつぶされた胸中を洗い流してくれるような事態は、ついぞ訪れなかった。


 眼下にはいくつもの新鮮な残骸が、煙とスパークを撒き散らしている。
 うち半数は、テネシーにも身に覚えがなかった。
 見えない物へ思いを馳せるのは、もうやめにしようと、テネシーはまぶたを閉じた。

 通信は雑談しか流れてこない。
 ヴァフシュと識別名の似ている少年と出会って、いいセンスだと感動しただの、ベイラムに憧れている独立傭兵が他にもいて、近頃ガトリングの新型が出たのは自分の功績だと言い張っているだの、そういうどうでもいい話ばかりだ。







 数日後。
 テネシーは、コンテナにドアを付けたような建物に足を運んでいた。
 封鎖機構のヘリが気になっていたのもあるが、そのバックボーンがひどく不鮮明で、嫌な予感しかしない。
 かといってベイラムがそれを共有してくれる事は断じてありえない。
 ならば、手元の材料――情報を、然るべき場所に出すしかないのだ。
 それがすなわち、探偵である。

 テーブルを挟んで向かい側のソファには、男がティーカップ片手に座っていた。
 ターミナルナーヴ。元解放戦線所属の、独立傭兵。
 そして、ルビコンの探偵。
 星外企業の密偵であるとも噂されている。
 情報を集めるなら、この男に頼めば間違いないのだと、元ベイラムのラッシュという傭兵から聞いた。

 事務所の建物ごと引っ越しているために、信頼の置ける顧客を通じてワトソンなるオペレーターから都度聞き出さねばならないという面倒さはあるが、ルビコンで探偵業を営むにはこれくらい念を入れるべきなのだろう。

「おたくのワトソンとやらには感心するな。この前いっしょに仕事した奴も見習ってほしいくらいだ」

「そうだろう。俺の自慢の相棒だ」

 どうせワトソンも偽名だろう。

「それで、早速だが依頼内容を聞かせてもらおうじゃないか。端末じゃなくてここに来たというのは、つまり“そういう依頼”だろう?」

「こいつを見てほしい。いっしょに仕事をした、とあるバカ野郎の機体が記録したものだ」

「ふむ……」

「――すまん。無駄口だったな」

 端末から映像を流す。
 封鎖機構のヘリだ。
 つい余計な事を口走ってしまったが、ナーヴは特段気にかける様子もなかった。
 一通り見終えた映像のシークバーを何度も前後させ、多角的に分析している。


「……どれくらいで掴める?」

「この映像、気色悪いな」

 質問への返答になっていないが、どうやら長丁場になりそうだという事くらいはテネシーにも理解できた。
 古巣への誼で、孤立無援になった隊員を助けに行く仕事を請けたら、とんでもないお土産を持ち帰ってしまったらしい。

 暗澹たる感情も。
 気色悪いヘリの映像も。
 ……そしてきっと、波乱を生み出す何かしらをも。

 まったくもって結構な事だ(できれば胸のすく話であってくれ)


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投稿者 冬塚おんぜ
最終更新:2023年12月25日 00:56