「はぁ……」

とあるグリッドの一角。
元ベイラムMT部隊員の傭兵、メリーバニーは肌寒いルビコンの大気に向かって、大きな溜息とともに紫煙を吐き出した。
厚手のジャケットの下には、もはや着慣れてしまったバイト先から借りているバニースーツ。溢れそうな胸元に挟んだ携帯音楽プレーヤーから伸びたイヤホンからは、ルビコン内で人気を博しているとあるバンドの楽曲が垂れ流されている。
とはいえ、今の彼女の耳にはマトモに届いていなかったが。

「依頼……依頼かぁ……」

直近の悩み事に頭のリソースを割きながら、メリーバニーは本日幾本目かになるだろう紙巻き煙草に火を点ける。
星外……もといベイラム圏で流通しているものと比べれば格段に味も香りも劣るが、嗜好品としてコーラルが少数ながら出回っているからか馬鹿みたいに安い。そのお陰もあって、彼女のような素寒貧でも大量に買い溜めができることができた。

「放棄されたウォッチポイントの調査……どう見ても怪しいんだけどなぁ」

依頼の内容は惑星封鎖機構の撤退以降、放棄されたとあるウォッチポイントの調査だ。
其処は、元を辿れば惑星封鎖機構の管理下にあった施設だった。しかし彼らがルビコン星外に撤退してからというもの、辺境の更に僻地という立地故にどの勢力からも興味を持たれず、長く放置されてきたような場所だった。

「依頼主は【コーラル調査のために必要なデータが残されているかもしれない】なーんて言ってるけど……」

果たして、今更になって誰からも捨て置かれた場所に調査へ向かう意味があるのか、メリーバニーには甚だ疑問だった。とはいえ、断ろうにも懐の寒い状況にある彼女にとって、提示された報酬はあまりにも破格で、極貧生活の中で擦り切れながらも残っていた理性と判断力を鈍らせるほどには魅力的だった。

「……最近はパーツの修理と交換でかなりの出費だったし、調査ってだけなら……、それに、場所も僻地だから面倒な奴らもいなさそうだし……」

ほんの少しだけ躊躇しながらも、メリーバニーは震える手で依頼を受けることにした。
それは例え依頼に不備があったとしても、匿名の依頼主の責任なのだから逃げればいいという、紫煙に溺れた中で短絡的に思いついた考えからのものでもあった。
そして、彼女はこの時の判断を死ぬほど後悔することになる。



……



メリーバニーは乗機であるAC……ゼブラのコックピットの中で目の前の状況に閉口していた。
アセンブルは右手と左手にそれぞれベイラム製のアサルトライフルとマシンガン。右肩には手持ちの大豊のグレネードを懸架し、左肩には大豊では異例の小型ガトリングキャノン。
場所は依頼内容にあった僻地のウォッチポイント。険しい山間の岸壁に築かれたその施設は、崖に半分ほどめり込んだような形状以外はベリウス西岸のウォッチポイント・デルタに酷似している。
施設の周囲には最低限の防衛施設こそあるが、その殆どは放棄の際に破壊されたようで、同じようなMTやSGの残骸らしきものも辺りに転がっていた。

「嫌な感じがする……」

それとなく周囲を警戒をしながら施設入口のゲートを開いて内部にアクセスする。
巨大な空間は機器のすべてがシャットダウンでもされているのか、真っ暗で僅かな非常灯がちらついている。
依頼主いわく目的は中央のメインサーバーという話だが、そのサーバーと思わしき機械は半ばでポッキリと折れていた。こんな状態のものから、果たしてデータを吸い出せるのだろうか。
面倒に思いながらもサーバーにアクセスしようとした。
その時だった。

「……誰!?」

振り向きざまに右手のベイラム製汎用アサルトライフルを構える。
視線の先、先程施設内部に入る際に利用したゲートの場所にそれはいた。
逆光で見えづらいものの、シルエットから察するに独立傭兵特有の混成フレームと思われる。右手にはRaDの重機関銃を持ち、左手にはVCPLのレーザースライサー。背部はミサイルとオービットだろうか……何れにしても、偶然ここに訪れたとは考え難い。

「返事はなし、か。あなた……独立傭兵でしょ」

メリーバニーは左手のマシンガンと左肩の小型ガトリングキャノンを構え、臨戦態勢を整える。
見たところ相手は近接戦主体のアセンブルだ。此方のゼブラは射撃戦を主体にしている。
撃ち合いにもっていければ、勝てない道理はなかった。

「やる気なら……受けて立つよ」

口でこそ強気に出るが、コックピットの中のメリーバニーの頬には冷や汗が伝っていた。
訳あって傭兵にならざるを得なかったメリーバニーだが、彼女のランクはE程度と決して高い方ではない。所詮は元MT部隊上がりという事レベルだが、それでも決して弱いわけでも操縦が拙いわけでもないのがせめてもの救いだろうか。
瞬間、目の前のACが僅かに身を屈めたかと思うと、背部のブースターを吹かして彼女の方へと急接近を始める。アサルトブーストだ。

「このっ……!」

メインのライフルとマシンガンを掃射して牽制する。ウォッチポイント内部の空間ということもあって離せる距離には限りがある。
近づかれる前に崩せるかが勝負だ。
敵のACはアサルトブーストの最中にも軽快に左右へ機体を揺らして軽々と牽制弾を容易く回避する。
ACの格闘圏内にまで近づかれる寸前、メリーバニーは右手のアサルトライフルと右背部のグレネードを切り替え、ほぼゼロ距離の至近弾を狙う。
放たれた砲弾が唸りを上げるように轟音を奏で、爆炎が辺りを照らす。
爆炎に視界が覆われる中、メリーバニーは背中から突然の衝撃を受けて目を驚愕に見開く。

「なぁ……!?」

衝撃によろけながらも急旋回し、ガトリングキャノンで牽制。
薄れる爆炎の中から回転する青い光刃が煌めき、ガトリングの弾を弾きながらACがまたもや急接近する。

……コイツ、強い……!!

少なくとも、自分よりは遥かに強い。僅かな間で発覚したその事実が、メリーバニーに焦りを生ませた。

「ガァッ……!?」

レーザースライサーの連撃をモロに暗い、機体が大きく仰け反る。
其処にトドメとばかりに蹴りを叩き込まれ、メリーバニーのAC……ゼブラは壁面に叩きつけられた。

『AP、残り10%』

システムメッセージが無慈悲に告げる。リペアキットはまだ一度も使っていないが、現状では最早焼け石に水としか思えない。

「クソッ……」

コックピットの中で力なく崩れ落ちる。
死にたくない。
だと言うのに、本当の部分で何処か諦めている。
畜生、と零れ落ちた言葉の向こう、敵のACが確実に始末するため銃口を此方に向けたかと思うと、

『……!』

何かに気づいたかのように、不意に別の方へと向ける。
つられて視線を向けた瞬間、ウォッチポイント施設の天井がガラガラと崩れ落ちた。
何かが、落下してきたのだ。



……



一瞬の間にゼブラを追い詰めたAC……ダウターのコックピットの中、マイアは崩落した瓦礫の中から浮かび上がるソレを視界に収めた。
ACとは違う人型の本体に巨大なユニットを装備した形状。機体を覆うような帯状のユニットと巨大な背部……。
マイア自体、データでは知っていたが実物を見るのは初めてだった。

特務無人機体……【AAP07 BALTEUS】

バルテウスの名で恐れられる惑星封鎖機構の無人兵器が、捨てられたウォッチポイントに現れたのだ。
現状、ACでバルテウスを倒したという記録は殆どない。無論、マイアは自分がそういうことをなせるような例外であると考えたことはない。
だというのに、

……勝てる?

生存を模索する状況で、マイアは先ずそう思った。
逃げるのではなく、勝つ。彼女の中に自然と出てきた選択肢だった。
先程蹴り飛ばしたばかりのACに向かって通信文を送りつける。

『そこのAC、まだ生きてるでしょ』

『あなた……いきなり通信文?』

通信文を受け取ってくれたらしく、ゼブラはゆっくりと起き上がる。

『そんなことどうでもいい。取り敢えず今は目の前のコイツが邪魔』

ゼブラも視線をバルテウスの方へと向ける。
メリーバニーにとって初めて見る封鎖機構の特務機体だが、彼女も逃げる、などという選択肢を考えられなかった。

『ソレを倒すってわけ? なるほど……』

マイアメリーバニーはそれぞれ相手のACの識別を味方のものへと切り替える。
切り替えると同時、相手の機体名と識別名がそれぞれ表示される。
二人は少ない会話の中で、自然とバルテウスを倒すことに目的を統一していた。

『えーと……マイアね? それじゃあ、いくよ』

先手はメリーバニーだった。
初手でグレネードを選択、起動したばかりのバルテウスに直撃させる。
動きが甘い。落ちてきたことも含め、何らかの不具合でもあるのだろうか。直撃を受けたバルテウスはパルスシールドを起動。

『……!』

マイアが前衛に出る。実弾オービットを起動し、ミサイルを牽制のために放つ。
バルテウスが帯状のユニットを起動し、無数のミサイルを弾幕を張り巡らすかのように発射するが、マイアは軽々と躱していく。
バルテウスがマイアにターゲットヲ向けているタイミングで、メリーバニーは両手のアサルトライフルとマシンガン、左背部のガトリングキャノンの弾幕をバルテウスの横合いから殴りつけるように穿つ。
常時展開されているパルスシールドがそれを防ぐが、マイアとの連携で展開するシールドを剥がし切った。

『『今っ!』』

パルスシールドが剥がされ、強制的にスタッガー状態に陥ったバルテウスにマイアはレーザースライサーを、メリーバニーはグレネードを叩き込む。

《…………!!》

バルテウスが吼える。
意志の宿らぬ筈の無人機が抵抗する者を叩き伏せようと唸り、パルスアーマーを再度展開するとともに、再度ミサイルの弾幕を放つ。
加えて、二機目への対処とばかりにグレネードとマシンガンで牽制してくる。

『厄介な……!』

マシンガンとグレネードを避けるために回避せざるをえないメリーバニー。先程よりは勢いは落ちたものの、マイアとの攻勢は依然として続いている。
勝てる、という気持ちが浮かんできた矢先、コックピット内部に大音量のアラートが鳴り響く。

『……!』

瞬間、マイアメリーバニーの二人は爆発に呑み込まれた。



……



『まさか、アサルトアーマーとはね……!』

完全に原型を失って瓦礫の山と化したウォッチポイント。その残骸の山でメリーバニーはバルテウスを見上げていた。
帯状のリングは幾つかがひしゃげ、背部ユニットも損壊して火を吹いている。だが完全にコアユニットを破壊できていない以上、破壊したとは言えない。

『……生きてる?』

軽い調子で確認してくるかのように、マイアから通信文が送られてくる。
余裕なのかと視線を向けてみれば、マイアのACは背部のミサイルをパージしており、左腕部の装甲が幾つか破損している。
一方でこちらのACも同様、爆発から身を守るために左腕を丸ごとと右腕のライフルを手放してしまった。

『今更……逃げれないか……』

メリーバニーはライフルの代わりに右背部のグレネードを腕部にマウントする。
マイアの方は何時でも行けるようだ。つくづく自分とは違うんだなと実感する。

『私が隙を作るからあなたが仕留めて。……よろしく頼むよ!』

アサルトブーストを起動し、メリーバニーがバルテウスに突撃する。
プログラムに則り迎撃のために構えたバルテウスから、ミサイルの嵐とともに火炎放射器の業火が放たれる。

『この、程度ォォォォォォ!』

メリーバニーは最低限の動きでミサイルを回避する。
迎撃として更にグレネードやショットガンが放たれるが、食らうことも前提に炎の中へ正面から突撃する。そのままバルテウスを蹴り飛ばすように組み付くと、パルスシールドの内側、バルテウスへグレネードの砲身を突きつける。
想定外の行動にバルテウスの挙動に僅かなエラーが起きるが、それは正にこの無人機にとっての命取りだった。

『リミッター解除……安全弁放棄……吹っ飛べぇ……!!』

安全のために単発式に設定していたシステムを解除し、メリーバニーはありったけのグレネードの残弾、その全てを盛大に叩き込んだ。パルスシールドの内側で次々と弾薬が炸裂し、派手な爆炎を引き起こす。
バルテウスのフレームに亀裂が走り、帯状のユニットが砕かれる。
爆炎の反動で吹き飛ばされたゼブラが叩きつけられる。
体制を無理矢理崩されたその隙を突いたのは、マイアだ。
彼女もまたダウターの左腕に装備されたレーザースライサーのリミッターを解除し、起動した四連の光刃を輝かせてバルテウスの装甲を切り刻む。

『……!!』

《……#:……_&!?》

コアユニットの人型部分に直撃を食らったバルテウスが、機械仕掛けの絶叫を上げる。

『行け、泣きを入れたら……もう一発だ……!!』

メリーバニーの声に応えるように、マイアは切り刻まれたコアユニットに追い打ちとばかりに重機関銃と実弾オービットの弾丸を叩き込む。

《ーーーーーーー!!!》

中枢に決定的なダメージを受けたバルテウスが、音にならない断末魔を響かせた。
各部から炎と爆発を発生させて瓦礫の中に墜落する。
遂に機能を停止した特務無人機体の最期を、メリーバニーはコックピットから這い出てきたその目で見届けた。



……



「やった、の……?」

残骸から燃え盛る炎と煙を眺めながら吹き荒ぶ風に顔を抑えていると、近くにダウターが降り立った。
バシュン、とダウターのコックピットが開き、中からメリーバニーよりも幼い少女……マイアが現れる。

「あなた、子ども……? マジで?」

自分よりも幼い子供があれだけのことができる。そのことに少しばかりショックを受けながらも、メリーバニーは懐から煙草を取り出す。
取り敢えず吸っていいか確認しようとするが、視線の先にいる少女……マイアは顎に手を当てて考えた素振りをしつつメリーバニーの側に降りてきたかと思うと、手元のタブレットに何かを打ち込んで見せつける。

『別にいい』

そう記入したマイアは自分の喉に指を差すと、次に口元で小さなバツ印を作る。
喋れないというジェスチャーであることを察したメリーバニーは、許しを貰ったことで煙草に火を点ける。

「ッ〜……、ハァァァァ〜〜〜」

ゆっくりと紫煙を吐き出しながら、生きているのを実感する。
あんなにも不味いと思っていた煙草が、至極の一品を味わっているかのように感じられた。

『……それ、美味しいの?』

マイアがタブレットで問いかける。

「うーん……まぁ、今日は……格別な気分かな」

そう応えると、マイアは興味深そうに煙草を見つめる。

「……あなた子どもでしょ? 駄目だよ」

『ケチ! ウサギ! 痴女め!』

マイアがベーッと舌を出しながら、タブレットで書き連ねる。

「なぁっ、訂正しなさい! 痴女って何よ!」

『そんなカッコしてるお前が悪い』

「お前!? あなた年下でしょーが……!」

死闘を繰り広げたばかりのバルテウスの残骸を背景に、ACの上で二人は暫くぎゃあぎゃあと口論を続けていた。
その後、マイアの迎えにきたメイヴィの操縦するヘリに二人仲良く回収される。
そして、メリーバニーマイアとともにちょっとした騒動を巻き起こすことになるのだが、それはまた別の話だ。

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小説 中澤織部
最終更新:2024年01月15日 03:09