《幻影九つ》
第1話 蟷螂の斧(03)


 「識別名、L・パラナ。傭兵ランクは圏外、遂行した任務も数えるほどで、アリーナは連戦連敗……間違いありませんか?」

 薄暗い一室で、赤いACエイト──登録名はバローマンティスというらしい──のパイロットが取り調べられている。取調官を担当するのは独立傭兵MBイレーネL・パラナと呼ばれた男はその目の前で椅子に拘束されており、部屋の隅では解放戦線のスタッフが1人、記録と監視を担当している。
 L・パラナは今にもベソかきそうな面を見せながら、イレーネの確認に対して静かに頷いた。

 ……見れば見るほど、あのナインを標榜していたとは思えないと、幾度も抱いた感想をイレーネは反芻する。少なくとも彼女にとってナインとは、決して目の前の弱々しい姿とは異なる、大きな存在である。
 だが彼がそういう人間であるならば、むしろその動機というものは非常にわかりやすくなった。……単に弱い自分を大きく見せたいだけなのだ。

 「……わざわざあんなのを捕らえて、何を聞こうっていうんですかね?さっさと墜とせば良かったものを。」
 「ベイラムって言ってたのも嘘みたいじゃん、だったら取引材料にも情報源にもなりはしないのにさ。」

 取調室と化した小部屋の外では、解放戦線の戦士が何人か集まり、聞き耳を立てながら雑談していた。

 彼らにとって捕虜という存在は非常に珍しいものである。かつて封鎖機構や企業勢力相手に抵抗していた時には余裕がなかったからだ。生捕りにするような手加減は出来ず、全力で戦い、打ち倒す。それがルビコニアンが生き残るための唯一の方法だったからだ。
 だが企業勢力への抵抗を続ける内に、少なくとも現在においては、その余裕があると言ってもいい状況となっていた。
 ルビコン解放戦線はもはや、ただの民兵やゲリラの集まりではない。ルビコニアンという一つの勢力を背負う、確固たる軍事組織なのだ。しかし現場の人員、とりわけ若い戦士達においては、その自覚が未だ芽生えずにいた。それ以前が常態であり、変化に対応し切れていないのだろう。

 彼らが意識と現状のギャップに気がつくことはなく、そして彼らの存在すら意に介さず、取り調べは続く。

 「貴方はベイラム関係のマークを付け、ベイラム所属のように振る舞っていましたが、実際には関係ないただの独立傭兵。……何故そんなことを?」
 「た、ただの独立傭兵じゃどうせ目立てなくて仕事もないから、だから、ベイラムは撤退してたし、ベイラム部隊の生き残りとでも言っておけば、なんというかこう、いい感じに目をつけてもらえるかなって思って……」

 イレーネが解放戦線の戦士達を今回の戦闘に介入させなかったのも、彼らにおける配慮の欠如を認識していたからである。
 L・パラナがナインに通じる情報を持っているとすれば、イレーネからすればなんとしてでもその証言を聞き出さなければならなかったが、解放戦線にとっては単なる外敵の1つでしかない。敵を捕虜に取ろうなどという考えが起きる人員はそう多くないし、ましてや1度不意打ちを食らっていれば、その落とし前を付けさせたいという感情が勝つのも想像に難くなかった。
 そして、そもそも事の発端であるイレーネの派遣と六文銭の配置換え。現場の人間にはほとんど伝えられていなかったが、これはミドル・フラットウェルの采配だった。

 「では貴方は、何故ここを襲撃しに……?」
 「最初は偶然通りかかったんだ……だってあれはシュナイダーの機体だった!だからアーキバスが何かちょっかい出してるのかと思って、それを倒せば解放戦線に恩を売れるだろうってことで撃ったら、増援でわらわら湧いてきて……」
 「つまり、最初の攻撃は誤解によるものだったと。では今回は何だったんです?」
 「……数にビビって逃げたって噂が流れれば、どうせまたバカにされるんだ。せっかくACを手に入れたのに、そんなことになったら意味がない!そしたら今度はアンタにやられた!もう何が何だかわからない!!」

 それはこっちの台詞だ、という言葉が喉元まで引っかかりつつも、なんとか飲み込むイレーネ。つまるところ、パラナのちょっとした野心と誤解が生み出した、傍迷惑な騒動だったというわけである。

 「……未だに納得はできませんが、これで何となく状況が理解できました。解放戦線としては、彼の言葉をどう判断しますか?」

 イレーネ主導で行われていた聴取だったが、彼女はここで解放戦線のスタッフを巻き込む。ただイレーネの質問とパラナの返答を端末に記録していくだけだと思っていた彼は、突然意見を求められたことに困惑しつつも、一寸置いて自身の考えを述べた。

 「我々としては口だけで信用するわけにはいかない。実際先の襲撃で1機ACが中破した。幸いパイロットは生存、機体も重篤な損傷ではなかったが、それでも攻撃をされたのは事実だ。……今後彼が、我々の元で働くとでも言うなら話は別だが。」

 それは個人の考えとして述べつつも、一方で多重ダムに詰めている人員にとっては総意に近い意見だった。積極的な害意がないとしても、お咎めなしで済ませるのは彼らにとっては気が済まないのだ。
 そしてイレーネにとっても予想通りの返答であり、パラナの表情が青ざめていくのもまた同様だった。

 「……どうでしょう。私も長くはいられませんし、今後しばらく彼をしばらく雇って、防衛線に組み込んでみるというのは?」
 「貴女は先の対処において、一定の成果と実力を見せてくれた。だがこいつはそれにただ竦むだけの役立たずじゃないか。」

 イレーネの提案を解放戦線の男が一蹴する。ある程度の実力を持ち、その信頼を得た彼女と、実力も信頼もまるで持ち合わせないパラナ。この2人の交換では釣り合わないことは、彼女とて百も承知だ。
 そこでイレーネはベースを前置いた上で、ある程度妥協を探ることにする。

 「確かに、自分で言うのも変な話ですが、私と彼では天と地ほどの差があるでしょう。ですがその分報酬は安くて構わない。それに彼の場合、先の被害を償わせるということであれば、さらに報酬は切り詰められます。」
 「金の問題ではない、雇っても意味がないのだ。」
 「これでも適当に弾を撃つくらいはできますから、弾幕を張らせたり、前線に置いて弾除けにするくらいはできるでしょう。イニシアチブはあなた方にある。それが格安になるくらいの値段で雇えばいいのです。」

 イレーネと解放戦線のスタッフが交渉する最中、L・パラナは会話の中で飛び交う自身の評価の低さに落胆する。
 自覚がないわけではない。だが、それでも独立傭兵として登録はされているわけで、最低限の尊厳や矜持というものを持っていた。それすらも目の前で否定されているわけだから、事実だとしてもショックは大きい。

 「何でもいいが、腕や金の問題だけでなく、我々のあの機体を見られていることも問題なのだ。帥叔のお墨付きがあるあなたはともかく、こいつは野放しにすれば情報が漏洩する恐れがある。」

 特にシュナイダーACの配備は、今後の解放戦線の作戦行動において重要なファクターとなるだろう。逆にそれを潰されれば、企業勢力との力関係が元の木阿弥になる可能性も考えられる。
 その機体を目撃してしまったパラナは、既にただ追い返すわけにはいかない存在となっていた。

 「……お言葉ですが、いくら秘匿しようとしても無駄ですよ。企業の諜報部門の能力を侮ってはいけません。この訓練施設もそう遠くないうちに存在が知られるか、あるいは既に把握されている。そういう方向で考えるべきでしょう。」
 「だったら何なんだ、尚更こんなやつはさっさと始末してしまった方がいいだろうに!」
 「だからこそですよ。実際に事が起こる前に、たとえちっぽけな傭兵でも戦力に組み込めるなら、あなた方にとっての利益になるでしょう。防衛のために依頼の公示を出す前に、戦力の増強ができるのですから。」

 例によって話を聞くだけだったパラナはここで、ある事に思い当たる。目の前にいるイレーネという傭兵は、どうやら自分を庇おうとしている。少なくとも、自分が処刑されるような重篤な事態を避けようとしてくれているようだ。
 彼女と解放戦線の男との議論が平行線を続けている以上、自分が何か切り出さないと。そう思っても、声が出せないでいた。
 そして変化は、部屋の外からやってくる。

 「そんな奴使う必要ないだろ!腰抜け1人入れなくたって、企業が来ても俺たちで何とでもできるさ!」
 「そうですよ!どうせこんな情けない奴、情報なんて何も持ってないんだ!」

 外で聞き耳を立てていた解放戦線のメンバーが乱入し、イレーネを捲し立ててくる。……もっとも、それに動じたのはイレーネではなくL・パラナの方だったが。
 怯えて縮こまるパラナの動作が、余計に彼らの神経を逆撫でしたのだろうか。パラナと相対するイレーネの前に出て、彼を2人で囲み、そして────

 「この野郎ッ!」

 1発、蹴りが入った。椅子に縛り付けられ、抵抗できないL・パラナを足で押し倒す。すかさずもう1人もつま先で腹を突き、パラナの口から色々な液体が吐き出された。
 そのまま2人の足が、動けないパラナの身体にぶつけられ、傭兵の身体は痛めつけていく。

 「やめてください!捕虜の扱い方として酷く不適当です!そのまま重傷とでもなれば、あなた達の信用が──」
 「……彼らは奴に撃たれたパイロットと親しかった。命に別状はなかったが、その者は負傷したんだ。ああでもしなければ、鬱憤は晴れないだろう。死なない程度ではやめさせるさ。」
 「しかし、それでは……!」

 制止に入ろうとしたイレーネを、解放戦線の記録係が止める。無理矢理押しのけて、本来の目的が果たせなくなっては意味がない。イレーネは逸る気持ちを抑えるしかなかった。

 「やめな、みんな!そんなことしたって……!」

 人の密度がさらに上がる。一喝して押し入ったのは、リトル・ツィイーであった。その介入が部屋にいた全員──正確には、考える余裕のなかったL・パラナ以外──にとって意外なものだった。
 排他意識の強い彼女が加勢するなら分かる。だがその反対、捕虜を庇って仲間を止める方向でくるとは想像できた者はいない。
 よく見れば、彼女は徐に髪をかき上げていた。L・パラナはその時額から流血していたが、ツィイーの頭にもまさにそういう場所に傷が付けられている。それを目にした解放戦線の一同は、何かに気がついたのかはっと我に返ったようだ。

 「……やめにしよう。続きは明日だ。イレーネ、ツィイー。牢への移送を任せる。」



 「あの……何で、止めてくれたんですか……?」

 未だ後ろ手に拘束されているL・パラナ。牢屋代わりの個室の中でイレーネに包帯を巻かれながら、移送に同行したツィイーに尋ねる。
 ツィイーは彼の問いに答えるということに一度は不服そうな表情を見せたが、再び髪を持ち上げ、額に残る傷を見せつける。

 「私も一度、捕虜にされた事がある。……ベイラムだった。仲間の情報を吐け、コーラルをどこに隠してる、って言われて、何度も殴られて、蹴られて、色んな拷問を受けたよ。私は運良く助けてもらえたけど、間に合わなかった同志もいたんだ。だから、汚い企業と同じ真似を、みんなにして欲しくない……それだけ。別に、お前を守る気なんてないよ。」

 話を聞いたイレーネは、即座に自分の誤解に思い至った。
 ツィイーという人間は極端に自らの敵を嫌う一方で、その対抗心を、単なる仕返しにしないだけの気質があるようだ。もっともそれが元から彼女が持つものだったのか、あるいは捕虜の身から助けられ、何かしらの変化があったのか──即ち、それがなければ復讐心に身をやつし、命をすり減らしていたのか──は、知る由もない。
 いずれにせよ、最も排他的だと思われた彼女は、その印象に反して理性的な一面を持ち合わせている。イレーネはそう受け取る。

 「……帥叔はおそらく、解放戦線の現状を憂いている。だから私をここに置いたのでしょう。」
 「え?」

 イレーネが放った言葉は断片的で、ツィイーの口からは思わず疑問符が漏れる。パラナに至ってはまるで理解が追いついていないようで、特別な反応を示すことはない。

 「ここに来て分かりましたが、解放戦線の内には強い結束がある。……そうしなければ、企業勢力に対抗できなかったからでしょう。」
 「そうさ、だから私たちは企業を追い払えた。……卑しい連中は、また星外から戦力を投入してるらしいけど。」
 「ですが同時にそれは、外の人間を排除する風潮につながります。……今後、企業と再度衝突するのは免れないでしょう。そうなれば戦力の増強は必至となります。もちろん、その消耗と補填も。」

 ここでようやくパラナにも理解が至る局面に来た。と言ってもまだ表層的な話の流れを掴めたに過ぎないが、ここまで自身の意思や理解の外で全てが進められてきたがために、些か沸いた安心感がとても心強かった。

 「つまり、イレーネさんは戦力の増強として雇われたと……?」
 「……まあ、それもあるでしょう。前任者の傭兵を配置換えした理由までの説明にはなっていませんが、解放戦線全体で戦力拡充を図っているのは分かります。」
 「そうだよ、戦力を増やしたいなら足りてない所に呼べばいいのに。なのに何でわざわざ……?」

 今度はツィイーが理解の範疇から外に追いやられる。何故わざわざ前任者たる六文銭を配置換えしてまで、イレーネを雇い入れたのか。その理由が思い当たらないことが、彼女の頭を占める疑問となる。

 「一つ質問したいのですが、六文銭という傭兵は以前から解放戦線に協力していたのですか?」
 「前に行き倒れてたのを私が見つけたから、なんか放って置けなくて、救助したんだ。そしたらそれから『一飯千金』とか色々言って、ずっと私たちのところで戦ってくれるようになって……私たちとしてはありがたいけど。」
 「つまり、身内同然ですよね……あっ、つまり仲間内のメンバーだけじゃなくて、外から人を呼びたかった……ってことですか?」

 先に事を理解したのはパラナだ。もっとも、断片的な情報からその答えに至ったのは評価に値しても、その理由に辿り着いていないのはイレーネにとって不思議な話であったが。

 「おそらく、帥叔の狙いはそういう事かと。思想に同調する仲間だけでなく、経済のために動く独立傭兵も使わなければ企業には勝てない……別働隊だけでなく、同じ戦場で傭兵と共闘することも増えるでしょう。」
 「つまり帥叔は、傭兵と共に戦う事を、私たちに受け入れさせたかったってことなの?」

 ここでようやくツィイーにも全容が分かった。フラットウェルは、傭兵を主戦力として雇い入れるために、解放戦線の体質を変えようとしている。そしてそれが──

 「私たちのためなんだ……企業に立ち向かうにはもっと傭兵が必要だって。傭兵を雇って協力しなきゃいけないんだって。帥叔はそう言いたいんじゃないの?」
 「……独立傭兵にとって、貴方達のイデオロギーは経済の一部に過ぎません。でも、だからこそ傭兵は陣営を選ばない……報酬さえあれば、昨日アーキバスに雇われた者が、次の日にはあなた方の味方になり、その次にはまたベイラム辺りに雇われて、あなた方の敵になる。」

 独立傭兵とは、本来どこかの勢力に入れ込むようなことはない人種である。それを考えれば、六文銭のような人間はもはや独立傭兵ではないのだろう。解放戦線がまともに関係を構築した独立傭兵といえば、かの独立傭兵くらいのものだ。
 そしてこれからは、イレーネも含め、あらゆる独立傭兵を雇い、独立傭兵と共に戦う日常を受け入れる必要がある。

 「そういう存在が独立傭兵です。関係の構築は金と実績だけが物を言う、貴方達とはまるで違う存在。それを受け入れる必要があると、帥叔は判断したのでしょう。」
 「そういえば、収容所から私たちを助けるときに協力してくれたのも独立傭兵だった……確かに言う通りかもしれない。私たちが得るべきは、何よりも勝利なんだ……!」

 ここに来て、初めて解放戦線と独立傭兵の信用が生まれたのだった。この流れが消えなければ、やがて解放戦線に徐々に浸透していき、彼らは傭兵の得意先の一つとなるだろう。それは即ち、戦乱の継続と傭兵の需要増加という、傭兵の経済の完成だ。

 「さてツィイーさん、あなたにも一つ協力してもらえますか?」
 「何を?」

 話がひと段落するとイレーネが置いてあった椅子に腰掛ける。その視線は、再びただ話を聞くだけの状態にあったL・パラナに向けられる。

 既に日は暮れていた。小さな窓から光は入らず、ただ照明だけがその部屋を照らしている。
 明るさが物足りない空間でイレーネは座り、足を組む。椅子は小さく、組み方も浅かったので乗せられた足も地面に当たっているが、それで彼女は踵を地面に打ちつけ始めた。コツ、コツ、と靴と床が鳴らす音が響くにつれて、その光景はパラナにとって何か、恍惚とさせる艶やかさを感じさせた。
 ……そして彼女の目線は、酷く冷ややかだ。別にパラナの内心を読み取った訳ではない。しかし確固たるものを持って向けているであろうそれは、側から見ているツィイーをも困惑させるものであった。

 「貴方には聞かなければならないことがあります……あの悪夢、あるいは《Mk-IX》と呼ぶべきACについて、何をどう知っているか。ツィイーさん、貴方は記録と監視ということで。」
 「それってどういう……」
 「私がここに来た本当の目的は彼です。彼は何かしらあの機体について知っている可能性がある。それを聞き出さなければ帰れません。……ああ、そうでした。昼の尋問は解放戦線のためにも穏便に済ませようとしましたが、ここから先は一切の配慮も致しません。」

 目先の視線の冷酷さ。その正体を知って、偽りのイレギュラーは恐怖する。ここから先は、何でもありなのだ。音を鳴らさなくなった足を見れば、つま先がバズーカの弾頭のように暴力的な気配を醸し出している。パラナにはそう思われた。

 「もちろん、貴方が素直に全てを話してくれれば事は大きくなりませんが……」
 「は、はい……!?」

 その後一度、施設に悲鳴が木霊する。
 さて、夜は長くなるだろうか、短くなるだろうか。


関連項目

  • MBイレーネ
  • L・パラナ - エイトと呼ばれたACのパイロット(正式な機体名はバローマンティス)
  • リトル・ツィイー

投稿者 Algae_Crab

タグ:

小説 Algae_Crab
最終更新:2024年02月10日 21:09