「よぉし、順調だね。それじゃ次は、いよいよ大詰めだ。
坊や、気合い入れな!」
「ようやく合流できたと思ったらこれだよ・・・
姐さん、マジで人使い荒すぎだって」

アーキバスの追及を逃れた後、独自の道を模索すると告げて
別れたアシュレイとハシュラム
その行く末を案じる暇もなく、ヴァッシュはRaDの
次なる行動のために駆り出されていた。

技研都市を哨戒するアーキバス部隊の目を掻い潜り、
幾度となく廃ビルの屋上まで部品を運んで組み上げたのは、
信号弾と一体化した滞空型通信アンテナの発射装置だ。
こんなものを設置して、一体誰と通信するつもりなのか。

その直前の仕事だって不可解だ。
ジャンク屋であるヴァッシュが見てさえ拾う価値のない、
ガラクタと言わざるを得ないような旧式ACパーツの残骸を、
まるまる1機分用水路へ流したが、一体あれが何の役に立つのか。

「なぁ。そろそろ何をやろうとしてんのか、
教えてくれたっていいだろ?」
技研都市とバスキュラープラントを囲むコーラルの海辺を
隔てる急峻な断崖を、手慣れた動きで降下しながら
ヴァッシュはカーラに状況の説明を求める。

「うむ。それについては俺から説明しよう」
カーラに代わり、チャティが回線に参加する。
「今回の目的は、アーキバスに捕縛されたビジターの救出だ。
技研都市の最後の防衛装置、アイビスをも単機で破壊した
ビジターの実力はアーキバスも承知している。
だから、連中は機体と本人を別個に隔離した。
俺達は、手分けしてその両方を奪還する」

そこで、説明の声が切り替わる。
RaDが誇る応急処置(ジュリーリグ)の匠、
『やっつけ仕事(ラッシュジョブ)』マックスだ。
「ビジター・・・独立傭兵レイヴンの保護は俺の担当だ。
お前達が各所の用水路からこちらへ流してくれた
年代物のBASHO一式。あれを、ビジターが逃げ込んでくる
地下水路の行き止まりで組み立てる。
曲がりなりにもACさえでっち上げりゃ、
あの化け物はどうにか逃げおおせるだろうさ」

「それで、婆さん相手に大枚はたいて
あんなゴミを買い取ったのかよ」
「レディ、だよ。二度と間違えなさんな、クソガキ」
ヴァッシュの悪態にすかさず割り込んだのは、
部品調達に奔走してくれたレディ・ゴーラウンド
「何しろ、ピカピカの新品じゃあ
アーキバスの目に留まっちまうからねぇ。
ジャンクであることにこそ付加価値があるのさ。
この場では、あれが適正価格だよ。
これでも、見た目よりはきちんとしたモノを
責任持って選ばせてもらってるんだ。
感謝して欲しいもんだねぇ」
いち早く技研都市にまで販路を開拓した
彼女の行動力があればこそ、今回の作戦は成立したのだ。

「ちぇっ、うまいこと言うぜ。
ま、マックスさんが直せるって言うなら間違いはねぇか」
ヴァッシュにとっては、廃品修理の師匠というべき人物だ。
その腕前を、何度となく間近で見てきた身としては
彼の言葉を信頼するしかない。

説明を聞きながらも崖を下り続けるヴァッシュの視界に、
夜闇に明るく浮かび上がるアーキバスの野営地が飛び込む。
「お前が向かう野営地に、ビジターの搭乗機が
鹵獲されているのはこちらでも把握している。
俺とヴィル、そしてボスが野営地のシステムに
アタックを仕掛けて隙を作る。
ヴァッシュ。お前はその間に標的を奪還しろ」
生身での侵入や強奪は慣れたものだ。
コーラルの密度が高い技研都市では、
コーラルブラッドであるヴァッシュの感覚も研ぎ澄まされる。
しかし、それでもやはり無茶は無茶だ。

「俺たちだけでは不安だというなら、特別ゲストも呼んでいるぞ」
ヴィルの言葉に続いて割り込んだ音声も、やはりAI特有の
硬質さがあったが、それでもはっきりと、
初対面であることがわかる独特の癖があった。
「お初にお目にかかります。ルビコン解放戦線にて
前線指揮を預からせていただいている、
タクティル・イテヅキと申します」

「解放戦線までいっちょ噛みしてやがんのかよ・・・
そのレイヴンってヤツも相当な大物だな」
日頃はコンプレックスの種である己の矮躯も、
こういう場面では役に立つ。
夜陰に紛れて野営地のサーチライトをかわして
ギリギリまで接近。端末越しの情報支援を頼りに
目標であるレイヴンのACを見つけ出す。
「確かに見つけたは見つけたがよ。
流石にこれ以上は近づけねぇぞ」
バリケードとして積み上げられた土嚢の影で身を潜め、
基地内部を慎重に見渡す。

哨戒任務に出ている戦力を差し引いても、
駐機されているMTは数十機、さらには
アーキバス製標準ACも複数確認できる。
巡回する歩哨については、数えるのも億劫になるほどだ。
とてものことに、突破できる状況ではない。
「少し辛抱しな。こっちはこっちで仕込みがあるんだよ。
お嬢!そっちの首尾はどうだい?」

カーラからの呼びかけがあったまさにその時。
「うまくいっている、と言えればいいのだろうが、
うまくはないな。いや、目的という観点から言えば
うまいのだが・・・私個人としては、非常にまずい」
陽動を請け負ったアシュリーは、逃走の最中であった。
「所属不明機に通達する。
技研都市は、我々アーキバスがすでに掌握した。
許可なき侵入は例外なく排除する」
背後から迫り来るのは、アシュリーにとっても見知った機影。
惑星封鎖機構製ライトキャバルリーに増加兵装と
フライトユニットを追加した高機動モデルだ。

その機動性能は、全力疾走するアリオーンをも捕捉する。
降り注ぐライフル弾を左右に交わすその背に、
追撃を図るのはLCのみではない。
「あははッ!すごいすごい!ぴょんぴょん跳ねて、
本物の獣みたい!ねぇ、もっと跳んで見せてよ!!」
双子の姉であるミーシャの乗機、ローズ01が放つ
リニアライフルのチャージショットをギリギリでかわすが。
「なるほど、優れた瞬発力ね。でも、逃がさない」
クイックブースト直後を確実に捉える
更なるリニアライフルの一撃は、双子の妹、
サーシャが駆るローズ02から放たれたものだ。

弾着の衝撃に便乗すべくミーシャとサーシャが放った
多弾頭ミサイルは上空の高機動型LCのミサイルと
一体となって濃密な弾幕を形成する。
流石のアリオーンもその全てをはかわしきれず、
負荷限界を迎えた機体が足を止める。
「しまった・・・!」

獰猛な姉と、狡猾な妹。
直感で機を拾う姉が先陣を切り、
理論で状況を詰める妹がこれに追随して隙を埋める。
互いを知り尽くしながらも異なる強みを持つ
双子の独立傭兵の連携は、機動力に頼った逃げを許さない。

「上出来です、ミーシャ、サーシャ。
止めはこのV.V、ペイターが刺しましょう・・・!」
高度を一気に下げ、アリオーンに急接近する高機動型LC。

その背中に刺さる、重い一撃。
「なっ・・・!?お前達、何のつもりだ!?」
機体の機動を引き留める衝撃の正体が、
寸分違わぬタイミングで背中に打ち込まれた
ローズ01、及び02のリニアライフルであったと気づいて、
ペイターは精神面でも動揺する。
「私はヴェスパー5番隊隊長、ぺイターだぞ・・・!!」

その姿を見下ろし、ミーシャが回線越しにペイターを嘲笑する。
「へぇ、随分出世したんだね!
まぁ・・・実力が伴っているとは思えないけど?」
逆サイドからサーシャが向けるじっとりとした視線は
底冷えするほどに鋭く、姉のそれとは対照的だ。
「ここで深追いしていれば、貴方は窮地に陥っていたでしょう。
スネイルお義兄様から直々に預かった任務を、
貴方の落ち度で失敗するわけにはいきません」

その言葉を裏付けるように、逃走するアリオーンと
追うペイター達を遮るように、埋伏していたACが姿を見せる。
ベイラム系列のメランダー一式に
アーキバス標準機の頭部をあしらったキメラ構成。
独立傭兵アディン・カーの乗機、ミドルショットだ。

射線を阻まれ、止むを得ず標的を切り替えた
ミーシャとサーシャが繰り出す波状攻撃を、
アディンは後退しながらきわどく交わす。
優れた距離管理技術で間合いを保ち、
入れ替わり立ち替わり攻め寄せる標的それぞれに
的確な牽制を加えてその前進を巧みに阻む。

「敵機の撃破は依頼内容に含まれていませんからね。
負けないだけなら、やりようはありますよ」
付かず離れず。アディンの信念を体現する堅実な機体制御は、
アーキバスの防衛戦力に付け入る隙を与えない。

「敵といい、味方といい・・・
ランクなど、当てにならぬものだな」
RaDが雇った傭兵の期待を超える活躍により、
どうにか体制を立て直したアシュリーは
防衛部隊の最精鋭をうまく惹きつけられた状況を鑑み、
カーラとヴァッシュに合図を送る。
「今だ!こちらもどれ程持ち堪えられるか分からん。
頼むぞ、カーラ、ヴァッシュ!!」

その声に、凶暴な笑みを浮かべたカーラが両手を走らせる。
「よぉし、やるよ野朗ども!
この『灰被り』のカーラを敵に回したことを、
後悔させてやろうじゃないか!!」
カーラの指揮の元、人工知能達が一斉に動き出す。

チャティは野営地の通信システムに膨大なノイズを放って
相互の連絡を情報の濁流で押し流す。
ヴィルは送電システムをいち早く押さえ、野営地の
電力供給を止めてレーダーやセンサー、照明をダウンさせる。
イテヅキは哨戒部隊の指揮系統に割り込み、
偽装した指示を送って増援の来援を遅らせる。

同時多発したハッキングで混乱を来した基地内の喧騒を、
ヴァッシュも肌で感じていた。
「さぁ、行きな坊や!!」
カーラの声を背に受けて、ヴァッシュが
混乱の坩堝と化した野営地の中を駆け抜ける。
闇の中、右往左往する兵士たちの視線を交わして、
遮蔽伝いに目標の機体を目指す。

「いたぞ!いたぞぉぉぉぉおおおお!!」
咄嗟に兵士たちが取り出したマグライトの一つが
ついにヴァッシュの姿を捉える。
漆黒の野営地に火線が閃き、銃声が幾重にも響き渡る。
「オイオイオイ!いくらなんでも貧乏籤すぎんだろ!!」

すばしっこく逃げ回るヴァッシュだが、
身を潜めたMTがいきなり動き出した時には
さすがに観念した。
「何をしているのです。長くは持ちませんよ。走って!」
先刻聞いたばかりのイテヅキの声。
同時に、MTが足元を行き過ぎる歩哨達目掛けて発砲を
開始したことで、ヴァッシュはようやく状況を理解する。

「さっすが、伊達にタクティカルとか名乗ってねぇぜ」
「タクティル、です。・・・ターゲットのプロテクトも
解除しておきました。さぁ、お早く!!」
他のMT達が動き出し、イテヅキに乗っ取られたMTを
攻撃し出したのを尻目にヴァッシュは最後の距離を一気に詰める。

降着姿勢の機体に背後からコアまで軽々とよじ登り、
緊急レバーでハッチを解放。
滑り込んだ操縦席から、慣れた手つきでパネルをこじ開け、
セキュリティ関連機器のプラグを幾つか引き抜き、
ポシェットから取り出したデバイスに接続。
時間にしてものの数十秒で、ヴァッシュは
ACのコントロールを奪い取って見せた。

「っしゃア!よくもやってくれたなァお前らァ!!」
怒声と共に、瞬く間に至近のMTを撃破。
さらに周囲の防衛戦力やインフラを片っ端から破壊する。

混乱に陥り逃げ惑う兵士たちには目もくれない。
優先すべきはMTとACだ。
動き出す前のACを優先的に破壊しながら、
ヴァッシュは自分の手足となった機体を分析する。
「なるほどな・・・いい機体じゃねぇか」

壁越えやワーム殺し、ウォッチポイントアルファ突破に
アイビス討伐。数多の武勲を打ち立ててきた、
ルビコンの戦禍の中核をなす機体だ。
「ウォルターが、己の全てを託すために組んだ機体だよ。
そりゃ、半端なものにはするまいさ」

語るカーラの声音には色濃い感慨が滲み、
ヴァッシュが知るハンドラーの悪名とは齟齬があった。
「ハンドラー・ウォルターってのはよ・・・
安値で買い叩いた旧世代型の強化人間を
都合のいい猟犬に仕立てた挙句に使い捨てる、
胸糞悪ぃクズ野郎だって聞いてたんだけどな」
言いながらも、そのウォルターが組んだという
機体で戦うヴァッシュは明確な違和感を感じていた。

「それこそ、奴が取り繕ってきた表向きの顔だな。
本当の奴は・・・いや、俺からは何も言わん。
分かるだろう、その機体に乗れば」
マックスの言葉に、ヴァッシュも無言で頷く。
自分だって、メカ屋の端くれだ。
そこに込められた人間の意志というのは肌で感じられる。

入念に調整された足回りと、乗り手の癖を詳しく
把握した上でのFCSのキャリブレーション。
シートのレイアウトに、レバーの角度や遊びに至るまで。
乗っている自分がよそよそしく感じるほどに、
この機体はたった1人のためだけに徹底してチューンされている。
そこには、このACを預ける存在への献身的なまでの愛情があった。

ハンドラー・ウォルターという男は・・・
これまでに見送ってきた猟犬の一人一人に、
同じように接してきたのだろうか?
だとすれば。その男はきっと、ルビコンで一番の狂人だ。
これほどまでに真摯な眼差しで、
一体何人の猟犬達を見送ってきたのか。
その一人一人を大切に思いながらも生贄に捧げ続け、
それでも正気にしがみついて、一体何を目指していたのだろう。

「ウォルターもさ、この辺に捕まってるんじゃねぇのか?
ついでだしよ、一緒に助け出してやろうぜ」
迎撃戦力の撃退もそこそこに、離脱しかけたヴァッシュは
最後にもう一度野営地を振り返る。

「いや・・・不可能だ。
ウォルターはもう、救出できる状態ではない」
チャティの返答は短く、端的であったが。
その背後に潜む、暗澹たる事実にヴァッシュは項垂れる。
「ならせめて・・・この機体だけは、
きっちりと奴の猟犬に届けてやらねぇとな」
迎えのヘリから、ヴァッシュは眼下の技研都市を見渡す。

「こちらもどうにか準備できた。
性能はお察しだが、辛うじてACと呼べる代物には仕上げたよ。
あとは・・・あいつが後事を託した猟犬を、信じるより他はない」
マックスがその場を去って間もなく。
1人の強化人間が、下水道の奥に佇立するジャンク同然のAC、
『ジェイルブレイク』の元に辿り着く。

「行きましょう、レイヴン。・・・脱出する時が、来たようです」



関連項目

投稿者 堕魅闇666世
最終更新:2024年01月21日 18:23