命ある限り戦い続けろ
―――リバウ・レンタップ
まるで公開処刑場のような雰囲気のブリーフィングルームを見て、
トンレサップはため息をつきそうになった。
身長二メートル近くの筋肉男が渋い顔をしながらブリーフィングルームに入ってきたのはその点、効果があった。にやついたMT乗りたちはすぐさま笑みを消して真剣そうな顔つきに移る。それで真剣さを偽装できるのなら世の中の男の十割が娼婦の愛の言葉を信じてこの世から男という愚かな生命体は死滅していたことだろう。
ラフな敬礼とラフな答礼の応答があった後、トンレサップは壇上に上がり、とりあえずまったく高さの足りていないマイクとスタンドを退けた。
ブリーフィングルームにいるのは、新人というべきACパイロットたちとMT乗りの連中だった。最前列のテーブルには、
チップマン、
ガドリエル。MT乗りどもは後席だ。
「よく集まってくれた。まず初めに言っておく。俺は今回、お前たちの貴重な時間を割いて昼寝の時間を取ってやったつもりはない。耳をかっぽじって聞け」
ガドリエル以外の全員がなにかしらの笑みを浮かべながら「アイサー」と答える。
よろしい、とトンレサップは言い、部屋を暗くしてモニターに戦闘映像を写した。正規の戦闘ではない、がやがやとした五月蠅さの混じった
グリッド051のアリーナ試合だ。
試合は見て分かるほどの泥試合だった。片方は緑色の逆関節ACで、もう片方のACはここにいる誰もが見知った機体だった。
トンレサップにはそれを見てチップマンの表情が曇るのが画面の光の反射で見て取れた。
「今日はこのAC戦闘を諸君に見て貰い、学んで欲しい。手始めに、こいつはチップマンの試合映像だ。相手は
ショートテイルのACゲッコー」
「すんげえ泥試合っすね」
「解説を入れる前に解説をありがとう、ジャグアラン。今からでも俺の席と交換するか?」
後列の四脚MTパイロットのジャグアランにトンレサップが言えば、彼は顎を引いて首を振る。
「……いえ、結構です教官」
「そうか、残念だ。―――では続けるぞ。この戦いで目に付いた点を言ってみろ」
「どちらも逃げ腰だ。武器の有効射程で撃ち合っているが、射撃よりも回避に意識を割いている」
まずガドリエルが無表情で言った。その言葉に隣のチップマンは猫背気味になり、小さく見える。
ガドリエルの言葉にトンレサップが頷くのを見て、後席のMTパイロットたちは次々に声をあげた。
「左のハンガーのブレードが飾りに見えてくるな」
「この距離じゃミサイルしか有効弾にならないでしょうね」
「見た感じ、どちらも近寄ろうとして撃ち合いになってまた距離を取るの繰り返しですね」
「闘牛士が二人で牛を探してるみたいだな」
「よろしい」
トンレサップが言うと、MT乗りたちは口を閉じた。
「俺が見ろと言ったのはACの挙動についてだ。それとな、悪しざまに言うのは猿にもペンギンにもできるが、俺が相手をしているのは人間だったはずだ。―――そうだなチミケップ」
「ハイ!」
後席のMT乗りの生真面目そうな男が立ち上がり直立不動の態勢で答えた。
「それとも俺がコウテイペンギンにでも見えるか?」
「いいえ、見えません!」
「なら良かった。返事は立派だが返事以外にもリソースを割け、座ってよし」
「ハイ!!」
生真面目そうな男が着席し、MT乗りたちは意気消沈とした空気に包まれる。
それでいい、とトンレサップは思う。成長は痛みを伴うものだ。だからこそ身体がその成長を覚え、肉体が記憶する。思考が止まった瞬間であっても、肉体に記憶された動作や考えは不滅だ。
これは、トンレサップの経験に基づいている。数世紀前からこの手の話は肉体原理主義者の戯言であるとか、体育会系の悪習などと嘯かれていたが、実際は非常に科学的だ。訓練はそのためにある。
流れ続ける映像を指差しながら、トンレサップは再び喋り出す。
「人間の俺が評価しよう、チップマンの回避技能は評価に値する。たしかに及び腰で引き過ぎだが、それでも敵の射撃を的確な動作で回避している。ミサイルの発射タイミングを先読みしてジャミング弾を発射しているのも評価点だ。総じて相手のショートテイルよりも回避動作は手慣れたものと言っていい」
ただし、とトンレサップは続ける。
「二人とも武器と射撃距離がミスマッチだということは確かだ。相手が違えば、この程度の射撃など臆せずに突っ込んでくる。リロードのタイミングに合わせられれば、ACS負荷も満足に与えられず懐に入り込まれるだろう。そうなればあとはブレードだが、それが外れれば終わりだ」
トンレサップは映像を止め、部屋の明かりを点ける。
「距離という壁は平等だ。敵にも味方にもなる。回避技術の高いパイロットが距離に合った武装を使う例を諸君はよく知っているはずだ」
前席のチップマンが言った。もう小さくはなっていない。猫背気味なのは変わらないが。
「そうだ。我が隊のスヘルデはそうした戦法を得意とする。彼女は距離を味方に戦っている。それは演習で相手をしているなら嫌というほど理解しているはずだ」
前席も後席も一様に黙り込む。
ほとんどの連中はトンレサップとスヘルデとはシミュレータなどで演習をしている。
トンレサップのフルモンティは重厚な装甲と火力を前面に出した突撃を、そしてスヘルデのスクリーミングドンキーは距離を生かした牽制とハリスによる狙撃を、ササンドラは跳躍力や突進力を生かした白兵戦を。
アンコール分隊の演習は、それぞれ方向性が違うのだ。故に組み合わせれば厄介であり、時として相手にとっての詰みにもなる。
「俺はお前たちに、何時如何なる状況でも十割の能力を発揮できる能力など、求めていない。人の持つ得手不得手は極限状態にあって、必ず露呈する。それを防ぐのは非常に困難であり、克服するのはさらに困難だ」
何人かが頷き、ほとんどの者は続きの言葉を待っているようだった。
トンレサップは頷き、その続きを語る。
「チップマンにも光るものがある。ジャグアランにもチミケップにも、それぞれの持ち味がある。お前たちはその持ち味を自覚し、生かしてもらいたい。それが最後の命綱になる可能性にもなる。チップマンを見ろ」
全員の視線がチップマンに集中し、彼は恥ずかしそうにまた小さくなる。
それでもトンレサップは気にせずに続けた。
「こいつは先の戦いを生き残り、こうして戻ってきた。これがどういう意味か分かるか」
ここまで来てなにかを言うものはいなかった。
トンレサップはおもむろに足を肩幅に開き、チップマンを指差す。
「脱走兵の汚名は消えるものではない。だが生き残ったことそれだけで、俺はこいつを称賛したい。ここはただの臆病者が生き残れる星ではない」
実際、それは的を射ている言葉だと誰もが理解した。
レッドガンはこの地で文字通り全滅し、歩く地獄と恐れられた木星戦争の英雄、G1ミシガンも死んだ。
ベイラムが得意とする物量戦を展開できず、さらには本社がそのことを理解していないことも敗因だ。敗因を上げればキリがない。
惑星封鎖機構の封鎖システムが機能不全に陥っている今ならば、それは多少改善できるが、それではアーキバスとの差は埋まらないだろう。
故に、トンレサップはそれまでの教育方針を捨てた。ここでは、生きて戦い続けることこそが最善なのだ。
一同がトンレサップを見ている。彼はその視線一つ一つを眺め、見て、そして言った。
「命ある限り戦い続けろ。今日は以上だ、自分に甘えずそれぞれの特技を見つけろ」
解散、とトンレサップは言った。
堅苦しく重い空気がその言葉によって霧散し、パイロットたちは思い思いの行動を取り始める。
トンレサップも次の予定のためにブリーフィングルームを立ち去った。どこから見ても大きい彼だが、その背中は一際大きく見えた。
関連項目
最終更新:2024年01月15日 00:01