その頃、オレにはご大層な名前なんてなかった。

ただの『5』。7人ワンセットで屯してた
ストリートチルドレンのうちの、背の順で5番目。

コーラル欲しさに、RaD相手に仕掛けた
コソ泥をしくじって、この時に『2』と『4』が死んだ。

残りの4人は、後腐れのない奴隷として
RaDに飼われる身の上になったが、
だいたい1年以内にオレ以外みんな死んだ。

『3』は汚染地帯でのゴミ漁りの最中に不発弾で吹っ飛んだ。
『1』はACの残骸を拾いに行って戦闘に巻き込まれた。
『7』は監視役のドーザーに頭をカチ割られて死んだ。
『6』はコーラルでラリった挙句にグリッドから飛び降りた。

オレは1人になっても、ずっとゴミ漁りを続けていた。
正確には、新入りは随時追加されたが、
どれも名前はなかったし、顔を覚える頃には死んでいた。

上役の目を盗んでキメるコーラルだけが生き甲斐だった。
脳みそが弾けて視界が真っ赤に染まってる間だけは、
飢えも寒さも痛みも忘れられた。

だってのに、いつのまにかまるでトべなくなっていた。
そんじゃもう飲んだって意味がねぇかというと、
今度は切らしたら体が痺れて動かなくなりやがる。

最悪の気分だった。
クソったれの人生の、最後の楽しみまで無くしちまって
オレはヤケクソだった。
カンだけは妙に働いたのをいいことに、
オレはムチャクチャなアタックを繰り返した。
コーラル濃度が高い技研の遺構だろうとお構いなし。
C兵器なら近づけば分かるから、逃げるのはワケはねぇ。

そうして、技研のレアモノを次々に掘り当てるうちに、
オレは次第に仲間内でも一目置かれるようになっていた。
いいようにおだてられて調子に乗ったオレは、
ついにウォッチポイントにまで手を出した。

案の定、封鎖機構に目を付けられて追い回されて、
施設の奥深くの袋小路でいよいよ絶体絶命。
 ・・・ヴィル、いや、技研製の人工知能研究員、
『ヴィルヴェルヴィント』に出会ったのはその時さ。
音をなるべく立てないように、隅っこでガタガタ震えてる
オレの目の前のコンソールに、いきなり文字が現れた。

「私は君にずっと注目していた。脱出経路を提示しよう」

まぁ、これが普段だったらコンソールからケーブルを
引っこ抜くところだが、その時は他にアテが何にもなかった。
実際、そいつの示した経路は確かに正解だった。
当たり前みてぇにオレの端末に話しかけてきたソイツが、
安全が確保されてすぐに聞いてきたのが、オレの名前だった。

「5か・・・それでは識別名としてやや扱いづらい。
そうだな・・・今日から君は、V−ash、
『ヴァッシュ』と名乗るといい」

───ふ〜〜〜ん。あの『灰被り』が
RaDを乗っ取ったのもそのくらい?

だな。技研の遺物で、活きたAIだなんて、
まぁなかなかの掘り出しモンだ。
ぜひチャティの調整に付き合わせたい・・・ってんで
お呼びがかかってな。まぁオレはヴィルのオマケだ。

───でも、実際に会ってみると少し話が違ったんだよね?

ヴィルがチャティと姐さんに話した時に、初めて
『コーラルブラッド』って単語が出てきた。
 ・・・その時の姐さんの表情は今でも忘れられねぇ。
あんなに素直に驚いた顔をしたのは多分あれっきりだな。

───ジャンク屋、ヴァスティアン・ヴァッシュ誕生だね!

専用のカーゴトレーラーに、探査用AC一式、
オマケに『ヴァスティアン(巨いなるもの)」なんて二つ名まで
もらっちまってさ。まぁまぁ戸惑ったけどまぁ、
姐さんが直接の上司になった以外は、やることは一緒だった。

今まで以上に自由にルビコン中を飛び回ってさ。
ピカピカの真っ当なACを乗り回して、やべぇ遺構だろうが
戦場だろうが、ガンガン突っ込んで稼ぎまくって、
気に入ったパーツは自分用にちょろまかして。

 ・・・地べたを這いずってたガキにしてみりゃ、
とんだ大出世さ。
 ・・・オレだって、死んでいった奴らと
何にも変わりゃしねぇのにな。

───そんなことないよ!ヴァッシュは『コーラルブラッド』、
コーラルと共生できる人類の進化系。
ボクたちにとっては、やっと見つけた共犯者なんだから。

 ・・・それだ。オレはそういうのは気に入らねぇ。
オレはなりたくてこんな体になったワケじゃねぇし、
たまたまで手に入れた体質なんかで
レッテル貼りされるのも真っ平ごめんだ。

 ・・・それでもまぁ、そのおかげで開けた道もある以上、
オレに果たすべき責任があるなら逃げるつもりもねぇがな。

───うん。それでこそ、ボクが見込んだヴァッシュ君だ。
じゃぁ・・・始めようか。さぁ、集積コーラルは目の前だよ。
一緒に・・・ボクたちを虐げてきた奴らに復讐しよう!

 ・・・

なに言ってんだ、お前。

そもそも、さっきから当たり前にオレに話しかけてきてる、
お前は一体誰なんだ??

───あちゃぁ・・・そろそろ潮時かな?

 ・・・
 ・・
 ・

跳ね起きた瞬間、額を走る衝撃。
涙ぐんだ目をもう一度見開けば、こちらと同じく
額を抑えてのけぞっているアシュリーの顔が間近にあった。

「クッソ〜〜〜・・・痛ェなぁオイ!?」
明らかにアシュリーの口調がおかしい。
いや、口調だけではない。
様子も・・・いつも以上に、おかしい。

「オイオイ・・・ふざけてんのか?」
「あん?オマエのせいで口調が移っちまったんだろーがオイ!」
「ああ!?オレはそんな喋り方してねェだろうが!」
「いやいや、どう考えてもオマエのせいだろうがオイ!」
「・・・クッソ腹立つなオ・・・腹が立つ、ぜ!」
「ハハハハ!無理すんなってオイ!!」
「だな。オイオイ言ってりゃそれっぽくなるだなんて
ナンボなんでも安易すぎだろーがオイ!」

一頻り笑い合ったのちに、ヴァッシュが鋭く目を眇める。
「・・・誰だ、てめぇ」
「ええ〜?さっきからずっと一緒だったでしょ??」
その言葉に、ついさっきまで見ていた夢の記憶が蘇る。

これは、あの奇妙な夢の続きなのか??
意識に干渉し、囁きかける謎の声・・・
それが今、アシュリーの体を通して言葉を発している。
まるで、彼女を依代にしているかのように。

「やはりか・・・コーラル潮位が上がった分、
干渉が活発化しておる」
室内に踏み込んできた壮年の偉丈夫には、
朧げながら見覚えがあった。
「アシュレイ・・・?」
「アシュリーを取り押さえろ。間に合わなくなるぞ!」

何が、と問う余裕はない。それだけは解った。
アシュリーの体を抑えつけるヴァッシュの頭上で、
アシュレイがなんらかの装置をアシュリーの側頭部、
強化措置の一部と思しい部位に押し当てる。

「キャハッ!今日はここまでかな?
また遊ぼうね、ヴァッシュ!!」
さして慌てた様子もないアシュリー?の言葉は、
一瞬のスパークと、痙攣の後に途切れる。

「むぅ・・・ゔ、ゔぁ、ゔぁゔぁゔぁ!?
ヴァッシュ!?!?ま、待て!!
それはいくらなんでも性急すぎる!!
もう少しこう、然るべき手順をだな・・・!!」
アシュレイの咳払いで、アシュリーは我に帰る。
素早く飛び退いて、ベッドの両端で正座する2人。

「ど、どうやら元に戻ったみてぇだな。よかったよ、ウン」
「な、何を言ってるんだヴァッシュ、
私がまるで、おかしくなっていたみたいじゃないか」
 ・・・それはまぁ、今もちょっとおかしいが、
そういうことではなく。

「それについては・・・儂が説明するのが筋というものさね」
室内に踏み込んだ第四の人物は、まだ30代に差し掛かった
くらいかと見受けられる白髪の女性だった。
「儂の名はハシュラム・・・
この、『灰の祭壇』を取り仕切る巫女じゃ。
お初にお目にかかる、『煌血の神子』。
『依代の巫女』をも連れ戻して来られるとは。
託宣の通り、いよいよ刻限が迫っておるということかのぅ」

聞き慣れぬ言葉の羅列に、ヴァッシュが露骨に顔を顰める。
「オイオイ・・・説明になってねぇぞ」
助け舟を出したのは、意外にもアシュレイだった。

「ここは、ウォッチポイント・アルファの下に隠された、
アイビスの火以前の市街地・・・技研都市の廃墟だ」
つまり・・・アシュレイとの戦闘で共倒れになった
ヴァッシュは、アシュリーの手で救助されて、
ここに連れて来られたというところだろうか。

「こんな場所に人が住んでたとは驚きだぜ」
「うむ・・・彼らは、この都市の生き残りだ。
アイビスの火を耐え抜いたシェルターと、
その周辺の僅かに残った生活インフラを頼りに
今日まで生き延びてきたらしい」
アシュリーの説明を、ハシュラムが補足する。
「アイビスの火を通して、儂らが学んだのは
コーラルとは人類にとって都合の良い
単なる資源などではない、ということじゃ。
それ自体が、意思を持った生命なのじゃよ。
そして、一度怒れば、星々をも焼き払う大火を巻き起こす。
再び潮位を増していくコーラルの間近で
暮らすしかない儂らにできることは、
もう二度とあのような災いを招来することのないよう、
その心を鎮めることのみじゃ」

 ・・・どうにも、話が胡散臭くなってきた。
ドーザーの間でもたまに流行る、新興宗教みたいなモンか?
パンタレイのおっさんあたりなら面白がりそうだが。

「そのための方法として、『灰』の名を
受け継いだ我が娘、アシュリーを・・・
コーラルの声を受肉させるための
『依代の巫女』として調律した。
人の肉体を得て、人間を理解すれば
和解への道も開かれるだろうという企みを持って。
 ・・・その実態は、今しがた目にした通りだ」
続くアシュレイの言葉に含まれる情報はあまりに重く、
ヴァッシュは即座にそれを受け入れられなかった。

「アシュレイは、己とハシュラムとの間に生まれた娘、
アシュリーがコーラルの声に肉体を明け渡すための
依代として扱われることを拒み、アシュリーを連れて
祭壇から抜け出した・・・そういうことだ」
端末から割り込んだヴィルの解説でようやく整理がつくが、
同時に新たに疑問も立ち上がってくる。

「ヴィル・・・お前も一枚噛んでたってことか?」
恩義のある相手だとも、無二の相棒だとも思っていた
彼が、自分に対しその真意を秘匿していたという
事実もまた、ヴァッシュにとっては衝撃だった。
「私には、ヴァッシュ自身に何かを求める意図はなかった。
理論上の存在でしかなかった『煌血の神子』・・・
コーラルブラッドがこの世界で何を見て、
どこへ向かうのか。ただそれを見届けたかっただけだ。
 ・・・よもや、お前が捕らえたアシュリーが、
出奔した『依代の巫女』だったとは思わなかったが」

あまりにも情報が多すぎるが・・・
一つだけ、はっきりと感じたことがある。
「気にいらねぇな」
ヴァッシュは、後ろ手にアシュリーを庇い、
ハシュラムに立ち塞がる。
「てめぇの勝手で産んだ命を、
てめぇの都合で弄びやがって。
コーラルの声とやらに乗っ取られたら、
アシュリーの人格は消えちまうってことか?
 ・・・だったら、オレはお前らの敵ってことになるぜ」

ヴァッシュとアシュレイに向き合うハシュラムは、
鷹揚に両手を広げ、向けられた敵意を受け流す。
「それは・・・お前さん次第じゃ、『煌血の神子』よ。
儂らが求めるのは人とコーラルの和解、それのみよ。
コーラルを己の一部として受け入れたお前さんの存在は、
人とコーラルの融和の表象じゃ。
あるいは、二つの種族の間に共生への道を
示すこともできるやもしれん」

ハシュラムの視線を振り払うように、ヴァッシュは頭を振る。
「その、『煌血のなんちゃら』ってのもやめろ。
オレはただのストリートチルドレンだ。
オレだって、なりたくてこうなったわけじゃねぇよ」
コーラルと共に生きていくしかない以上、
避けて通れない命題には違いないが、
他人から余分な期待を押し付けられるのは真っ平御免だ。

緊迫した睨み合いは、どれほど続いたのか。
祭壇の住民がドアを勢いよく開き、膠着を打ち破る。
ハシュラム様、大変です!!
アイビスさまが・・・破壊されました・・・!!」



関連項目

投稿者 堕魅闇666世
最終更新:2024年01月05日 06:43