「作戦目標をクリア、いまから帰還する。」

1機のメランダーが敵だったものに向きながら本部に通信する。特に意味もない迷彩柄を全身につけたその機体は所々に弾痕があったが、特に問題はないようだった。


ドーザー排除...彼に課されていた任務は大したものではなかった。突然敵ACに襲撃されたことを除けば。そいつの機体構成は旧RaDの作業用フレームベースであり、機体性能はそこまで高くないはずだったが、異様なまでの機動性能、そして、そんなフレームに似つかわしくない武装が施されていた。おまけに、味方の撤退援護もしないといけなかった為、彼らしくなく少々手間取ってしまった。

敵ACの残骸を見つめながら顔をしかめている彼に、味方からの通信が届く。彼がもう少し遅かったら死んでいた、感謝する。と。

通信内容を聞き、リオ・グランデは少し表情が和らぐ。感謝されるのは嫌いではないが、照れて浮かれるのもアレなため、「気にすんな。」とそっけない返事だけを返す。

照れ臭さをなくすために、彼は思考を切り替える。この敵ACは作戦内容に含まれていなかったが、諜報部やら本部やらがどうとか言うと、帰った時がめんどくさそうだった。そして、このACから感じた違和感の正体を解明したかった彼は、少し躊躇いながらも、コクピットの中身を確認することにした。

ドア・ノッカー...彼のACが片膝を突き、コクピットが開く。昇降機を使い地面に降りた彼は、撃破された敵ACによじ登ると、コクピット部分を探り当てた。が、すでにコクピットは開いたままであった。

「脱出されていたか。」

違和感を拭うことができず、彼は顔を再び顰める。ドア・ノッカーに乗り込み、機体を通常モードに設定する。帰還しようとしたが、スキャンに反応が出る。

ACだ。

「何者だ...?」

彼は冷静になって通信をする。機体ダメージは大きくはないが、これ以上、不明な敵の相手をしたくない彼は可能ならば「平和的」に解決しようと考えていた。ACから通信が入る。

「オマエハ、ナニモミナカッタ。オマエニハ、ナニモカンケイナイ。コノバカラ、サレ。」

明らかにボイスチェンジャーを使用した声だ。ノイズが混ざりながらも、何を言っているかが理解できるその声は、最初期のAIの発するあの不気味な声にそっくりだ。

「味方がこいつに襲われていたんだ。そしてこいつを撃破したのは俺だ。てめぇこそ何様のつもりだよ、こそこそしやがって。さっさと出てきたらどうだ?」

この時点でリオの機嫌は悪くなっていた。見えないヤツとの通信も、嫌なものだった。

返答が来ないため、リオは戦闘態勢に入ろうとした。が、そうしようとしたその瞬間、ヤツからの通信が入る。

「ワカッタ。」

そう言い放ったヤツは、天井から降ってきた。
リオに対して後ろ向きに着地したヤツは、ゆっくりとリオの方に機体を向け直す。

機体を見たリオは相変わらず顔を顰めていたが、彼の頭はすでに結論を出していた。

コイツの相手はまずい。と。

ヤツのフレームはALBAベースだったが、一部パーツが違っている。しかし、ALBAフレームなんてものを扱う奴ら自体が少なく、それの一部を使っているだけでも、ヤツが只者でないことは明らかだった。そして、ヤツの施している武装は完全に近接型ACのそれであり、この狭い場所では分が悪すぎた。

「テメェが誰かはどうでもいいし、聞くつもりもない。だが、目的を教えろ。なぜここにいた?」

コアに貼られているヤツのエンブレムと思しきものを見つめながら、リオは言い放ち返答を待つ。彼にとっては嫌な時間が過ぎる。

「ソノACダ。」

ヤツは右手に持っているSAMPUを、リオが倒したACに向ける。

「なら、終わったことじゃねぇか。そいつは俺が倒した。」
「アァ、ソウダナ。」
「じゃあなんでまだここにいるんだ?お前は。」
「ソレイジョウハ、オマエニハカンケイナイ。」

ただただ薄気味悪い。「目標」とされたそのACはとっくに沈黙しているが、ヤツもここから動く気配がない。だが、敵対しているわけではないので、リオにとって話は別だった。

「そうか、好きにしな。俺は関係ないんだろ?じゃあ、さっさとずらからせてもらう。」
「ケンメイナ、ハンダンダ。」

リオは機体をヤツに向けたまま、後退していく。
そうだ。リオにとってはどうでもいいことなのだ。それに、ヤツの機体は覚えられたため、後から調べれば良いことだったのだ。スキャンを張り巡らせながらシステムを通常モードに切り替えようとしたが、再び何かにレーダーが反応する。

「新手...ヤツの仲間か?」

その方向に向き直るが、何も確認できない。だが、スキャンは相変わらず反応している。

ドア・ノッカーは左手にGOU-CHENを構え、再びヤツとの通信を試みる。

「俺には関係ないはずだったろ?じゃあお仲間さんがなぜここいいる?」

返答を待つ。まわりの時間の流れが遅くなったかのようだ。そして、リオにとって人生で最も長いおよそ30秒が過ぎた後、ヤツからの通信が入る。

「シニタクナケレバ、ソレヲウテ!」

薄気味悪いヤツの言いなりになるのも嫌であったが、リオはすでにトリガーを引いていた。GOU-CHENから放たれた弾はスキャンした目標にクリーンヒットする。凄まじい爆発が起きると同時にソレは吹き飛んだ。見えなかったソレがあたりに飛び散る。

残骸を見て、リオはそいつが何かを思い出す。彼が前の任務で撃破した不明MT...その同列機であることに文字通り一発で気づいたリオは、ヤツのいたところに戻る。ヤツも戦闘を始めていたようだった。ヤツはすでに不明MTを何機か倒していたようだが、スキャンにはまだ多数のMTが写っていた。

「手こずってるみたいだな?」
「ダマッテ、テヲカセ!」
「それ人に訊く態度じゃねぇだろうがボイチェン野郎!」

ヤツの薄気味悪さが薄れたわけでもなんでもない。しかし、共通の敵が現れたのなら、十分共闘をする理由にはなる。ドアノッカーとヤツの機体が背中合わせになり、双方共に戦闘態勢に入る。

敵はまだ多数。しかし、やらなければこちらが死ぬ。

「イクゾ、リオ!」
「なんで俺の名前を知ってんだよ!?」
「ジョウホウツウヲ、ナメルナヨ。」
「ふざけんじゃねぇ!」
「キンキョリガタハ、オレガツブス!キョリヲトッテイルヤツハ、オマエガヤレ!」
「命令するな!?」

不明MTたちが波状攻撃を仕掛けるが、何故か連携が取れている2人によって次々と薙ぎ倒されていく。当のリオは最高に不機嫌そうな顔をしていたが。

「数だけはやたら多いな!?何機いるんだよこれ!」
「ウツノヲヤメタラ、シヌゾ。」
「こいつらの撃破報酬が給料に適応されるといいが!」
「シャベリスギダ。キヲチラスト-」
「死ぬんだろ?お前こそこっちを気にしていていいのかよ?」

GOU-CHENから放たれる一撃により、まとめて数機が吹き飛び、ヤツの使っているBU-TT/Aが、近づいてくるMTを何でもないかのように切り飛ばしていく。その場が硝煙の匂いと溶ける鉄の匂いで充満していることなんていざ知らず、2機は戦い続ける。その絵面はまさに地獄だった。

「グレネードの弾が切れたか!」
「テキハ、アトスコシダ!」
「うるせえ!」

リオはGOU-CHENをパージし、SCUDDERに切り替え、応戦を続ける。彼の正面に立つMTたちは次々と穴だらけにされ倒れ伏していく。多数いた敵もいつのまにか残り少なくなっており、ついに、最後の1機をヤツが破壊した。パルスブレードで叩き切られたMTは、左右が真っ二つになってその場に倒れ伏せる。パルスブレードの軌跡も刀身も消えたところで、リオがヤツに通信する。

「これで全部みたいだな。」
「ソノヨウダナ。レイヲイウ。」

リオは左手のSCUDDERをハンガーになおし、二機は向き合う。

「マジでなんなんだよお前。」
「オレガダレカハ、キカナイト、イッテイナカッタカ?」
「黙れよ。」

余韻に浸りながらも、リオは警戒を解いていなかった。
今度こそ帰らせてもらう。と言おうとした彼だったが、この前ふざけ半分で整備班の奴らと一緒にACに仕込んだものを思い出したため、初めて使用してみることにした。ムカつく野郎に対してピッタリの機能だった。

「じゃあ、俺はここで帰還させてもらうが最後に一つ。」
「ナンダ?」

そう聞かれたリオは、ドア・ノッカーの左中指をヤツに向かって立てた。相手に見えていないのを分かった上で、リオはニンマリと、チンピラがするような悪い笑顔を作る。

呆れたため息をつくヤツを尻目にリオはさっさとその場から抜けた。

「ナンダッタンダアイツハ...でも、まあいいか。あとはコイツを回収しないとな...」



その後、リオと整備班の一部メンバーのやったことがバレてしまい、彼が怒られたのはまた別の話である。また、リオは今回の件に関して追加報酬をもらうことはなかった。

(おまけ)

テーブル上の冷戦



レッドガンの食堂で女兵士がくしゃみをした。

「大丈夫っすか?アードさん。」

同席しているリオ・グランデが彼女に聞く。お互いに訓練時代の頃から知っている人物ではあったが、実のところ、リオはアードのことは苦手であった。同席しているこの状況も彼が望んだものではなく、食堂が混んでいなければ別のところに座っていただろう。

「誰かがアタシのこと話してた気が...」

共通している点もあまりないため、話せることが少ない。しかし、気まずいままなのもいやだった彼にとって、メタウロの乱入は渡りに船だった。女性同士ならもう少し話せることが多いだろうしちょうどジャーマンポテトを食べ終われたからさっさとずらかろう、というリオの考えは、無慈悲にもメタウロに呼び止められたところで駄目にされた。

彼にとっては凄まじく気まずい時間が流れたあと、停止しかけていた彼の脳みそにメタウロの質問が突き刺さった。

「そういえばさ、リオ。君はなんでアードさんに対して敬語口調なのかな?隊長とかザルカとかボクにはタメ口なのに?」

怖いからだよバカ野郎!と叫びたい気持ちを飲み込み、必死に演技をする。何も問題がないかのように見せるために。

「アードさんは訓練時代の頃の先輩だったんだ。だいぶ印象が変わったけどな。」

アードの動きがわずかの間止まる。だんだん顔が赤くなっている様子はリオにも明らかであり、その様子を見て、頭に不安が募りだしてきた。早速彼は、自身の口を憎んだ。この口には今までも散々苦しめられていたはずなのに、気を付けていたはずなのに、自然と言葉を発してしまった。

「ほうほう、じゃあ訓練時代のアードさんはどんな感じだったのかな〜?」

やめてくれという心の叫びも虚しく、さらなる質問を叩きつけられたリオは必死に逃げ道を探り当てる。

「俺にはわからないが、事情があったんだろ。俺からの発言は控えさせてもらうぜ。」

なんとか逃げ切れたという安心感がリオを包み込む。これで助かったはずだった。

「そういえばちょうど聞きたかったことがあったんですよアードさん。この前リオから聞きましたけど、”コロラド”という名前に心当たりは?」

別の感情が安心感を上書きしてしまった。

カルマとはとても残酷なものである、本人のもっとも予期していない瞬間に襲ってくるものだから。

顔を真っ赤にしながらアードはリオを睨みつける。怒った子供のような表情だったが、リオには死神の顔にしか見えなかった。もう助からないことを悟った彼は、少しの沈黙のあと、若干声を震わせながら話しだした。

「…この前部屋の前を通った時に、”先輩”の名前を呼ぶ声が聞こえて… それで…はい…」
「あ"あ"あ"あ"あ"あ"あ"あ"あ"あ"あ"」

100メガトンの核地雷が炸裂したかのようだった。
核地雷の保有主は座っていた椅子を振り、まるでこの世の終わりかのような表情をしている哀れな人物の顔面にとびきり重い一撃を喰らわせる。リオは衝撃で数メートルほど飛ばされてしまい、情けなく地面に倒れ伏した。周りの隊員たちは一瞬驚いたが、暴力の執行者が彼女だとわかると、まるでそれが日常茶飯事であるかのように、すぐに談笑に戻った。

「おやまあ。」

メタウロはというと動かなくなったリオを見ながらニコニコしていたのだった。


全治2週間の怪我を負ったリオは以降、二度と”先輩”の話題を彼女達の前で持ち出さないことと、口の軽さを治すことを誓った。リオの女難伝説に新たな項目が追加されたのはいうまでもなかった。


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投稿者 ジョン

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小説 ジョン
最終更新:2024年02月11日 02:30