《幻影九つ》プロローグ
文脈現る


 ベリウス地方上空を、1機の輸送機が往く。

 「どうだった?」
 「独立傭兵リプルア。元はベイラムグループのMT部隊所属、その後ベイラム撤退の時にACを持ち出して独立傭兵に転向。受けていた依頼の傾向は主に解放戦線寄りですが、ドーザーやアーキバスの依頼も受けています。」
 「典型的なベイラム脱走組……その中でもACを持ち出せた幸運な奴だったと言うことか?」

 その内部の一室で話をする、2人の男。挟まれた机上には端末が1つ置かれており、画面には灰色のACと赤いAC、2枚の画像が映し出されている。
 前者は破壊されているのか、横たわって火を噴いている様子が鮮明に映されており、後者はまるでその倒れ伏した機体の視界の如く、火に照らされてぼやけている。
 その画像にほんの少しだけ視線を落とし、間を空けずそれを上げた敬語の男は、目の前の男からの問いに答え始めた。

 「それが、どうやら元々はベイラムの差金のようです。いずれアーキバスに一矢報いるための布石……実際おかげで、ザイレムでの戦闘以降、ベイラムの出戻りが盛んになって、リプルア自身もそれに噛んでるようです。」
 「だったらなぜアーキバスの依頼を受けていたんだ?特定の企業に肩入れする傭兵だっている。企業の指示で動いてたなら尚更だ。」
 「師匠が抜き取ったデータの内、個人的なログの方を見たんですが……どうやらACを召し上げられそうになって、ベイラムを裏切ったようです。性格的に傭兵向きですよ。」

 敬語の男が端末を手に取り、何度かスワイプとタッチを繰り返すと、そこには打って変わって文書のデータが表示された。
 「師匠」と呼ばれた男はその端末を受け取り、一通り視線を滑らせると、それを机上に置き、発言を促すように敬語の──必然的に、「弟子」となるであろう男を見つめる。
 端末に映し出された文章の内容は、何かの文脈だけを抜き出したメモの形態になっていた。


  • ベイラムはリプルアに「ACを返却しMT部隊に復帰しろ」と命令した
  • ベイラムからリプルアへの指示は独立傭兵になる計画と再進駐時の支援要請、復隊の命令のみ
  • 独立傭兵になってからの活動は全てリプルアの判断による行動であった
  • リプルアの離反理由はベイラム本社の対応に対する不満である



 「個人的な情報を極力省いて要約したものです。要はろくな指示や支援もなかった癖に、本隊のルビコン入りを助けろだの、本隊に合流しろだのと言われてムカついたんでしょうね。あ、データの原本は全てまだ保管してありますよ。」
 「感情的な情報は要らん。所定通り必要な事項だけを要約して廃棄しておけ。」
 「了解です、データの処分が済んだらボスに報告してきますね、師匠!」
 「だから裏稼業上がりで師匠なんて馬鹿馬鹿しい……これも何回目だ?」

 笑みを浮かべて端末を持って退室する「弟子」に、額に手を当て呆れる「師匠」。彼らは情報支援組織コンテクストの基幹部門である諜報部、その最高責任者と直属の部下である。
 「師匠」にして最高責任者のアーノルド
 「弟子」であり部下でもあるジョン・トゥー。

 格納庫に佇む2機の迷彩ACは、ただ輸送機の動きに合わせて揺られていた。



 「02からの連絡だ。……なるほど、やはりそういう奴か。」
 「やはり、ということは想像がついていたと?」

 ベリウス地方某所の駐屯地にて、ある男女が机を挟む。机上にはやはり画像と文書が映し出された端末があり、かの師弟と同じようにそれを見ながら会話が続く。

 「ベイウッド、アーネスト、そしてこのリプルア……あの2人が調べた通りだ。奴の狙いは昔と変わらず独立傭兵……それも頭角を表し始めたようなのが主体だ。企業勢力が狙われる場合でも、突出した実力を持つようなのが襲われる。」

 そう語る、額に傷を持つ男の名は独立傭兵アダマント。知り合いには専らアダムと呼ばれており、コンテクストの代表にして、かの"悪夢"を終息させた立役者だ。

 「だとしたら、我々が表立って活動すればいずれ誘い出せる、ということでしょうか?」

 アダムの言葉に問いを投げかける女性は、同じくコンテクストでオペレーター部門の責任者を務めるMBイレーネ。彼女はその類稀なる情報処理能力と的確な支援から"Mother Brain"の二つ名を得るに至った敏腕オペレーターにして、時には自らACで戦う独立傭兵でもある。
 彼女の問いに対してアダムが見せた表情は、明確な肯定とは受け取れず、しかし否定するわけでもない、煮え切らない表情だ。

 「目立てば寄ってくるのは間違ってない。だが俺たちはルビコンで目立てるほど活動基盤もなければ、既に活躍している傭兵を出し抜けるほどのチャンスもそうそう恵まれん。調子のいい傭兵に声をかけて調査に協力してもらうしかないな。」
 「あの時と違って、企業勢力の争いは小競り合いの域に留まらず、さらには動きの読みにくい解放戦線がいます。全ての勢力の脅威になりうると分かれば協力を要請することは可能でしょうが、それを待っては遅すぎる……」

 イレーネはそこから俯き、しばし思考に耽る。

 ルビコンにはかつての『ランカー狩り』の詳細を知らぬ者が多く、そして各勢力間の禍根は根深く、対立は激しい。この対立は、それを経済とする傭兵によって支えられている。
 そこで傭兵たちを屠る《Mk-IX》が無差別に暴れ回れば、傭兵の損失のみならず、ルビコンの勢力を膠着させることにもなる。長く続けば対立の停滞を引き起こし、ルビコンという惑星やコーラルの行く末をも衰退させるに違いない。

 ともなれば早急にナインを撃破し、混乱を未然に防がなければ──とイレーネが思い至るに合わせて、アダムが再び口を開いた。

 「まずは各勢力に接触してみよう。情報を流すなら組織力を使うのが一番手っ取り早い。俺たちの常套手段だろう?」
 「……ええ。アーキバスには、先のリプルアに関する調査の件で簡単に話してありますが、解放戦線とベイラム、それからドーザーの各勢力は、事の仔細を把握しているとは思えません。早速手配しておきます。」

 思い詰めて余裕を失っていたイレーネの表情に、冷静さと活力が戻る。頭脳の回転が早いことが、そのまま思考の切り替えのスムーズさに直結しているのだ。彼女がオペレーターとしての信頼を勝ち取った所以でもある。
 端末を取り上げると、彼女は通達すべき事項の取りまとめを始めた。

 「まず重要なのは、あれがおそらくは既存のどの陣営にも収まらないであろうことです。少なくとも前の────もう10年近く前になりますか、あの時には裏で関与しているような存在は確認できませんでしたから。」
 「ルビコンに黒幕がいれば話は別だ。……もっとも、ルビコンにアレを作れる勢力がいるかという話と、惑星封鎖をどうやって突破したのかという疑問があるがな。」

 机の上で頬杖をついて語るアダムの表情は真剣そのものなのだが、語る口調にはどこか浮ついた様子がある。あくまでも与太話でしかない事実を、しかし真面目に考慮しないといけないということへの呆れだろうか。
 そんなわけなので一度は彼の方へ見やったイレーネも、すぐに作業に戻っていた。

 「いずれにせよ、ナインを敵が差し向けた機体だと互いに誤認してしまえば、混乱の収拾がつかなくなります。脅威としては決して小さくありませんが、事態としてはあくまで些事で済ませておかなければいけません。」

 とは言いつつも、それが無理難題であることはイレーネ自身がよく分かっている。かつてベイラムもアーキバスも、そして傭兵各位も手を取り合うしかなかったその機体は、彼らの協力体制ができてからもなお被害を増やした化け物、悪夢である。
 もっとも、今は彼女にとってある意味悪夢のような光景が、目の前に広がっていた。

 「何なんですか、この組織図は……!ベイラムもアーキバスも部隊編成がめちゃくちゃ過ぎます!」

 端末を叩きつけたくなる衝動をどうにか抑えて机に置くと、間髪入れず、代わりにイレーネの手が叩きつけられた。
 そこに表示されていたのは、ベイラムやアーキバスの部隊編成を表した図表だ。
 先行して調査でルビコン入りしていたアーノルドと、いろいろな縁があるハニカム・ソフトウェアから提供された情報を元に作られているそれは、まるで血管か珊瑚か何かのように枝分かれし、めちゃくちゃな形態を見せていた。

 「ヴェスパーはオフシュートだのアドミンだのいくつも分かれてて、レッドガンに至っては本社の命令が二転三転で組織図が混乱してるって……理解が追いつきません!」

 本来“コクピット以外では”冷静な彼女が珍しく感情を露わにし、眉を顰めて不機嫌な目つきを見せるので、すかさずそれを宥めるのがアダム。とはいえ“ACに乗った時の”彼女を知っていれば、この程度はまだ御し易いものだろう。

 「お互い戦力の再編には必死なんだろう。だから使える手駒はなんでも使って、だから現場の事情は考慮せず、まるで派閥争いのような様相を見せる……いや、むしろ派閥争いが先にあって、その上にいる幹部が手柄を我先にと、自らが管理する部署をルビコンに送り込んだか?しかしな……」

 イレーネを抑えるはずが別途思考の沼にハマってしまったアダムを見て、とりあえずイレーネは溜め息を吐きつつ立ち上がる。

 「面倒なので、ベイラムとアーキバスはスカウトの2人に任せてもいいですか?私は解放戦線と話をつけてきますので。」
 「分かった分かった。企業勢力は彼らに任せるさ。だから解放戦線や他の勢力に関しては、お前にある程度一任する。必要なら俺を呼ぶか、ハニカムを使っても構わない。」
 「了解しました。それと……あの馬鹿げた組織表を見たら、貴方の理想も捨てたものじゃないと思えてきました。」

 予想していないことをイレーネに言われたアダムは、一瞬思考が止まりつつも、「そいつは何より」とだけ返して彼女を見送った。

 「企業勢力と解放戦線が互いに損耗し合うこのルビコン……モデルケースにするには、丁度いいのかもしれないな。」



 今より10年程前の出来事である。

 その星は人類の居住の地として、長い年月が経っていた。アーキバスとベイラムは既に大きな企業勢力を形成しており、様々な場所で小競り合いを繰り返す。
 その星でも、例外ではない。一進一退を繰り返す勢力争いには終わりが見えず、その最前線には常に独立傭兵が駆るACの姿があった。企業の争いには、傭兵がつきものだ。

 『何だこの機体は!?誰か!誰か援護をっ!ぐわあぁぁぁ!!』
 『勝てるわけがない……これは、悪夢だ……』

 その傭兵たちを、襲う者が現れた。歴戦の勇士を屠り、期待集まる若手のホープを蹂躙し、詳細を調べようとした者は企業勢力までも一蹴する。
 赤と黒に染められたアーマード・コアは冷たく酷く、あるいはそれすらも感じさせない異質をもって傭兵を────特にランカーと呼ばれる上位パイロットを狩り、戦場に立つ者には『悪夢』の異名を以て、畏れられた。

 その実害を大きく受けたのが、当時は若手の傭兵が集まり構成された組織『コンテクスト』。任務に際して企業から提供される情報や、傭兵の間で出回る噂や見聞など、様々な情報を参加者が持ち寄り、共有する互助組織であった。
 それが傭兵達が相次いで襲撃され、植え付けられた恐怖と疑心から、糧とする情報が多く途絶えてしまうという事態に直面する。

 「あの機体を倒さなければ、傭兵という稼業は滅びてしまうんじゃないか……?」

 そんな大袈裟に聞こえる決意と共に立ち上がったのが、若手の新星にしてコンテクストの創設メンバーの1人だった男、アダマント。破竹の勢いでランクをBにまで上げ、その頭角を表していた彼は、かの悪夢にとっては恰好のターゲットと言えた。
 やがては自分が狙われる。そう自覚したアダマントは、あえてそれを逆手に取り、自らが悪夢を討つべく行動を開始した。

 そうして情報を得て、仲間を得て、様々なものを失って────のちにはナインとも呼ばれた悪夢を、彼は討ち果たすことになる。



 アダムにとって今の事態は、嫌でも当時の悪夢を思い出すしかないものである。そして一度は討ち果たしながら、どういうわけか取り逃した苦い記憶も過ぎるが、しかし今は仲間がいて、経験があり、理想を見ている。

 意識せず、彼の口角は上がっていた。


関連項目



  • ベイウッド、アーネスト
リプルア同様、《Mk-IX》に撃破された独立傭兵

投稿者 Algae_Crab

タグ:

小説 Algae_Crab
最終更新:2024年01月04日 13:17