内燃機関と実弾兵器のオレンジを纏う、
砂色のマスターキーと
環流機関と光学兵器のブルーを引き連れた
漆黒のブラディバスティオン。
対照的な両者だが、その激突は極限の領域で拮抗を見せていた。

実弾兵装を主体とした近距離での猛攻を得手とする
ベイラム生え抜きの古兵、マッケンジーと
光学兵器による遠距離からの精密な射撃戦を得手とする
アーキバスの作り上げた女帝、ヴァージニアの
戦闘スタイルは、両社の理念のように真っ向から対立し、
必然的に戦闘は互いの方法論の押し付け合いとなる。

アサルトブーストで猛追するマスターキーに対し、
引き撃ちで応じるブラディバスティオン。
レーザーライフルは見切られ、ショットガンは防がれ、
互いに決定打を欠くまま、技巧の鍔迫り合いは熱を帯びていく。
「お高く止まりやがって、無駄がなさすぎて取り付く島もねぇ」
「あら?私としてはかなり追い詰められている認識なのですが」

アサルトブーストとバックブーストの速度差は否み難く。
畢竟訪れる交錯の一瞬。
閃くレーザーダガーと火を吹くパイルバンカーがせめぎ合い、
眩い火花が死に絶えた市街地を束の間照らす。

「交戦中のACに警告します。
ザイレムは現在、ルビコン解放戦線の管理下にあります。
戦闘行為を即時中断し、退去してください。
応じない場合は、実力を以て排除いたします」
上空から次々に投下されるMTは、安物の二脚型ではない。
一機一機がACをも凌駕すると言われる重四脚型が、10機以上。

その規模からも、指揮を執るタクティル・イテヅキ
侵入者たちを正しく警戒していることが見てとれる。
「オイオイオイオイオイ!ここはこの世の地獄か!?!?
なんだってんだよ!!冗談じゃねぇぞ??」
瞬く間に周囲で巻き起こる、ルビコンを三分する各勢力の
最高戦力同士の壮絶な戦闘。掛け値なしに最悪だ。
もし巻き込まれれば秒で死ねる。

「こんな場所に、最精鋭を投入する理由がどこにあるんだ・・・?」
アシュリーの疑問も尤もだ。
バスキュラープラントを目前に、洋上に墜落したザイレムは
その衝撃でバラバラに砕けた状態で海底に突き刺さった巨大な墓標だ。
今更、顧みるべきものが残されているとは考えにくい。

それこそ、俺たち以外には。

アシュリーが、バスキュラープラント探索の際に
回収した技研都市の記録媒体。
アイビスの火の元凶と言われるナガイ教授、
その第二助手の遺品であるということまではわかったが、
厳重なプロテクトが施されて解読はままならなかった。

「・・・これは、シンダー・カーラが後世に残したメッセージだ」
ヴィルのその言葉がなければ、それ以上顧みることもなかっただろう。
「だとしたら、プロテクトを解く鍵は・・・チャティだな」
ザイレム攻防戦の最終局面。
カーラの死に際し、チャティは権限の移譲を受けて
ザイレムのシステムと共に自ら意識を閉ざした。
それはつまり、カーラは有事にはチャティを自らの
後継者としてあらゆる権限を譲り渡す
意思があったということだろう。

ザイレムのメインフレームに眠るチャティを回収し、
その協力を仰いでカーラが技研時代に残した記録を解読する。
そこに何が記されているかはわからないが、
カーラの遺志を受け継ぐことを望むヴァッシュには、
それは避けて通れない義務だと思えたのだ。

しかし・・・立ちはだかる現実は厳しい。
垂直に近い角度で傾いたザイレムの市街、
その広域に展開したイテヅキ配下の四脚MTの一機が
ガルブレイヴとアリオーンの気配を見つけたのか、
こちらへまっすぐに歩み寄ってくる。

咄嗟に周囲の状況を確認するが、逃げ道は全て
別の機体が予め塞いでいる。
伊達にタクティカルなどと名乗ってはいない。

「やれやれ・・・ご先祖様殺しは気が咎めるのだがね」
気負いを感じさせぬ言葉とは裏腹に。
MTの腰部関節、装甲の隙間からコックピットへと
突き立てられた一撃は、無慈悲なまでに精確だった。

「ジャック殿!援護感謝する・・・!!」
輸送船の甲板上から長大なスナイパーキャノンを構える
重4脚型AC『グリッドピアサー』は、
ラカージュの一員、ジャックスナイプの愛機だ。
「こちらも、海上封鎖の隙間を縫って援護しているのでね。
あまり多くは期待しないでくれたまえよ、少年」

包囲網に空いた穴からなんとか難を逃れる
ヴァッシュとアシュリーだが、
不明の侵入者の存在には気づかれてしまっただろう。

「割に合わん仕事だ。間抜けな司令部のどもめ、帰ったら殺す」
悪態を吐きながらも、マッケンジーの水際だった手腕に翳りはない。
MTの放つロケット弾幕を右半身ですり抜け放つバズーカを
皮切りに、ハンドガンとショットガンを右前脚に収束、
瞬く間に体制を崩したその胸ぐらを掴み上げるような
パイルバンカーの一撃で、流れるように止めを刺す。

そればかりか、串刺しにした敵機を中心に旋回、盾がわりに
アサルトブーストで突貫したかと思えば、蹴り飛ばした
遺骸を次のターゲットに叩きつけ、
止めのバズーカで諸共に爆砕する。

「見事なものです。獰猛でありながら無駄がなく、
粗野でありながらそれさえも美しい」
ベイラムのトップエースが魅せる手際を横目に楽しみつつ、
四方から追い立てる弾幕の中でヴァージニアは優雅に舞う。
ガトリングガンにショットガン、連装ロケットに
レーザーブレード、意図して兵装セットを切り替え、
イテヅキの細密な指揮で波状攻撃を仕掛けてくる
四脚MT部隊の猛攻を、完璧に見切って凌ぎ切る。

打ち込みをかける敵機の動きも、紙一重で交わす機動も、
合間に展開するパルスシールドの一瞬の輝きでさえ、
全てが女帝が魅せる舞踏の一部かと思わせるほどに。
アーキバスの女帝は戦場を自らの旋律へと巻き込んでいく。

周囲を舞うドローンは、静かにMT部隊の力を削いでいく。
関節を、センサーを、武装を、最低限の火力で
的確に無力化する精密狙撃の並列同時処理。
「お手並みは拝見させていただきました。
それでは───こちらの手番ですね」
女帝がようやくレーザーライフルの引き金を
解き放つ頃には、彼らに抵抗する術は残されていない。

「なんなんだよアイツら・・・四脚型だぞ?
十把一絡げの雑魚みたいに薙ぎ倒しやがって・・・!」
その無法なまでの強さを目の当たりにして、ヴァッシュは戦慄する。
「これほどまでの戦力が必要な敵など・・・」
アシュリーの言葉で、ヴァッシュの脳裏に過ぎる苦い予感。

かつて、企業が、封鎖機構が、最高戦力を投入して
なお止められなかった最悪の敵。
そうだ。・・・アイツしかいない。

「・・・ヴァッシュ!?待て、派手に動くな!!」
直感の導くままに、垂直に傾いた市街の底目掛けて
ヴァッシュは一直線に飛び降りる。
視界を流れ去っていく風景に、
かつて駆け抜けた激戦の記憶を幻視する。

V. I フロイトと死闘を繰り広げた水盤、
アリオーンと追走戦を演じた高架橋、
そして・・・自身が穿った風穴から飛び込んだ、
貯水ドームの真ん中に。

果たして、アイツはそこに居た。
「『レイヴン』・・・ッ!!」

操る機体が変わったとても、
その身に纏う『声』は誤魔化せない。
「この機体は・・・あの時の!?レイヴン、回避を!!」

因縁の場所で再び燃え盛る怒りと
落下の勢いを乗せて叩き込む
ラッシングレイザーを、深紅のACは
開いたオシレーターに受け止める。

高速回転するコーラル障壁に弾かれた
ガルブレイヴが空中で態勢を立て直し、
ブレードドローンを射出する。
対するレイヴンの新たな乗機、
IBIS WLT621もコーラルドローンを展開、
両者の自立攻撃端末が激しく交錯する中で
群青と深紅のACが目まぐるしい機動戦を展開する。

「カーラを殺しても!ウォルターを殺しても!
ザイレムを落としても!!
お前はまだ足りないのかよ!!」
オシレーターをガンモードに。
ガトリングガンの如く回転する砲身から
バースト速射されるコーラルビームを
アサルトブーストで掻い潜りながら、
ガルブレイヴがグレネードを連射する。

進行方向を埋め尽くして放射された弾幕を前に、
621は左肩の翼、コーラルディスラプターを展開。
散布されるコーラル粒子を伸びるケーブルから発せられる
パルスが励起して燃え盛り、爆撃を相殺する。

視界が遮られたこの一瞬で、状況は大きく傾いた。
背後から包み込むように、分散して迫るドローンが
621の目に代わりガルブレイヴの位置を特定し、
その一点目掛けてレイヴンの渾身の一撃が迫り来る。

渦を巻くコーラル障壁を前面に押し立てた621が、
炎を突き抜け真っ直ぐに突っ込む。
背後からのドローンの攻撃に気を取られた
ヴァッシュに反応する暇はなかった。

猛烈な衝撃が、ガルブレイヴを壁面に叩きつける。
態勢を立て直す暇もなく、追撃を図る621の目前で、
ガルブレイヴの背後の壁が崩れ去る。
「無謀だぞ、少年!
直接戦闘でどうにかなる相手ではないだろう!」
グリッドピアサーの放ったロケットとバズーカが
穿った破口から落下するガルブレイヴに、
アリオーンも合流する。

「冷静になれ、ヴァッシュ!
私たちの目的を思い出せ!」
ヴァッシュの態勢を立て直したアシュリーが、
市街地から機関部へとつながる搬入路に駆け込む。

「少年。これは推論だが・・・
企業勢力の目的はレイヴンの捕縛、ないしは討伐だ。
そして、レイヴンの目的は・・・恐らく、君と同じだろう」
ジャックスナイプの言葉で、
ヴァッシュは幾らかの冷静さを取り戻す。

レイヴンが、自身がチャティを殺害した現場に
態々戻った理由が、残されたサーカスの残骸にあったと
考えるのは確かにあり得る仮説だ。
そして、この場にあってレイヴンは企業勢力から
マークされているが、我々はその限りではない。
「今の君では戦闘で彼を凌駕するのは難しいだろう。
だが・・・例えば私なら、狙撃で挑めば勝機がある。
ヴァスティアン・ヴァッシュ。君なら彼と、何で戦う?」

進むべき道を指し示され、ヴァッシュは意識を切り替える。
「なるほどな・・・いいぜ。宝探しの勝負なら、
相手がレイヴンだろうと俺は負けねぇよ!!」
アサルトブーストを起動してさらに加速、
機関部エリアへと飛び去っていくガルブレイヴに対し、
レイヴンにそれを追う余裕はなかった。

「ミシガンの奴が随分と世話になったそうじゃないか。
俺の老後の楽しみを奪いやがって」
鋭く踏み込むマスターキーが放つバズーカをかわしざま、
連射モードのコーラルビームで反撃を図るも。

「ルビコンじゃあ敵なしだったようだが・・・」
マッケンジーはの年齢を感じさせぬバレルロールからの
ブーストキックが621を深く捉える。

「『その外』ではどうだろうな」
至近距離で叩き込まれたショットガンの一撃に、
621が跳ね飛ばされたタイミングで、
その周囲をドローンが包囲する。
「そこまでにしていただきますよ、御老公。
アーキバスはレイヴンの捕縛を望んでいます」
ヴァージニアの号令一下、展開されたドローン群が
閃光の驟雨に2体のACを包み込む。

雨傘のように展開したオシレーターに
正面からのレーザーを凌ぎ、インファイトブーストを
推進力に利用してレイヴンは包囲を突破する。
より恐るべきは、その機影自体を盾に射線を
切って離脱したマッケンジーの老練ぶりだろうか。

引き際に621がディスラプターから放出したコーラル粒子が、
誘導弾を整形して追跡者たちへと襲いかかる。
合わせて展開されたコーラルドローンの包囲攻撃との
複合的な攻勢は、歴戦の英雄たちをして
その前進を阻むだけの圧力があった。

身を翻しヴァッシュたちの後を追うべく
グライドブーストに移行するレイヴンであったが───
「貴方とは同胞になれるかもしれない、
そう期待したこともありましたが───残念です」
機関部エリアへと続く通路を先んじて封鎖していたのは、
イテヅキ自身の乗機『禅銃』とその麾下の重MT部隊。

物量でくまなく行手を遮る重厚な布陣を前に、
レイヴンは正面から飛び込むしかない。
幾重にも重なる迎撃の砲火の全てをは防ぎきれず、
621の深紅の装甲に幾つもの直撃弾が火花を散らす。

「無謀ですね。いかにACと言えど、
この物量を正面から捌くことはできません」
一斉攻撃の指示に先んじて、
両肩のグレネードキャノンを撃ち放つ。
メリニット渾身の大口径炸裂弾が2発、
上空で特大の花火を閃かせる。

いや・・・それにしても、あまりにも規模が大きすぎる。
イテヅキがそう悟った時には、防衛線は食い破られていた。
コーラルジェネレーターが生み出すアサルトアーマーの
特徴的な深紅の残光を引き連れて、
巨大な戦鎚を振り翳した621が重四脚MTへと襲いかかる。
咄嗟に反撃を試みたMTのレーザーブレード、
それさえも諸共に叩き潰す重量級の一撃が、
イテヅキの防衛プランを粉砕する。

「・・・惜しいお方です。
よもや、オールマインドの手に落ちてしまうとは」
機関部へ飛び込むと同時にディスラプターを展開、
残された唯一の出入り口を爆破する
手際の良さに、流石のイテヅキも追跡を断念する。
「こうなってはもはや・・・
かの傭兵が目指す道が、ルビコニアンの未来に
益するものであることを祈るより他はありません」

「さて、ここから先は喫水線の下だ。
狙撃による援護は期待してくれるなよ。
墜落の衝撃で、ただでさえ船体はガタガタだ。
いつ水密が破られるかもわからない。
可能な限り戦闘は避けたまえ」
ジャックスナイプに言われるまでもない。

一度は修理のために奔走した船だ。
ザイレムの構造は、十分に熟知している。
「目指すは、船内最奥のメインフレームだ。
乗機たるサーカスを喪失したチャティが
収まるべき媒体はそれしかあるまい」
ヴィルが指し示すゴールは、もはや目前である。

「・・・今ならまだ、傍道に逸れれば脱出できそうだな」
船内構造図を睨むアシュリーの言葉に、
ヴァッシュは含むところを感じとる。
「ここまで来て、尻尾を巻いて逃げろってのか?」
硬い声音には、いつものヴァッシュらしからぬ
苛立ちと棘が潜んでいた。

「ヴァッシュ、レイヴンに拘るのは危険だ。
あいつに関わった傭兵はそのほとんどが死んでいる。
敵対するなど以ての他だ」
アシュリーの言葉は本心からヴァッシュを
案じるものであったに違いないが、
だからこそ彼の心を苛立たせた。

「じゃあ、アイツにチャティを
みすみす引き渡せって言うのか!?
カーラにとってチャティがどれだけ大切な存在だったか、
お前にだってわかるだろ?これ以上、
姐さんをアイツに冒涜されてたまるかよ・・・!」
それを言われれば、アシュリーとて頷かざるを得ない。
いや、だからこそ、言わねばならないことがある。
「それなんだ。私が恐ろしいのは。
そもそもの、カーラの手記も・・・
『私が見つけたもの』なんだぞ」

その言葉に含まれる可能性に気づいて、
ヴァッシュは戦慄する。
「私は・・・今でも、お前が信じるに値する
存在なのだろうか?
ほら・・・今もさ、こんなふうに。
その気になれば、君に話しかけるくらいのことは、
僕にだってできちゃうんだよねぇ??」
流石に、今回ばかりは気づいてしまった。

「テメェ・・・!ふざけんなよ!!
アシュリーはお前のオモチャじゃねぇんだ!!」
まるで、真意が読めない。
俺たちを弄んで、どこへ連れて行くつもりなのか。
ただ一つ、明らかなのは。やはり、
彼女から目を離すわけにはいかないということか。

「おやおやぁ?じゃあ、どうするのかな?
私と一緒ににこの子も殺すの?
それとも、私と一緒に人類と戦ってくれるの?」
選びようがない2択だ。
言葉もなく逡巡するヴァッシュを前に、
本人ならば絶対に見せない悪辣な笑顔で、そいつは告げた。
「早く決めなきゃ・・・君が先に死んじゃうよ?」

悪寒が走ると同時に、ヴァッシュは咄嗟に背後を振り返った。
何故、と言われても答えようがないが、
とにかくそれは正解だった。
「───おめでとう、新米の同業者くん。
君で、36人目だ」
間に合ったとも・・・言い難いが。

ガルブレイヴの背を貫くレーザーランスの穂先。
猛烈な推進力が、機体を壁に縫い止める。
「クソがッ・・・よりによって『傭兵狩り』かよ!!」
正体不明、神出鬼没、その目的も背後関係も一切不明。
ただ、その圧倒的な実力のみで同業者を狩り続ける
独立傭兵の死神、バウンダー・ブギーマン

その牙が既に、喉元に突き立てられている。
脳裏を掻き回す生存本能の最大限の警告にせき立てられ、
ヴァッシュはアジャイル・フェアリングを稼働させる。
背部スラスターウィングを動かして背後に取り憑いた
ライノ・ランペイジを振り払うと同時に、
壁面を蹴ったラッシングレイザーを高速回転させ、
天地逆転した姿勢で背後に向き直る。

同時に、持てる武装の全門を斉射。
立て続けに爆ぜる10発の炸裂弾と、
タレットから速射されるレーザーがライノ・ランペイジに
注ぎ込まれ、前方を広く焼き払う・・・しかし。
「素敵な歓迎をありがとう。
思わず嬉しくなってしまうじゃないか」
全て、回避されていた。
弾幕防御か、あるいはフェイントで
時限信管の起爆タイミングを外したか。

何にせよ、気づいた瞬間にはガルブレイヴの
右腕はパルスガンで吹き飛ばされていた。
「こいつッ・・・!」
反撃のブーストキックは容易く跳びかわされ、
上空から展開された実弾ドローンが撃ち下ろす
集中砲火が頭部を攻め立て、瞬く間に損壊させる。

姿勢制御系が秒でイカれて、ACSが
負荷限界に達した次の瞬間には、逆関節特有の
重い蹴撃がガルブレイヴを最下層まで吹き飛ばしていた。
「ただのゴミ漁りのままで居れば、
長生きできたかも知れないね・・・残念だよ」
念入りにガルブレイヴを踏み躙る
ライノ・ランペイジの周囲でパルス障壁が臨界に達する。

ここまで、接敵から僅かに6秒。

アシュリーの介入がなければ、そのまま終わっていただろう。
「ッ・・・大丈夫なのか?アシュリー!!」
「わからん・・・わからないが!やるしかないだろう!!」
今にも泣き出しそうな、震える声だが。
それでも、振り抜いたレイピアの太刀捌きに迷いはなかった。
「行くのだろう?迷うな!こいつは私が引き受ける・・・!!」

「ほう?騙し討ち・・・にしては随分と迂遠じゃあないか。
しかしまぁ、面白い趣向だね。愉しませてもらうとしようか」
依頼主かと思われたアリオーンの唐突な裏切り・・・
とでも解釈する他ない状況だが。
それでも、ブギーマンに焦りはない。
心拍数は今も66と安定している。
過程は関係ない。要は最終的に、全員殺せばよいのだ。

出てくる敵は悉くSランク、おまけに、最も信頼を寄せていた
相方までワケのわからねぇ亡霊に乗っ取られちまうときた。
冗談抜きで想像できる範囲でおよそ最悪の状況だが、それでも。

それでもどうにか、ここまで来た。
待ってろチャティ。元通りに復活、とまでは
いかないかもしれないが、カーラの遺志を引き継ぐために
役に立てるなら、お前だって文句はないだろ?

満身創痍、擱座寸前のガルブレイヴが、
どうにかザイレムの中枢区画へと辿り着く。

そして、改めてヴァッシュは確信する。
───今日は、人生最悪の厄日だ。

メインコンピュータの前に立つ赤黒のACが、
ゆっくりとこちらに振り返る。
その左肩に刻まれているのは『9』をあしらったエンブレム。

「『Mk−Ⅸ』・・・!?」
何故ここに?何のために?何者なのか?
あらゆる疑問を頭蓋から押し除けて、
ヴァッシュは側面へと身を投げ出す。
直後、交わしきれなかったリニアライフルの一撃が
左のウィングを吹き飛ばした。

転倒した姿勢から強引にローラーでスライドしながら
追撃の多弾頭ミサイルを凌ぐが、それでも
上空から叩きつけられたグレネードの
爆風からは逃れられなかった。

無様に吹き飛ばされ、地に伏せるガルブレイヴに対し、
迫り来る『9』に一切の躊躇はない。
ただただ冷徹に、今使える唯一の武器である
パルスブレードを振り翳す。

「貴方の無念を理解しないわけではありません、ですが・・・」
ヴァッシュが見た声は、通信越しではなかった。
パルスブレードの蒼を受け止める、オシレーターの朱。
『9』の前に割り込んだ621が、猛攻の矛先を引き受ける。

「我々も、止まるわけにはいきません。
その選択の途上で、犠牲にしたもののためにも」
弾かれあって下がった両者が射撃武装の応酬を繰り広げる。
多弾頭ミサイルとリニアライフルで攻め立てる『9』と
速射ビームと拡散オービットで撃ち返す621。
渦を巻くような旋回戦が、軌道が交差した刹那には
剣戟の応酬に即座に化ける。
621の振るうオシレーターの重い斬撃を、
速度に勝る『9』の連撃が押し返したかと思えば、
ディスラプターの生み出した爆風が両者を飲み込み、
それさえも収まらぬうちにグレネードの爆炎がそれに取って代わる。

ヴァッシュの反応速度を持ってしても
目で追うのがやっとの凄まじいマニューバの応酬に、
見惚れてしまったのも一瞬のこと。
「待てよ・・・こんな場所で!
チャティが・・・姐さんの形見があるんだぞ・・・!!」
その叫びさえ、届けるためには圧倒的に力が足りない。
打ちひしがれるヴァッシュに、思いがけぬ提案が示される。

「こちらでできる仕上げは全て済ませた。
あとは君次第だが・・・協力してくれるか、少年」
ジャックスナイプは、追い込まれつつある状況を憂慮し、
先んじてザイレムに上陸して保険となる工作を行なっていた。
「ルビコンを切り開いた先達たちには申し訳ないが。
機関ブロックの水密を破壊させてもらった。
そろそろ、そちらにも海水が流れ込む頃合いだが・・・
あと、ひと押しが足りない」
分かるな?・・・と、言外に問われているらしい。

「内側から最後の一穴を穿つ。どうだ、できそうか?」
無理がある、と言わざるを得ない。
機体は満身創痍、体力も気力も払底している。
何よりも、示された破壊すべきポイントでは、
今まさに『9』と621が激突している。

「やるしか・・・ねぇんだろうがッ!!」
アシュリーが今、この場にいないことが、
幸いだったと言うべきだろうか?
「───『ブラスト』ッッッ!!!」

久しぶりのコーラルイグニッションが齎す、
狂おしいほどの熱と、胸が詰まるほどの圧力。
そして・・・頭蓋の奥を満たす、凍てつくような透徹。
真紅に燃えたガルブレイヴが、
最後の力を振り絞って跳躍する。
「コイツは俺のお宝だ・・・誰にも渡さねぇよ!!」
メインコンピュータを庇うように、
戦闘に介入したガルブレイヴがドローンを展開。
『9』と621、双方に同時攻撃を仕掛ける。

手もなく仕掛けを潜り抜けた両者の目前を
割り込むように交差して、双方の注意をこちらに引き付ける。
片や、歴史の影で数多の傭兵を屠ってきたランカー狩り。
片や、ルビコンの戦火をかき乱してきた最大の火種。

およそ考えられる限り、最も生存確率が低い最悪の状況。
ヴァッシュは、自らの血を燃やして極限の集中を引き出す。
緩慢に死へと向かう世界の中で、
パルスブレードが、オシレーターが光を帯びる。
迅く、重く、その死はまさに、免れがたい。
真中で交差する軌跡は、過たずガルブレイヴを捉えるだろう。

この上、こちらにできる悪あがきがあるとすれば。
せめてその一撃が、致命傷とならぬように。
微かに身をかわし、装甲の角度を調整して
機体を削り取る一撃を受け流し、その威力を壁面へと導くのみ。

機体を深く切り裂いた朱と蒼の斬光は、
果たして蟻の一穴を穿つ。
メインコンピュータールームに生じた
破口から溢れた海水が、急速に室内を満たす。
先んじて進行していたザイレムの圧壊が、ついに
ヴァッシュたちをも飲み込んでいく。

あとは・・・ACの耐久性能に望みをかけるだけだ。
逆巻く激流に翻弄されながら、
ヴァッシュの意識は急速に遠のいていった。



関連項目

投稿者 堕魅闇666世
最終更新:2024年02月17日 02:02