今となっては生活環境の一部と化した、
カーゴトレーラーの微かな振動が心地よい。
ルビコンの大地を駆けるヴァッシュとアシュリーの
生活拠点にして、2人で立ち上げた
ジャンク屋兼コーチビルダー、
『アッシュカンパニー』の移動拠点である。

見慣れた煤けた天井を遮る、いつもの少年の顔が
目を覚ましたアシュリーを真っ直ぐに見つめている。
「ずっと側にいてくれたのだな。感謝する」
身を起こすアシュリーにフィーカのマグを手渡しながらも、
ヴァッシュは決して彼女に目を合わせようとはしない。

「俺も、気絶中にヤツに干渉されたことがあるからな」
以前の彼を知るアシュリーからしてみれば、
ヴァッシュの言葉は別人かと思えるほどに暗く、重い。
声変わりのせいだけではない。
急に伸びた身長のせいだけでもない。
地獄の釜を覗き見て荒みきった眼差しからは、
かつてのような溌剌とした輝きが失われていた。

それもこれも、自分のせいだ。
自分の体に取り憑いた、敵性Cパルス変異波形は
おそらくまだ、消え去ってはいない。
ヴァッシュの決死の救助によって沈静化してはいるが、
いつまた何のきっかけで息を吹き返すかわからない。

そして、一度動き出せば、それは人類に牙を向き、
その炎で真っ先にヴァッシュを飲み込むだろう。
それでもヴァッシュは、私に傍にいることを許してくれた。
最も警戒すべき対象を間近で見張るのは当たり前だと
彼は言ったが、それは同時に、私を守るためだということも
言わずとも伝わっている。

苦いばかりで味気ない、安物のフィーカだが、
その暖かさにはヴァッシュの不器用な気遣いを感じた。
「お前、もうアレは諦めろ」
徐に口を開いたヴァッシュが指す『アレ』、
それこそが、アシュリーがこうして気絶し、
看病されるハメになった元凶に他ならない。

アリオーン・パンドラスペシャル。
かつての遭遇戦でパンドラが語った、
アリオーン改修の提案が実行に移された結果、
封鎖機構製ACはそのコンセプトを先鋭化させた
狂気の魔改造機に変貌を遂げた。

パンドラと個人的に友誼を結んでいるという
シュナイダーの技術者、エアハルトも
本機の完成に多大な貢献をしてくれたのだが・・・

類は友を呼ぶ。
シュナイダーが掲げる機動力至上主義の
権化ともいうべき彼の設計からは防御という
概念が欠落しており、2人のスピード狂の
格好の実験素材となったアリオーンは
ACの常識から逸脱した怪物と化した。

まず下半身がおかしい。
シュナイダー製の軽量二脚と軽量逆脚を前後に
繋いで、アリオーンの獣型四脚をさらに大型化した。
アリオーンのモーションデータを移植したとて、
構造からして別物なのにまともに動くはずもなく。
その最適化までにテストパイロットである
アシュリーは何度転倒事故に遭遇したかわからない。

それでも飽き足らぬ変態技術者たちは
さらにその脚部の左右に更なる推進器を増設した。
アーキバス先進開発局が開発したレーザーランスの
スラスターアレイを左右に装着。
そこに衝角代わりのパルスミサイルランチャーを装備して
極限の高機動を追求。

結果生まれたのが、地上を超音速で駆け巡る
モンスターマシンである。
「・・・頭イカれてんのか??」
実機を目にして、さすがのヴァッシュも呆れた。
「それを敢えて確認せねばならぬ君の方が心配だぞ」
アシュリーがため息混じりに応えたほどに。
それは規格外の変則構成であり、挙動の最適化のためには
テスト運用を重ねるしかないのだが・・・
限界機動時の運動特性を調整する作業は
まさに危険と隣り合わせ。

そして此度も、高速機動試験の加速度に耐えきれず
昏倒し、今に至る・・・というわけである。
「悪いが、ここは譲れないな。君にいつまでも
先を譲ったままでは戦士としての沽券に関わる」
幸い、軽い脳震盪だけだったようで大した怪我はない。
早速、先のテスト結果を解析しようと
立ち上がりかけたアシュリーだが、
その両肩をヴァッシュが強引に抑え込む。

「いや、いいんだ。お前はもう戦うな。
いつ、どんなきっかけでアイツが
目を覚ますかわからないんだぞ。
いざとなったら、俺がイグニッションを使えばいい」
アシュリーを見つめる左目にはコーラルの赤光が滲み、
ヴァッシュの暗い決意を裏付けるようにパチパチと爆ぜる。

「・・・いいわけがないだろう!!」
それこそ、アシュリーの方が耐えられない。
両肩にかかるヴァッシュの手を振り払い、
アシュリーがヴァッシュの肩を掴み返す。
ほんの一カ月前とは比べ物にならないほどに
逞しくなった肉体は、診察したクアック・アダーによれば
17歳相当に成長しているのだという。

「15歳のヴァッシュも、16歳のヴァッシュも、
もう二度と帰って来ないんだぞ!?
そんなの・・・悲しすぎるだろう・・・!」
コーラルイグニッションの反動である。
コーラルの活性化に伴う身体機能のブーストが
肉体に過負荷をかけた結果、代謝が異常に活性化して
老化を促進させるのだ。

カーラが語っていたイグニッションのリスクの
実態をまざまざと間近に見せつけられて、
アシュリーが虚心でいられるはずもない。

指が食い込むほどに強く両肩を掴みながら、
俯いたアシュリーが肩を震わせて泣いている。
ヴァッシュもまた、返すべき言葉を見つけられず、
重い沈黙が2人の頭上にのしかかる。

「・・・取り込み中失礼する。ミズ・インレからの通信だ」
遠慮がちに着信を知らせるヴィルの声で、
無言のままアシュリーの前を去ったヴァッシュが
コンソールに座り、反企業連合『ブラックリスト』の
ハクティビストからの通信に応答する。

「お久しぶりですねぇ、ヴァッシュさん。
この度はRaDからの独立、おめでとうございます。
グリッド086で交わした契約の件。
覚えていらっしゃいますかー??」
開口一番、インレが切り出した契約が、
思い返せばことの発端であった。

鹵獲した封鎖機構製AC、アリオーンの
設計データを売り捌こうと思ったが
その価値を判定しかねるため、しばらく
ヴァッシュが搭乗員共々に預かり、
実戦でデータを積み上げてその価値を証明する・・・
という無茶な依頼から、2人の旅は始まった。

「こちらでも、あなた方の活躍は拝見しておりましたー。
とっても、面白いデータを色々と見せていただいて。
私としても、すごく興味が湧いてきましたぁ。
アリオーンだけでなく・・・その搭乗者。
アシュリー・ゴッドウィン嬢も含めてね?」
にこやかな口調。笑みを象り細められた双眸。
完璧に取り繕われたアルカイックスマイルの奥から
なおはっきりと感じる、底なしの深淵めいた悪意。

この死の商人は・・・どこまで知っているのか?
おそらくは、全てだ。
アシュリーの中に眠る、コーラルの意思、
敵性変異波形の存在をも。
そして今や、彼女の標的はそちらに移っている。
「報酬は十二分にご用意しておりますよ?
アリオーンとアシュリー嬢を、我々にお引き渡しください。
ええ。決して・・・悪いようには致しませんとも」

あの依頼を受けた時は、この世間知らずの
お守りをまだ続けるハメになるのか・・・と、
がっくりと肩を落としたものだが。
「・・・悪ィ。アレはやっぱり譲れねぇ。
思いのほか具合がよくってな。愛着が湧いちまった」
いつからだろう。
アシュリーを、アリオーンを、かけがえのない
相棒だと認めるようになったのは。

義足のインレの悪名は、RaDにいた頃から
様々な形で伝え聞いている。
曰く、ドーザーをまるで道具のように消費して
憚らず、逆らうものを排除するにあたっては
一片の憐憫すら見せぬ、真性の悪党であると。

そんな彼女が、アシュリーに
如何なる運命を用意しているのか。
想像するだに恐ろしい。

「それは・・・つまり。
私と交わした契約を、一身上の都合で破棄される、
ということでよろしいでしょうか〜?」
インレは、あくまでもにこやかに。
「それでは。契約違反に対する報復を実行いたしますねー?」
宣戦布告を突きつけた。

直後、カーゴトレーラーを激震が襲う。
「言ってすぐにコレかよ!?
用意がいいこったなぁ、オイ!!」
両手でデスクを掴み振動に耐えるヴァッシュが
苦し紛れに吐いた皮肉さえ、どこ吹く風。
「ええ。ビジネスはスピード感が命ですからねぇ?」
インレは平然と言ってのける。

「ガラルドーは、しつこいですよぉ?
せいぜい頑張ってお逃げなさい?
ああ、今更気が変わったなんて仰っても
お受け致しませんからそのつもりで。
生き延びられたら、ぜひまたお話ししましょうねぇ?」
いけしゃあしゃあと嘯いて、インレは一方的に通信を切る。

「ンにゃろーッッッ!!
こっちにまともな戦力が無ぇタイミングを狙いやがって!!」
ガルブレイヴはザイレム戦での損傷が著しく
全面改装中だし、アリオーンは前述の通り。
まともな武装も施していないカーゴトレーラーを、
執拗に上空から追撃するのはガラルドーの乗機、
アルデバランのみではない。

逃げ込んだ丘陵地帯にはすでに、RaD製MTが
群をなして待ち構えており、こちらの選ぶであろう
退路すら敵の掌中であることを思い知らされる。

「時間をくれてやろう。さぁ、武器を取れ。
戦って死ね。俺が殺してやる」
ガラルドーの追跡は執拗ではあったが、
その攻勢は明らかに手加減されていた。
周囲に着弾するバズーカとグレネードの爆風が
繰り返しカーゴを揺さぶるが、伝え聞く彼の技量を
思えば、鈍重なカーゴトレーラーを撃ち抜くなど
造作もないはずだった。

弄ばれているのか。
止むを得ぬ選択とはいえ・・・
やはり義足のインレは敵に回すべきではなかった。
今更の後悔に苛まれるヴァッシュをよそに、
アシュリーが格納庫へと駆け込む。

「おい待て!あんなモンでどうにかなる相手じゃねぇ!!」
ヴァッシュの制止を無視して、
アシュリーはアリオーンを起動する。
「いや。行かせてもらうぞ。
これ以上、君の後塵を拝するのは戦士としての矜持が許さん」
周囲を囲むクレーンやタラップが後退して、
カーゴユニットの後方が展開。
新たな姿に生まれ変わったアリオーンが月に照らされ、
荒野に躍り出る。
「生まれ変わったこのアリオーンで・・・
ヴァッシュ。今こそ私は、君に追いついてみせる」

「それでいい。木偶を潰してもつまらん。
せいぜい足掻いてみせろ」
ガラルドーが、アリオーンに標的を切り替えて
アサルトブーストに突入。
持てる火力の全てを叩き込むべく急迫するが・・・

「・・・ほう」
新生したアリオーンの加速は、
百戦錬磨の狂戦士をも感嘆せしめた。
ガラルドーがこれまでに対峙してきた、
あらゆる標的を上回る瞬間加速でアリオーンは
アルデバランの突撃を潜り抜ける。

高機動戦闘特化脚部2種の跳躍力と
補助ブースターの出力にものを言わせ、
規格品のACでは到達し得ない速度域に突入したアリオーンが
行手に待ち受けるMT部隊に踊りかかる。

まずは、両肩と両腰。
包囲型ミサイルとパルスミサイル、合わせて
4基のミサイルランチャーが一斉に火を噴いた。
置き去られたマイクロミサイルに先んじて
高速射モードのパルスミサイルが先陣を切り
パンチャーとキッカーで構成された前線に
パルス爆発を連鎖させるが、RaD製MT部隊は
これを後付けされた装甲板で凌ぐ。

だがそれは、あくまでも目眩しに過ぎない。
パルスの爆光を遮る防御姿勢を解除した頃には、
アリオーンはすでに至近に迫っていた。
それまでに、経験したことがないほどの急接近。
反応する暇もなく、叩き込まれたインパクトガンの一撃で
MT部隊の一角が切り崩される。

クイックブーストの跳躍の最中に、
アシュリーはクイックターンで機体を転回させる。
両足で砂塵を蹴立て、横滑りに制動したアリオーンの両脇で
レーザーランスから拝借したブースターユニットが展開。
最大出力で機体の運動ベクトルを強引に180°捻じ曲げる。

同時に、両脚の馬力をフルに生かした跳躍と共に
クイックブーストとアサルトブーストを同時発動。
ルビコン随一のスピード狂がアリオーンに
ぶち込んだ推進力の全てが一度に弾け、
アリオーンは音速の壁を突き破る。

「っく・・・!!」
アシュリーの全身を包む耐Gスーツがフル稼働し、
全身を打ち据える衝撃を受け止めるが
それでもこの加速は殺人的だ。
最新鋭の強化措置を施されたアシュリーでさえ、
前方の視界が赤く染まり、意識が闇に飲まれそうになる。
「まだだ・・・!!」
歯を食いしばり、アシュリーは脳裏にヴァッシュの姿を思い描く。

コーラルブラッドを炉に焚べて、命を燃やして
戦った相棒と、肩を並べたいのならば。
「この程度の壁で!今の私を阻めるものかよ!!」
絶叫と共に。アリオーンの両腕が振るわれる。
抜き放たれたのは、インパクトガンと一体化したレーザーレイピア。
二振りの刃が空気の壁を引き裂くように左右へ払われ、
すれ違いざまのMT2体を深く切り裂く。

一拍遅れて。
アリオーンが置き去りにした音の壁が、怒涛となって押し寄せる。
逆巻き荒れ狂うソニックブームが砂塵を跳ね上げ、
MTに刻まれた破断面から内部へと浸透する。
爆風めいた衝撃波に内部から破壊されたMTが
粉々に砕け散って撒き散らされたころ、
ようやく展開されたミサイル群が敵陣に殺到する。

後方から突き抜けたアリオーン本体とは逆方向から
襲来したミサイル弾幕が、挟み撃ちの格好となって
敵陣を蹂躙、完膚なきまでに壊滅させる。

背後で自らが巻き起こした破滅など目もくれず。
包囲網を食い破ったアリオーンは限界機動で爆走する。
地上を超音速で駆け巡る、前代未聞のモンスターマシンの
進む先には、衝撃波が巻き起こす濛々たる砂塵がたち込め、
当たる全てを木っ端微塵に打ち砕いていく。

「アシュリー・・・無茶しやがって」
イカれたマッドサイエンティストの失敗作かと
思っていたアリオーンがついに発揮した真の実力に、
ヴァッシュも思わず感嘆の声を漏らす。
「君が言えた義理ではないな。
何なら、ヴァッシュに負けるわけには行かないと
思うからこそ、彼女は今も戦っているのだ」
ヴィルの言葉に、ヴァッシュが表情を曇らせる。
「つまり、あいつも・・・この気持ちに耐えてたってことか」

自分が矢面に立って苦しめばいいと思っていたが。
それこそ、とんだ独りよがりだった。
そうまでして自分のために戦ってくれる者が
それ故に傷つく姿を、見せつけられる方の
身にもなってみるべきだった。
「これからは、お互い様で行くしかねぇな」
改めて、自らの背を預けるに足る力を得た相棒の姿を
ヴァッシュはその目に焼き付ける。

「なるほどなるほど。些か悪趣味なカスタムですが、
確かに評価に値する戦力です。
そちらさえ了承していただけたなら、
十分な対価を用意いたしましたのに・・・残念ですねぇ」
アシュリーの活躍によりカーゴトレーラーの
行手を阻む敵部隊は排除されたが、
それでもまだ最大の脅威は去ってはいない。

「ガラルドー。もう十分でしょう。
契約を遂行してください」
インレの言葉に、無言で従ったガラルドーが矛先を転じる。
改めてカーゴトレーラーに向けられた
銃口には、もはや先刻のような容赦はない。

「させるものか・・・!」
状況の変化を察知したアシュリーは即座に転進。
全速力でカーゴトレーラーの元へと駆けつける。
相当に離れていたはずなのに迎撃を間に合わせた
その移動能力は瞠目すべきものではあるが・・・

「なかなか面白い機体だ」
トレーラーの前に割り込んだアリオーン目掛け、
アルデバランが再び迫る。
「だがこの状況では、その強みを活かせまい」
アサルトブーストの加速を乗せて放たれる
バズーカとグレネードを、アリオーンはかわせない。
背後のトレーラーに代わり、装甲というべきものを
ほとんど全廃された躯体でガラルドーの猛攻を受け止める。

ガラルドーの分析は正鵠を得ていた。
改造されたアリオーンは、高速を維持しての
ヒットアンドアウェイに完全に特化している。
今回のような定点にとどまる拠点防衛戦においては、
運動性の鈍重さに対し悲惨なほどの脆弱さしか持たぬ
正規型ACの劣化品にしかなり得ないのだ。

「もういい・・・!アシュリー、投降しろ!
あいつらの目的はお前だ、命まではとりゃしねぇ!!」
叫ぶヴァッシュに負けじと、アシュリーも吠える。
「馬鹿にするな!お前を生贄に捧げて、
私独りでおめおめと生き延びろというのか!?」

互いを守らんとするが故に、諸共に破滅するしかない
絶望的な状況を、思いがけぬ新たな戦力が覆す。
「ちょっとォォォオオオ!!
イィ感じに盛り上がってんじゃないのッッッ!!!」
上空から、それは満月を背負い降り来たる。
孔雀のように満天に開いた翼から放たれる
散布型ミサイルの豪雨が、アルデバランを包囲する。

「・・・ラカージュか。
ブラックリストを敵に回すことの意味、
わかっているのだろうな」
パルスブレードを振るいアルデバランに挑みかかったのは、
ヴァッシュにとっても旧知の人物だった。
「ピーさん・・・!!なんでここに!?」

独立傭兵集団『ラカージュ』を束ねるリーダー、ピーファウル
以前から何かとヴァッシュを気にかけてくれていた、
気のいい・・・おネェである。
「ンまぁ・・・有体に言うとデバガメね⭐︎
あーた達、いい加減ちょっとは
進展してンじゃないかと思ってお邪魔したらさァ・・・
無粋な輩が割り込んじゃって!許せないわよねェ!!」

ブレードがランスに阻まれたとみるや、
素早く飛び退ったピーファウルの愛機、
PEACOCKがニードルガンを駆使した機動戦に移行する。
アルデバランの火力をその卓抜した運動性能で巧みにかわし、
ピーファウルはガラルドーと互角の立ち回りを演じてみせた。

ガラルドーの実力は、ヴァッシュも伝え聞いている。

このルビコンに跋扈する数多の猛者たちの中でも、
至強の高みに位置する1人に相違ない。
今までの彼らならば、太刀打ちできなかった相手だ。

それをさえ正面切って迎え討つピーファウル
機動の美しさに、ヴァッシュは目を奪われた。
今までずっと感じていた、己の実力不足を
補いうる希望を、今こそ見つけたと言う確信があった。

「・・・業腹ですねぇ。どうやら、今回は引き際のようです。
ガラルドー、もう結構ですよ」
気づけば、周囲のMT部隊もあらかた壊滅している。
駆けつけてくれたのは、ピーファウルだけではなかったのだ。
彼が率いるラカージュの面々が、カーゴトレーラーを
守るように続々と参集するのを見ては、
流石のガラルドーも引き下がらざるを得なかった。

「まぁ、いいだろう。お前達とはまだまだ楽しめそうだ。
次こそは殺す。せいぜい、その日を震えて待つがいい」
言い捨てて撤退するガラルドーを、見送るのもそこそこに。
機体から降りたピーファウルにヴァッシュも駆け寄る。

「ピーさん!!今回ばかりは助かったぜ・・・!
なぁ、頼みがあるんだが」
そこまで言ったところで、ピーファウルの大きな体が、
ヴァッシュをきつく抱き止める。
「バカな子ね・・・!1人でカッコつけちゃって!!
アンタ達・・・ほっとけないわ。
ウチに来なさい、ビシバシ鍛えてあげるから」

未だ戦禍渦巻くルビコンを生き延びるために。
そしていつか。恩人の仇、
独立傭兵レイヴンに一矢報いるために。

ヴァッシュは、差し伸べられた
大きな掌を、固く握り返していた。




関連項目

投稿者 堕魅闇666世
最終更新:2024年02月01日 09:57