砲火降り注ぐ戦場の底を駆け巡る
必死の修復作業の甲斐もあり、
恒星間航行移民船ザイレムはついに浮上した。
「地下で技研の遺跡が見つかったかと思ったら、
今度は都市サイズの移民船かよ。
話がデカすぎて眩暈がしてきたぜ」
山場を乗り越えたドーザー達は、
占拠したばかりのザイレムのセントラルホールで
互いの健闘を讃える祝宴を開いていた。
「封鎖機構でも、技研都市やザイレムの真の姿のことは
知らされていなかったが・・・
今思えば、我々や封鎖衛星などの戦力は、これらの存在を
秘匿するために配備されていたのかも知れんな」
ヴァッシュも、マックスの指揮の下で
ザイレム復旧に奔走していた。
マックスがヴァッシュに教え、さらにその下で
アシュリーが学ぶ2段階の師弟関係である。
封鎖機構と袂を分ち、ヴァッシュと共にジャンク屋として
生きていくと言う決意を伺わせるアシュリーは、
素直で真面目な理想的な弟子だった。
普段の言動からすると意外なほどに地頭も良く、
すでにヴァッシュにとっても頼もしい助手となっている。
「我々が作業に専念できたのも、独立傭兵レイヴンの
活躍があればこそだ。あの働きを見れば、
カーラがあそこまでして救出に奔走したのも頷ける」
ザイレムを駆け巡り、アーキバスの執拗な妨害を
七面六臂の活躍で退けた独立傭兵レイヴンの働きが
状況を決定づけた。
とはいえ、何しろ全長20kmに及ぶ巨大船だ。
防衛に協力してくれた戦力はレイヴンだけではない。
「俺は、艦首部分で露払いしてた黒い機体が気になるな。
俺でも見たこともねぇようなレアパーツも使われててさ。
動きもマジでハンパねぇんだよ。撃墜数だけなら
あのレイヴンだってきっと超えてるぜ。
ぜひ今度じっくり機体を見せてもらいたいもんだ」
メカ好きの血が騒ぐのか、閉じた瞼にその雄姿を思い描く
ヴァッシュの耳元で、不意に端末からの声が響く。
「おっと、お褒めに預かり恐縮だね。俺を呼んだかい?」
不意打ちを喰らってひっくり返るヴァッシュを尻目に、
今度はヴァッシュの隣で黙々と料理を口に運ぶマックスの
端末から音声が響く。
「やぁやぁ、君が噂の『ラッシュジョブ』だね。
話はカーラから聞いてるよ、大活躍だったそうじゃないか。
このデカブツは、アイビスの火以前からの遺物だ。
相当ガタも来ていたし、正直ジャンク屋に修理できんのか?
と思ってたが・・・すまない。過小評価も甚だしかったな」
変声機を介しているらしい金属的な声にはノイズが混じり、
飄々としたフランクな言葉遣いとはいかにもミスマッチだ。
「お前さんが、カーラが雇った傭兵か。いい仕事だったよ。
おかげさまで、こっちも安心して作業ができた。
名前を聞かせてくれるか?ぜひ覚えておきたい」
「俺かい?俺は・・・なんだっていいが、
そうさな・・・『ムラサメ』とでも名乗っておこう。
まぁ、気にかけるほどのモンじゃないさ」
登録されている機体名と同じ名前。すなわち、
詳しくは素性を明かせない身の上ということか。
同じく人には話せぬ事情を抱えた者同士、
マックスもそれ以上の追求はしない。
「野郎ども!楽しんでるかい??
最後の晩餐だ、せいぜい悔いの無いようにしてくれ」
ホールに響いたカーラの言葉に含まれる、
不穏な気配にドーザー達がざわめく。
「あんた達。ここまでよく、
私を信じてついてきてくれたね。
けど、ここから先は、
私の話をよく聞いて判断して欲しい」
いつになく神妙な気配を見せるボスの言葉に、
普段は騒々しいドーザー達も固唾を飲んで静まり返る。
「まず、自己紹介をしておこうか。
私はRaDの頭目、『灰被り』のカーラ・・・
なんてのはまぁ、世を忍ぶ仮の姿ってヤツさ。
私は『オーバーシアー』。
かつて星系を丸ごと焼いたコーラルが、
再び災いをもたらす前に、それを焼き尽くす。
そのために、ずっとその動向を監視してきた」
俺たちを、騙していたのか。
誰かが叫んだ。
あるいは、ヴァッシュ自身の言葉だったかも知れない。
「そうだね。その通りさ。
あんた達には、随分と楽しませてもらったよ。
RaDは、居心地のいい隠れ蓑だった。
本来の目的を・・・忘れちまいたくなるくらいにね」
隣で、マックスが拳を握りしめて俯いたことに、
アシュリーだけは気づいていた。
「だけど、楽しい時間はもうおしまいだ。
コーラルは間も無く破綻する。
その性質もロクに理解しちゃいない
アーキバスの馬鹿どもがバスキュラープラントから
コーラルを真空中に吸い上げれば、
それは幾何級数的に増殖して、瞬く間に臨界を迎える・・・
わかるかい。アイビスの火の、再現さ」
『灰被り』が語る災厄の脅威に、
ドーザー達から悲鳴が上がる。
俄かに喧騒に呑まれかけたホールに
カーラの叱咤が響き渡る。
「狼狽えるんじゃないよ!!
このシンダー・カーラがそんな無粋なマネを見過ごすもんか。
ザイレムを、何のためにわざわざ叩き起こしたと思ってんだ」
啖呵を切るその頼もしい声を信じて、
彼らはここまでやって来たのだ。
落ち着きを取り戻した聴衆に、カーラは策を伝える。
「破綻を起こす前に、コーラルを焼き尽くす」
カーラが立つ演壇の背後にスクリーンが現れ、
ザイレムの進路を示した作戦概略図が表示される。
図上を進むザイレムはバスキュラープラントへと直進し、
そのまま激突して諸共に弾け飛ぶ。
「このザイレムは、コーラルに火を付けるための火薬庫さ。
バスキュラープラントの土手っ腹に派手にぶちかまして、
吸い上げられたコーラルをまとめて焼き払う」
あまりといえばあまりの無茶な作戦だ。
その途上に待ち受けるアーキバスの苛烈な妨害は、
想像を絶するだろう。
「はっきり言って、生きては帰れない作戦だ。
爆発したコーラルがどれほどの規模の厄災を齎すかは、
私にも計算しきれない」
豪放磊落なボスの、いつになく神妙な声に
ドーザー達は事態の深刻さを嫌でも理解する。
「だが・・・そうだね。今ならまだ、間に合う。
今、ここで、作戦に参加せずにザイレムを離れれば、
おそらく巻き込まれることはないだろう。
脱出艇は用意してるよ。逃げたいんなら止めやしない」
「けどね」
カーラが立ち上がり、指先を正面に突きつける。
その先には、アーキバスに占拠された
バスキュラープラントが不気味な赤光を走らせている。
「私は、ここで引き下がるのは真っ平御免だね!
私達のルビコンだ。私達のコーラルだ、違うかい!?
それを後からノコノコと割り込んできた亡者どもに
奪われたまんまじゃ、格好がつかないだろう?
外野に勝手に燃やされちまうくらいなら、
先に私たちが火を付けてやろうじゃないか」
『灰被り』はとびきり狂暴な笑顔で、こう締め括った。
「この星のコーラル全部を集めて
ブチ上げる、特大の花火だ。
今生の別れには、これ以上ない
手向けだとは思わないかい?」
───
「最後にお前と一緒にコイツの修復ができてよかったよ。
俺からお前に伝えるべきことはもう残っちゃいない。
免許皆伝ってところか・・・せっかく身につけた技だ。
せいぜい、これからも活かしてやってくれ」
「こっちこそ。本当に、世話んなったな、マックスさん。
あんたが俺の先生になってくれて、本当に良かった」
これが師弟の今生の別れだと理解した
ヴァッシュとマックスは、最後に互いの両手を硬く握る。
「私からも礼を述べさせてくれ。おかげでどうやら、
ヴァッシュの助手くらいは務まりそうだ」
隣に立つアシュリーも深く頭を下げたのち、
ヴァッシュの肩を叩いて脱出船への移動を促す。
脱出船を係留したハンガーの脇には、決戦に臨んで
最後の整備を受ける艦載機が並び立ち、
その中には一際目を引く漆黒のACの姿もあった。
「行くんだな。その選択の先に、幸運があることを祈る」
機体越しに声をかけてくれたムラサメに、2人は
それぞれなりの敬意を込めて敬礼の姿勢をとる。
「ザイレムを離れるのは責めないよ。それも選択だ。
そもそも、お前さん達はジャンク屋であって、
戦争屋じゃない。まして、この星がどうのとか、
人類の運命だとか、そんな物を背負わせるなんて酷な話だ」
ヴァッシュ達に視線を合わせていたムラサメの頭部が、
朱に燃える空の果てに聳え立つ
バスキュラープラントへと向けられる。
「・・・そういうのは、俺たちだけでいい」
言葉に窮するヴァッシュに代わり、
アシュリーが最敬礼の姿勢をとって
その覚悟にまっすぐに向き合う。
「・・・貴官の、そして、この作戦に臨む
すべての英雄達の・・・健闘を祈る」
左手でサムズアップを返すムラサメに深く頭を下げて、
アシュリーは後ろ髪を引かれがちなヴァッシュと共に
脱出艇へと乗り移った。
燃える成層圏を駆け巡るカーマンラインの潮流に乗って、
脱出艇はザイレムから遠ざかっていく。
遠望するザイレムはその周囲を無数の強襲艦に包囲され、
彼らがこれから対峙する困難を嫌でも認識させた。
「これで良かったのか、ヴァッシュ」
舷窓に張り付き、常ならず無口な相方に
アシュリーは声をかける。
「良いも悪いもあるもんかよ。
俺は・・・コーラル無しじゃ生きられない。
だってのに姐さんは、それを焼き尽くすと言ったんだ。
自分を切り捨てた相手に、ついていく義理なんかあるかよ」
拗ねた様な声音には年相応の少年らしさが滲み、
アシュリーは初めて、ヴァッシュがまだ14歳の
少年であることをまざまざと思い知らされた。
戦いは激しさを増し、艦隊の前衛とザイレムはすでに
交戦を開始している。
交わされる砲火が繰り広げる壮絶な破壊に
見入っていたのも束の間のこと。
「おい・・・!?こっちに来てるぞ!?」
誰かが叫んだ声で、船内はパニックに陥る。
アーキバスにしてみれば、皆殺しを躊躇う理由はない。
そしてこの船が、別命を帯びた敵でないという保証もない。
「クソッ・・・!アシュリー!出るぞ!!」
逃げ場のない船内でパニックに陥るドーザー達を掻き分け、
脱出艇のハンガーに格納した愛機へと乗り込んだ
ヴァッシュとアシュリーは、船外へと飛び出す。
「これが・・・カーマンラインか。
アリオーンもここでは、天翔る天馬というわけだ」
「面白がってる場合かよ!やるぞ!!」
コーラル満ちる空と宙の狭間を
ガルブレイヴとアリオーンが駆け抜け、
脱出艇を襲う強襲艦に挑みかかる。
「前方は輻輳照射レーザーの射角だ。
艦の高度に合わせて、水平方向から挟撃するぞ!!」
古巣の兵器の弱点を熟知したアシュリーの指示に従い、
ガルブレイヴとアリオーンは左右から強襲艦を攻め立てる。
分散した敵機を甲板上の対空機銃が迎え討つが、
いずれ劣らぬ高機動機。
それも今は、カーマンラインが供給する
エネルギーにより限界を超えた出力を獲得している。
軽々と迎撃を掻い潜ったヴァッシュとアシュリーは
甲板上に強行着陸し、至近距離から
砲塔群を蹴散らしながら艦橋へと突撃する。
「かつての同胞の艦も、こうなっては見るに堪えぬ。
せめて、私の手で沈め・・・!!」
アリオーンのレイピアとガルブレイヴのダガーが
艦橋に軌跡を交錯させ、一刀の元にその命脈を断つ。
沈みゆく強襲艦の先には、未だ無数の敵影が見える。
新たな脅威の現出に対応すべく動いた艦隊が、
ヴァッシュとアシュリーを遠巻きに包囲して、
射程差を利して一方的に攻め立てる。
「クソッ!こうなっちまうとうまくねぇな・・・!」
「・・・いや、上出来だ、ヴァッシュ」
通信に割り込んだのは、
もう二度と聞くことはないと思っていた声だった。
同時に、包囲陣の一角をなす艦影を、
複合エネルギーライフルの最大出力の一撃が撃ち貫く。
「チャティか・・・!助かるぜ!!」
ザイレム上層の市街地からこちらを援護するのは、
機動性を捨てて火力と射程に振り切った、
重戦闘仕様の
《笑えない》サーカスだ。
あれを捕獲するためにボナ・デアで繰り広げた戦闘が、
もう随分と昔のことのように思える。
「助力感謝する、チャティ。
こちらは外郭から敵艦隊を撹乱する。
火力供給はお前に期待させてもらうぞ」
「任せてもらおうか、ヴィル。
ボスの仕事の成果、お前にも見せてやろう」
高精度、かつ大火力の遠距離砲撃を投射する
《笑えない》サーカスと艦隊の内陣で撹乱を図る
ガルブレイヴとアリオーンの連携は奏功し、
強襲艦隊は徐々にその数を減らしていく。
「なるほど。スネイルの奴が手を焼く訳だ・・・
相手してやる。退屈させてくれるなよ」
その声は、ザイレム内部に破壊の暴風を巻き起こす
群青の機影から放たれた。
「敵AC、ロックスミス。識別名、V.Ⅰフロイト・・・
アーキバスの最高戦力だ。逃げろ、チャティ!!」
市街地に背を向けたチャティが敵機に対応するには、
ヴィルの警告は遅きに失した。
兵装接合部をピンポイントで捉えたブーストキックが、
背部ミサイルポッドを跳ね飛ばす。
「まずは、安そうな方から片付けよう」
すかさず抜き放たれるレーザーブレードが、
複合エネルギーライフルを切り飛ばす。
続いて火を吹く散弾バズーカで機体がついに硬直し、
動きの止まったタンクACの履帯を、頭部を、
腰部関節を、コックピットハッチを、
精密制御されたレーザードローンが精密に撃ち抜く。
「ボス・・・ビジター・・・」
時間にして・・・わずかに5秒で、
《笑えない》サーカスは大破に追い込まれた。
「チャティ・・・ッ!!」
我知らず、ヴァッシュは飛び出していた。
胸を叩き、血中のコーラルを呼び覚まして
機体を紅蓮の光に包む。
「待て、ヴァッシュ!イグニッションに頼りすぎるな!!」
増大した出力に物を言わせて猪突するガルブレイヴを、
アリオーンも全力で追う。
「止めるなよ・・・!
今使わなけりゃ、いつ使うってんだ!!」
特例上位ランカー、アリーナランク、Sー1。
正真正銘、このルビコンで最強のAC乗りが相手なのだ。
手を抜いてどうにかなる敵ではない。
炎を引き連れ、ザイレムに舞い戻ったガルブレイヴが
アサルトブーストの慣性を乗せた渾身の斬撃を放つ。
「・・・ほう」
こともなげに薙ぎ払ったブレードに打ち込みを凌いだ
ロックスミスが、纏わりつくガルブレイヴを
ライフルで冷静に迎え撃つ。
「ただの強化人間ではないな。そういう動きだ」
オープン回線越しに、野獣めいた舌なめずりが
はっきりと聞こえた。
「少しは、楽しませてくれよ」
距離を取る敵手を咎めるべく放った双対ミサイルが
軌道を変える前に、フロイトは転針していた。
ヴァッシュが戦術の切り替えを判断した時には、
目前に迫った敵機を迎撃するはずのボレーガンは、
すでにロックスミスの足に蹴り飛ばされている。
「早ぇえ・・・!今の、俺よりも!?」
それは、機動だとか、反応だとか、そういう
フィジカルのみで到達できる次元の迅さではない。
見えている世界が、違うのだ。
フロイトの目には、2手も3手も先の自分の行動が、
手に取るように読まれている。
そう悟った時には、もう手詰まりだった。
散弾バズーカが至近で爆ぜ、視界を爆炎で埋めた隙に
すでに展開されていたドローンが周囲を包囲し、
関節を撃ち抜く弾幕が張り巡らされている。
「嘘だろ・・・?」
戦士の頂きとは、これほどまでに遠いのか。
身を苛む熱に耐え、命を削る覚悟で臨んでなお、
手も足も出ない、絶望的なまでの戦力差。
「仲間の仇一つ、討てねぇのかよ・・・!」
致命の一撃となるであろう、レーザーブレードの
最大出力の一撃が間近に迫るも、ACS負荷限界を
迎えた今のガルブレイヴに争う術は、ない。
「訂正してもらおう」
その言葉と共に、ロックスミスを直撃するバズーカの
特徴的な連鎖爆発には見覚えがあった。
「俺はまだ健在だ」
多段炸裂バズーカを構える《笑えない》サーカスを
包むパルス防壁は、緊急防護機構ターミナルアーマー。
自分がかつて不意打ちを受けた機能に、
今度は窮地を救われるとは。
「やっと追いついたぁ〜〜〜!
チャティの避難は僕に任せて!
ヴァッシュ?負けちゃダメだからねっ!!」
遅れて到達したアリオーンが、満身創痍のチャティを
安全圏まで護衛すべく戦場から離脱する。
「ヘッ。犬死にしてたまるかよ・・・!
そっちこそ、頼んだぜ!」
コーラルイグニッションの弊害だろうか。
脳裏を掻き乱す耳鳴りに苛まれながらも、
ヴァッシュは気丈に言葉を返す。
仕切り直しとなった戦闘だが、対するロックスミスは
明からさまに興が削がれた様子だった。
「・・・今、この場で摘むのは気が乗らんな。
逃げるなら止めはしない。さっさと失せろ」
思いがけぬフロイトの言葉には、
ありありと失望の色が浮かんでいた。
ここまで明け透けに侮られたのは、
ヴァッシュも初めての経験だったが、それも当然と
思わせるほどに、両者には歴然たる実力差があった。
それでも。
「ふざけろよ。こうなっちまったからには・・・
俺はもう、逃げる訳にはいかねェんだよ!!」
自分を捨てたカーラへの感情にはまだ、整理がつかない。
それでもここで、彼らを捨てるのは正しい選択ではないと、
今のヴァッシュは根拠も分からぬままに確信していた。
「まさか、戻ってくる羽目になるとはな。
戦場の女神ってやつは本当に性根が悪い」
後背から襲いかかるコーラルライフルの一撃を、
ロックスミスは難なく回避する。
「・・・ムラサメ!!」
傷ついたガルブレイヴを庇うように
ロックスミスの前に姿を晒す漆黒のAC。
「ヴェスパー首席隊長、フロイト。
悪いが計画の邪魔だ、消えてもらおう」
「・・・面白い趣向だ。いいだろう、乗ってやる」
およそ、命を賭した戦場とは思えぬ言葉と共に、
ロックスミスはムラサメへと踊りかかる。
深く踏み込む斬撃の機動を見切り、跳躍したムラサメが
ミサイルと併せてレーザードローンを展開。
応じたロックスミスも同じくドローンを展開し、
両者が操る攻撃端末が、激しく交錯する両機の周囲で
目まぐるしくドッグファイトを繰り広げる。
「お前は『当たり』だな。俺の他にここまで
ドローンを扱える奴がいるとは」
アサルトライフルの速射弾とコーラルライフルの赤光を
高速機動の合間に撃ち交わしながら、
両機は大規模戦闘が展開する戦場の只中を駆け巡る。
周囲で激突する雑兵など、あってなきものが如く。
隔絶した領域で鍔迫り合う2人のエースの機動には、
もはや何人たりとも関与する余地がなかった。
「バカ凄ぇ・・・これが、『本物』ってヤツかよ」
所詮自分など、理も技もなく勢い任せで
機体を振り回すだけの素人に過ぎなかったのだと、
まざまざと思い知らされる。
歯噛みするヴァッシュだが・・・
手をこまねいている訳にはいかない。
「その機動。まさに研ぎ澄まされた刀のようだ。
美しいが・・・同時に、脆い」
アサルトブーストで急迫するロックスミスを
迎撃すべく、直撃を期してムラサメは
光波ブレードの最大出力の一撃を放つ。
「横合いから打ち込めば、容易くへし折れる」
高速前進にバッククイックを割り込ませ、
機動ベクトルを直角に曲げる。
常識を覆すような垂直跳躍機動で渾身の一刀を跳び交わした
ロックスミスが散弾バズーカを撃ち下ろし、
ムラサメとその周囲一帯を爆炎に包む。
朱の炎を切り裂く、大上段からの光刃がムラサメの
首級を刈り取るべく縦一文字に奔る。
「俺を・・・無視してんじゃねぇよッ!!」
交戦するロックスミスとムラサメの周囲を駆け回る
ガルブレイヴが、展開したレーザータレットを一斉起動。
四方から閃くレーザーが、ロックスミスを打ち据える。
「なるほど。そういう戦い方もあるか・・・面白い」
止めを阻まれたロックスミスが後退したタイミングで、
ガルブレイヴが大きく踏み込む。
「おぉぉおおおおおおああああ!!!」
今のヴァッシュに残された手札は、勢いだけだ。
腰だめに構えたレーザーダガーを真っ直ぐに
ロックスミス目掛け突き出す。
「捉えられるものか。そんな機動ではな」
容易く鋒をすり抜けたロックスミスの膝蹴りが
ガルブレイヴの腹を捉え、抱え込まれたその全身を
ドローンが滅多刺しに撃ちまくる。
「───そいつはどうかな」
その側面。回り込んだムラサメのコーラルライフルが
ロックスミスへ突きつけられる。
零距離で叩き込まれたチャージショットが、
ロックスミスを大きく吹き飛ばす。
「V.Ⅰ。何を遊んでいるのです。
貴方には重要な任務を預けてあるはずです。
野犬など捨て置きなさい」
無視できぬ痛打を被ったロックスミスが間合いを
取り直したところで、神経質な声が通信に割り込む。
「ああ・・・そうだな。
今回は十分に楽しませてもらった。
寄り道はこの辺りにしておこうか」
あっさりと割り切り、ロックスミスは後方へと身を投げる。
市街地レイヤーの端から空中へ飛び出した機影は
自由落下と共に間も無く視界から消え去っていった。
「やれやれ・・・深追いは禁物か。
お前も、厄介な戦闘狂に絡まれて災難だったな」
緊張が解けたムラサメに助け起こされ、
ガルブレイヴはどうにか再び立ち上がる。
「戦闘はもう無理かもしれんが、一応は動けるな。
よし、一度態勢を整えるぞ」
そこへ、窮状を察したと思しいもう一体のACが降り立つ。
「お前は・・・噂の独立傭兵レイヴンか。
助かる。一緒にこいつを運べるか」
言葉もなく歩み寄るACが、肩を貸すべく
ガルブレイヴに接近した・・・かに見えた、その瞬間。
「がッ・・・!?」
衝撃がヴァッシュを襲う。
「レイヴン・・・何を!?」
フロイトが去った断崖へ自らも蹴り落とされながら。
頭上で相対する2体のACを、ヴァッシュは見上げていた。
「そうか。そういう『選択』をしたんだな」
レイヴンの真意を察したムラサメの反応は早かった。
「だが俺も、『選択』した。この星を焼いて、
人の理を守るという道を」
しかし・・・レイヴンは、それ以上に早かった。
躊躇いなくレイヴンへ向けられた銃口を容易く潜り、
叩き込んだ一撃は、先の戦闘で損耗した
ムラサメにとどめを指すには十分だった。
「届かないのか・・・この機体を以てしても」
変声機がイカれたのか、漏れ聞こえる声が変質する。
「なぜだ・・・なぜ俺は、何一つ守ることができない!?」
苦渋の滲む青年の本来の声には、先刻までの余裕はなく。
痛ましいまでの慟哭には、その胸の裡に刻まれた
悔恨がありありと滲んでいた。
諸共に堕ちるガルブレイヴとムラサメに一瞥をくれ、
レイヴンは飛び去る。
ザイレムの総指揮を執る、
シンダー・カーラの待つ貯水ドームへと。
「レイヴン・・・なんで。
なんでなんだよッ・・・!!!」
叫ぶヴァッシュの声を聞き届けるものは、
もう誰もいない。
関連項目
最終更新:2024年01月24日 21:33